第27話 自信を持てる自分に
高校生という生き物は朝から騒がしい。朝礼が始まるまでの自由な時間でドッタンバッタン大騒ぎ。すごーい、君たちは朝から元気なフレンズなんだね。
もちろん、姿形も十人十色なので、俺のように朝は基本ローテンションなやつや、カーストの低いやつらは騒いだりしない。
しかし朝からこうも煩ければ、さすがのサーバルちゃんも辟易とするだろう。何故朝からそんなに大声出せるのか。一人が煩ければ、共鳴するように周りも騒ぎ出すのがリア充というもので。
現在教室にやってきている坂上グループの面々は、朝陽達がまだ誰も来ていないのをいいことに、随分と踏ん反り返って騒いでいた。カーストの低いやつらがいつもより静かなのも、こいつらが謎にデカイ顔をしているせいか。
「今日一時間目から体育じゃん。マジダルいんだけど」
「水泳じゃないだけマシだ、マシ。高校生にもなってプールの授業とか、意味わかんねぇよな」
リーダー格の坂上俊と小鳥遊梨花子の言葉に、取り巻き連中も同調して相槌を打つ。その口から漏れるのはなにかに対する不平不満ばかり。もうその会話内容からして、こいつらがクラス内カーストトップに立てない理由は明白だろう。
なにかを悪し様に言い、馬鹿にして嘲笑い、それを周囲にも同調させる。そのようにして出来たグループ、人間関係なんて、友達でもなんでもない。
いわく、悪口というのは聞いている側の人間のI.Qをいくらか下げてしまうらしい。言ってる側の人間はもちろん、最初から底が知れているが、悪口を聞かされ、それに同調させられ、そうして人が集まり出来上がったのが、あの馬鹿ばかりのグループということだろう。
二年の時は朝陽達や俺とクラスも違い、そこでは王様として君臨していたらしいから、ちんけなプライドもあるのかもしれない。
「そういえば梨花子。昨日世奈が男と歩いてたんだって」
「うっそマジで? 一番大人しそうなくせに男引っ掛けてんの?」
そして当然、朝陽達のうち誰かに対する悪口も、そこには存在する。小鳥遊の言い回しには、明らかな悪意の込められたものだ。おまけに下品な笑いを披露。こいつ、カーストはそれなりに高いけどモテなさそうだな。
いや、だが待て。柏木が一番大人しいってのは反論したいぞ。あいつ、広瀬よりもヤバイやつだからな。なんなら広瀬の方が大人しく思えるレベル。
「なんか、うちの制服着てたらしいよ。でも見たことないって言ってたから、年下じゃないかな」
「年下の男捕まえるとか、マジで悪女じゃねぇか」
「ちょっと節操ないんじゃない?」
こいつら、柏木になんか恨みでもあるんだろうか。この前もあいつの筆箱落として、謝らなかったやらなんやらで揉めてたし。
まあ、あの性格だと各方面に喧嘩売ってそうだしなぁ。主に女子相手に。俺の見立てだと、広瀬達三人の中で一番モテるのは柏木だろうから、余計に。
しかし、知り合いの悪口をこうも聞かされ続けていると、温厚な俺もさすがにイライラしてくるというもので。
一言物申すほどの度胸はないから、とりあえず時間まで教室を離れようと席を立つ。とりあえず自販機まで行ってジュースでも買うかなと思い、教室を出ようとして。
「てか、最近は葵もヤベェよな。あんなダサいやつと絡んでるとかマジありえねぇわ」
「あーわかるー。男を見る目なさすぎでしょ。実は遊んでるだけだったりして」
「それただのビッチじゃねぇか」
足を、止めた。背中に突き刺さる視線と、耳に届く嘲笑。
怒りが込み上げてくる。自分が笑われていることに対してではない。それになんとも思わないわけではないが、まだ慣れている方だから。
でも、葵が笑われているのは、許せない。
「おはよっ、大神くん」
サッと熱が引いていったのは、目の前から親しげな声が聞こえたから。そこに立っていたのは、今登校してきたばかりの柏木だった。隣には、同じグループの窪田朱音が。そして柏木の背後。少し離れたところには、心配そうにこちらを見ている葵がいた。
