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話の6:すわ!仲間集め(5)

 次世代品種セカンド

 それは卓越した人類の科学技術と、発展を遂げた遺伝子工学の申し子。

 卵体時の発生段階から遺伝子操作及び改造処置を施され、特異能力サイキックを発現・付与された人工生命体へつけられる俗称だ。

 こうして生み出された者の多くは、その特殊な能力を使って戦う事を目的に設計されている。即ち生体兵器。

 かつて動乱の渦中にあった時代、拠点制圧用・広域殲滅用・要人暗殺用等、様々な目的に副って作り出された戦略兵器達。生きた戦争の道具。それが僕等の始まりであり、或いは僕等自身だった。

 次世代品種セカンドは意図的に能力を強められている為、非常に有用な兵器となる。

 未調整の能力者、つまり一切遺伝子操作を受けていない天然の能力者と比べ、使用出来る特異能力サイキックの強さが段違いであり、望まれた能力を与えられているので使い勝手も良かった。

 しかし世界の安定化に伴い、次世代品種セカンドの存在意義は急速に薄れていく。

 本来が戦闘兵器として作り出されている次世代品種セカンドは、争いがない場所では持って生まれた能力を忌避され、恐怖の対象となった。

 そうした次世代品種セカンドの辿る末路は惨めなもの。

 彼等に具わっている特異な力が自分達へ向くのを恐れた人々によって、大規模な次世代品種セカンド狩りが何度となく行われたからだ。

 次世代品種セカンドは物として位置付けられ、人権は認められず、追い立てられ、痛めつけられ、悉く捕えられ、そして処分された。

 月と地球双方で遺伝子操作による生体兵器開発が禁止されている現在、一時期大量に居た次世代品種セカンドは極少数。度重なる次世代品種セカンド狩りを逃れた生き残り達は、自らの力を隠し、世間に紛れ、息を潜めて生きたきた。

