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旅の終わり そしてはじまり

「高齢者福祉」「少年成長」「地場産業」「郷土食グルメ」の4つを柱に恋愛もちょっとからむ騎士ファンタジーです。

あとあと残酷な描写が出てくる予定ですが、最初はほのぼのです。



 馬がげんきだ。ついでに隣の爺さんもげんきだ。

カポカポと呑気な蹄の音をさせながら二人は旅を続けている。それぞれの馬に括り付けた荷物はひと月分の土埃をかぶって薄汚れている。しかし、もうすぐこの旅も終わる。

 それなのにまったく心が弾まないのは何故だろう。

 オルコットは空を仰いだ。薄ぼんやりとした曇天はこれからの己の運命を暗示しているようで、遙か彼方まで続いているのにうんざりする。隣をちらりと見ると鉄錆色の目がじっとこちらを見ていた。慌てて姿勢を正して、わざとらしく咳払いをする。

「騎士オルコット、おまえはどうしてエンリカへ飛ばされるのだ? 見たところずいぶんと若いようだが、幾つになる?」

 じじい、うるせえぞ。オルコットは内心毒づきながら、長年育てた愛想のよさでにこやかに答える。

「私は十四男なのです。五男まではなんとか養子のクチがありましたが、それから下は自力でなんとかするしかありません。賢い兄たちは二人ほど聖職者になれましたが、私はそれほど頭が良くないもので」

「なるほどな」

 そこで納得するな、じじい、てめえはどうなんだよ。オルコットの猫かぶりは年季が入っている。あくまで爽やかに応じた。

「騎士ヘムレン、あなたは『アマンラ戦役の英雄』ではありませんか。莫大な恩賞をもって悠々自適にお暮らしとばかり思っておりましたが」

 嫌味である。ヘムレンの別名は『放蕩騎士』。

 三千の敵兵の直中にわずか七十騎を率いて突入し、みごと敵将を討ち取った武勇は、半ば伝説のように語られていた。オルコットも寝る前のおとぎ話のように何度もその話をきいたのだ。オルコットより年長ならば、知らぬものなどいまい。トロニア中の男の子の憧れる英雄が彼だった。 だった、と過去形なのが肝心なところだ。オルコットが十歳になったあたりで、大人たちはぷっつりと彼の話をしなくなった。理由は騎士見習いとして従卒勤務をしているときに知った。

 ある日を境に、ヘムレンは別人になったのだ。飲む打つ買う。三拍子揃った見事なろくでなしと化したヘムレンは恩賞を使い果たしただけでなく、家屋敷や所領をすべて売り払い、ついには鎧までも手放した。たぶん、今乗っている黒馬と長剣だけが全財産のはずだ。

「なに、金はあるだけマルタとハンナとミアとタニスとテッサに貢いでしもうたな。いや、いい思いをさせてもろうた。」

 かかか、と笑う老人にオルコットはげんなりした。俺の憧れをかえせ、えろじじい。にっこりと笑う好青年の顔で密かに罵倒する。うっかり気を抜くと、猫が五匹ぐらい逃げだしそうだ。

「で、エンリカまでわざわざ行くのはなぜだ? その若さで」

「希望したわけではありませんよ。兄の命令なのです。」

 嘘ではない。嘘ではないが真実でもない。渋る長兄をなだめすかし、懇願しての『命令』である。それも、かなり自分勝手な理由だ。とにかく都から遠くへ離れたかった。ちょっとやそっとでは帰ってこられないような地の果てに。

 逃げたかった。

 そんなオルコットにとってエンリカ砦はまさにうってつけの勤務地だ。まず、都から陸路でひと月かかるのがいい。それも馬車では越えられぬナムカンサ山脈、森林狼の跋扈する広大なリガルド森を踏破し、野宿を重ねなければならない。そして辿り着くのはやたらと広いだけの貧しい村と小さな港町を背にした石造りの無骨な砦である。

 大概のものはその名を聞いただけで心が折れる。それでも行くのは、よほど切羽詰まった事情のあるものだけだろう。

 今のオルコットのように。

 森は抜けたが、未だ人里離れた草原にいる。見渡す限りの緑。なだらかに上下する絨毯のような足下に道はなく、たまに現れる矢印の札が下がった低木がなければ確実に迷ってしまったことだろう。

「おお、見えてきたぞ」

 ヘムレンは言った。言われるまでもなく、オルコットにも見えているそれは赤茶けた長大な石の壁だった

 サルマーク騎士団の本拠地エンリカ砦。

 またの名を『忘却砦』。忘れ去られた土地にある、忘れ去られた者が集う場所。




    ■




 「エンリカ」は大昔のお姫様の名前である。意地の悪い継母によって森に捨てられた彼女は狼に育てられ、長じて実力で所領をを奪い返したという。領主となった後はいかなる敵に攻められようとも。すべて撃退したらしい、

 なんだかお姫様としては変だよな。オルコットは思う。

 どう考えてもお姫様ではなく、騎士物語の主人公だ。あまりにも殺伐として勇ましすぎる。とても武芸に秀でていたとか、怪力無双だったとかそういう言い伝えはない。ただ、しっかりと領地を治め、この砦を築いたと伝えられている。

 近づくにつれ、砦の全容が見えてきた。

 でかい。とにかくでかい。

 オルコットは首を上下左右に動かして、巨大な壁を眺め回した。

 これは「城」だ。砦は戦闘のためだけの軍事施設にすぎないが、城はすなわち街である。領主の館と教会を中心に多くの領民が生活をする場だ。

 しかし、ここにはそれほどの人口はないはずだ。

 オルコットは開門を求めるヘムレンの銅鑼声に頭痛をおぼえながら、馬に乗ったまま待った。勤務が始まれば好きにしてよいが、着任のときだけは騎乗のまま正門をくぐるのが通例である。

 重苦しい金属音の後に扉がきしみながら開いた。

「コーコッコッコッコッコッ」

 オルコットの顔の真ん中に鶏の跳び蹴りがきれいに決まる。平時なら避けられたかもしれなかったが、畏まって両手で手綱を握りしめていたために不覚をとった。

 「逃がすかぁっ!」

 続いて気合いとともに、オルコットの頭ごと捕獲用の網がかぶせられる。鶏が暴れてオルコットの頭を蹴り回す。

「ふひゃひゃひゃひゃひゃ」

 まったく遠慮なしに、ヘムレンがこちらを指さして笑っている。 

 首まですっぽりと網に納まったオルコットは、長いつきあいの猫たちが集団で逃げていく幻影を見た。

「くそじじい、笑うんじゃねえええっ!」

 騎士オルコット、十七歳の春である。

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