窪田とはあまり話したことがないと言っていたが、柏木が間に入って一緒にここまで来たのかもしれない。
「なに、世奈って大神と仲よかったん?」
「最近ちょっとね」
「へぇ、なんか意外な組み合わせじゃん」
坂上達と違い、窪田の言葉には悪意のかけらも混じっていない。それどころか、自分には関係ないとばかりにどうでも良さそうで、亜麻色の髪の毛先を弄っている。
「夜露が心配してるから、行ってあげて?」
「あいつらほっといていいのか?」
チラリと後ろを見た柏木が、小さく囁いてきた。どうやらこの様子だと、坂上達の話し声は教室の外にまで聞こえていたらしい。
だが、あらぬ悪口を言われていた本人である柏木は、気にするなと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。
「大丈夫大丈夫。わたし、こう見えても口喧嘩は強い方だから」
「でしょうね……」
「その様子だと、大神も世奈に色々言いくるめられたってタチだね」
隣の窪田は愉快そうに笑っているが、俺としては昨日のことを思い出してしまって、イマイチ反応に困ってしまう。
ただでさえ、あいつらは昨日の俺と柏木の目撃情報を得ているのだから。
「ほら、さっさと行った」
「……悪い」
一言断りを入れて教室を出た。すぐそこには、どこか沈んだ表情の葵がいる。
またぞろ、ネガティブなことでも考えているんだろうか。お前の悪口も言われてたってのに、それでも俺や柏木のことで心を痛めてくれているんだろう。
本当、優しいやつだ。
「葵、おはよう」
「おはようございます……あの、大神くん、大丈夫でしたか……?」
「大丈夫って、なにが」
「……さっき、とても怖い顔をしてたので」
そんなに変な顔をしていた自覚はないのだが、客観的に見ていた葵が言うのならそうなんだろう。それに怒りのあまり、ついあいつらに吶喊しようとしていたのは事実だ。柏木が声をかけてくれなかったら、どうなっていたことやら。
長い前髪に隠れている表情も、葵はちゃんと見てくれている。それが、何故だか嬉しい。
「まあ、坂上のやつらがあんなこと言ってたからな。葵のことを馬鹿にされたら、そりゃ俺だって怒る」
「でも、大神くんの悪口も言ってました」
「俺は慣れてるからいいんだよ」
「良くないです」
苦笑気味に言えば、強い声で返された。ジッと俺を見つめる黒い瞳は、ともすれば睨んでいるようにも思えてしまう。
いつもとは明らかに様子の違う葵に戸惑っていれば、彼女の両手が俺の右手を掴む。
「大神くんは、あの人たちが思ってるような人じゃないことを、私は知ってます。私だけじゃなくて、伊能くんも凪ちゃんも、世奈ちゃんだって。本当はとてもカッコよくて、優しくて、素敵な魅力を沢山持ってる人だって、私達は知ってるんです」
ギュッと握り締める力は決して強くないが、それでも、そこから葵の気持ちが直接胸にまで流れ込んでくる。
両の手のひらから伝わる温もりが、どこか冷めていた俺の心をあたためてくれる。
「そんな大神くんを悪く言われるのは、嫌です。大神くんがどうも思っていなくても、私は許せません」
今も教室の中からは、俺を誹謗中傷するような声が聞こえてくる。最初は葵と柏木のことを言っていたのに、なぜ俺のことが本題になっているのやら。恐らくだが、葵だけでなく柏木までもが俺と親しげに話していたせいだろう。
思えば、柏木もおかしかった。口喧嘩は強いなんて言うくらいなら、以前の騒動の時に広瀬に任せず、自分で坂上達を言い負かせてやればよかったものを。
あいつも自分のためじゃなく、俺や葵、親しい相手のために怒っているのだろう。付き合いの短い俺が、果たして柏木の親しい相手と言えるのかは知らないが。
「大神くんは、もっと自分に自信を持ってください。あなたの魅力は、私が保証しますから」
最後にニコリと笑って、葵は言い切った。