 しかし中には危険を承知で、自分の力を多大に利用し仕事をこなす者も居る。

 そう、僕のようにアウェーカーとして働く者が。



「は、はは、どうりで」


 幾らか上段となる道路の間中に立ち、らうは細目を開けて僕を見下ろしている。

 その顔は笑みの手前で引き攣り、半端に開いた口の中から乾いた笑い声が零れ出ていた。

 彼の目に宿る光。僕はそれを見逃さない。

 驚愕と好奇、そして本能的な嫌悪と畏れ。

 他者が僕の存在を知った時に浮かべる感情の色は常に同じだ。友好的な成分はなく、昏い負の色が巡り、そして注がれる。

 昔からそうだった。僕の力を知ると、周囲の僕を見る目は一瞬で変わる。

 けれど僕自身は何も感じない。もう、感じる事は無い。

 幼い頃から幾多の目に晒されてきた今では、それが当然なのだと思えるようになったから。

 けれど、あの目を向けられると時折に、頭の何処かで微かな映像が浮かぶ。

 それは一人の……


「次は殴らせて貰う」


 意識の奥底で明滅する古い記憶の欠片。軽く頭を振ってそれを消し、僕はもう一度劉を見た。

 そのまま両手を段差の始まり、道路の陥没部入り口の縁に宛がって、両脚で思い切り地を蹴る。

 倒立の要領で体を後方へ流し、同時に腕へ力を込め、掴所かくしょを軸に反転。体を上空へ滑らせ、道路の上、劉の立ち位置まで身を動かす。

 それと共に意識を集中。己の右脚に力の流れをイメージし、路面を視線直下へ捉えたまま、横薙ぎに振り払う。

 瞬間、右脚に爆熱の力が生じ、赤熱する衝撃を伴って、劉の顔面を襲った。


「うわっち!?」


 寸で。

 劉が反射的に身を退げた事で僕の脚は空を切り、彼の眼前を抜ける。

 爪先が前髪の幾本かを掠めただけに終わり、触れた緑髪を瞬時に焼き消した。

 辺りには微かに蛋白質の焦げる臭いが生まれる。

 鼻へ不快な臭気を感じながら、振った脚を路面に付けて、即座に体を起こす。

 道縁より両手を放し、捻った上体を戻しつつ僕は立ち上がった。

 その正面に劉を見る。

 彼は数歩後退り、焼けた前髪の燃え根を触っていた。けれど直ぐに僕へ気付き、強張った笑みを浮かべて、二挺の銃をこちらへと向ける。


「僕に通用しないのは、証明済みだと思うけど」


 突き付けられた2つの銃口、その合間かららうの顔を見て僕は言った。

 眼鏡がない今、何時も以上に細めた目は、相手を見据えるような形になっているんだろう。

 そんな僕と正対する彼の表情は硬い。

 銃操使者ガンナードである自身の武器が通用しない為か、僕が次世代品種セカンドである為か。恐らくはその両方の理由から、出会った当初の軽妙さはナリを潜めていた。

 それでも諦めず銃を向け続ける気概は、彼の精神的強さを感じさせる。

 最後まで足掻き続けんとするアウェーカー魂、とでも言えばいいのか。先刻に実感した銃の腕前といい、紙一重で僕の攻撃を躱す身体能力といい、僕は劉の事を見直した。

 彼は充分に腕の立つアウェーカーだ。一緒に行動する事に支障はない。

 ただ、ソレとコレとは話が別。この戦いはこの戦いで、ちゃんと決着をつけさせてもらう。


「かもしれんが、諦めは悪い方なんでね」


 ぎこちなく微笑んで、強引に口唇を吊り上げ、劉は手にした拳銃の引き金を引いた。

 瞬間、暴力的な撃音が鳴り響き、それへ誘われるように2つの弾丸が僕へと向かい来る。

 だが僕に避けるつもりはない。

 右手で拳を作り、爆裂する熱波のイメージを描くと共に踏み込む。

 集中された意識に導かれ、赤い力が右腕に集う。それと相まって自身の正面部へ熱量の薄膜が布かれた。

 無遠慮に飛び込んできた銃弾は、張られたばかりの熱膜に激突する。不可視の障壁に阻まれ動きが止まると、膜と弾の接点に微量の波紋が生まれた。

 しかしそれだけだ。僕の歩を止める役には立たない。

 眼前で止まった弾を無視して更に前へ。銃弾を捕えた熱膜はこれを内側へ飲み、強烈な熱気と温度で瞬間的に融解させる。

 この膜は僕が能力を使う事によって、意識せずとも発生する余波のようなもの。物理的な存在を通さない堅牢な盾であり、触れる物を焼き尽くす剣でもある。

 けれど本来の役割は違う。

 もし僕が自分の力を制御出来なくなり暴走した時、溢れ出る灼熱の波動を外部へ漏らさない為の隔壁だ。僕と外界を隔て、爆発したエネルギーを僕諸共障壁の内側へ抑え込み、発生元である僕が自分の力で燃え尽きるまで封じる為の結界。

