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話の33:女神の剣はかく語りき(1)

「姫、もう宜しいので?」


 勇者殿にあてがわれた寝所の外。檜造ひのきづくりの廊下に佇んでいたジョヴィニエル卿が、部屋より出て来たユイ様へ問い掛ける。

 屈強にして雄々しき老勇士の平板な顔へ、我等が主君は頷きで応じると黙して歩を進めた。

 優美な紫髪を微かに揺らし、ユイ様が僕達の前を通り過ぎる。隙なき所作の歩が眼前を過ぎった後、仄かな芳香が感じられた。

 嗅覚を優しく刺激する心地良い香り。それは彼女が好んでける春花の香水だ。

 降り落ちた粉雪のように、少し離れてしまうと名残も無い花香。その消失を以って、僕達は静やかに進む主君の後へ続く。

 今から1000年以上前、第1級の腕前を誇る建築者によって造られた屋敷。天然の木材をふんだんに用いて構築された『和』の世界。

 内部に走る廊下は艶掛かった木目を延々と伸ばし、踏み行く者の足音に柔らかな温弾のを乗せた。

 軋むのではなく、足と床の接点が僅かにたわむ事で生み出される柔音。耳に心地良い一定の旋律を受けながら、僕達3人は屋敷の外を目指し歩き続ける。

 前後に長き廊下は片側が吹き放しになっており、無壁の先に美しい庭園を広げた。

 等間隔に配された木々と、涼しげな緑の敷かれた庭地。中には橋で繋がった石囲みの池が連なり、色とりどりの錦鯉が泳いでいる。

 穏やか時間がゆっくりと流れているような此処は、平時ならゆるりと見歩きたい所。

 しかし今は急時。鮮やかな景観を楽しむ余裕はない。


「して、状況は?」

「彼の者共は総数にして凡そ3万。街都がいとの対面原に集結し、こちらへと行軍している模様に御座います」


 僕等の前を行くユイ様の言葉が問いに、ジョヴィニエル卿は落ち着いた声で返す。

 表情も普段のまま。無頼の様相は苦渋はおろか、冷や汗の一滴すら表していない。

 状況としては数的にこちらが不利。それも圧倒的に。脆弱な兵なら恐慌を起こしかねない事実、現状。

 だが、それを前にしても、彼の強靭な精神は揺るがないようだ。

 流石はクリシナーデ領区最強の名を冠する剣聖、ヘンリー・ジョヴィニエル殿。女神代行守護者ミネルヴァガードの侍大将は伊達でない。

 余人の追随を許さぬ強固にして堅固な気概、是非とも学びたいもの。


「やはり、かなりの数が集まっていますね」

「一月あまり、産卵期を見誤っておりました。申し訳も御座いません」

「ヘンリー、貴方が気に病む事はありませんよ。策に窮していたとは言え、ロシェティック残党の進言を重用した、わたくし失態ミスです。責任は全て私に」


 言葉を交わし進む最中、ユイ様は白上衣のえり合わせより懐へ手を差し込み、長い白たすきを取り出す。

 その一端をくわえ、手にした片端を背中から回して右肩に巻いた。それが終わると襷を再度背中へ通し、背面で十文字に交えてから、口放した白端を用いて左肩で結ぶ。

 上装束の両袖が襷で留められると、次は僕の出番だ。

 歩調を速めて宗主の隣へ並び、預かり用意していた装具一式を差し出す。


「姫は彼奴等の義を信じたのですから、落ち度はありませぬ。真に悪しきは、古の盟約を破り、インフィニートの狗に成り下がったロシェティック共」

「彼等も必死だったのでしょう。領区を潰された以上、放逐された民は異形の餌となるが定め。それを防ぐ為にも、インフィニートの軍門に降らぜる負えなかったのです」


 歩きながらも、ジョヴィニエル卿とユイ様の会話は続く。

 そうして喋りつつ、宗主は僕の手から朱色の胸当てを取り、自らへ身に付けていった。

 僕の役目は主君出陣の折、必要な武装を用意して受け渡す事。侍大将と宗主の会話に口を挟む事ではない。


「しかし、その為に彼奴等が我等を陥れたのは事実。決して許す訳にはいきませぬ」

「私達を敵に回せばどうなるか。内外に知らしめる意味でも、然るべき制裁を加えるべき……と?」

「恐れながら愚考する次第です」


 宗主の後を付き行くジョヴィニエル卿は、表情を変える事なく頷いた。

 彼は、この年若くも美しい我等が主君に、誰よりも強い忠誠を誓っている。それは即ち、彼女が護ろうとする物に対しても、絶対の守護を宣誓しているという事。

 在るべき物を護る為なら強行な手段に出る事も辞さない。そしてそれを進言する事も同様に。


 いや。宗主に意見出来るのは彼個人の特権か。


 何せジョヴィニエル卿は、先々代の頃よりクリシナーデ一門に仕える忠臣だ。

