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話の63:夢覚めて(+4)

 彼女が私へ注ぐそれは、生半可でない対抗心。不撓不屈の精神に猛る、倒越とうこの念。

 述べられた言葉は真実である。伊達や酔狂で、いい加減な事を言っている訳じゃない。誰よりも、私はそれを理解しているからこそ、断言出来る。

 メルルは随分と昔から、私の事をライバル視してきた。それは一方的なもの。そして過度に激しく熱いもの。

 理由は1つ。CODを使った戦闘で、毎回私が最高撃墜数を取る為だ。彼女はそれが気に入らないらしい。というか、勝負事に負けるのが嫌いらしい。私は別段、誰と競っている訳でもなく、自分に出来る事を、私にしか出来ない事を、ただ全力でやっているだけなんだけど。でも彼女はそう思っていない。

 そもそもに於いて、事の発端はメルルの性格にる。彼女は全ての事柄を勝負事と同義に考えているようなのだ。例えそれが志を同じくする仲間同士の共同作業であっても、彼女の中では明確な勝敗が存在している。そして、その全てに勝たないと気が済まない。そういう性分らしい。

 このようなメルルの思考回路から見た私は、目的達成を阻む最大の障害であり、打ち負かすべき目標なのだとか。

 そんな訳で、彼女は私を激しくライバル視している。私に語った言葉も、メルル特有の価値観を下地にした本心からの挑戦。勿論、大真面目だ。


 でも私としては複雑な気分。

 勝負しているつもりもないのに、一方的な戦意を向けられるのは対応に困る。相手が真剣だと判るから余計に。

 適当な事を言って誤魔化すのも悪いし、だからといって素直に受けていいものか。悩んだ末に私が取るのは、相互理解を求めての話し合い。


「メルル、何時も言ってるけど、私は貴女と競うつもりはないから」

「あん?」


 強く輝く彼女の瞳を見詰め返して、私は何度と無く口にしてきた言葉を投げる。

 対するメルルは片眉を上げ、怪訝な顔を作った。


「私達は仲間でしょ? 私はね、仲間同士で競争とかはしたくないの。皆で仲良くしたいじゃない」

「おいおい、笑えねぇ冗談は止せよ。オレはな、そんな砂糖みてぇに甘っちょろいオトモダチごっこがしたい訳じゃねぇんだ」

「お友達ごっこって……私は純粋に、志を同じくする者として手を取り合っていきたいだけなの」

「へっ、勝ち逃げなんざ許さねぇぜ」

「いや、だからね、勝ち逃げとかじゃなくて。私達には共通の敵がいる。本当に倒すべき相手が。それなのに仲間内で優劣を競うなんて、そんなの変よ」

「テメェの価値観なんざ、知ったこっちゃねぇな。オレはテメェに勝つまで諦めねぇよ」


 メルルは挑戦者の眼差しで、不敵な笑みを浮かべる。

 底知れない明光を湛えたそれは、正しく獲物を狙う猛禽類の目だ。これを見た瞬間、私は理解してしまう。彼女は自らの発言を真摯に守り、己が行く道を突き進むだろうと。けして横道に逸れず、途中で諦めず、自身が力尽きるか目的を遂げるかするまで、全力で駆け続けるだろうと。

 悲しいかな、予想通りの結果となってしまった。彼女は私の言葉を一切聞き入れず、胸に刻んだ決意を表明して終わる。この流れは毎回の事。この話題に限っては、私とメルルの間で話し合いは成立しない。

 彼女の横暴さ、自己中心的な言動は赤巴君を彷彿とさせる。正直言って、メルルのこういう部分は好きじゃないないけど。でも、こんなだからこそ『メルルらしい』と思ってしまうのは、私も心のどこかでそれを認め、受け入れているからなのかもしれない。

 面と向かって『ここを直せ』と言えないのは、それが原因かも。よくはないけど、最近じゃそれも仕方ないかと思う。言っても無駄なのは随分前から実証済みだし。半分以上、諦めの領分よ。そこもまた赤巴君と同じ。


「はぁ」


 同じ問答の繰り返し。その徒労感に、思わず溜息が出てしまう。

 けれど不思議と、さっきまで胸中に渦巻いていた憤激は薄れていた。今では赤巴君への怒りも緩和され、苛立ちを感じない。

 メルルと話している事で気分が紛れた? 彼と同じ様な性根の彼女を前に、怒りを超えて呆れてしまった? 単純に時間が精神を安定させた? 理由は判らない。けどきっと、どれもが少なからず影響しあって、総合的な結果として私の心を癒してくれたんだと思う。……いえ、この場合は癒しとは言わないか。

 何にせよ、少しだけ調子が戻ってきた感じだ。切っ掛けはメルルと言葉を交わした事なのに間違いは無い。その点では、彼女に感謝してもいいかな。勝負勝負とせっついてくるのは勘弁して欲しいけど、ね。


「溜息なんぞ吐いてんじゃねぇよ。悩みがあんならブチマケロってんだろ」


 相談事にしては語調を荒め、挑むような目のままメルルは迫ってくる。

 一瞬、その態度こそが溜息の原因だと言いそうになり、慌てて言葉を飲み込んだ。仮にも、私の気持ちを軽やかにしようとしてくれているんだから。それが自分の為であったとしても、気を遣おうとしてくれているのは事実。無碍むげには出来ない。したくない。

