話の40:Interlude2
『ほーんと久しぶりね、静江。元気にしてた?』
『うん。日和も元気そうで良かった』
『そりゃね。あたしから元気を取ったら、なーんにも残らないし』
『くすくす、本当に相変わらずね』
『一応褒め言葉として受け取っとくわ』
『でもどうしたの? 急に会いに来るなんて』
『いや〜、今やってる研究が息詰まっててさぁ。研究室に閉じ篭って唸ってても仕方ないし、気分転換にちょっと外出ようかな〜って。でも特に行くとこないし、折角だから静江に会って来ようと思ったの』
『そうなんだ。私で良かったら何時でも話し相手になるから、気軽に尋ねてきてね』
『やーっぱ持つべき者は静江だわ。他の連中は薄情でさ〜』
『皆にも会ってきたの?』
『それが聞いてよ。小池はガレナック社の研究所に住み着いて、他人と一切連絡取れないようになってるんだって。昔の同僚が電話した時ぐらい、出て来いっての!』
『小池君は生体化学の権威だもの。忙しいのは仕方ないよ』
『そーなんだけどさー。んで高木は高木で、ロシェティックインダストリーに招かれてから研究の虫よ。連絡したらさぁ、『俺はお前みたいに暇じゃない』って一蹴されたんだから。ホンット、友達甲斐のない奴!』
『確か先鋭技術研究セクションのチーフに抜擢されたんだって。亮治さんが言ってた』
『ま、高木の野郎は性格最悪だけど、物理学者としては有能だかんね。色んな特許も持ってるし。……なんかムカツクわ』
『高木君てね、口は確かに悪いけど、根は良い人なのよ』
『えー、それは無いって。だってアイツ、あたしとの共同研究結果独り占めして、ガッポリ稼いでんだから。お陰であたしがどんだけ苦労したか。今の旦那に会わなかったら、こちとら野垂れ死んでたっての』
『そ、そうなんだ。……ところで、光瑠には会った?』
『ん? それがさ、全然居所が掴めないのよ。完璧に行方不明だわ』
『そう……』
『静江は、光瑠が何処に居るか知らないの?』
『うん。突然姿を消して以来、何の連絡も来ないから』
『そっか、静江でも判んないんだ。これはいよいよ以ってお手上げね』
『光瑠の事は心配だけど、彼女ならきっと大丈夫だと思う。強い人だもの』
『1番の親友がそう言うなら、あたしも信じる事にするよ』
『勘みたいなもの、なんだけどね』
『だいじょーぶ。女の勘は時として、コンピューターよりアテになるから』
『うふふ、日和ったら』
『しっかし次戦研チームも、すっかりバラバラね。あの頃がちょいと懐かしいわ』
『皆、それぞれの道で大変みたいだから。でも充実してる感じ。日和もそうでしょ?』
『んー、まね。何だかんだ言って、今の環境には満足してるかな。好き放題研究出来るしさ』
『日和の専攻はナノマシンだったよね』
『そ。旦那がさ、自分の遺伝情報をキーにして命令受諾システムを起動する自動生成型の奴を作れ、って言うのよ。命令する方は気楽でいいわよ〜』
『日和博士は大変ね』
『高いハードルに挑むのは楽しいっちゃ楽しいけど、日がな1日、顕微鏡覗いてマニュピレーター使ってると、肩が凝って仕方ないのよね』
『それで息抜きなんだ』
『そーいう事。もぉさぁ、あたしの白衣と静江の巫女装束を交換しない? あたしが神社の境内掃いて、御神体磨いてるからさ、静江が研究引き継いでよ』
『え、えぇ? 無理よ、私は精神心理学の方しかやった事ないし』
『あははは、冗談だってば、ジョーダン。本気にしちゃって、まぁ可愛いこと』
『も、もぉ!』
『あはははは、あー可笑しい。ホント、静江はカラカイ甲斐があるわ〜』
『うぅぅ』
『あはは、めんごめんご』
『誠意が感じられない』
『そんな目で見ないでって。ぷっ、くくく、ホントかーいいったらないし。その愛くるしさで亮治を篭絡した訳ですな』
『違うわよぉ』
『あははははは!』
『日和ったら!』
『あ〜あぁ、笑わかせてもらったわ。はぁ〜、お腹痛い』
『何だか性格悪くなったみたい』
『そー言いなさんなって。クリシナーデ・エンタープライズに入ってから、こんな風に笑う機会はメッキリ減ったのよ。今日ぐらいは羽目外させてよね』