 僕を造った者達が設けた安全装置。それが平時には僕を護る盾として利用出来ている、というだけ。


「やっぱり通じねぇか」


 舌打ち混じりに声を吐き、劉は僕を見たまま後退る。

 額に溜まった汗の粒が、やけにはっきりと見せた。


「これってよぉ、卑怯なんでない?」


 ニヤけるような形で半ば固まっている口から、彼の抗議の声が漏れ出る。

 僕はそれを聞きながら、握った拳を肩より後ろへ引き、次の一歩と同時に繰り出した。

 右腕に纏われる爆熱の力、赤の衝撃が布か何かのように視覚される。

 拳から肘まで巻き付く炎状の衝波を従え、僕の腕が劉の頬骨を狙い走った。

 後に続くのは赤い軌跡。

 熱波の残滓が微かに大気を裂き、焔の残り香を空へ散らせる。

 僕の一撃は予期した通りの道を駆けた。しかし拳は何を打つ感触も得られていない。

 今正に殴打しようという直後、またも劉は寸でで身を退き、直撃を避けたからだ。


「あっぶねぇ!」


 躱された拳は彼の眼前を抜け、冷や汗をまびいた標的から逸れて下がる。

 そこで僕は咄嗟に腕から力を抜き、右脚へ意識を向け直した。赤熱する力を新たに宿らせ、空振った拳打の勢いを保ったまま、左脚を軸として全身を捻る。

 体の回転に合わせて右脚を下段から上段へ引き上げ、再度劉を正面に迎えるや回し蹴りを見舞った。


「危ないのは、お互い様だ!」


 返答とばかりに僕も叫び上げ、赤の放華を乗せた右脚、それを彼の横面目掛けて振り抜く。

 燃える力を共にして迫った蹴撃。

 完璧なタイミングで打ち込んだ筈だった。


「うおぉぉっと!」


 耳に付く怒声。

 来るべき感触がない右脚。

 何も無い空を行く三度目の攻撃。

 劉は上体を後ろへ大きく逸らし、ギリギリではあるが、この一撃も避けきってしまう。

 予想外。

 またしても失敗に終わった。

 決めた狙いへ未踏の脚は、半弧を描き路面を踏む。

 僕が体勢を立て直すのと殆ど同時に、劉もまた次行動可能な状態へ戻っていた。


「くっ、また避けられるとは」


 僅かばかりに眉間へ皺を寄せ、僕は我知らず毒づく。

 ここまでとは。流石に思ってもみなかった。


「はぁ、ふぅ、死ぬかと思った」


 視線を前方へ流せば、劉は荒い息を数度吐き、胸を撫で下ろすようにして呼吸を整えている。

 見る限り、回避に余裕はないようだ。だが彼は僕の攻撃を今まで全て避けている。

 これは侮れない。

 我武者羅がむしゃらに向かっていくだけでは、効果的に一打を与えられないか。


「ぐっ」


 次の一手を考えている時、胸の奥に鋭い痛みが走った。

 僕は反射的に胸を押さえ、小さな呻きを零す。

 針を心臓に突き刺されたような痛み。唐突に訪れたそれを感じ、額に脂汗が滲んだ。

 体感時間としては数分のように感じたけれど、実際には一瞬の事。生じた傷みはすぐに消え、僕は胸から手を放した。

 傷みの原因は判っている。

 僕の使う力だ。

 僕に具わっている特異能力サイキックは、自分の周囲へ任意に強力な熱量を発生させられるというもの。その時に生じるエネルギーが大きい為、僕の力は半実体化して他者の目へ炎の如く視覚される。

 しかし実際には炎のように見えるだけで炎じゃない。巨大な熱と破壊の力を持った波動、流体するエネルギーそのものだ。

 だから発現中の力が別の物に燃え移る事はないし、僕の体から30cmも離れては存在出来ない。また普通の炎とは違うので水中でも使用可能だ。

 ただ炎が酸素を媒介して存在するように、僕の力もある物を燃焼させて存在する。

 僕の力を発現し維持するのに必要のは、僕自身の生命力。僕という個体を構成する約60兆個の細胞一つ一つが持つ生命力を利用し、僕はこの力を発動している。

 能力を使えば使うだけ、細胞は力を失い死に至る。一定量の細胞が死滅すれば僕の体はその分、正常な機能を失い不調化し、衰弱していく。

 そうなると体は異常を訴え、傷みというシグナルで報せてくる。最初のうちはまだ警告だ。幾許かの余裕はある。けれど伝えられた信号を無視して力を使い続ければ、生命の危機に陥るだろう。