 先代の側近を務め、ユイ様が幼少の頃より傍近くで護ってきた存在。先代が亡くなられた後は、まだ若い宗主を立て、彼女を主と仰ぎ第1の忠誠を示してきた。

 幼く未熟な宗主を前に、いらぬ野心を抱いた輩を、人知れず始末してきたのも彼。

 家臣団の中で宗主が最も信頼しているのも、恐らくはジョヴィニエル卿だろう。


「……確かに、その必要性はあるかもしれませんね。しかし今は、目前の脅威を払うが先」


 ユイ様は僕が両手に乗せて捧げ出す刀を2本、左右の手へそれぞれ掴み取る。

 朱塗りの鞘に収まった、先祖伝来の名刀達。

 慣れた手付きで腰帯の両脇へ持刀を差し込み、更に2本を僕の手から持っていく。それもまた同様に腰へと差し、総計4本の刀を得て、宗主の準備は完了した。

 最後に残った紅の鉢巻をユイ様が手にして事で、僕の役目も終わり。歩速を落として引き下がり、ジョヴィニエル卿の斜め後ろから2人へ続く。


「この一戦、何があっても勝利します。我等が街を、そして民を護る為に」


 手にする鉢巻を額に巻いて、ユイ様は力強く宣言した。

 クリシナーデ領区の宗主にして、女神代行守護者ミネルヴァガードの頂点。麗しき女神の再来と呼び讃えられる、我等が唯一無二の戦姫。

 彼女の声と気迫には、抗い難い魅力、戦意を高揚させる力、恐怖を払拭する安心感、全てが宿っている。

 主君の為に命を賭す事を厭わない。そう思わせる名将とは、この主上しゅじょうが如くを言うのだろうか。


「御意」


 ユイ様の澄んだ令声に、ジョヴィニエル卿共々、僕も頭を下げる。


 顔を映す程に磨き上げられた廊下を進み、1つの角を西側に曲がった時。予期せぬ待ち人の存在によって、僕達の歩は止められた。

 無地の白装束に身を包み、片側の有壁へ半身を預けるように立っていた人物。

 緑髪の下に勝気な面貌をする少女。それは僕も良く知る顔。女神代行守護者ミネルヴァガードの一員、ライナ・ダートルーナだ。

 しかし何故彼女が此処に?確かまだ療養中だった筈。

 それが証拠に、見れば着物の袖から覗く腕には両方とも包帯が巻かれ、裾から出る素足にも同様の包帯が確認出来た。

 恐らく全身が、まだ包帯まみれだろう。顔色も悪いし、立っているだけで辛そうだ。

 だというのに、彼女は此処で僕達が来るのを待っていたのか。……正確には、ユイ様が来るのを。


「ライナ、どうしたのですか?」


 本当なら先生の下で休んでいる筈の少女を見て、ユイ様が若干驚きを顔にする。

 一方のジョヴィニエル卿はと言えば、無感の表情を不動にし、例の如く揺るがない。

 問われた側のライナは、壁に片手を付いたまま半歩踏み出し、血の気の薄い顔で宗主へと頭を下げた。


「ユイ様、今は1兵でも多くの兵が必要な時。何卒なにとぞ、私も御連れ下さい」


 何を言うかと思えば、こんな状態でありながら自らの出陣要請とは。

 見上げた戦意だが、どう見ても体が伴っていない。今立っているのだって、残る気力を振り絞っての事だろう。本当に無茶をする。

 尤も彼女の性格を考えるなら、1時間後に寿命が尽きると言われていても戦おうとするだろうが。


「ライナ」

「はい」


 驚きを引かせ神妙な面持ちとなって、ユイ様がライナを呼ぶ。

 見るからに不健全なボロボロの少女は、それでも活力を失わない瞳と声で宗主に応じた。


「貴女は先の作戦でわたくしの命令を無視し、独走の末に今の姿となりました。結果として目的は達成出来ましたが、貴女は負わなくてよい怪我をし、戦力の低下を自ら招いた。そうですね」

「……はい」

「その上、今度は半死半生の体で戦場に立ち、私達の足を引っ張るつもりですか?」

「いえ……そのような……」


 宝石の様な双眸に絶対零度の凍気を宿し、ユイ様はライナを見据える。

 形の良い唇から投げられるのは、彼女の浅はかさ、愚かさを容赦なく叩く厳声。そこには微塵の慈悲もなく、成人前の女戦士に反論の余地はない。

 容赦ない糾弾を前に、ライナは視線を落として唇を噛む。小刻みに肩を震わせて。


「ならば大人しく寝ていなさい。今の貴女は何の役にも立たない。戦えない戦士に用はありません。いいですね」

「……は、い……申し訳、ありません」


 ユイ様が冷たく言い放つと、18歳の少女は俯いたまま力無く頷いた。

 普段の熱血ぶりはすっかりナリを潜め、飼い主に叱られた子犬のように縮こまっている。

 今の姿を見て、ライナを憐れだと思わなくもないが、宗主の言葉は正しい。

 こんな状態で戦線に立たれても、邪魔にこそなれ助けにはならない。精神力や闘志だけでは覆せぬ事も多いのが現実。彼女の申し出は何も考えていない、馬鹿な発言でしかないというのが本当の所だ。