『う〜、そう言われたら、何にも言い返せない。ずるいわ』
『狡猾さは、生きていくうえで大事よ。静江も覚えときなさい』
『納得出来かねるような……』
『細かい事は気にしない気にしない』
『光瑠君、何故こんな事を? 我々は君の欲する全てを与えてやったのだぞ。費用も、設備も、最高のスタッフも用意した。それなのに、何故だね?』
『何故? 何故ですって? ふ、ふふふ……何故……ね、くふふふふ』
『何が可笑しいのかね』
『アンタ達は何にも判ってないのよ。私が何の為に、今まで働いてきたか。アンタ達は何も判ってない。それが可笑しくて、うふふふふふ』
『何を言っているのかね? 君は我々の思想に同調し、新たな時代を築く為の……』
『アーハッハッハッハッハ! バーッカじゃない!』
『なに?』
『新しい時代? 我々の思想? アッハッハッハッハ! それ素面で言ってるの? 今までも、ずっと本気だったんだ? うふふふふふ。アンタ達は全員、頭のネジが緩んでる阿呆でしかない』
『言葉を慎みたまえ』
『じゃあ、アンタ達はその電波な頭を自重してよ。アハハハハハ! 私は、そんなアンタ達を利用しただけよ』
『利用した、だと?』
『そう。私の研究には莫大な金と最先端の設備が要る。それを賄う為にアンタ達に取り入っただけ。アンタ達のイカレた考えに、同調なんてする訳ないじゃない』
『君は、自分が何を言っているのか判っているのかね?』
『当たり前よ。自分の頭を心配するのは、私じゃなくて寧ろアンタ達の方でしょ。私の友達に、イイ精神科医が居るから紹介してあげましょうか? あ、彼女は医者じゃなかったか。でもま、いーわよね。うふふふ』
『それ以上の暴言は容認しかねるぞ。己の発言を良く考えてみたまえ』
『しこいわよ馬鹿共が! アンタ達、頭だけじゃなく耳までオカシクなっちゃった? 耳垢溜まって聞こえないなら、耳掃除しながら良く聞きなさい』
『む』
『私は自分の為だけに、アンタ達の用意した物を使ったの。私が人生を懸けて造り出したコレは、他の誰の物でもない。私の物よ! 私だけの!』
『君がどういうつもりでソレを造ったかしらんが、ソレは間違いなく我々の欲する物だ。そのように仕上がっている。それは各種のデータからも確実だよ』
『そりゃそうでしょ。そうなるように造ったんだもの。でも、そんな事はどうでもいいの。私にとって重要なのはコレの機能じゃない。存在そのものだわ』
『ふむ、君の意見はこの際どうでもいい。ソレを渡してさえくれれば、先の発言も聞かなかった事としよう』
『駄目よ。私の話を聞いてなかった? コレは私だけの物だもの。絶対誰にも渡さない』
『そんな我侭が通用すると、本気で思っているのかね。此処は既に我々の手勢で固めてある。今更君がどう足掻いても、結果は変わらんよ』
『へぇ、用意がいいじゃない』
『君の行動が不審なのは以前から判っていた。それに君は油断の出来ん人間だ。優秀だが、同時に危険でもある。まさか君が我々をそんな目で見ていたとは思わなかったし、非常に残念ではあるが。用心に越した事は無かったようだな』
『ふふふふ、私を怪しんでいたなら、なんでさっさと始末しなかったの?』
『言っただろう。我々は君がそんな腹積りだとは知らなかったし、君と我々は同じ信念を持つ同志だと信じていたからだ。それに、他の追随を許さぬ遺伝子工学の英才たる君の能力を、高く評価していた』
『そ〜お。だったら話は簡単ね。アンタ達に人を見る目が無かったってだけ。それはアンタ達の責任よ』
『いい加減にしたまえ。こんな口論は無意味だよ』
『まったく同感だわ。アンタ達と話すなんて、時間の浪費以外の何物でもない。こっちから願い下げよ』
『意見が一致した所で、本題を進めよう』
『いいわよ。それじゃ私から1つ提案』
『何かね』
『全員、そこを動かないでちょうだい。でないと、このボタン押しちゃうわよ?』
『それは……まさか!』
『そのま・さ・か。この研究所の至る所に爆弾を仕掛けておいたの。私がこのボタンをポチッとするだけで、各所が順次爆発していく。最後にはドーンと大爆発』
『光瑠君、君という人は』