 僕の力は攻撃面に特化した強力なものだが、多用には向かない。

 最初から能力を使わないでらうの攻撃を避けていたのも、相手の出方・戦法を窺い、確実に勝つ為のタイミングを計る為だ。

 頻繁に使えない能力だからこそ、使う時には一撃必殺の心構えで挑まねばならない。

 でも現実は思い通りにいかなかった。合計4発の攻撃分を使用しても、劉には決定打を与えられていない。

 ああ勿論、直接殴る時には能力を大幅に減退させて、死なない程度に加減をするつもりではあったけど。

 だとしても一撃を入れる直前までは全力で行くつもりであったし、事実そうやっていた。それでも攻撃を当てられないのだから、困ったものだ。


「へ、へへへ、赤巴、まったくお前さんは、おっそろしい力を使うねぇ」


 頬を伝い顎にまで流れてきた冷汗を手の甲で拭い、劉は半開きの口から断続的な笑声を垂らす。

 表情は笑み一歩手前の状態で硬直してしまっているようだ。強い緊張を見取る事が出来るが、同時に妙な滑稽さもある。

 尤も、本人はそれどころじゃないんだろうけど。


「君も、そこまで動ける人とは思わなかった」

「まぁ、そこそこ場数は踏んでるからな。いざって時は、結構体が勝手に動いてくれるもんさ。死ぬのはゴメンと、体も言ってるようだ」

「経験による反射、か」


 互いに見詰め合い、視線を宙空で交差させ、僕等は言葉を交わす。

 既に両方共、喧嘩始めの険悪な雰囲気はない。双方持てる力を出してぶつかり合った事で、心に留まっていた負の感情を払拭したのだろうか。

 少なくとも僕は、彼の大凡の実力が知れた事で不信感や疑念は消す事が出来た。

 それでも、このまま戦いを止める気はないけど。殆ど意地だな、これは。


「なんだかんだで、判ってきた事もあるぜ。お前のソレは、どうやら肉体を介してしか使えないらしい。さっきからずっと接近戦に持ち込んでばかりだからな」


 劉の表情に変化が起こる。

 今まで固まっていた顔が、彼の意思でだろう、得意気な笑みへと変わった。

 僕の能力の一部を看破した自信が、精神的な余裕を取り戻した原因だろう。


「これだけやれば、流石にバレるか。その通り。僕の力は肉弾戦で最大の効果を発揮する。けど、それが判っても君には手の出しようがないと思うけどね」

「銃を撃っても効かねぇんじゃな。距離を取って戦う訳にもいかん訳だ」

「そういう事。結局、君が僕に勝つには、接近戦しかない」

「ほぉ、それはつまり、飛び道具に頼らず近付いて戦えば、得体の知れないシールドに邪魔されないって事か?」

「やってみれば判るさ」


 さあ、会話はここまでだ。

 僕の力も限界が近い。そろそろ決着をつけよう。

 もう一度右の拳を握り、意識を集中して能力を発動させる。

 視線は真っ直ぐ劉へ固定して、駆け出す為に両脚へ力を込めた。

 彼も手にしていた銃をコートの下、最初に取り出したホルスターへ戻し、拳を固めて構えを取る。


「この辺りが頃合だ。決めさせてもらう」

「望むところよ。こいやァッ!」


 戦意を含んだ眼差しで互いを睨み、僕等は相対者目掛けて駆け出した。

 一歩を踏む毎に縮まる距離。進む毎に近付く相手。

 僕は力宿した腕を振り上げ、纏う赤波の散り粉を、背後の世界に靡かせる。

 向かい来るらうもまた右手を掲げ、撃破の覇気を灯して直走っていた。

 元から然して離れていなかった立ち位置だ。互いの間合いが詰まるのに時間は要らない。

 僕等はそれぞれに接近し、最終的な狙いを定め、各々で攻撃行動に移る。

 僕は真正面から劉の顔を注視し、握った拳と滾る力とを今、前面へと押し出した。

 反して、対面のアウェーカーは最後の踏み込みを前に、突然歩を止める。

 この期に及んで行われた予期せぬ行動に、僕が瞬きのような驚きと不審を抱いた瞬間。彼は固めていた右拳を止め、駆ける最中に後腰へと回していた左手を抜く。

 ここまで来たら最早、互いの全力を拳に込め殴り合うばかり。そう思い込んでいた僕は、握られた彼の右手にだけ意識を向け、左手の動きには気を留めていない。

 だから左手が動くのは見えていても、それに意味があるとは思っていなかった。

 先刻までの事で、劉の得意とする銃撃は僕に通じない事実は出来ている。故にこれ以上の無駄な行動は無いと、そう高を括っていた。その油断が僕の目を曇らせ、注意力に盲点を作ってしまう。