いつも見ているそれよりも、もっと美しくて、魅力的で、俺の心の奥底にまで響くような笑顔で。
ここまで言われてしまっては、行動しないわけにはいかない。男が廃るってもんだ。
「あっ、ごめんなさいっ! いいいいきなり手を握るなんて、馴れ馴れしかったですよねっ⁉︎」
「いや、そんなことねぇよ」
真っ赤な顔してあたふたしだす葵。先ほどまでの雰囲気はどこへやら、いつものポンコツ夜露ちゃん降臨に、思わず笑ってしまう。
でもそんな、ポンコツでもたしかな強さを持つ葵の言葉に、俺は救われた。
「よう真矢」
「おはよ」
あたふたしている葵を微笑ましげに眺めていると、階段の方から朝陽と広瀬がやってきた。朝陽の朝練が終わって、来る途中で合流したのだろう。
「おう、朝練お疲れさん」
「おはようございます」
「葵もおはよう。なにやってんだこんなところで?」
あくびしてる広瀬の隣で、朝陽が首を傾げる。柏木と窪田は中で舌戦を繰り広げているようだし、この二人にまで情報はいってなかったらしい。
なにも言わずに教室の方を指差せば、随分と弱々しくなった坂上達の声と、何故か活き活きしてるようにも聞こえる柏木の声が。
「あいつら、まだ懲りてなかったのか」
「酷いんですよ、あの人たち! 私のことはともかく、世奈ちゃんと大神くんのことまで馬鹿にして!」
「あ?」
「ひっ……」
葵の言葉を聞き、ドスの効いた低い声を出す朝陽。いつもの爽やかさはどこへやら。いつもとら明らかに、まとう雰囲気が違っている。
つまり、怒っていた。
「ふざけんなよ俊のやつ。一回ボコボコにしてやろうか」
「落ち着け朝陽! 葵を怖がらせてどうすんだ馬鹿!」
今にも殴り込みに行きそうな朝陽を羽交い締めにして止める。周りの生徒達も、なんだなんだとこちらを見ている。ごめんなさいね、朝のゆっくりするはずの時間を邪魔しちゃって。
坂上を殴りたいのは俺も同感だが、ここで暴力沙汰に発展させるわけにはいかない。朝陽は夏に最後の大会もあるのだ。今暴力なんて振るってしまえば、学校側から出場停止を言い渡される可能性もある。
「はぁ……あのね、こっちは親友と幼馴染を馬鹿にされてんの。落ち着けって言われて素直に頷けると思ってんの?」
ため息を吐きながらも気だるそうに言ったのは、その目にはたしかに怒りの炎を燃やしている広瀬。一見朝陽よりも冷静に見えるが、全くそんなことないのは俺がよく知っている。
こいつら二人は、俺なんかのために、昔もこうして怒ってくれた。
それがとても嬉しいけれど、だからって二人に甘えるほど、俺はもう子供じゃないし、弱くもない。
ついさっき、葵に勇気をもらったから。
「なあ葵。お前今、カチューシャかヘアゴム持ってるか? ピンでもいい」
「え? ゴムとヘアピンならありますけど……」
「悪いけど、ちょっと貸してくれ」
怪訝そうな顔をしながらも、葵はカバンの中からヘアゴムとヘアピンを取り出して俺に渡してくれる。羽交い締めにしていた朝陽を解放して受け取り、制服のポケットの中へ。
唐突な俺の行動に、三人は首を傾げている。
「それ、どうするんですか?」
「今日の一時間目、体育なんだけどさ。俺、選択でバスケ選んでるんだよ」
バスケ担当の体育教師はかなり厳しいことで有名な、生徒指導の先生だ。やる気があろうがなかろうが、試合には積極的に参加しなければならなくなる。
とは言っても、殆どのやつらが比較的手を抜いていて、本気で動き回ってるやつらははしゃいでるリア充どものみ。もちろん、朝陽や坂上も例に漏れず。
「お前にそこまで言われたんだから、ちょっと見返してやることにするわ」
なるほどな、と呟いた朝陽が、ニッと笑った。同じく得心がいった広瀬は、頑張んなさいと言って肩を叩いて来る。
葵と柏木があいつらに馬鹿にされていた理由が、俺にあると言うのなら。俺のことを馬鹿にされるのが、葵にとって許せないことだと言うのなら。
見返してやるよ。他の誰でもない、俺自身の手で。




