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話の50:再会はあの場所で(+2)

 はぁ。


 これで何度目の溜息かしら?

 口には出さず胸の内だけで吐いてるけど、表情には出てるかも。


 はぁ。


 あぁ、また。


 はぁ。


 でも、仕方ないわよね。

 だってこんな形で、ファーストキスを……


 はぁぁぁぁ〜〜〜。


 初めては好きな人とって決めてたのに。

 好きな、人とって……


 はぁぁぁぁ〜〜〜。


 そりゃ、真璃亜の御願いだったけど。

 そりゃ、私だって大好きで大事な友達を悲しませたくないけど。

 そりゃ、真璃亜のあの瞳を見たら断りきれなかったけど。

 でも、だからって、こんな……


 はぁ。


 精神的ショックは隠しきれないよ。

 唯一の救いはこれが夢の中だって事ね。

 ……本当に夢なのか、もう既に半信半疑なんだけど。

 もしこれが夢じゃなかったら……そしたら、私……


 はぁ。


 相手が、赤巴君なのよね。

 私より年上らしいけど、全然見えない。私より背も少しだけ低いし。

 顔は、可もなく不可もなく……本当はちょっぴり好みだけど。

 でも目付きが悪い。あのヨシア・ベラヒオって奴と同じぐらい。あれは嫌だなぁ。

 しかも短気だし。すぐ睨むし。ついでに重度のシスコンだし。会ってからそんなに話してないけど、こんな人だとは思わなかったわ。

 領区を脱出する時はユイに代わって、皆をグングン引っ張ってくれた。あの時はちょっとカッコよかったのに。

 それがどう? 女の子みたいって言っただけで……心狭すぎよ。

 性格も悪いわ。全然優しくない。真璃亜とそれ以外を差別しすぎ。


 はぁ。


 私の理想とは大違い。

 私が好きなのは、もっと優しくて、紳士で、包容力があって、素直で、真っ直ぐで……

 そんな人なのに。

 赤巴君は優しくないし、紳士じゃないし、包容力もないし、素直じゃないし、真っ直ぐでもないし……

 私の理想とは180度別人よ。


 はぁ。


 仕方なかったのは判るけどさ。

 でもね、やるしかないんだったら、もう少し、こう……あるんじゃない?

 その、色々と。

 なのにムードも何も無かったわ。事務的っていうか……全部、真璃亜の為だって。

 そりゃ、そうかもしれないけど、でも、少しぐらい私に気を遣ってくれてもいんじゃないの?

 『ごめんね』とか『悪かった』とか、ちょっとぐらいフォローしたらどうなのよ。

 やるだけやったら『はい、お終い』だなんて。痴漢と同じだわ。

 しかも、直前に『本当は嫌だけど』なんて……なによ、もぉ!


 私の想像してたファーストキスっていうのは、もっと温かくて、優しくて、お互いに気持ちが通じ合ってて、それで……2人一緒に幸せな気分になれる、そんなものなのに。


 はぁ。


 赤巴君、見かけに寄らず強引なのよね。

 前は戦闘中、襲撃からの脱出だったから、あんなに勢いがあるんだと思ってたけど。

 でも普段から、ああいう性格みたい。


 さっきだっていきなりだし……

 私、心の準備なんてまるで出来てなかったのに……

 女の子みたい、って言った腹いせな感じで……


 ホント、最悪よね。

 真璃亜はあんなに良い子なのに、お兄さんの赤巴君があそこまで捻じ曲がった性格してるなんて。

 本当に兄妹なのかしら? 怪しいわよ。



 ……でも。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 その……

 悪くない、かな……

 なんて。


 私、今まで、優しくて朗らかな人が好みだと思ってたけど。

 でも実は……ちょっとぐらい強引で、自分勝手な人の方が、好き、かも。

 自分の事なのに、はっきりしないよ。

 私自身、信じられないぎらいなのに。


 赤巴君にキスされて、確かにショックだし、腹に据えかねるけど……

 本当は、ちょっとだけトキメいたって言うか。ドキっとしたって言うか。

 胸の奥が、熱い様な、苦しい様な……こんな気分、初めて。

 だけど悪い気は、しないのよね。寧ろ、心が弾むみたいな、そんな……


 赤巴君の顔を見ると、それが急に強くなって、恥ずかしくって、目を、合わせられなくなっちゃう。

 これじゃまるで……

 まるで……


 …………恋…………



 信じられないけど、でも、だけど。

 あの時の赤巴君の強引さが、胸を打ったっていうか、素敵だったっていうか。

 それで、それで……


 ……わ、私、M、なのかしら?

 意外な、発見だわ。

 あんまり驚きすぎて、どんな風に驚けばいいのか判らないぐらい。


 ど、どうしよう?

 なんか、こんな風に考えてると、余計に赤巴君を意識しちゃう。

 それでまた余計に顔が見れなくなる。


 今の私、顔、赤くなってないかな?

 うぅ、考えれば考えるだけモヤモヤしてくるぅ。

 どうすればいいの?


 と、取り合えず、保留、にしておこうかな。

 う、うん、そうよ。今は真璃亜に色々聞きたいもの。だから、保留。

 これで、赤巴君の顔もちゃんと……ちゃんと……

 〜〜〜っ!

 赤巴君の事を思い出したら顔が上げられないぃ!


「いさっち、ありがとう」

「え?」


 いきなり聞こえた真璃亜の声が、私の意識を現実へ引き戻す。

 色々物思いにふけっていた所為で、他の話が聞こえてなかったみたい。

 反射的に私が返したのは、間の抜けた一言だけ。


「だからね、あの時、真璃亜を護ってくれてありがとう。えへへ、ずっとお礼言いたかったんだ」


 話を聞いていなかった私を咎めるでもなく、真璃亜は少しだけ頬を染めてはにかむ。

 浮かべられた小さな笑顔。でも彼女の目は俄かに潤み、なんだか泣きそうだ。


 今の真璃亜のには、憶えがある。

 あれは、そう、ルナ・パレスにアクトレアが溢れ出た時。

 あの子に案内されて辿り着いた小さな公園で、突然アクトレアに襲われて。相手の強さは予想以上、正直勝てないと思った。私は真璃亜だけでも逃がしたくて、少しでも時間を稼ごうと……

 結局、大した事は出来なかったけど。

 意識が消える最後の瞬間に見た真璃亜が、丁度あんなをしていたっけ。


 お礼、あの時のものなのね。

 真璃亜ったら、そんなのいいのに。


「気にしないで。私が好きでやった事だし。それに友達を助けるのは当然だもの」

「ううん。真璃亜の所為で、いさっちは死んじゃったんだよ? そんなの……ダメだもん……だから、ごめんなさい」


 微笑む私へ抗うように、真璃亜は左右へと首を振った。

 両目に涙を溜めたいたましげな顔を見ていると、彼女の辛さや悲しさや申し訳なさ、 色々な思いがひしひしと伝わってくる。

 まるで真璃亜の心が、そのまま流れ込んでくるみたい。


 私が倒れてから、真璃亜はずっと罪の意識に苛まれてきたのね。

 全部、自分の所為だと思って……

 私はあの子を助けるつもりで、私の死を背負わせてしまったんだ。

 あの子を救いたいと思いながら、逆に苦しめていたなんて。


 あの時、命懸けで戦うんじゃなく、何がなんでも真璃亜と一緒に逃げるべきだった。2人で生き残る方法を考えるべきだった。

 残される者の事、私は誰よりも考えられた筈なのに。

 それなのに、安易な選択をしてしまったから、真璃亜は……


「真璃亜、ごめんね」


 無意識のうちに体が動く。

 気付いたら、私は真璃亜の背へと両手を回し、小さな彼女を抱き締めていた。

 私より20cmは低い小柄な女の子。抱き込んだら顔が私の胸に埋もれてしまう。


「私がもっとちゃんと考えてれば、貴女はこんな辛い思いをしなくて良かったのに……ごめんね」


 真璃亜を抱き締めたまま、その体温を感じながら、私は囁く。

 この子の気持ちを考えたら、声が震えて、大きくさせられない。


「いさっちが謝っちゃダメだよ。いさっちは真璃亜の為に戦ってくれたんだよ? それはね、真璃亜、すっごく嬉しかったんだから。だから、だからね……」


 真璃亜の肩も震えている。

 絞り出されるような声は弱々しく、時折しゃくり上げては嗚咽を漏らす。


 赤巴君がシスコンになるのも判るわ。こんな真璃亜を見たら、どうあっても護りたくなるもの。とても放ってはおけない。

 だというのに、私はこの子を1人置き去りにして、目の前で死んでしまったんだ。うぅ、凄い罪悪感。

 本当にごめんね、真璃亜。


「真璃亜ね、いさっちが死んじゃってから、決めたんだよ。今度は真璃亜が、誰かを、ううん、皆を護る為に頑張ろうって。いさっちに護られた分、今度は真璃亜が戦おうって」

「うん」

「でも真璃亜は弱っちいから、お兄ちゃん達に助けて貰って。それで、それで、バラバラになって喧嘩してる皆にね『一緒に頑張らなきゃ!』って、そう言って一緒に集まって、それで……」

「うん」


 私の胸の中で、真璃亜は懸命に言葉を紡ぐ。

 私が居なくなった後、自分がどう考え、何をしてきたのか。それを伝えようと必死になって。

 その健気で、一途な姿勢が、私の胸を締め付けると同時に、少しずつ温かくしてくれる。

 真璃亜の思いが、さっきと同じ様に、なんだか自分の事のように感じられるよ。


「そしたらね、何時の間にか皆が真璃亜のこと『女神』って呼んでたんだ」

「女神? 真璃亜は、女神って呼ばれてたの?」


 背に回していた両手を肩へ移動させて、私は抱き締めていた真璃亜を解放した。

 それから少しだけ彼女を離し、見上げてくる赤い双眸を覗き込む。


「うん。なんでか知らないけど、真璃亜の近くだとアクトレアが弱くなるの。だからやっつけるのが簡単でね、そしたら皆が、真璃亜は特別だー、女神様だーって」


 私を見詰める真璃亜は、うっすらと頬を朱色に染めて笑う。

 女神と呼ばれる事に気恥ずかしさを感じてるみたい。


 でも今の話からすると、ユイの言ってた女神は真璃亜って事になるのかしら?