『ああ、言い忘れてたけど、この起爆装置は私の心音が停止しても起動するようにしてあるから。先走って私を撃ち殺しちゃうと、全員仲良く地獄逝きよ。皆さん、引き金から指は外しておいた方がいいんじゃない?』
『くだらんハッタリだな』
『じゃあ、試してみたら? 私はいいわよ? うふふふふ』
『こんな事をして、我々インフィニートを敵に回して、ただで済むと思っている訳ではあるまいね』
『生憎と、私は企業の業績や宗教紛いの主義思想、人類の未来に月の遺跡の秘密なんて、どーだっていいの』
『例えそうだとしても、この場からは逃げられんのだよ。これ以上勝手をすれば、我々は君を処断せねばならん』
『あらそう。大変ねぇ』
『こんな事は直ぐに止めたまえ。そうでなければ、余とて君を庇いきれなくなるぞ。その果てに待っているのは、無惨で無意味な死だけだ。君は死が怖くはないのかね?』
『ふふふふ、怖くないわ』
『何だと?』
『私が本当に怖いのは、生物として、女として生まれながら、その役割を全う出来ないまま朽ち果てる事よ。でもその恐怖は解消された。アンタ達のお陰でね』
『……ソレか』
『そう。だからもう、何も恐れるものはない。肉体の苦痛も、精神の疲弊も、死ですらも、私にとっては恐怖でないの』
『だからと言って、この場をどう遣り過ごす。我々は決して退かんし、君に退路はない』
『そうかしら? こんな私にも、頼れる者は居るの』
『虚勢は止めたまえ。此処で働いていたスタッフは全員引き上げさせている。君に味方など……』
『私には専属の助手が1人だけ居るのを忘れた? 出てきなさい』
『ん、その子供は? 君の息子ではないか』
『書類上ではね。でも本当は違うのよ。そもそも私、先天的な遺伝子疾患で、子供が作れない体だもの。だから造ったの』
『造った、だと?』
『私が此処に来る以前、何処に居たか知ってるかしら』
『愚問だな。ガレナック社の次世代戦略兵器研究開発チームで一際の活躍をしたからこそ、我々は君を招き入れ……待て。よもや、それは、その子供は』
『流石は御聡明なティダリテス・フォルド・インフィニトスCEO閣下。御理解頂けて大変嬉しいですますわよ』
『馬鹿な、有り得んよ。ヤクトシリーズは全て処分された筈だ。生き残りなど居る訳がない』
『あら、どうして? その処理を行った中心人物が、1体ぐらい隠匿しててもオカシクはないじゃない』
『製作者の君が、処理部隊の責任者だと言うのか? してやられた。ガレナックめが情報操作をしていたとは』
『正解しても景品は出ないわよ。さて、それじゃ御喋りの時間はおしまい。これからは行動の時間』
『光瑠君、もう止めるんだ。ここでヤクトシリーズの生き残りを投入したとて、君に勝ち目などない』
『アンタは何も判ってない。私にとっての勝利は、コレがアンタ達の手から逃げ切る事よ』
『やめろ、押すんじゃない!』
『0625の場所は知ってるわね? いい、これからは死ぬ気で真璃亜を護りなさい。アンタの人生、全て真璃亜に捧げるのよ。その為だけに生かしてやったんだから!』
『ぬおぉぉ?! 起爆させるとは!』
『真璃亜を連れて行きなさい! 突破口は、自分の力で開くのよ!』
『くっ、逃がすな! 何としてもソレだけは手に入れるのだ! 月の遺跡に眠る力、世界の革新を成す鍵! ここまで来て、手放す訳にはいかん!』
『無駄よ。この爆発でアンタの部下は全員浮き足立ってる。それに、この混乱で逃げ易くなってるしね。あんな連中に、アイツを止められはしない』
『おのれ、おのれ……光瑠君、これで勝ったと思わん事だ。余は必ず、遺跡に眠る力を解き放ってみせる』
『どうぞ、御自由に。此処から生きて帰れたらだけど』
『言ってくれるではないか。皆の者、急ぎ此処から離脱するぞ』
『ふふふふ、上手く逃げてみせてね』
『言われるまでもない。その前に1つだけ、用事を済ませておかねばな』
『ふっ、ふふふ、結局最後まで、私は自分が嫌いなままよ。でも、自分の価値は証明出来たし、少しぐらい好きになってもいいか』
『さらばだ。光瑠君』
『……ねぇ、静江、私は私なりに、頑張ったんだよ。貴女なら、何て言ってくれるのかな?』