話の34:蠢く四鳳(−I)
「……どうやら、クリシナーデの衛星兵器が使われたようだ」
翠の液体で満ちた調整槽。強化硝子で出来たその容器に、浅黒い肌の男が映る。
紫の髪を背にまで伸ばす男は、人差し指で眼鏡を押し上げた。
「フッ、派手に戦っているか」
同じ容器に、別の者の姿も映っている。
真紅の甲冑に身を包んだ女。紅鋼で出来たヘッドギアにより、顔の上半分が隠れている為、どんな面立ちをしているかは判らない。
女は柱に背を預け、両腕を組んで後方に立つ。
「1500年もの年月を経て尚、完全な形で機能し続ける過去の遺産。ん〜、まったく素晴らしいぃ」
調整槽に映り込む者は他にも在った。
白い外套に身を包んだ、長身の人物。奇抜なピエロ仮面を被っている所為で、顔は見えない。
袖口から覗く右手は、無機的な機械で出来ていた。
「…………」
3者の姿を映す容器の内側、自然物ではない液体に浸る男が在る。
白い髪をした、怜悧が人の形をしたような男。
腹から下が失われ、右腕も喪失した、5体を損なった姿。
男は目を閉じたまま動かない。死体と言われても疑いようのない有様で、翠液に包まれる。
「ところでマリス、ヨシアは生きているのか?」
眼鏡を掛けた男が、槽の中に浮く半肉塊を眺めたまま問う。
それへ応じたのは、ピエロの面を付けた外套者。
「ん〜、生きてるよぉ。凄い生命力だろぅ? 遺伝子ドーピングと生体改造の成果さぁ」
ピエロ面は固い足音を立てながら、調整槽へ近付いていく。
泣いているのに笑っている、奇妙な道化の作り顔が見遣るのは、死んだように眠る白髪の男。
「そんな姿になってまで死ねんとはな。哀れなものだ」
甲冑姿の女は、柱に背を置いたまま評す。
言葉とは裏腹に、憐微の気は感じられない。
それもその筈だ。この男は自ら望んで、己が身を弄らせたのだから。
「それで、元には戻るのか? 見た限り、とても再生出来そうにないが」
容器に映る眼鏡の男は、先程から変わらず、白髪男を見詰めている。
その顔に何がしかの感情を見出す事は出来ない。能面のような無表であるが故に。
「いいやぁ、手は幾らでもあるさぁ。培養したクローンを継ぎ接ぎしてもいぃ。新型のナノマシンで代替してもいぃ。命を繋げるぐらい、造作もないさぁ」
ピエロ面の両肩が上下に揺れる。
笑っているようだ。これから行う治療という名の実験を前に、胸を躍らせているのか。
「フン、イカレ野郎め。私が負傷したとて、貴様は1歩も近付いてくれるなよ」
口元を侮蔑の形に歪め、真紅の女は吐き捨てる。
その後に柱より背を離し、男達とは真逆の方向、室内の出口へと歩き出した。
「あぁ、カーラ君は仕事だったねぇ」
「ヨシアの穴を埋めねばならんのでな。冥鬼血薔薇衆に、当分休みは無さそうだ」
顔の判らぬピエロに見送られ、顔の判らぬ女は遠ざかって行く。
紅い鎧姿が室内から出る様は、巨大な槽の硝子面で確認出来た。
「さぁてぇ、ワタシも色々と準備があるのでねぇ。これで失礼するよぉ」
「四鳳絢将は、3人では座りが悪い。見事、ヨシアを使い物にしてくれよ」
「まぁ〜かせておいてぇ」
男の要請に機械の5指を振り、ピエロ面も去っていく。
外套の背が槽に映って程無く、不気味なピエロも姿を消した。
後に残るのは、静かに眠る白髪男と、それを眺める眼鏡の男。
――フッ、私だがな。
「ヨシアよ、今のお前は何を視ている? 復讐の夢か? はたまた栄光の未来か?」
聞こえているかどうか、そんな事は問題でない。
無論、返事など期待するものか。無くて当然なのだ。
ただの酔狂。それ以外の何である。
「お前が失敗してくれたお陰で、クリシナーデと事を構えそうだ」
これも運命か?
だとしたら、皮肉なものだな。
愉快ではあるが。
「面倒事を増やしてくれたな。だが、少しだけ感謝をせねばなるまいよ。久方ぶりに、妹に会える」
クリシナーデ領区攻略と鍵の奪還。
随分と気の利いたイベントだ。
中々に面白い趣向じゃないか。
「お前もそう思うだろう? ユイ」