 私が死んだ事で一念発起した真璃亜が、女神と呼ばれるようになった?

 本当にそうなら、なんだか凄い話よね。

 私が死んだ事で、今の歴史があるって事になるんだから……飛躍しすぎかな?

 それにしても、アクトレアが真璃亜の近くだと弱くなるっていうのは、ちょっと信じられないわね。だって私が戦ったアクトレアは、普通に強かったもの。

 単に私が弱すぎただけかもしれないけど、でもそんなに簡単に倒せる相手だとは思えないし。


「さっきも言ったけど、真璃亜は遺跡に関係する特別な力を持っている。君が目の前で死んでしまった事で意識が切り替わり、それが切っ掛けで眠っていた力が目覚めたんだろう。スイッチが入るみたいにね」


 真璃亜の言葉を補足するように、横合いから赤巴君が話しかけて来きた。

 私は知らない間に、この子の話を疑う顔となっていたのかもしれない。

 横目で盗み見た赤巴君は、私を睨むように見ているから。


 あんな顔をされたら、余計に正面からは向かい合えないよ。


「遺跡に関係する真璃亜の力は、遺跡から生まれ出るアクトレアに強く影響したらしい。この子の傍ではアクトレアの動きが鈍り、かなり弱体化した。倒すのは嘘の様に簡単だったよ」


 あうあう、赤巴君はじっと私を見てる。

 凄く視線を感じるわ。

 意識しまいとしても上手くいかない。勝手に胸が高鳴ってるし、なんだか顔まで熱くなってきた。

 こんな時に、私ったらなんて緊張感がないのかしら。我ながら呆れてしまう。


 でも駄目よ、気をしっかり持たなくちゃ。今は他事を考えないで、赤巴君と真璃亜の話に集中しないと。

 真璃亜がいったいどういう道を歩んだのか。それに1500年前に何があったのか。これはそれを知るチャンスだもの。

 ……夢かもしれない。でも夢じゃない気もする。

 だったら何なのか?

 判らないけど、物凄く重要な事のような。直感で、そう思うから。

 何もかも不確定だけど、きっと今、この瞬間には意味がある筈だわ。

 私はそれを信じる。

 だからこそ落ち着いて、2人の言葉に耳を傾けよう。


「誰もが苦戦するアクトレアを容易く討ち倒せる僕等は、当然皆の注目を集めた。特に傍若無人な怪物共を大人しくさせる真璃亜は、徐々に神聖視され始めてね」


 ……とは言うものの、うぅ、まだ決心がつかない。

 赤巴君の視線を感じるだけで、まともに顔が見られないよ。

 私は駄目な女だわ。自分がこんなに駄目な奴だとは思わなかった。

 あぁ、もどかしい! でもやっぱり恥ずかしい。あぅぅ……


 そうだ、深呼吸。困った時は深呼吸をして気を静めるのよ。

 吸ってぇ、吐いてぇ、吸ってぇ、吐いてぇ……

 あんまり大きくやると赤巴君からも真璃亜からも不審な目で見られるからね。小さく、それと判らないように。

 はい、吸ってぇ、吐いてぇ、吸ってぇ、吐いてぇ……

 よし、ちょっとは落ち着いてきた。これでちゃんと頭を働かせられると思うけど。


「真璃亜の近くに居ればアクトレアを敗るのも難しくない。生き残れる確率も格段に高くなる。そんなこの子の周りへ、活動中のアウェーカーや、ロクな統率の取れてない月都防衛軍ムーン・ガーズが集まってくるのに、それほど時間は掛からなかったよ」


 人の心が不安になってる時、それを取り払ってくれる存在が現れると、誰だってついすがりたくなるものよね。

 混乱や災厄が大きい程、人々の『特別な存在』へ対する期待が大きくなるのは常。其処へ救いを求めようするのも、自然な事だわ。

 ……宗教って、こうやって生まれるのかしら?


「まぁ、それには真璃亜自身の呼び掛けが1番大きく影響してたけど。気付けば、ルナ・パレス中の戦力が真璃亜の元に集まっていた」

「えへへ、だって皆で頑張らなきゃって思ったから」


 今の真璃亜は、嬉しそうな照れ笑いを浮かべてる。

 それにどことなく誇らしげだわ。何かを成し遂げた者の顔、そんな感じ。


「この子が政府や企業連中を説得した時は、アウェーカー・軍人問わぬ混成大軍団の存在も一役買っている。既に真璃亜以上の戦力を持ってる者は皆無だったからね。まともな頭があれば、逆らおうとは思わないさ」


 やっぱりと言うか、なんと言うか。赤巴君も誇らしげ。

 聞こえてくる声は、妹を自慢する調子だし。

 本当に真璃亜が可愛くて仕方ないのね。親バカならぬ兄バカよ。


「それでも最後まで権力にしがみ付こうとする、未練たらしいうえに状況の判ってない奴も居たけど」

「うん、ガンコさんだったね」

「ああ。だが真璃亜の懸命且つ真摯な訴え、その気概と決意と覚悟に結局は折れた。真璃亜の意を大人しく汲んださ」


 そっか、そうなんだ。

 私の知らない間に、真璃亜はずっと成長してたのね。

 一緒に居た頃は、まだまだ子供だと思ってたけど。

 ふふ、なんだか置いていかれたような気分。寂しいような、でも真璃亜が立派になってくれて嬉しいような。

 う〜ん、複雑だな。


「そして何時の間にやら真璃亜は女神と呼び讃えられ、僕等は女神の従者として英雄扱いだ。まったく、世間ていうのはどうしてこうも華麗に姿勢を変えられるのかな」


 呆れたような、それでいて低い怒りを秘めたような赤巴君の声。

 それが気になって、私は意を決した。

 真璃亜へ向けていた視線を外し、彼の方へと首を動かす。

 そこで私が見たのは、皮肉っぽい笑みを浮かべた赤巴君だった。


 ……そういえば、赤巴君は次世代品種セカンドなのよね。1500年前は、随分と世間の目が厳しかったと思う。

 私も魔導法士ソーサレス次世代品種セカンドほどではないにしろ、決して良い目で見られてこなかったから判るわ。

 それなのにアクトレアを倒し進めると知れた途端、皆が掌を返して持てはやすなんて。そんなの納得出来る訳ないよ。私だってそんなのすぐには認められないし、面白くない。

 私以上に辛い経験をしてきただろう赤巴君だったら、尚更よね。


 今は魔導法士ソーサレスも多いし、次世代品種セカンドへの偏見もないけど。

 というより、今の月に次世代品種セカンドは居ないんだっけ。

 やっぱり1500年前の科学力で生み出された存在だから、技術の落ちた現代じゃ存在してない、っていうのが理由かしら?

 ユイや匝雲そううん先生も詳しい事は知らないから、赤巴君の力を珍しいって言ってたし。


「それで、赤巴君が女神の騎士ミネルヴァナイツって呼ばれてたのね」


 昔の話もいいものばかりじゃないのよね。

 このままだと嫌な雰囲気になりそうだったから、私は話題を変えた。

 赤巴君の顔を見ながら、思い切って聞いてみる。

 心臓が信じられないぐらい鳴り響いてるけど。この音、赤巴君や真璃亜に聞こえちゃいそうだよ。


「……ああ。誰かから聞いたみたいだな」


 赤巴君は私を見詰め返して、僅かに憮然としながらも頷いてくれた。

 さっきの話で思い出しただろう不愉快さを引きってはいるけど、そんなに多くはないみたい。

 早期に話を逸らす作戦は成功ね。


「確かに僕等は女神の騎士ミネルヴァナイツと呼ばれていたよ」

「4人居たんだよね? 盾とか、槍とか呼ばれてたって聞いたけど」

「僕が女神の盾、風皇ふおうらうという男が女神の翼、ウエイン・ダートルーナという少女が女神の剣、アキマリナ・ルーネンメビュラっていう……男が女神の槍。僕達は周りの連中から、勝手にそう呼ばれた」


 赤巴君は目を閉じて、素っ気無く答える。

 でも、少しだけ昔を懐かしんでるような雰囲気もあるわ。

 4人一緒に真璃亜を護って戦ってたんだから、やっぱり思い入れのある仲間なのね。


 ……あ、ダートルーナにルーネンメビュラっていったら、ライナやタレスちゃん。

 ユイの言う通り、あの2人は女神の騎士ミネルヴァナイツの末裔なんだ。


「それで?」

「え?」


 赤巴君の顔をぼんやり見てたら、突然目が開いて、こっちを見てきた。

 私は完全に気を抜いていたから、それはまったくの不意打ち。心の準備も出来ないまま、いきなり彼と目が合ってしまう。

 心臓が飛び上がったような錯覚。続く鼓動は怖いぐらい激しく大きい。

 ついでに全身は固まり、指先さえ動かせなくなってしまった。

 当然、顔も動かせない。だから赤巴君と見詰め合ったまま。

 体中の血液が物凄い速さで流れていく。自分の体温が急上昇しているのも判る。


「あ、そのぉ……」


 頭の中は真っ白。

 色々と聞きたい事はあったんだけど、全て消えてしまった。

 考えようとしても、思考が上手くまとまらない。

 そんな私を見る赤巴君の目は、いぶかしさを通り越して冷たい。


 いけない、早く何か言わなくちゃ。

 でも、何を言えば?

