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ブラインド・キッチン~忘却砦の小さな秘密~  作者: 津野 栄
忘却砦の極めて平凡な日々
2/47

一、牛すじカレーに人生を見失う①

最初はやっぱりカレーですよね。

まずは砦に辿り着きましょう。


 逃げてしまった猫を呼び戻し、オルコットは人好きのするほほ笑みを顔に貼り付けた。鉄壁の外面は伊達ではない。これしきのことで負けるもんか、と拳をにぎりしめる。せっかく今までヘムレンの所行に耐えてきたのだ。「さわやか好青年」の姿は堅持したい。

 鶏を捕獲して足を縛った小男は騎士スケルトニオと名乗った。年の頃は六十過ぎ。禿げ頭がまぶしい。頭皮が毛根と相性が悪い分眉毛とひげはウマがあったのか、もっさりと顔の大半を覆っている。

「騎士ヘムレンに騎士オルコット。飛龍便で報せが来とったよ。ヘムレン殿のご勇名はここでもとどろいておる。若いのも来るし、皆、楽しみにしとった」

 高いのに、さすがに着任連絡には飛龍を使うんだなあ。顔中に鶏の足跡を刻んだまま、オルコットは妙なところに感心する。普通の鳥便なら一タラム銀貨五枚ほどだろうが、飛龍を使うとなると一ジグタラム金貨二枚はする。ちなみに、いまのオルコットの所持金は銀貨八枚と一リルタラム銅貨十五枚である。こんな僻地にあって、それが多いのか少ないのかまったく想像がつかない。

 とても騎士には見えないスケルトニオが、踊るような足取りで軽快に二人を先導していく。相変わらずバタバタとうるさい鶏を振り回しながら、禿げ頭の騎士はヘムレンをちらりと振り返った。「ときにヘムレン殿」


「なんじゃな」

「テッサは故郷に畑を買って、婿も迎えたそうな」

 むひっとスケルトニオは笑った。目がいやらしい。少々悪意のある笑いである、が、さすがにヘムレンは動じない。

「ほほう、それは良かった。貢いだ甲斐があったというものじゃな。いや。男冥利につきる」

 例によって、かかかと笑ったヘムレンにスケルトニオは神妙な顔つきで頷いた。

「いや、聞きしに勝る大器であられる。色街でヘムレン殿を慕う女子が紅涙を絞るのも道理。これからは、師匠と仰がせてくだされ。わしのことはスケさんと」

「助平のスケさんじゃな。わしのことは絶倫のヘムさんと呼んでくれ」

 うひひひひひ、と好色な笑いを漏らしながらお互いの肩を叩き合う老人二人。エロじじいが増殖しやがった。オルコットの猫はまた家出しそうになっている。



   ■



 スケルトニオに案内され、厩に馬を預け、馬丁に世話を頼む。ひょろ長い老人はガスと名乗った。

「どちらもいい馬ですなあ。かわいがられとる」

 ガスがオルコットの葦毛の首をぽんぽんと叩いた。

「セレンをよろしく」

 丁寧に頭を下げたオルコットに、ガスはまかしとけと請け合った。垂れ下がった目尻が優しい。大切な馬を預けるのに躊躇う必要はなさそうだ。

 なにしろ都の外れの村では、危うく売り飛ばされるところだったのだ。ついでにオルコットも売られるところだったらしい。宿を求めた二人を快く泊めてくれた純朴そうな農夫兄弟が、夜中にぼそぼそとセレンの売値の相談をしていた。

「あのちっこいのも。色街に行ったら高かんべ?」

「んだなや」

 それを立ち聞きして彼らを叩きのめしたのは、他ならぬオルコットであった。

 オルコットが大暴れしている間、鼾をかいて眠っていたヘムレンが、「だから止めとけと言うたのに」と虫の息の兄弟をつま先でつつきながらあくび混じりに呟いた。どうやらオルコットとセレンをまとめて売らないか、ともちかけられていたらしい。

 じじい、いつか殺す。世間は油断ならないと学んだ一件だった。

 そんなことが些末に思えるほどそれから色々色々あったのだが、思い出したくもない。よく懐いてくれる馬たちだけをよすがに、ここまでやってきたのだ。

 ヘムレンの黒馬はヘリオという。大柄な主人を乗せるにふさわしい大きな馬だが、優しくて面倒見がよい。旅の途中。山越えに疲れたセレンを何度も立ち止まって待ってくれた。ヘムレンが先を急がせているのに、セレンが追いつくまで頑として動こうとしなかった。主人よりもよくできた馬である。

「ヘリオ、セレンを頼むよ」

 軽く叩くと黒馬はぶひんと返事をした。

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