話の42:女神の伝説(+1)
「皆はどうしているのですか?」
ベッドの上に上半身を起こしたユイが、こちらを見て問い掛けてくる。
私は彼女の声を聞きながら、部屋の中にあった椅子を引っ張って、ベッドの傍に置いた。
「匝雲先生はメルルの診察中。エリッ君は必勝祈願のお守りを作ってる。それからライナだけど、部屋でぐっすりと眠ってるわ。貴女が目覚めて緊張が途切れたんでしょうね」
移動させた椅子に腰掛けて、同じ目線でユイと向かい合う。
私が各員の状況を教えてあげると、彼女は表情を緩め、安堵の息を吐いた。
目に見えて変化が大きかったのは、ライナの話になってから。あの子が無理してるのは、流石にお見通しだったみたいね。
メルルは訓練するだとか騒いでたけど、匝雲先生に怒られて引っ張られていっちゃった。今頃は睡眠薬でも飲まされて、ベッドに縛り付けられてるんじゃないかしら。
憧れのユイが無事目覚めた事に、涙まで流して喜んでたエリッ君。彼女の為に折ってた千羽鶴は完成前に役目を終えてしまったけど、今度は作戦成功大勝利を新たな願いにして折り続けてる。
私達よりも先にユイへ会いに来たイスラエルさんは、何時も通り仕事で忙しいみたい。ユイとライナ以外、私を含めて皆まだちゃんと話は出来てないのよ。
タレスちゃんと赤巴君は外出中だし。
そんな訳で今、この部屋に居るのは私とユイだけ。
「そうですか。教えて頂き、有り難う御座います」
「こんなぐらい、全然気にしないでいいわよ」
恭しく頭を下げるユイへ、私は軽く片手を振る。
相変わらず律儀な女性だ。彼女の飾らない謙虚さもまた、求心力の要因なのかしら。
「それより、体は大丈夫なの?」
「先生に調合して頂いた痛み止めが効いているので、特に苦しいという事はありません。それに掛けてもらった魔法のお陰でしょうか、気分も随分といいのです」
私の質問に、ユイは微笑みを浮かべ返してくる。
見た感じ無理をしている風でもないし、本人の言葉通り体調は良いみたい。
でも油断は禁物。彼女が重症である事には変わりない。
匝雲先生の魔法で、体の主だった傷は回復途中にあるようだけど。元々の傷が深すぎて、完治にはまだ時間が掛かるみたいだし。
あんまり無理はさせられないわね。
「勇魚様、何か御話があって来られたのでしょう?」
「ええ、そうよ」
私の目を見て口を開くユイに、私は肯定の形へ首を振る。
ただ単に体の具合に聞きに来た訳じゃない。この機会に、どうしても聞いておきたい事があったから。
この疑問に答えられるのは、彼女だけだもの。
「今でしたら調子も良いので、御遠慮なくどうぞ」
「それじゃ早速、ズバリ聞くわ。なんで私の事を勇者と呼ぶの?」
私へ定められたユイの瞳を、同じ様に正面から見詰め返す。
喉を揺すって口から送り出すのは、今の今までずっと抱えてきた言葉。
1500年後の世界に来てから、私の中には数々の疑問が生まれた。自分で考えても答えが見付からない難問ばかり。その内で最も簡単に解消するだろう問題がこれだ。
私の事を勇者と呼んだ彼女なら、その理由を答えてくれる筈。
「皆が私を勇者と呼ぶ。理由を聞いたら、ユイが呼ぶからだって。だから貴女に聞くのよ。どうして私が勇者なの? 身に覚えがないのよね。勇者様だなんて、御大層な呼び方されるようなさ」
「左様ですか」
ユイは短く応えると、目を閉じて黙ってしまう。
包帯に隠されていない片目を瞑ったまま、何かを考えているようだ。
「……それならば、私達女神代行守護者の始まりから話さねばなりませんね。少々長い御話になりますが、宜しいでしょうか?」
「構わないわよ」
暫くして目を開けた彼女は、真剣な面持ちで訊ねてくる。
こちらから教えて欲しいと頼んだんだ、私に拒む理由などない。
期待と不安を胸に宿して、私はゆっくり頷いた。
その様子を静かに見詰めているユイ。私の顔が元の位置へ戻るのを確認してから、徐に口を開く。
「クリシナーデ領区の創始者により伝えられる伝承です。始まりは1500年以上昔。大異変の少しばかり前になります」