 胸の奥はドキドキしっ放しだし。頭はグルグル回るし。何時の間にか喉はカラカラ……

 と、とにかく、考えるのよ。

 深呼吸して、集中して。えぇっと、えぇ〜っと……


「ま、真璃亜は私と別れた後、どうやって赤巴君に会ったの、かな?」


 混乱する頭で考え出した質問。

 それは結局、真璃亜に問うものとなってしまった。

 赤巴君の視線に耐え兼ねたのと、恥ずかしさから彼の顔を直視出来ない為に、私はまた真璃亜へと向き直る。

 内心の動揺を表に出さないよう、無理矢理に微笑みを作って。


「あのね、UPCSで連絡したんだよ。そしたらお兄ちゃん、お友達と一緒に来てくれたの」


 きっと不自然だろう私の表情に不審感を抱く事も無く、真璃亜は善良な笑顔で答えてくれた。

 この子の人を疑わない素直さに、今の私は救われてる。

 悪意ない陽性の微笑みは私の心を落ち着かせ、強引な作り笑いを本物の笑顔に変えてくれた。

 そのお陰で乱れていた心も安定し始め、まともな思考も働き出す。


 今になって思うけど、どうやって会うもUPCSに通話機能が付いてるのは常識も常識。特に真璃亜は電脳潜子ネットスプリーチャーでUPCSの扱いは誰よりも得意なんだから、相当マヌケな質問だったわよね。

 頭の中がコンガラがってたとはいえ、我ながら呆れてしまうわ。


「さっき言った3人と僕は暫定的なチームを組んでいた。ルナ・パレス内に溢れ出たアクトレアを倒す為、走り回っていた時に真璃亜から連絡がきてね。僕はすぐ真璃亜を迎えに行ったよ」


 横合いから掛かる赤巴君の声。真璃亜の言葉を引き継いで、補足してくれる。

 ついでに、さっさと顔を背けてしまった私へ、胡散臭そうな目も向けてきた。

 チラリと横目で見てみたけど、不審さ全開の眼差しに射抜かれて、私はすぐ目を逸らした。

 犯罪者を見るような彼の目に耐えられないのもあるけど、それ以上に気恥ずかしさが勝っている。

 赤巴君の顔を見ただけで、またも心臓が早鐘を打ち始めたぐらい。

 これをどうにかしたいとは思うんだけど……。


「お兄ちゃん達と一緒に戦ってる時にね、色んな人が真璃亜達を助けてくれたよ。日和ひよりおばさんとか」

「日和さん?」


 真璃亜の口から零れ出たその名前には聞き覚えがある。

 だから私は反射的に問い返していた。


「うん。日和おばさんだよ。いさっちも知ってるの?」

「え、ええ。名前が同じだけかもしれないけど、一応」

「クリシナーデエンタープライズの社長夫人、日和・クリシナーデの事だ。旧姓は西園寺さいおんじ日和ひより。君が知っていても不思議はない。静江さんとは昔の仲間だからね」


 真璃亜を補う赤巴君の説明で確信が持てた。

 クリシナーデエンタープライズの社長夫人、それなら日和さんに間違いないわ。

 お母さんとは友達同士で、私も何度か会った事がある。お母さんのお葬式で、大声出して泣いてくれたのよね。それから『困った時はなんでも言いなさい』って言ってくれたっけ。

 あの後も随分と気に掛けてくれたし、良く憶えてるわ。

 日和さんは世話焼きだし、真璃亜達にも協力的だったのね。大企業の社長夫人でお金も権力も技術もあるから、随分大きな助けになったんじゃないかな。


「それからね、いさっちのおばあちゃんにも助けて貰ったよ」

「御祖母ちゃんに?」

「うん!」


 真璃亜は私の両手を握って明るく頷く。

 なんだか、とても嬉しそう。

 もしかして御祖母ちゃんに懐いてたのかしら? 可愛がってもらえたのかも。


 お母さんのお母さんで、私にとっては御祖母ちゃん。それが綿津御わたつみひじり、当時77歳。

 御祖母ちゃんは厳格で閉鎖的でちょっと怖いけど、物凄く強い魔導法士ソーサレスだった。

 何時も難しい顔をしてるから取っ付き難い感じがあって、礼儀正しいけど物言いはキツイ。だけど真面目さでは誰にも負けない、それにとっても頑固。

 80近いのに背筋は真っ直ぐ伸びてて、背も高くて、毅然としていて、着物がとっても似合ってて。カッコよかったのは確かね。


 私は小さい頃から精神修養だとかって厳しく躾けられてきたわ。加えて魔導法士ソーサレスとしての修行もスパルタだった。

 でも御祖母ちゃんの事は嫌いじゃないよ。寧ろ大好き。それから尊敬もしてる。

 色々厳しい所はあるけど、本当は優しいし、理解もあるし。


 お母さんが亡くなった後、私は綿津御神社の巫女を継いだ。でも魔導法士ソーサレスとしての力を人の為に使いたくて、軍人になろうと思った。

 その事を御祖母ちゃんに打ち明けたら、絶対反対されると思ったけど、簡単にOKしてくれたんだ。

 『お前が考えて、自分で結論を出して、そして決めたのなら、何を言わん。思う様に生きるといい』そう言ってくれた。

 本当はお母さんの代わりに巫女をやって、神社を護って貰いたかった筈なのに。無理に引き止めないで、快く送り出してくれたのよね。

 なんだかんだ言って、御祖母ちゃんは私の心を何時も大事にしてくれていた。私はそれが嬉しかったわ。


「おばあちゃんはね、ケッカイを張って皆を護ってくれたんだよ」

「聖さんの魔法で綿津御神社は護られていた。アクトレアも侵入出来ない強力な障壁が張られていてね。神社は住民の避難所として開かれ、同時に僕達の活動拠点だった」


 真璃亜と赤巴君、2人の声からは揃って深い信頼が感じられる。

 その向かう先は御祖母ちゃんね。

 孫としては結構嬉しいし、誇らしい気分よ。


 でもそっか、御祖母ちゃんはやっぱり皆の為に働いたんだ。

 口にこそ出さなかったけど、ルナ・パレスと其処に住んでる皆が好きだったもの。それぐらい判ってた。

 強情張らず素直に皆を助けようとしたのは、御祖母ちゃんらしい。


 だけど気掛かりもある。

 真璃亜から私が死んだ事を聞いた筈。いったい、どんな気持ちだったのかな。

 ……私、祖母不幸者よね。

 お母さんが亡くなった時も、私をこれ以上不安にさせないよう気丈に振舞ってた。泣いてる所は見た事ないもの。

 けど本当は凄く辛かったと思う。悲しくて、悔しくて。御祖母ちゃんが黙ってても感じるわ。

 そして今度は私。……御祖母ちゃん、苦しかっただろうな。

 ごめんなさい、御祖母ちゃん。


「あのね、あのね、皆に助けて貰ってね、それで真璃亜達、遺跡の中に突っ込んだんだよ」


 私の雰囲気が暗くなったのを察したのかな。

 真璃亜は私の手を強く握って、早口に話を進める。

 気分を切り替えようと必死に考えて、実行しようと頑張る姿は微笑ましくて。沈みつつあった私の気分を晴らして、胸の奥を温かくしてくれる。

 この子のこういう優しさが、何時も私を救ってくれた。

 だからこそ、私は真璃亜を護ってあげたかったんだ。


「異変の原因は遺跡にある。それを取り除くには、遺跡へ乗り込む他ないからね。幸い、真璃亜のお陰で遺跡内の行軍は楽だったよ」


 どこか得意気な赤巴君の声。

 先までの冷めた視線も今は感じない。真璃亜を自慢する方へ、意識の重心を移したみたい。

 ホント、小さなプッシュにも余念がないわね。彼の妹贔屓びいきは本格的に大したものよ。正直、引くけど。


「えへへ、真璃亜は特に何もしてないんだけどね」


 一方の真璃亜は照れ笑いを浮かべて、開いた口から小さな八重歯を覗かせる。

 どんな事でも素直に喜べるのは、この子の美点だな。こういう所も可愛らしい。


「真璃亜率いる女神軍は順調に進んだ。だが遺跡の内奥、中枢部に辿り着いた時、予想外の事件が起こった」


 急に、赤巴君の声が重くなる。

 目だけを動かして彼の方を見てみると、綺麗な顔に苦々しげな表情がかれていた。

 ユイから聞いた話が思い出される。


「インフィニートが裏切った、だよね?」

「……ああ」


 私の問い掛けに、赤巴君は思いっきり面白くなさそうに頷く。

 視線を正面に戻すと、真璃亜の細面も常の快活さを欠いていた。


「僕等だって、インフィニートを全面的に信用していた訳じゃない。でもまさか、事態の収拾・解決を目前にしたあのタイミングで裏切るとは、思ってもみなかった」


 赤巴君の声には濃厚な憤怒が滲んでいる。

 腹の底から湧き上がる憎しみを押し殺したような、背筋の寒くなる声だ。


「ルナ・パレスが無くなっては、連中も困るだろうと思っていた。例えどんな企業だろうと、活動する為の場所と、彼等を必要とする民衆が居なければ存続出来ないからな。でもその考えは間違っていたよ」