 止まった右手の代わりにこちらへ向けられた彼の左手には、一挺の銃が握られていた。今まで使っていた物とは違う。デリンジャーと呼ばれる小型の銃だ。

 恐らく、コートに隠れて見えない腰部後方に隠し持っていたのだろう。

 新たに手へと持たれた小銃が、メタリックブルーの銃口を僕へ固定している。


「こいつは先輩としての忠告だ。出来るアウェーカーってのはな、どんな状況も想定して対策を講じとくもんさ。備えあれば嬉しいな、ってな!」


 既に自拳を繰り出している僕の耳へ、劉の声が流れ込んでくる。

 述べられた言葉の真意を僕が理解するよりも早く、彼はトリガーへ掛けられた指を引いた。

 目と鼻の先という傍近くで撃発音が鳴り、一発の弾丸が撃ち出される。

 この時、全身の神経が逆立つような危機感を覚えた僕は、ほぼ無意識のまま弾線から上体を逸らした。

 全意識を避ける一点に集中する事で、緊急的に体を動かす。

 半瞬後、射線上からズレた僕の頬を高速の一撃が掠めた。灼熱感を伴う痛みと共に極僅かな接面で皮膚が裂け、微量の血が流れ出る。


「っしい、外した!」


 UFOキャッチャーの景品をギリギリで取り逃した時の様な、惜し気を満面に刷いた顔で劉は舌を打った。

 だが僕は彼の表情も声も、自らに掛かった鮮烈な痛覚も、殆ど意識していない。

 胸中に去来する驚きが、それら全ての外的情報を凌駕していたからだ。

 劉の放った弾丸が僕に届いた。

 一発の弾丸は僕の前面に張られた熱膜を貫き、その効力を無視して突き進む。それは何故か。何が起こって僕の障壁は突破された。

 目まぐるしく回る疑問の横で、可能な限り思考を巡らす。記憶と知識を総浚いし、この状況を生む可能性を素早く探す。

 心当たりはあった。故に短時間で結論を弾き出せた。

 その結果、導き出された答えは一つ。


対精魔障抗貫徹弾アンチ・マテリアル・ブリッド


 強引に行った回避行動の影響で瞬間的硬直に陥る最中、尚も僕を捉える銃口を睨み独語する。

 魔力だとか精神波だとか、非物質の超常系エネルギーを中和して無力化する専用の弾丸。そういう特別な道具が存在していると聞いた事がある。

 その名称が確か対精魔障抗貫徹弾アンチ・マテリアル・ブリッド


「ほほぉ、知ってたのか。でもその面からすると、知識としてだけしか知らなかったようだな。しかも大して信じてなかっただろ?」


 図星。

 劉の言う事は全く以って正解だ。

 今までは噂程度、それも眉唾に等しいレベルとしか考えていなかった。それがまさか、本当にあったなんて。

 しかも自分へ向けて使われたとは、夢にも思わなかった。

 実在を疑っていた所為で意識なんてしていない。だから警戒も皆無。


「確かにこの弾は超絶希少品で、一般にゃ出回ってない。お前さんが実物を見た事なくても、無理ないってもんよ」


 得意気な顔で、劉は自らの切り札と思しき特別弾を自慢する。

 追い詰められているという焦燥は、今や微塵も見られない。

 僕に対し決定的な武器を手にしている為の強みと余裕が、彼本来の明るさを取り戻させているのだろう。


「そんな物を持っているとは、油断したよ。……何故もっと早く使わなかったんだ」

「奥の手は最後まで取っておくもんだぜ。それにコイツは貴重品で無駄撃ち出来ん。確実に当てたかったのさ」


 近距離で動きを止めた状態で問う僕へ、劉はデリンジャーの狙点を動かしながら答える。


「手詰まりになった俺が、ガチで殴りに行くと見せ掛けてお前の注意を引かねぇと、マトモに当てられそうに無かったんでね。ま、それでも一発目は避けられちまった訳だが」


 勝利を確信する顔に苦笑を混じえ、彼の握る小型銃は動きを止めた。

 どうやら最後の狙いを定め終えたらしい。

 銃口は真っ直ぐ僕の胸へ、空虚な黒穴を向けている。


「さて、これでジ・エンドだ。この距離なら外しっこない。さっきみたいに動いてる標的を狙うのとも違うからな」

「確かに、今度は避けられそうにない」

「後は俺が指を動かせば、お前は負ける。赤巴せきは、降参しな」