そう思った時、ふと赤巴君の顔が脳裏に浮かんだ。

 彼も言いたい放題言うし、自分勝手に告げるけれど、それでも私に休むよう勧めてきた。確かに全ては自分の為だろう。だからこその言葉でしょう。それでもやっぱり、薄くても、易くても、形だけでも、気遣ってはくれたんだ。両手を上げて喜ぶ事は出来なくても、少しぐらいなら、有り難うの気持ちを持っていいかもしれない。本当に、少しぐらいなら。


「ん、大丈夫」

「あん?」

「なんだか、もうあんまり気にならなくなったから」


 完全に晴れた訳ではないけれど、さっきよりは随分マシな気分になれた。

 だから顔を緩めて、笑顔で返せる。

 そんな私の様子にいぶかしげな目を向けて、でも何も言わずにメルルは頷いてくれた。


「そうかよ。ま、ならいいがな」


 彼女らしいぶっきら棒な言い様だ。けれど、そこはかとない安堵のようなものを、その中に感じたのは気のせいじゃないと思う。

 どんな理由であれ、私が立ち直る事を彼女は望んでいたから。期待通りに事が進んで、その結果へ満足したんでしょう。目的以外の細かな事を一切気にしないのも、彼女の性格だし。


「メルル、やっと見つけたよ」


 自分の心へ一応の安定を取り戻した直後だ。私達の耳に第三者の声が入り込んでくる。

 これまた聞き慣れた声。私は視線を動かし、発声主を追った。その捜索は簡単で、対面に立つメルルの後方にて発見出来る。長く幅広の通廊が先、私より直線状にして幾許かの距離に、その人は居た。


「あ? んだよ」


 名前を呼ばれた当人は面倒臭そうに体毎振り返り、自らの呼び主へ向き直る。

 その間にも相手は歩を進め、私達の方へと近寄っていた。

 徐々に距離を詰めてくるのは、黒髪を背中まで流した小柄な少年。身長は150cm半ば程。年の頃は15、6といった感じ。中性的な顔立ちで、線が細く、気が弱そうだ。見るからに軟弱な印象を受ける。

 赤巴君のように堂々としていれば、多少女の子っぽい顔をしていても、侮られる事はないと思うんだけど。でもこの子の場合は性格上、それも厳しいみたい。


「こんな所に居て。今日はラビュリンスの調整をやるからって、言っておいたでしょ」


 私達のすぐ傍まで遣って来たその子は、困ったような顔でメルルを見上げている。

 彼が着ているのは、整備士の証である年季の入ったツナギ服だ。それもその筈、彼ことエリック・グロリアは、CODラビュリンスの専属整備士だもの。私と赤巴君のように、メルルとはパートナー同士。

 この2人を見る度に思うけど、基本的に引っ込み思案で押しの弱い少年と、自分勝手で攻撃的な女戦士のコンビっていうのも可笑しいわよね。第一印象そのままに、彼は相棒に振り回されてるし。ちょっと他人事とは思えない親近感を覚えちゃう。


「そうだっけか?」

「そうだよ。酷いや、忘れてたなんて」


 腕を組んで首を捻るメルルに対し、少年は眉根を寄せて抗議する。

 彼としては真剣な反論なのだろうけど、その容姿や小動物系な雰囲気の所為で、怒っているというよりは泣きそうに見えるけど。

 彼の相手が一般的なお姉さん達だったなら、母性本能をくすぐって効果覿面こうかてきめんだったかもしれないけど、相手がメルルではそれもない。彼女は怒っていると思われる少年の様子など意にも介さず、逆に鋭い目を向け睨み付けた。


「男のクセにピーチクうるせぇ野郎だな。テメェはあのクソオカマの同類かコラ。あ? シバキ倒すぞ」

「はうぅぅ、ご、ごめんなさいぃ〜」


 強い口調で攻め立てるメルル。これを受ける気弱な少年は、相手側に非があるにも関わらず、自分から謝罪の言葉を口にしてしまう。

 上から目線で、体格的にも実際見下ろしながら恫喝どうかつする女性と、彼女の前で身を縮込めて頭を下げる少年。その構図は、傍から見たらチンピラに絡まれている学生さんだ。どう捻ってもパートナー同士には見えない。

 メルルは自分より弱いと断じた相手、生理的嫌悪感を抱く相手には遠慮なんてしないうえ、トコトンまで厳しい。如何に専属整備士が居なければ十全な状態で戦えないとは言え、相手の弱さを推してまで敬意を表したりはしない。

 彼ももう少し強気な態度に出られれば、メルルから舐められる事もないのに。やっぱり、これも性格なのね。


「メルル、そんなにエリッ君を苛めないの。可哀想じゃない」


 狼狽し、全身を小刻みに震わす少年。本当に泣き出しそうな彼を見かね、私はメルルを軽く咎める。

 そんな私へ、彼女は不満気な顔を向けてきた。弱者をなじって何が悪い、とでも言いたげだ。


「い、勇魚さん」


 一方で、エリッ君(私が付けた愛称だ)もまた、こちらを見てくる。

 助け舟を出してあげた事が余程に嬉しいのか、その瞳は両方共に潤んでいた。単に、メルルより脅されていた残り香かもしれないけど。

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