「インフィニートはね、最初からどうでもよかったんだよ。ルナ・パレスの事も、其処に住んでる皆の事も、本当はどうでもよかったんだ」


 真璃亜の呟きが、やけに大きく聞こえる。

 私の手に添えられた彼女の小さな手は、若干の暖かさを落とし、小刻みに震えていた。

 そんな真璃亜の表情は硬い。


「どういう事?」


 2人の様子からして只事でない雰囲気は嫌と言うほど伝わってくる。

 流石にこんな状況では、私の胸も高鳴ったりはしない。赤巴君を前にした時とは別の、もっと根暗い胸騒ぎが始まった。

 胸中に渦巻く嫌な予感が、急速に膨らみ私の心を圧迫していく。


「簡単な話さ。全ては奴等が仕組んだ事。全部、連中の筋書き通りだ」


 物憂い気な真璃亜から視線を転じ、声の主へと向ける。

 赤巴君は忌々しさを湛えた顔で、憮然と明後日の方角を見ていた。


「つまりあの異変は、インフィニートが起こした事だっていうの?」

「その通り。連中は随分昔から遺跡の内部を探っていたようだ。月と地球の戦争中から、再編制された調査団の撤退、探索の民間委託後まで延々とね。しかも奴等はとっくに遺跡の重要機関を押さえていたのさ。ついでに機能まで正確に把握していた」

「アウェーカーが遺跡探索をやってる時には、もう既に遺跡の秘密を暴いていたの?」

「ああ。その上で政府にも他企業にも漏らさず、アウェーカーにも好き放題やらせていた訳だ。そして頃合を見計らい、遺跡を起動させた」

「でもね、本格的な起動じゃないの。準備運動っていうか、暖気運転みたいなものかな。ほんのさわり程度なんだよ」


 真璃亜がパジャマの袖を引っ張って教えてくれる。

 でも遺跡の起動とか言われても、いまいちピンとこないな。

 遺跡は遺跡であって建物よね。建物が起動とか言われても……もしかして昔あった漫画みたいに巨大ロボットへ変形するみたいなノリかしら?

 う〜ん、当たらずとも遠からずなんじゃないかな。現に遺跡は塔みたいになっちゃってるし。

 遺跡の起動っていうのは、そういう事かも。


「一応言っておくけど、遺跡が起動するとしても変形したりじゃないからな」

「え?」

「そんな事を考えてそうな顔だったぞ」


 赤巴君が冷めた目で睨んでくる。

 場に満ちる張り詰めた緊張感が相殺するから、もうドキドキはしない。赤巴君の顔も、なんとか動揺せず見られる。

 だから冷静に考えられるわ。怖いくらいの鋭さだって。


「遺跡の起動っていうのは、備わっている機能が動く事だ。皆はアレを巨大な建築物だと思っているけど、本当は巨大なUPCSみたいな物さ。勿論、僕等の使うそれとはまるで違う。能力も目的も。あくまで大凡の系統が似ている程度の話だけど」

「えぇっと、つまり、車よりもコンピューター寄りって事?」

「大体そんな感じだ。かなり大雑把且ついい加減に分類分けするとだけどね」


 なんだか判ったような、判らないような。

 ともかく、かなり複雑で難解な代物だという事ね。

 そもそも私、機械苦手だから考えたって簡単には理解出来ないわよ。


「話を戻そうか」

「えっとね、アクトレアが遺跡から出ないのは、遺跡への侵入者を排除するのがお仕事だからだよ。遺跡の内側に居るよう作られてるの」

「しかしインフィニートが遺跡の中にある……何て言おうか、そうだな……まぁセンサーみたいな物を切り替えた。それで遺跡の内外を分かつ境界が消えて、アクトレアは月面全てを遺跡の内部と認識したんだ」

「要するに、インフィニートの所為でアクトレアは遺跡の中と外の区別がつかなくなった。それで外の世界全部を遺跡の中だと思って、出て来たってこと?」

「うん、そんな感じだよ」


 私がライナや匝雲そううん先生、ユイから聞いたのは、異変の原因が『インフィニートらしい』という曖昧な物だった。

 でも今、当時の事変を実際に体験した赤巴君と真璃亜が、元凶はインフィニートだと断言してる。

 不審が生んだ噂は、本当だったのね。

 でも判らない。そんな事をすれば、自分達が暮らしているルナ・パレスが滅茶苦茶になるのに。自分達だって危険じゃない。どうしてそんな事を?


「インフィニートの動きって、変じゃない? 自分で自分の首を絞めるような」

「連中の考えてる事は常に理解出来ない。でも1つだけハッキリしてる事がある」

「それは?」

「真璃亜さ」


 面白くなさそうに鼻を鳴らして、赤巴君は真璃亜を見る。

 つられて私も目の前の女の子へ両目を向けた。


「はぅ」


 私達に見詰められて、真璃亜は少し困ったような、照れたような、曖昧な顔をする。

 そのまま両手の人差し指同士を、顔の前で突き合わせ始めた。

 ちょっと緊張してるみたい。


「この子は遺跡にとって重要な存在だ。遺跡を本格的に起動させる為に無くてはならない、言わばイグニッションキー。この子無くして、遺跡の本当の機能を甦らせる事は出来ないのさ」

「えへへ、真璃亜も昔は知らなかったよ」


 指を合わせつつ、真璃亜は頬を朱色に染める。

 見た感じでは、髪を下ろしているのと色が違う以外、リーラの名前でいた頃と同じ。人好きのする笑顔も、低めな身長も、全体的な雰囲気も、これといった違いは見受けられない。

 でも実際は、なんだか凄い子らしいわ。

 展開が急すぎて、どうも現実味というか実感がないんだけどね。


「インフィニートは……いや、ティダリテスは、遺跡の全てを手中に収めるべく真璃亜を求めた」


 ティダリテスって言えば、インフィニートの最高経営責任者じゃない。

 そうか、あそこはCEOティダリテスのワンマン企業だから、全部が彼の意思を反映させた動きなのね。

 巨大な経済力と発言力、技術力と影響力と実行力を併せ持った企業。それを操っている個人。インフィニートの行動は全て、ティダリテスの総意の下に行われているんだ。

 つまりルナ・パレスの混乱も、ティダリテスの謀略?


「遺跡が部分的に起動しアクトレアが溢れ出せば、ルナ・パレスは未曾有の危機に陥る。それを鎮めるには、起動させた張本人のインフィニートが止めるか、でなければ遺跡を制御出来る真璃亜が、遺跡の内部に直接赴いてシステムを停止させる他無い。当然、インフィニートに止める気は皆無だ」

「ちょっと待って。それじゃ、インフィニート、いいえ、ティダリテスは真璃亜を遺跡の中に入れる為だけに、あれ程の事件を起こしたの?」

「そういう事さ。奴等の思惑通り、真璃亜は遺跡の中へ入っていった。その時インフィニートは、自分達も女神の協力者である様を偽って同行している。騒動の発端であるくせに、迷惑を被っている被害者面をしてね」

「そんな、そんな事って……」


 一瞬、目の前が暗くなり、私は思わずよろめいた。


 遺跡から出て来たアクトレアの所為で、いったい何人の罪なき人々が傷付き、苦しみ、大切なものを奪われ、悲しんで、或いは命を落としたのか。

 いったいどれだけの不幸が振り撒かれたのか。

 それなのに、数多の悲劇が生まれる事を知っていて、それを行った者が居るなんて。

 たった1人の少女を遺跡の中へ入れる為だけに、そんな事を?

 信じられない。


 ティダリテス・フォルド・インフィニトス。奴は自分の目的の為に、平和に暮らす人々の生活を壊し、幾多の死を招き、底深い絶望を放った。

 皆の幸福を踏み躙り、破壊する権利が、誰にあるというの?

 誰にもないわ。

 ある筈がない。

 あっていい筈がないのよ。


 フツフツと怒りが込み上げてくる。

 体も熱くなってきた。さっきとは別の理由でね。

 誰かを、こんなに許せなく思うのは初めてだわ。


「後は真璃亜が遺跡の深奥に辿り着いた所で、待ってましたとばかりに襲い掛かる。邪魔な連中を始末して、真璃亜を手に入れる為」


 赤巴君は目を細め、そこで言葉を切った。

 嫌な記憶を思い出したと言わんばかりに、端整な顔をしかめて。


「判らない。ルナ・パレスを滅茶苦茶にしてまで、何千何万という人々を犠牲にしてまで、遺跡の力とは手に入れたい物なの?」


 私の胸中に渦巻く疑問は尽きない。

 生命は尊いもの。唯一無二であり、誰もが持つ最大にして最高の財産だわ。

 一度現世に生まれ落ちた命には、これから先の生涯全てが意味と価値を持っている。人生は楽じゃないし辛い事も多いけれど、歩んだ時間は全てその人の血肉となり、柱となり、意義となる。その人だけの宝に。

 寿命という与えられた時間の中で、人はその命を振るう自由を持っているの。誰にも侵害されべかざる絶対の自由。境遇や環境や立ち位置でその人の在り方は大きく変わるけれど、自分の命を人生を、自分だけの物として掲げ、抱え、生きる権利は原則的に誰もが持つもの。他の 何を奪われても、それだけはその人だけの物。