 開いた細目の奥。輝く瞳に僕を映し、劉は真剣な表情で告げた。

 彼の言うとおり、次で終わりになるだろう。

 しかし僕の敗北で幕になるとが限らない。僕はまだ負けたつもりはないし、寧ろ勝つつもりでいる。

 お互いに近しい距離で向き合う僕等は、双方が等しく攻撃可能範囲に相手を捕えた状態だ。

 劉が僕を逃がさないのと同じ様に、僕の攻撃もまた彼へ確実に届く位置関係。

 僕が劉に勝つ道は一つのみ。

 彼の一撃が僕を撃つより先に、僕が一撃で彼を打つ。


「まだ勝負は判らないぞ。勝機は二人に等しくある」

「止める気はないと」

「お互い様だろ」

「違いない。……だったら、決着ケリをつけるとするか」

「ああ」


 何度目になるか、僕と劉は睨み合う。

 純粋に己の勝利を信じて。僕は拳を、劉は銃を、それぞれ握る力を一層強めた。

 互いの視線を交差させ、言わんとする事を呑み込んで。僕達は次の一撃に全てを懸ける。

 これが、今度こそ本当の最後。


「赤巴!」

「劉!」


 吐き出す相手の名ぶ熱を込め。持てる力と意識を一点へ。

 そして僕等は同時に叫ぶ。


『勝負!!』


 重なる咆声が、全く同じタイミングで僕等の行動を促す。

 銃の発動へ掛かるらうの指。

 渾身の拳打へ走る僕の腕。

 2つがトドメを意識して、それのみに走った瞬間。

 突如として、警戒の外から招かざる物が来訪する。

 それは僕と劉の視界を阻み、双方を隔てる壁の如く、2人の間へ有無を言わさず突き立った。

 いきなり目の前に現れた物質へ反応し、僕等は互いの行動へ急制動を掛ける。

 結果、僕の拳は到来物を寸前にして停止。発砲音が聞こえない事から、劉の指もトリガーを引き終わる前に固まった様子。


「何だぁ!?」

「何だ?」


 攻撃モーション緊急停止に続き、僕等は再び口を揃え、同じ言葉を合唱する。

 眼前に出現した物質へ視線を這わせ、上から下までを素早く確認。

 最初に気付くのは分厚くも幅広の刃。それが僕の前髪に触れる程の近く、体へ接すスレスレにあった。

 よく手入れのされた刃は独特の光沢を放ち、鏡のように僕の顔を映している。

 巨大な刀身は下まで続き、途中に柄を挟んで、それからまた下へ伸びていた。

 下方側の刃は路面へと減り込み、全体の重量を支える状態。

 武器だ。柄の前後に肉厚の刀身を備えた両刃槍。

 僕と劉の合間に突き刺さり、決着を邪魔したのは、珍しい形状の大型武器だった。

 しかし、いったい何処から。


「2人共、そこまでね」


 僕の疑問へ対する回答は直ぐに成された。

 横合いから掛かる声へ首を回す。視線の先にはピンクの髪。セーラー服姿の少女が一人。

 ウエイン・ダートルーナ。彼女が居た。


「お互いに最後の一手ってところまで来たんだから、もう充分でしょ?」


 ウエインは肩を竦めるようにして、僕等の方へと近付いて来る。

 そういえば、彼女もこの場に居たっけ。劉との戦いに夢中で、僕は少女の事をすっかり失念していた。


「ウエインお嬢さん、コイツはひょっとして……」


 正面に立つ刃の向こうから劉の声が聞こえる。

 僕も聞こうと思っていた質問だ。


「そ。私が投げたのよ」


 事も無げに告げ、彼女は僕等の傍、路面に刺さる双巨剣の前で歩を止めた。


「愛すべき我が相棒、センテンツア。よろしくね」


 僕達の顔を交互に見て、少女は愛らしい笑顔を浮かべる。

 そのまま徐に手を伸ばし、無骨な刃へ連なる柄を握った。


「よっと」


 軽い掛け声を上げたかと思うと、彼女は僕等の目の前で、巨大な得物を容易く引き抜く。

 道路の只中に突き立っていた刃が驚くほど簡単に抜け、障害が取り払われた事で僕と劉は数分ぶりに顔を合わせた。

 彼の表情はどこか唖然としている。きっと僕も同じような顔をしている事だろう。

 ウエインは筋骨隆々という事も無く、見たままにか弱そうな少女だ。街中に居る普通の女学生と何ら違いはない。

