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話の55:階層世界、下へ(二)

「よぉ、ネーチャン」


 エレベーターが動き始めた頃を見計らい、俺は正面に座る女へ話しかけた。

 色々と聞いてみたい事があったからだ。

 俺の声を聞いて、女が視線を向けてくる。やっこさんの瞳は、言外に何用かを問い返していた。


「こんな御時勢に一人旅かい?」


 俺達を乗せたエレベーターは、緩やかだった移動速度を次第に速めていく。

 その変化に伴って微妙に揺れ動くデカイ箱の中で、俺は1番最初に抱いた疑問を投げた。

 この世界で旅するような奴は少ない。ましてや目の前に居る相手は女だ。女が1人で旅してるなんて話、俺は未だかつて聞いた事も無いね。

 共も連れずに一人旅なんざ、自殺行為以外の何物でもないからな。そんな馬鹿げた真似をしているかもしれない女だ。そりゃぁ興味の1つも湧くってもんだ。


「ええ、そうよ。もう随分と長い間、1人で旅を続けてるわ」


 俺の目を見詰め返しながら、女は肯定の頷きを返してきた。

 本人はそう言っているが、俄かには信じられん話さ。だからといって嘘を吐いている風でもない。もしかしたらとびきりのポーカーフェイスでサプライズジョークをかましてくれてるのかもしれねぇが……真偽を判別する術が俺等にはない。


「長い間って、どれぐらい?」


 突然出会った名も知らぬ女に興味を持ってるのは、俺だけじゃない。

 俺の横で行儀良く座っていたお嬢さんが、今度は自分の番だと言わんばかりに身を乗り出し、新たな質問をぶちつける。

 同じ女としてなのか、はたまた旅人としての生き方か、お嬢さんはあのネーチャンにかなりの関心を注いでるぜ。それは俺にも言える事なんだが、お嬢さんの好奇心にゃ負けるかもな。


「数えてないから正確なところは判らないけど、相当な時間よ」

「そうなんだ……いったい何処から来たの?」

「ずっと上の方。何千階層もね」


 食い入るようなお嬢さんへ微笑を向けて、女は柔らかな口調で答える。

 落ち着きと優しさを感じる声だ。それだけでこのネーチャンの人となりが判っちまうような気さえする。

 これまた嘘吐いてるようには思えないんだが……しかし信じる事は出来ない。


 かなりの時間を女1人で旅をしてるって? しかも何千階層も上から?

 冗談はよし子さんだぜ。


 お嬢さんなんぞ、驚き顔のまま固まっちまってる。あんまり予想外の解答なもんだから、脳の理解速度が追いついてないんだな、きっと。

 それぐらいに今のはドッキリ発言だっての。

 このとてつもなく広くて深い階層世界を、何千階も上から女1人で下りてくる。そんな事は不可能だ。この世界の至る所にはアクトレア共が嫌になる程ウジャウジャ居やがるし、あの化け物共はそこら中をうろついて日々獲物を探してるんだぜ?

 奴等、人間を見付けたら一斉に群がって、情け容赦なくブチ殺しちまう。怪物らしい見た目通り、とんでもなく強いうえに狂暴で無慈悲、執念深いは疲れを知らないは、ついでに数も多いはで手に負えんからな。小さい群落なんかは、アイツ等に見付からないよう怯えながら暮らしてるってのに。

 ま、だからこそ俺のような賞金稼ぎアウェーカーが食ってくには困らない訳だがよ。

 それにしたってこのネーチャン、まさか今まで運良く一度も襲われずに旅が出来てたなんて事はありえめぇ。アクトレア共に気付かれず階層間を渡り歩くなんざ、100%不可能さ。

 と、するとだ。やっぱり並み居る化け物共を実力で排除してきたんだろうな。このネーチャンは。


 左目を幾らか開けて、目の前の相手をもう一度よく観察してみる。

 赤い髪を首筋まで伸ばした女、年は俺と同じぐらいか少し上だろう。そのくせローアンバーの瞳へ湛えられた光は静かで、成熟した年長者のようにも感じる。

 さっきの応対にしても若輩的な緩さがなかった。実は見た目以上の齢なのかもしれん。見た限りじゃ20代半ば辺りなんだけどな。

 女はとても整った顔立ちをしている。優しげでありつつ強固な意志が並存する目。形良い両揃いの眉。細く通った鼻梁。桜色の小さな唇。色白で張りのある肌。どれもが理想的と言える完成形で、ちょいと気を抜いたら顔をニヤケさせたまま見惚れちまいそうだ。

 穏やかなんだが、その中に凛とした毅然さもある。長く旅してると言うだけあって、受身なだけじゃない印象を受けるね。たおやかさに猛虎の如き実力を隠しているような。

 身長は170前後だろうか。座ってるから正確な所は判らない。しかし大凡そんなもんだろう。

 痩せてて細い体は、出るとこが出て、引っ込むとこは引っ込んでるもんだから魅力的で困る。意識せんでもつい目がいっちまって。

 着ている衣装は独特。黒一色で仕立てられた上下一体型の装束だ。上衣は袖が長く、衿から肩にかけて金糸で縁取られた白い掛け布が付けられている。それ以外に目立った特徴がないのが特徴か? 対して下衣は腿の下段辺りまでしかなく、最早ミニスカ状態。しかも動き易さを考慮してなのか、側面に浅いスリットが。