 それが生まれてくるという事だから。

 人の命には、年齢も、性別も、身長も、人種も、職業も、肌の色も、頭の良さも、性格も、重さも、違いはない。全てが平等。等しく均一。

 身分や地位で人を使役する者、される者に別れたとしても、本質的な価値は誰もが同じ。人の在り様というのは、全て人が後から作った外付けのものだもの。組織や社会を取り払い、同じ土俵に立たせれば、命の価値はすべからくイコールよ。

 そしてそれはとても大きくて、取り返しのつかない至高の貴重さを持っている。

 人だけじゃない。動物や植物だって、命の価値は同じ。全てが『今を存在している』という事では同等の意味を持つから。形が違うだけで、中身は同じよ。

 命は巡り、廻り、他を助け、繋げ、糧として次に渡る。少なくとも月と地球では、そうなっているんだから。その枠組みの中にある全ての命は、絶対の価値を持つ尊い存在。

 此の世に命以上に重いもの、大切なものがあるなんて思えない。


「それに、どうして真璃亜はそんな力を持ってるの? 何故、遺跡に関係するような力を……」

「確かに真璃亜のような力を持つ存在は、自然に生まれる事は無い。遺跡とは本来、人類や地球を発祥とする他の生命体全てと隔絶された、完全に異なる物だからな。人にも動物にも、遺跡に関与する素養など最初から備わっていない。だからそれが表面化する事もありえない」

「でも、真璃亜は居る」

「うん、居るねぇ」

「理由は簡単さ。本来在るべからず遺跡の力を、持った存在として創られたからだ」

「創られた? 次世代品種セカンドみたいに?」

「そうだ」


 赤巴君は然も当然という顔で頷く。

 一方、話の主眼点にして当人である真璃亜は、興味深そうに自分の兄を見ている。


「考えてみればそうよね。赤巴君の妹なら、次世代品種セカンドだと考えるのが妥当、だものね」

「まぁ、そうだな」

「うんうん」

「さっきも言ったけど、インフィニートは昔から遺跡を探っていた。その最中、ある重要な物を見付け出している」

「重要な物?」

「遺跡に関与し得る特性を持った遺伝子情報の欠片だ。但し、相当古いうえにその構成式は人類の物とは違う。もっと異質な存在だな」

「それって、宇宙人のものっていう事?」

「有態に言えばそうなる」


 思わずまた、私はよろめきかけた。


 幾らなんでもそんな、SFみたいな話は。

 いきなり言われても、素直に信じられないわよ。いえ、この状況で赤巴君が嘘を吐くとも思えないけど。凄い真顔だし。

 でもだからって、ちょっとねぇ?

 そりゃ確かに、月の遺跡は誰が造ったのか判らないし、得体も知れない正体不明だけど。

 う、宇宙人?

 いや、可能性としては妥当なのかもしれない。でも直ぐ納得は出来ないというか……


「おお! 真璃亜、ウチュージンだったのかぁ!」


 真璃亜はといえば、何故か瞳を輝かせて興奮している。

 流石は真璃亜、どんな眉唾話も疑う事無く頭っから信じられる無垢な純粋さは、誰にも真似出来ないわね。

 でもね、これを鵜呑みにするのはちょっとまずいんじゃない?


「あのね、真璃亜……」

「真璃亜は人間だよ。遺伝子内の塩基配列に、発見された遺伝子情報を解析して得られた目的の構成パターンが書き加えられていて、特異な素養を得ているだけだ。必要な部分だけを人側の形にモデリングして、復帰させてあるから、遺伝子レベルから人間と同じさ」


 諭そうとした私を遮るように、赤巴君はよく判らない専門用語を連呼して真璃亜をなだめる。

 案の定、真璃亜はよく判っていない感じで首を傾げていたけど、最後には笑顔になって大きく頷いた。

 赤巴君が人間だと言うから人間なんだと、そういう納得の仕方みたいね。

 自分を宇宙人だの何だのと思い込まなくなっただけ、良かったとは思うけど。


「インフィニートは遺跡から持ち帰った太古の遺伝子情報を、現代に甦らせようとした。それを使い遺跡を起動させる為にだ。そこで連中が目を付けたのが、当時人類最高と目されていた遺伝子工学者、霧江きりえ光瑠ひかるだった」


 赤巴君は、光瑠さんの名前を吐き捨てるように言う。

 彼女の話をする時の彼の瞳には、拭いようのない憎悪が激しく滾っていた。

 それこそ親の仇を見るような目だ。


 親子なのに、どうしてそんなに憎むのか。

 私には、その理由が判らない。それに今の赤巴君は、それを聞ける雰囲気じゃない。

 熱く燃える炎のような殺気が、全身から滲み出ているから。

 お兄ちゃん子の真璃亜も怖がって、私の腕にしがみ付いてくる程。


「あの女はインフィニートの要求を聞き入れ、奴等の下で研究に携わった。そして真璃亜を創り、死んだ」

「し、死んだって……」


 無感情に、素っ気無く、赤巴君は母親の死を言い放つ。

 心から興味無さそうに、事務的でさえない簡潔さで。


「あの、お母さん、なんでしょ? それなのに……」

「あの女は僕にとって遺伝学上の基体でしかない。それだけだ」


 赤巴君は私を睨むと、余分な言葉を加えずキッパリと言い切った。

 彼の鋭い視線は、親子扱いした私を責めるようで。

 深い嫌悪を横たえた冷たい眼差しに射抜かれて、私はそれ以上何も言えなくなった。


「お、お母さん、インフィニートに言われて真璃亜を作ったの? 本当に、ティダリテスの為に?」


 私の右腕を両手で抱き込みながら、真璃亜は不安げな声を送る。

 半ば私の後ろに隠れるようにしながら、赤巴君を覗き見て。


 真璃亜にとって、この話は気にならない訳がない。

 彼女を手に入れる為、大変な騒動を巻き起こしたインフィニートは、女神と呼ばれたこの子にとって許す事の出来ない敵だろう。

 そんな自分がインフィニートによって、遺跡を動かす目的から創られたのだとしたら。

 それはどれ程の衝撃だろうか。私なんかじゃ想像も出来ない、葛藤と懊悩がある筈。

 それを思うと、この子が憐れで堪らない。


「……確かに、あの女はインフィニートに与してお前を創った。けれどけしてティダリテスの為じゃない。ましてや人類の為でも、遺跡の秘密を解き明かす為でもない。自分の為だ」


 赤巴君は両目を閉じて、ゆっくりと真璃亜へ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 最愛の妹の怯えた姿を目の当たりにしてか、彼の全身から放射されていた噴気は、語られる声と共に静まっていった。

 それでも光瑠さんへの感情は依然として存在し、今も一定の確執を引き摺っている。


「お母さんの為?」

「そうだ」


 心配そうに恐る恐る聞き返す真璃亜。

 赤巴君は目を開けて、妹を正面から見詰めて浅く頷く。


「あの女、霧江光瑠は、生まれながらの遺伝子疾患で子供の産めない体だった。あの女はその事実に異常なコンプレックスを抱いていてね。どうしてだか判るかい?」

「赤ちゃんが産めないのは、真璃亜も悲しいと思う」


 赤巴君の質問に、真璃亜は少し考えてから返答を送った。

 寂しげな瞳は、この子の心情を如実に表している。


 私も真璃亜には同意見ね。

 自分が子供を産めないと知ったら、きっと凄くショックだと思う。寂しいし、悲しいし、辛いだろうな。

 光瑠さんには(写真でしか見た事無いけど)同情するよ、うん。


「あの女の場合は少し違う。……生物の存在意義は何だと思う?」


 赤巴君は真璃亜から視線を逸らすと遠くを見て、それからまた彼女へ向き直った。

 しかもいきなり話題を変えて。

 これには真璃亜も戸惑いを隠せない。困った顔で私の方を見てくる。

 でも私だって同じで、赤巴君の意図が読めないから何も答えられない。

 首を横に振って、判らない旨を伝えるだけ。


「種の保存、存続、継続だ。自分の遺伝子を遺し、伝え、始祖から連なる個の情報を次代に繋げる。生物の存在意義はその一点に集約し、帰結する。生命体の大原則さ」


 赤巴君は胸の前で腕を組み、悠然と私達を見た。

 その瞳には、かつてない知性の輝きが宿っている。

 でもそれはどちらかいえば無機的で、淡々とした光。


「人間は下手に頭が回るものだから、色々と『生まれてきた理由』なんて物を考える。その結果、幸せになる為だとか、人生を精一杯生きる為だとか、愛した人を護る為だとか、生きる理由を探す葛藤そのものが意味だとか、くだらない理由を付けたがるけど」


 口の端が僅かに吊り上る。

 赤巴君は本当に小さな冷笑を口許に刻んだ。


「でも、そんなのは人の意識が勝手に思考してるだけ。意味の無い、表面的な理由だ。人だろうが、動物だろうが、魚だろが、植物だろうが、地球より系譜を分かつ全生命体は、等しく全てが種の存続を生まれてきた意味として持つ。それが、揺るがない事の本質だ」


 笑みを一瞬で引っ込めて、また無表情に近い顔を私達へ。

 どうでもいいけど、今彼に白衣を着せたら、けっこう本格的な科学者に見えような気がするなぁ。


「生物が生まれてきた理由、生き続ける意味は単純にして明快。自分の遺伝子を遺す事、これに尽きる。それ以上でも以下でもない」

「だから、それと光瑠さんと何の関係があるの?」


 持って回った言い方ばかりの赤巴君に我慢出来なくなり、私はとうとう胸中の不満と疑問を吐き出してしまった。

 でも後悔はしていない。真璃亜だって聞きたがってるし。

 そもそも悪いのは、もったいぶる赤巴君の方なんだから。


「あの女は遺伝子学者。生物が生物たる情報、DNAの解明と探求を旨とする存在だ。誰よりも生命の意味について考える機会は多い。そんな女が自分の欠陥に気付いたという話だ」