 そんな彼女が、然したる筋肉もない細腕で身の丈程もある大武器を持ち上げる姿は、かなり異様な光景だ。

 セーラー服の少女と巨大な得物。そのミスマッチが強烈な印象を与え、僕等の目を半ば釘付けにしている。

 そのお陰でと言うべきか、僕の方はすっかり闘志が失せてしまった。毒気を抜かれるとは正にこの事。

 一方、開いた口が塞がらないという言葉を目の前で実践している劉も、同様に戦意は消えているようだ。


「ちょっと、風皇ふおう君に霧江きりえ君。2人揃って、なんて顔してるのよ」


 言葉を失くし、呆然と立ち尽くす僕達を見て、ウエインは可笑しそうにクスクス笑う。

 その仕草は至って普通。年相応の可愛らしさと快活さを併せ持った少女のもの。

 手に提げた巨大武器さえ無ければだけど。


「それ、重くないのか?」


 目の前の光景がどうにも気になるので、単刀直入に聞いてみた。


「ええ、大丈夫よ」


 ウエインが笑いを抑えて返してきたのは、当然とも言える予想通りの答え。

 苦しげもなく持っているのだから、重くないに決まっている。

 あの武器は見た目ほど重量を持っていないのだろうか。

 いや、舗装された道路面に思いっきり減り込んでいた事を考えると、相応の重さがある筈。

 では彼女が尋常ならざる筋力を有しているのか。

 見た目は僕と比べても大差ない細腕だ。御世辞にも力があるようにも見えない。

 しかし、高性能なマシンパーツで構成された擬似躯体サイバーウェアに腕等を換装しているなら、それも充分ありえる。

 例え機械の腕だろうと、実際に該当者の細胞を培養して作った表皮カバーで覆えば、生身の体と見分けがつかない。

 ウエインの状態を説明するには最も適当だ。


「お嬢さん、つかぬ事を聞くがな。ソイツ、さっきまで持ってなかったよな?」


 らうが指で示すのは、ウエインが手にする巨剣。

 確かにそっちも疑問である。記憶の限りでは、会った時から彼女は荷物らしい荷物を持っていなかった。ましてや、あんな巨大な武器は何処にも。


「ええ。今さっき出したばかりだもの」

「出した?何処から?」


 今度は僕が問う。

 出すも何も、入れておく為の物を、元から持っていなかったのに。


「ああ、それはね。こうするの」


 不審げな僕と劉に笑い掛け、彼女は大武器を握るままに目を閉じる。

 すると巨剣全体が光へ包まれ、独りでに形状を変え始めた。光りながら中央へ向けて収縮し、あれよと言う間に小さくなる。

 僕等の見ている前で剣は原形留めぬ変容を続け、ブレスレット状になってウエインの手首へ収まった。

 剣の変形が止まると同時、それまで包んでいた光が消える。後には金色に輝く無意匠の腕輪が、彼女の腕に残るのみ。

 全ては一瞬の事。目を逸らす暇さえなかった。

 僕等は2人揃ってただつと、変わり果てた剣の姿、今や先の雄々しさは見る影もないブレスレットを見詰めている。


「どう? 驚いたでしょ」


 瞼を開いた少女が、得意気な表情でこちらを見てきた。

 僕達は向けられた彼女の目を見返し、一度だけ頷く。

 驚いた。

 確かに驚いた。

 こんな物は見た事がない。聞いた事もない。

 僕のように特異能力を付与された次世代品種セカンドや、太古の秘術を継ぐと噂される魔導法士ソーサレスになら、不可視の力を半物質化して扱える者も居るらしい。

 しかし元々からある物質を全く異なる物へ変換してしまう、などという話は知らない。少なくとも僕は。

 劉の方を見ると、彼も目を見開いて驚嘆の顔をしている。彼にとっても未知の出来事だったらしい。


「そうでしょ、そうでしょ。当然よね」


 僕等の様子を見て、ウエインは満足そうに頷いている。

 かと思えば、腕に嵌められたブレスレットを目線の高さに掲げ、これでもかと見せびらかしてくる。

 その姿は、お気に入りの玩具を自慢する子供そのものだ。


「だってこれは、月の遺跡から発見された世にも貴重な道具だもの」


 その時、彼女の発した言葉に僕は耳を疑う。

 遺跡で発見された道具。

 彼女は今、そう言ったのか?