 壁に背を預ける女は、床に散乱する用途不明な機材の1つに腰を下ろしている。その所為で、下衣の裾から剥き出した色白で艶かしい太腿が良く見えた。目の保養になって嬉しい事この上ない。

 ミニ丈の下衣裾がもう少しり上がってくれると、眼福物の光景が拝めるんだが……


 おぉっと! 清純純情硬派キャラで通ってる俺が、一瞬なりとてヤマシイことを想像しちまったぜ。危ない危ない。

 えーと、なんだっけ? ……ああ、そうだ。


 上衣の腹部辺から下衣の裾先まで白細い前垂れが伸び、腰には両端が炎を思わせる赤で塗られた白帯が巻かれている。

 足に履いてるのは薄汚れたレザーブーツ。かなり頑丈そうだが、其処彼処そこかしこに無数の傷痕が見えた。

 着衣に特別な意匠が全く施されてないのは、機能性を重視した結果なのか。見た目は地味だが、それでもこのネーチャンが着ると見事に決まってる。特に体の線が浮き出るナイスなデザインなお陰で、頬は緩みっぱなしだっての。


 このネーチャン、ハッキリ言ってイイ女だ。美人だし、スタイルもいい。おまけにタダ者じゃない雰囲気ってのもあるしな。

 勿論、俺の隣に居るお嬢さんだって上玉さ。が、こちらさんはどちらかといえば可愛い系だ。もう2、3年すれば更に俺好みなイイ女になるのは確実なんだが、今はその1歩手前段階。俺的極上美人大会を開催したら、残念ながら今はあっちのネーチャンに軍配があがる。


 だからこそ、何千階層も延々と1人で旅してきたようには見えねぇ。

 ゴリラばりの筋肉が付いてる訳でもなし、底無しの体力を秘めてるでもなし、襲い来る化け物共を屠って生き抜いてる強者には、どうしても思えん。

 ネーチャンには悪いが、その話を易々と鵜呑みには出来ないな。


「ネーチャンよぉ、そんな旅ならさぞや危険な目にも遭ってきたんだろうな」


 俺は名も知らぬ美女へ、半分笑いながら語り掛ける。

 別におちょくるつもりだった訳じゃない。ただ信じられん気持ちと、しかし嘘言ってるようにも見えない事と、相反する2つの思いがぶつかった為に、まともな顔が出来なかったからだ。

 とは言え、俺の心なんぞ伝えようがないから、傍目には相手を馬鹿にしたようにしか見えんだろうが。現に隣のお嬢さんは硬直から脱し、締まりない俺の顔へ咎めるような視線を投げてきた。


「そうね。何度か命の危機も感じたわ。でも、私は生きてる。自分の力で出来る限りの最善を尽くし、全て退けてきたの」


 意外や意外。ナメた態度を向けられた張本人のネーチャンは、不快な表情1つせず、眉1つさえ動かさず、微笑みながら答えてくれた。

 俺の無礼に腹を立てた様子は皆無。睨んでくる事も、纏っている雰囲気を崩すことも無い。最初から変わらぬ穏やかな調子で、俺達へ柔らかな笑みを投げている。

 驚いた。単純に、純粋に。もし俺が同じ立場だったら、間違いなく不満を爆発させて殴りかかってるだろうぜ。お嬢さんも憮然とさえしない対面のネーチャンを見て、目をしばたかせる始末。


「2人共、どうかしたの?」


 ネーチャンが微笑みながら小さく首を傾げる。

 大人な女の印象だが、今の一瞬だけは少女らしい愛嬌が加味された。些細なギャップが、彼女の魅力をより際立たせたように思う。

 他愛のない事かもしれない。だが、さっき見せた心の広さも相まって正直、好感を抱いちまう。

 横目で見れば、お嬢さんも同じ感想を抱いたようだった。いや、同性である為か、俺よりも更に強く相手を気に入った様子だ。ネーチャンへ向ける目が、尊敬というか、憧れというか、そういう方向に輝いてる。


「あ〜、えっとだな……」

「お姉さんは、どうして旅をしてるの?」


 俺が言葉を言い切る前にそれを遮って、お嬢さんが勢い良く次の質問を投げた。

 両拳を握り、期待と興奮の面持ちで、半ば腰を浮かせた状態でだ。気合いが入ってるし、俺は眼中に映ってないみたいだし。若さ故の暴走か?

 それだけ、あのネーチャンが気になるんだろうな。こんなお嬢さんを見るのは、俺も初めてだぜ。

 ……別嬪ぺっぴんさんに、ちょっと嫉妬。

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