 赤巴君の私を見る目が、若干だけど鬱陶しそうに細まる。

 その後少しして、興味を無くしたように真璃亜の方へ流れていった。

 なんというか、改めて扱いの差異を見せ付けられた気が……

 ちょっと酷いわよね。もう少しぐらい、優しい目を向けてくれたってさ、バチは当たらないと思うけど。


「子供が産めない、つまり自分の遺伝子を遺せない。それは生物にとって、存在意義が無い事を意味する。種としての欠陥品、失敗作、生きる意味も価値もない、此の世で最も無意味な、生きていようが死んでいようが大差ないもの。あの女は、自分がそんな存在なのだと思い至った」


 赤巴君の顔に、陰惨な笑みが刷かれる。

 実母の苦悩を絶望を、心の底から楽しむような。さっきまでとはまるで別人、比べようの無い邪悪で陰険な笑み。

 それを見た瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜けた。氷の塊を突っ込まれたような唐突な寒さに、危うく悲鳴を上げそうになってしまう。

 右腕にしがみ付く真璃亜も、顔を青ざめさせて身震いしていた。

 この子の怯えが腕を介して伝わってくる。半分涙目にもなっちゃってるし。


「で、でも、子供が産めないからって駄目な訳じゃないわ。それだけが全てである筈ないもの」

「そこは個人による解釈の違いだろう。他人はどうかしらないが、あの女は自分が無意味な出来損ないだと思った。それだけさ」


 私の抗議に対してはつまらなそうに鼻を鳴らし、しれっと言い退ける。

 随分とぞんざいな応対に、私は次言うべき言葉が見付からない。

 今の赤巴君は、他者を寄せ付けない拒絶の雰囲気を纏っている。その所為で、どう話しかければいいのか判らなくなってしまった。


「だからあの女は、自分の手で自分の遺伝子を継ぐ存在を創り出そうとした。しかもどうせ創るならと、より強固に遺伝情報を有した連続的継続体の作製を求めたのさ」

「レンゾクテキケイゾクタイ?」

「普通、人間は男女が交配して子を作る。こうして生まれた子供は両親双方の遺伝子が統合している存在だ。この子供には父母から引き継いだ遺伝情報内で表面化しているものと、そうでないものがある」

「うんうん」

「連続的継続体とは、次代の子が誕生した時、自分側の遺伝情報が強く表面化するよう調整された存在を言う。どれだけ代を経て遺伝子が統合を繰り返しても、常に特定因子が強く発露するようにね。簡単に言えば、交配対象を押し退けて自分の特徴が色濃く子供や孫、その子孫にまで継がれるようになるって事さ」


 落ち着きを取り戻した赤巴君を前に、こちらも平時の明るさを回復させた真璃亜。

 彼女は兄の言葉を神妙な面持ちで迎え、逐一頷いている。

 講義する教師然とした佇まいの赤巴君と、教え子のような真璃亜。こうして見ていると、仲の良い普通の兄妹みたいなのよね。

 何か特別な能力や宿命を負っているとはとても思えない。


「あの女は自分の遺伝子が遺せない事に強烈なコンプレックスがあるからな。それを解消する為に、自分の遺伝情報が強く継承される方法に固執していた」

「それが真璃亜なの?」

「ああ」


 頬に右の人差し指を当てて小首を傾げる真璃亜へ、赤巴君は肯定の形に首を振った。


 私は光瑠さんの事を殆ど何も知らない。昔お母さんが、自分の親友でとても頭の良い女性だったと話してくれたぐらいね。

 物凄く真っ直ぐで、怖いもの知らずで、挑戦的で、こうと決めたら絶対に途中で投げ出さない、そういう人だって。

 話しながら見せてくれた写真には、もう少し若い頃のお母さんとお父さん、それから日和さんや他に2人の男の人、そして光瑠さんの6人が写っていたのを憶えてる。

 あの時に見た光瑠さんは、赤巴君の髪をもっと伸ばさせて、白衣を着せたような姿だった。顔も無表情というか、面白くなさそうにしてて、赤巴君とそっくりなのよね。


「連続的継続体を作るには、優れた研究設備と莫大な費用が必要だった。幾らあの女が名うての遺伝子工学者だとしても、とても個人でまかなえる物じゃない。だから奴は、自分の目的達成の為に全てを利用してきたんだ」

「それでインフィニート?」

「まぁね。でもその前は別の場所に居た。ガレナック社が極秘で設立した次世代戦略兵器研究開発チーム、通称『次戦研』だ。此処は大戦以後野放しになっている次世代品種セカンドを危険視したガレナック社が、次世代品種セカンドを倒す事に特化した兵器の開発を目的として運営していた」


 赤巴君は一切の表情を消し、どこか遠い目をする。

 けれど昔を懐かしんでいる訳じゃない。古いアルバムを開き、過ぎ去った時間を見直す『作業』に従事するような。

 感情の起伏を削り、平淡な思い1つで昔を振り返る。彼の目は、正にそれだ。


「あの女は研究チームの中心メンバーの1人であり、対次世代品種セカンド用兵器を研究する傍ら、連続的継続体の基礎理論の構築も行っている。そして完成した理論の実践をする為、チームが考案した生体兵器のテストモデル製作に自分の卵細胞を提供したんだ」

「光瑠さんの卵細胞を使った生体兵器……それって、もしかして」

「卵細胞は培養され、個々に遺伝子操作が行われた。そうして生み出されたのが次世代品種セカンドを殺す為の次世代品種セカンド狩猟型次世代品種ネガ・セカンド。総数は1000体。けれど様々な実験や成長段階で次々と破損し、結局本格的な起動試験まで残っていたのは100体程度。更に固体同士の模擬戦闘訓練等を経て実用化まで辿り着いたのは50体だけだった」


 この話をする赤巴君の声は、静かで抑揚がない。

 双眸は感情を映さないまま閉ざされてしまう。

 何も己へ届けさせず、精神の拮抗を保とうとするかのような姿。

 けれど私は静寂した彼の佇まいに、得体の知れない不安めいた思いを感じている。

 その基点は彼の話の中に。最初は何もなかったけれど、気付けば胸の奥に小さな疑念が芽生えていた。

 赤巴君の口から新たな言葉が零れ落ちる度、胸中に生じた疑惑は成長し、僅かな時間で大きな実りを結んで首をもたげる。

 抱いた思いの正体が知りたくて、でも同時に、靄のように掛かる不吉な予感が、私に事の言及を躊躇させる。

 今はただ語られる過去の記憶に耳を傾け、黙って立つ以外にはない。一連の過程内で、姿なき疑念は不安を糧に。一層の成長を続けるけれど。


狩猟型次世代品種ネガ・セカンドは研究チームの求める完成体ではあったけれど、あの女が求める物では無かった。奴にとって狩猟型次世代品種ネガ・セカンドは所詮、本番前のウォームアップ。単なる実験台でしかない」

「……研究チームは、それからどうなったの?」

狩猟型次世代品種ネガ・セカンドが完成し、その活動成果が上がった時点で解体された。目的が達成された以上、何時までも残しておく必要はないさ。本来の役目を終えた狩猟型次世代品種ネガ・セカンドはガレナック社によって処分され、完全に次戦研の存在理由は無くなった」