「い、遺跡?」


 先んじて問いを掛けたのは、またしてもらう

 驚きの中へ動揺を宿す彼と共に、僕もウエインの言葉を待った。


「これは私の兄様が遺跡へ潜り、仲間と一緒に持ち帰ってきた出土品の一つなの。私達とは違う技術によって作り出された未知なる道具よ」


 彼女の示すブレスレットが、基礎地の金体を煌かせる。

 その造形をもっと良く見る為に、僕は胸ポケットに入れておいた眼鏡を掛け直した。


「この腕輪は所有者の意思に感応して武器に変化するの。しかも使う者によって変わる武器は違う。私の場合はさっきの双刃剣センテンツアね」


 使う者によって形態を変える道具。現在の科学技術でも、そんな物はまだ作られていない。当分作られる事もないだろう。

 実際に変容する所を見ていないと、とてもじゃないが信じられない話だ。


「成る程ね。元々がブレスレットだから変化後も軽いって訳か」

「そうじゃないわ。武器に変わると質量に見合った重量になるのよ」


 納得顔の劉の言葉を、ウエインは首を振って否定する。

 それがまた彼の顔を困惑色に曇らせた。


「それじゃ、君はやっぱり擬似躯体サイバーウェアを持ってるのか」

「いいえ。私は五体全て生身のままよ」

「それならどういう事だ?さっきの剣はどう見ても相当な重量物だろ」


 彼女の返答に僕の方も混乱してくる。

 言っている事がチグハグだ。それとも僕等をからかっているのか?


「そんな目で見ないでよ、ちゃんと説明するから。いい? ブレスレットが変化した武器は重さも変わるけど、所有者に限ってはそれを感じないの」

「どういうこった?」

「センテンツアは持つのが私なら一枚の羽根みたく軽くなるけど、君達が持とうとすると本来の重さになるって事」

「武器形成の元となる人物に限って、重量が免除されると?」

「そういう事。まぁ、どういう仕組みになってるのかは判らないんだけどね」


 持ち運びの際には腕輪であり、必要時には武器へと変わる。尚且つ所有者特権までもつくと。

 構造原理は不明ながらも、その有用性は明らかだ。

 確かに凄い。大した道具じゃないか。

 この街の下で眠る遺跡には、そんなオーバーテクノロジーの産物が他に幾つもあるのだろう。

 遺物の程度にもよるけれど、あの腕輪クラスの物なら高額報奨金は確実。これは益々興味が湧いてきた。


「いやぁ、本当に便利だな。俺も一つ欲しいぜ」


 ウエインの腕、そこに嵌められた金のブレスレットを、劉は羨望の眼差しで見遣る。

 彼でなくてもアウェーカーなら誰もが欲しがるだろう。

 あれは歴史的遺産、また先駆技術の結晶として以上に、アウェーカーの活動を助ける装備として非常に価値がある。

 ウエインの兄がギルドに報告せず、手許に残したのも判らないではない。何を思って彼女に譲ったかまでは知らないけど。


「確かに便利だと思う。でも、ギルドに持って行けば相当な金額になるぞ」

「だよな。うぅむ、自分の物にするか金に換えるか。こいつは悩むぜ」


 何故か劉は顎に手を当て、難しい顔で考え込み始めた。

 今此処で君が悩んでどうする。手に入れていないのに。手に入るとも限らないのに。

 まったくもって獲らぬ狸の皮算用。


「兄様はお金に無頓着な人だったから。遺跡に眠る古よりの神秘、それに触れる事の方が目的だったみたい」


 そう言うウエインは、過去を懐かしんでいるような表情だ。

 今は失い遠き日に思いを馳せる、そんな顔をしている。


「アウェーカーの中には、金銭以外の目的意識を持っている者も居る。君のお兄さんの考え方も、特別珍しい訳じゃないさ」

「そうなんだけどね。でも、だからって命を落としちゃったら、意味なんて無いわよ。ホント……」


 それまで明るい表情でいた彼女の面上に、悲しみに寄る影が差した。

 暗く深いその色は、少女の胸中に果たして何思わせるのか。

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