 赤巴君は平板な顔で、他人事のように言う。

 だけど私の心中は穏やかじゃない。

 当所些細だった疑惑は今や確信に変わり、強く激しく私の胸を締め上げている。


「名前……中心メンバーの名前は……判る、よね?」


 赤巴君を正面に見て、私は喉を震わせる。

 出てきた声は思った以上に小さくて、か細い、絞り出すようなものだった。

 内心の動揺を表すように、声も震えている。

 胸の奥からは、怖いぐらいに大きな鼓動が聞こえてきた。


 光瑠さんとお母さんは友達。日和さんとも。

 光瑠さんがインフィニートへ行く前に働いていた場所。

 ガレナック社の研究チーム。

 お母さんは昔、精神心理学の学者だった。お父さんとは仕事仲間。

 お母さんが持っていた写真。

 白衣を着た6人。

 赤巴君はお母さんを知っている。


 最初は無関係だと思っていた。でも赤巴君の話を聞くうちに、それぞれが少しずつ繋がって、1つの答えを私に見せた。

 まだ確定じゃない。でも予感はある。とても嫌な予感。外れて欲しい、そう思わずにはいられない予感が。


「ああ」


 赤巴君は目を開けて、私を見詰め返してくる。

 無感動な瞳は、死刑宣告を控えた裁判官のように思えた。


「霧江光瑠、高木たかぎ篤人あつひと小池こいけ正義まさより、西園寺日和、それから綿津御静江と綿津御亮治」


 淡々と、名簿に記された名前を読み上げるように、赤巴君は告げる。

 聞きたくない名前が、耳の中に入り込んできた。

 予感が現実になった瞬間。

 呼吸すら苦しいような錯覚を覚え、私は自分でも気付かないままパジャマの胸元をきつく握っていた。


「いさっち、どうしたの? 大丈夫? 震えてるよ?」


 脇から心配そうに見上げてくる真璃亜。

 彼女に言われて私は初めて、自分が濡れた子犬みたいに震えている事へ気付いた。

 でも、抑えられない。考えた命令が体に伝わっていないのか、自分の体なのに別の物みたいで。

 私は私自身を、制御出来なくなっている。


「どうして……そんな……だって、お母さんと、お父さんが……なんで」


 口が勝手に動く。言葉が独りでに漏れ落ちる。

 それと共に目の前が暗くなり、私の全身から力が抜けた。

 支えを失った体が、重力へ引きられるように、前のめりで倒れていく。


「いさっち!」


 遠くで真璃亜の声が聞こえた。

 右腕が引かれる。

 けれど、私の体を止めるには力が足りず、前方へ崩れ落ちる全身の動きは更に続いて。


 不意に、体が止まった。

 草花の芽吹く大地に倒れ込んだ訳じゃない。そうなる前に、何かが私を受け止めたみたい。

 右肩と左の二の腕に、強い力を感じる。

 胸の辺りも、少しだけ暖かい。


「おい」


 遠くの方で声。

 感情の薄い音。聞き覚えがある。


「早く起きてくれないか」


 声の中に苛立ちが混ざった。

 少し、近くに聞こえる。


「思ったより重いな」


 嘲るような笑声が声に含まれた。

 次の瞬間、曖昧に混濁していた私の意識は元の状態に統合されて、無明の沈殿から覚醒を果たす。

 暗色に閉ざされた世界は再度彩りを取り戻し、開けた視界に赤巴君の顔が映った。

 驚くほど近く、それこそ目の前に、彼の顔がある。


「遅いよ」


 短い言葉に多量の不満を込めて、赤巴君は憮然と睨んでくる。

 けれど、私は何も返せない。

 まじかに迫った彼の顔を見たまま、固まったように体は動かなくなった。

 心の中では様々な思いが渦巻いて、頭の中は未だ混乱中。幾多の思考と感情が入り乱れる中で、先刻感じていた恥じらいもまた甦っている。

 それが私の体を硬直させて、戻ったばかりの意識を遠くに引っ張っていこうとしていた。


「いい加減に退いてくれ」


 不機嫌さを隠す事も無く、赤巴君は語調を幾らか厳しくする。

 そこで我に返り、自分が赤巴君に支えられている事を知った。

 彼の両手が、右肩と左の二の腕をそれぞれ掴んでいる。私が完全に倒れなかったのは、赤巴君が受け止めてくれたからだ。

 少し、嬉しい。


 それに今の距離感と互いの位置は、さっきキスされた時の状態によく似ている。

 そう気付いた途端、あの時の事が思い出されて、私は顔が赤くなるのを防げなかった。

 恥ずかしさと嬉しさが混ざり合って胸の中を駆け巡る。どんな顔をすればいいのか判らなくなって、私は俯くぐらいしか出来ない。


「ご、ごめん」


 ようやく動いた唇から呟くような小声を出して、私は1歩下がる。

 赤巴君の手から体を離し、彼との距離を少し開けた。


「その、ありがとう」


 気恥ずかしさが占める心を押して、上目遣いに赤巴君を見る。

 それから出来るだけハッキリと、今の精一杯を声に乗せてお礼を言った。


 でも赤巴君に反応はない。

 つまらなそうに私を一瞥し、揶揄やゆするように口許を歪める。


「なにを照れてるんだ。今、気を失ったばかりのくせに」


 彼の言葉が耳の奥から脳へと染み込んで数瞬。

 あの驚きと悲しみ、身を切られるような苦しみが、胸中を急速に染め始めた。

 赤巴君への薄紅色の感情は、たちどころに心の隅へと追い遣られ、更なる速度で塗り替えられていく。

 意識の色合いが一変すると共に、小さな震えが再び内側から体を揺らす。


「いさっち」


 何時の間にか横に来ていた真璃亜が、私の手を握りながら見上げてくる。

 心配そうな赤い瞳に、彼女の方を向いた私の顔が映り込んだ。


「うん、大丈夫。……ごめんね」


 真璃亜を少しでも安心させたくて、私は無理矢理微笑んでみる。

 でも表情筋が引き攣っているのか上手く動かせない。


「両親が生体兵器の研究開発に関わってると知って、随分とショックみたいだな」


 赤巴君は欠伸でもしそうな顔で、他人事だとばかりに言い放ってくる。

 とても冷たい態度。気遣いさえ感じられず、突き放す物言い。

 私は俯いて、唇を噛んだ。

 赤巴君が許せない訳じゃない。彼の言う通り、とても大きなショックを受けているから。


 これ程の衝撃を受けたのは、お母さんが亡くなった時以来。いいえ、下手をしたらあの時以上かもしれない。

 頭の中には鈍い痛みが走り、胸の奥では軋むような苦しさがある。

 全身から血の気が引いて、指先は私の意思と無関係に震えてしまう。

 唯一の救いは、握られた手から伝わってくる真璃亜の温もり。それだけが私の意識を勇気付け、再度の消失を妨げている。


 かつて起こった月と地球の戦争。その最中、生体兵器として作り出された次世代品種セカンド達。

 けれど彼等は戦争が終わると同時に用済みとなり、人によって望まれ与えられた力の為に、今度は人々から畏怖され、追われる事となった。

 そんな次世代品種セカンドを殺す為に、今度は新しい次世代品種セカンドを作った? しかも最初から殺す事を前提に、一時の目的の為だけに。


 どうして? どうしてなの?

 私に命の大切さを、尊さを教えてくれたお母さんが、どうして命を弄ぶ研究に与していたの?

 一部の身勝手な人間の為に、生命を作り、利用し、必要がなくなったから処分する。そんな腐臭さえする負の連鎖に、お母さんとお父さんが関わっていたなんて!


「嘘、じゃない、のよね……」


 胸の奥からり上がり、ともすれば噴き出しそうになる感情を懸命に抑えて。

 微かな希望を、陽炎のように不確かな望みを胸に、私は小さく口を開く。


「当然だろ。僕がこの目で見ているんだから」


 でもそれは事も無げに言ってのける赤巴君の声で、粉々に砕け散った。

 あるかないかの小さな期待は、1秒の間を置いて霧散する。

 彼の言葉を聞いた瞬間、私の手は無意識のうちに、握ってくれている真璃亜の手を強く握り返していた。

 急遽増加した握力に驚いて、真璃亜がこちらを見上げてくる。その視線を斜め下から感じながら、けれど私は自分の足下を見たまま、目を余所へ向けられなくなっていた。

 追い打ちのように掛かる精神的な衝撃が、私の体を半ば硬直させてしまっている。


「でも、信じられない……お母さんは昔、世界を救う為に働いたって……そう言ってたのに……それなのに……」


 知らなかった現実へ抗うように、私は必死で、それだけを喉の奥から絞り出した。

 心の中にある、お母さんとお父さんの姿を護りたくて。


 今となってはそれも無意味かもしれないけど。それでも思わずにはいられない。

 お母さんとお父さんは、私の両親は、悪しき存在ではないのだと。

 突き付けられた現実を前にそう思う根拠は、単に私の思い出へる。お母さんとの生活、その中で教えられた事、見聞きした事、学び、理解した事。その1つ1つを取って、私はお母さん達を信じた。

 それを信じられなくなったら、私は私自身を維持出来ない。きっと。

 だから、信じ……信じたい。


「それは正解だ」

「え?」


 投げられたその言葉に、私は思わず顔を上げた。

 予想外の人物から、予想外の返答があった為に。

 移りいった視界の先で、赤巴君は無表情に明後日の方を見ている。

 てっきり、また否定と冷笑が渡されるとばかり思っていたから。純粋に驚いてしまった。


「大戦後、次世代品種セカンドの多くは復興途中の社会に紛れ込んだ。そのまま人の中に隠れて生きる者が大半で、その殆どが自身の能力を隠して生きた。だがもし、戦争の道具として作られた連中が特異能力サイキックを使ったらどうなると思う?」

「……大きな、騒ぎになる」

「そして、無力な一般人への被害も出る。大戦で世界は乱れ、人心も不安定になっている時期だ。そんな時に新たな火種が立ってみろ、誰も彼も只では済まない大きな騒動へ簡単に発展するだろう。次世代品種セカンドとして生まれた事に罪は無いかもしれないが、奴等の能力は間違いなく脅威だ。放っておく訳にはいかないんだよ」


 無感動で平淡な口調。

 頭の中にある教科書をなぞりつづるように、赤巴君は教えてくれる。

 大戦後だからこその、とある重大な問題を。私達も知らなかった、歴史の影に隠れた事実を。


「大の虫を生かす為に小の虫を殺す。結局、誰かがどうにかしないといけなかった。そして静江さん達には、その問題を解決出来るだけの知識と技能があった。だから自ら汚れ役を買って出たんだ。大戦によって疲弊した世界を、何時起こってもおかしくない災厄から救う為に」


 この時、単調だった赤巴君の声に、小さな感情が感じられた。

 本当に些細で取るに足らないものだけど、それは確かな肯定と庇護の念。誰かの名誉を護ろうとする、献身の意志よ。


 もしかして、赤巴君はお母さんを庇ってくれてるの?


「それから言っておくけど、静江さんは最後まで反対していたよ」

「な、に?」

「どんな形であれ、此の世に生れ落ちた命を無為に摘み取るべきじゃない。そう言って、大きな権力に猛然と相対していた。今思えば、彼女だけが僕達の味方だったよ」


 遠い眼差しを虚空に注ぎ、赤巴君は微かな吐息を零す。

 その中に見えたのは儚い憧憬。

 数ある記憶の中で、それだけは色を失っていないのか。そこはかとない煌きが感じられた。

 彼にとってそれが大切な思い出なのだと判り、私の胸に仄かな安堵が灯る。

 心地良い温もりと一緒に。


「僕がまがりなりにも人間らしく振舞えているのは、静江さんのお陰さ。使い捨ての消耗品として見なされる僕等を、彼女だけは人間扱いしてくれた。……唯一まともに話し相手になってくれたしね」


 今の赤巴君の声は、真璃亜と話す時みたいに優しい。

 私と視線を合わせようとしないけど、顔は少しだけ緩んでいるように見える。いい思い出を手繰るような、そんな表情。

 私には向けない穏やかさが、そこにはあった。


「……ありがとう。それを聞いて、私も少し、救われた気分」


 込み上げる思いが、目に涙を浮かび上がらせる。

 水分を得て潤み揺れる視界のまま、私は赤巴君へ小さく頭を下げた。その拍子に、溜まった涙が数滴落ちていく。


 お母さんとお父さんへの疑惑に、私の心をむしった不信感は、彼の言葉で大きく薄れた。

 お母さん達にはお母さん達の正義があって、その為に自ら茨の道を選んだのだと判ったから。

 お母さん達は自分の信念に従い、自分にしか出来ない事をやったんだ。それは正しい方法じゃなかったかもしれない。それでもお母さんは1人でも多くの誰かの為に、ずっと頑張っていたんだよね。

 そしてその中でも、納得のいかない事とは戦い続けていたと。赤巴君が教えてくれたもの。


「勘違いしないでくれよ。僕は別に、君の為に教えてやった訳じゃない。静江さんには恩義があるからな。彼女が実の娘に誤解されるのでは余りに憐れだ。だから汚名を払拭してやりたかっただけさ」


 赤巴君はそっぽを向いたまま、面白くなさそうに言い放つ。

 でも、なんだか無理矢理怒っているみたいで、ちょっと可愛い。


「なにを笑ってるんだ」

「ううん、別に……笑ってないよ」

「嘘吐きめ。顔がニヤけてるぞ」


 赤巴君は急にこっちを向いて、不機嫌そうに睨んできた。

 私の事は見てないと思ったけど、本当は違ったみたい。

 片手を振って否定したら、眉根が寄って余計に顔が険しくなる。

 今度は本当に怒ったみたいだ。


「いさっち、元気になったみたいで良かった」


 隣から聞こえる華やいだ声。

 顔を動かせば、真璃亜が安心からくる満面の笑みで迎えてくれた。

 それを見たら、私も自然と笑顔になる。もう、表情は引き攣ったりしない。

 何時の間にか体の震えもすっかり引いて、私は全ての自由を取り戻している。

 心なし、気持ちもスッキリしているし。なんだか爽快な気分。


「真璃亜、ずっと手を握っててくれてありがとう。真璃亜のお陰で私、自分の心から逃げないでいられたよ」

「えへへ、やっといっさちに、少しだけ恩返し出来たかな」


 素直な感謝を述べると、真璃亜は嬉しそうに笑ってVサインを作った。

 この子の温もりがあったからこそ、私は衝撃の事実を知らされても自分を見失わずに済んだんだと思う。特別に意識はしていなかったけど、真璃亜の温かさが私の心を繋ぎ止めて、襲い来る感情の波に耐えうるだけの力を与えてくれた。

 もしこの子が居なければ、私はきっと赤巴君の話を素直に聞き入れず、耳も心も閉ざして、1人うずくまっていたかもしれない。


「ふん」


 赤巴君はと言えば、真璃亜の笑顔にすっかり毒気を抜かれた様子。

 低く鼻を鳴らし、私から視線を逸らした。


「君の所為で随分と脱線してしまった。話を戻すぞ」


 別方を向いたまま、赤巴君は憮然としながらも先の話を再開してくれる。

 私は彼に目を合わせて、真璃亜と一緒に頷いた。

 今はもう、赤巴君の顔を真っ直ぐ見ても赤面して背けたりはしない。彼への感謝を抱いた事で、不安定だった心も多少固まったのかな?

 なんにせよ、赤巴君と対面する勇気は持てたみたい。


「次戦研が解散した後、あの女はインフィニートに迎え入れられた。連中は奴の頭脳を求め、奴は連中の資金力と研究設備を求めた。その結果として、互いに利害が一致したんだ。その後、奴はインフィニートの下、件の遺伝子を再生する作業と並行して、連続的継続体の実現化を図った」

「それで真璃亜が生まれたの?」

「ああ、そうだ」


 少し心配そうにしながら真璃亜が問い掛けると、赤巴君はすぐに肯定した。

 彼女の方を見て浅い相槌を打つ。


「あの女はインフィニートの注文通りに真璃亜を創り、同時に自分の目的も果たした。真璃亜には連続的継続体としての因子と、遺跡に関与する能力が与えられている。だが奴は自分の目的の為にインフィニートを利用しただけ。連中に真璃亜を渡すつもりは最初から無かったのさ」


 赤巴君の顔に微笑、というには些か陰のある笑みが刷かれた。

 あれは光瑠さんの話をする時の癖だろうか。顔に染み付いてしまっているのかもしれない。


「真璃亜が完成すると奴は研究施設へ仕掛けおいた爆薬を起爆させ、僕に真璃亜を連れて逃げるよう命じた。真璃亜の受け渡しを要求していたティダリテス達もこの騒動で混乱し、その間に僕等は逃げおおせたという訳だ。研究所はすぐに大爆発したから、あの女は一緒に吹っ飛んだけど」


 先刻と同じ、徹底した無関心の態で、赤巴君は母親の死を口にする。

 驚くほどの素っ気なさは、野良猫が死んだ、という程度にまで無味乾燥。

 親子の間で何があったかは知らないけど、実母に対して此処まで冷淡極まりない態度を取る赤巴君に、私は憤然たる思いを抱かなくもない。

 今なら正面きって堂々と文句を言える気がする。


 ……でも、結局私が口にしたのは別の問い。

 まだ自分でも知らない何処かで遠慮しているのかもしれないわね。


「赤巴君は、光瑠さんとずっと一緒に居たの?」

「忌々しい事にね」


 憎悪と嫌悪を面上で濃厚にして、赤巴君は嫌々に首を振る。

 それから私に睨むような視線を射込み、大きく息を吐いた。

 自分の心を落ち着けようとしているのか、或いは盛大な溜息でしかないのか。


「本来、大凡の次世代品種セカンドを狩り尽くした時点で、狩猟型次世代品種ネガ・セカンドの役割は終わり、全個体は残らず廃棄処分される筈だった。けれどあの女が処理部隊の目を誤魔化し、僕は生かされた」

「光瑠さんは、赤巴君だけでも助けたかったんだね」

「ハッ! 違うよ。あの女に限って、そんな殊勝な心掛けをする訳がないだろ?」


 赤巴君の話に、私は親子の情を感じ取った。

 でも彼は、それを一笑に伏す。

 続いて、剣呑な目付きで私を睨み付けてきた。


「あの女が僕を生かした理由は1つ。真璃亜を護らせる為だ。自分の娘にして分身、長年求めていた至高の傑作。それが完成した時、あらゆる災禍から真璃亜を護り、その因子を後世に残させる事。その為だけに僕を生かしたんだよ」


 赤巴君の瞳に、ギラついた輝きが見える。

 獰猛な獣を連想させる危険な光。今まで1番強い、叛意の漲る眼光だ。


「奴に生かされた僕は、そのまま一緒にインフィニートへ入った。息子で助手という名目でね。……ふ、ふふふ、真璃亜が出来るまでの数年間、随分と愉快な目に遭わされたよ。忘れたくても忘れられない、腸の煮え繰り返るような思い出さ」


 声を押し殺して笑う赤巴君の体から、瘴気めいたオーラが立ち昇っている。ような錯覚を覚えた。

 それ程に強い怨念が、彼の全身から滲み出ている。

 もう私みたいな部外者がおいそれと口出し出来ない雰囲気だ。下手に口を挟んだら、赤巴君の視線だけで殺されそうな気さえする。

 い、いったい何があったのか……あんまり、知りたくはないけど。


 横を見れば、真璃亜は私の腕にまたまたしがみ付いて、小動物のように震えていた。

 いくら真璃亜が赤巴君に懐いていても、今の彼には近付けない、というか近付きたくないみたいね。

 激しく同感だけど。


「だけどまぁ、そのお陰で真璃亜と出会えたんだ。あの女に感謝する事があるとすれば、僕を此の世に生み出してくれた事と、愛らしい妹に出会わせてくれた事だろうね」


 今まで放射していた濃い混沌の気が、一瞬で掻き消える。

 それを為した張本人、赤巴君は、今までと真逆の穏やかな笑みを浮かべ、真璃亜へと視線を送っていた。

 そんな急に態度を変えても、真璃亜が混乱するだけじゃ……


「お兄ちゃん」


 感激の為か、真璃亜は瞳を潤ませて赤巴君を見詰めている。

 私の腕から離した手を胸前で合わせ、双眸を輝かせながら。


 流石ね、真璃亜。頭の切り替えも恐ろしく早い。まるで何も考えていないようだわ。


「真璃亜と一緒に逃げ出した後、僕は持ち前の能力を使いアウェーカーとなった。そして真璃亜を育てながら……後は話した通りだ」

「紆余曲折を経て、遺跡の奥に辿り着いたのよね。そして其処で……」



『我々と争う事になる』



 唐突に、第三者の声が響いた。

 それは聞き慣れない男の声。芯の通った雄々しく、それでいて威圧的な声音。


「誰!」


 凄く、不吉な感じがする。

 何故だか判らないけど、全身の鳥肌が立った。

 私は素早く周囲を見回し、声の主を探すけれど。

 その最中、赤巴君と真璃亜の顔が、とても険しくなっている事に気付いた。

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