 血が抜けすぎて思考力が低下しているのか。汚名返上の機会を熱望したが故か。或いは溢れる愛国と忠義の信念に基いた行動か。

 何にせよ、ユイ様はそれが愚かな考えだと、はっきりと教えてやったに過ぎない。

 その甲斐あってか、ライナはすっかり意気消沈している。頭もこれで冷えたろう。


「無駄な時間を使いました。先を急ぎましょう」


 もう興味を失くしたように、ユイ様はライナを無視して歩みを再開した。

 その後ろに従うのはジョヴィニエル卿と僕。勿論、ライナは付いてこようなどしない。

 しかし僕は聞いた。我等が主君が負傷兵となった少女の横を通り過ぎる時、小さく零した温かな本音を。


「本当に、ゆっくり休んで」


 片目を失ってから、僕は前より耳が良くなった。失くした視力の分を補おうと、聴力が成長したのかもしれない。

 この世界で生き抜く為に、少しでも生存確率を上げようと肉体が進化したのかも。

 本当の所は判らない。だが、その所為で聞こえてしまった。聞く事が出来た。

 ユイ様がライナだけに送った本心を。


「……」


 これに少女は応えない。

 黙して顔を伏せ、宗主と第1の家臣が隣を抜けていくのを静かに送った。

 そして次は僕がライナの側方へ差し掛かった時。


赤巴せきは


 彼女に呼び止められた。

 僕は前を向いたまま、ライナの隣に独り立つ。


「ユイ様を、護って」


 相変わらず視線は床へ落ち、顔を上げる様子もない。

 そんな中、彼女の懇願は小声ながら明瞭に聞こえてきた。


「……言われるまでもない」


 僕はそれだけ言い残し、再び歩き始める。

 少しだけ歩速を上げて、少し遠のいた宗主達に追い付こうと。

 後に残るライナは何も言わないし、こちらを見もしない。それは僕も同様で、それ以上何も言わないし、振り返る事も無い。

 僕達は互いに背を向けて、着実に距離を開けて行った。


 長い廊下を踏み進んだ先で、僕達は屋敷の入り口たる大玄関に辿り着いた。

 豪奢ごうしゃではないが、老舗しにせの旅館めいた設えの広間。大きく開けた其処は、大樹の幹を思わせる造形柱に支えられ、内外の境目として機能的な造りにある。

 廊下から続くひのき床が1段低くなった三和土たたきには、僕が事前に用意しておいた3足の履物が並ぶ。

 豊かな艶を持つ黒革のブーツと、脛まで覆う鋼製のナイトブーツ、そして何の変哲もない一般的なスニーカー。

 最初にユイ様が白足袋の穿かれた足を黒革ブーツへ入れ、次にジョヴィニエル卿がナイトブーツを装着していく。

 2人が足の準備を整え終えた後、僕は自分のスニーカーへ足を通した。

 この中では間違いなく1番の安物だけど、僕に不満はない。動き易く、そこそこ丈夫ならそれでいい。

 全員が履き終えたのと同じタイミングで、先頭に立つユイ様が扉を開ける。


 屋敷と外界を隔てるのは、スライド式の木戸。板と板の合わせ目にめられた厚く頑丈な硝子が、外からの光を捻じ曲げて、鈍い色彩を玄関内に届けていた。

 宗主の手によって扉が動き、開かれた道から僕達は外へと向かう。扉を閉めるのは、最後尾に付く僕の役目だ。

 今来た道を振り返り、開け放たれた扉を引き戻す。なめらかな横動おうどうを経て、木製の玄関扉が元の位置へ。

 開閉が済んだ扉より視線を逸らし、先行く2人の側へ向き直れば、雄大な空が視界に入る。

 永久に失われた右目に代わり、左の瞳へ映る空。

 それは炎の様に激しく燃え立つ灼熱の色。何処までも広がる赤化の天空。

 1500年前の大異変によって、激変した月の環境が最たるもの。


 今から数える事15世紀も前、月の空は今と違う色だった。かつての月空に色はなく、暗い宇宙がそのまま覗いていたという。

 違っていたのは空だけじゃない。酸素も、水も、生命もなく、荒涼とした大地が延々と広がる死の星だったとか。

 それが伝説の大異変によって一変、現在の姿に変わったと伝えられる。

 赤い空。

 満ち満ちる大気。

 時折降り注ぐ酸の雨。

 抉れたクレーターに出来た猛毒の湖。

 我が物顔で地を這う異形群。

 1500年前とは、大きく様相をたがえているだろう世界。


 此処から望む遥かな彼方には、大異変による月の変化が象徴、そして異変の発端となったモノが見晴らさす。

 赤天を突かんと屹立きつりつする異形の黒塔。

 高すぎる登頂は目視が出来ず、その巨大さは他に比肩する物がない。なにせ、此処からあの塔までは何百kmと離れているのに、それでも尚巨大に、全容が克明に見える程なのだから。

 外壁は肉感的な謎の材質で出来ており、微妙に動いているのが判る。塔全体には木の根のような、或いは血管のような管が無数に走り、不規則に脈打っている。

 過去の時代、アレは地の底に沈んでいたらしい。しかしくだんの大異変によって月面上へと迫り上がり、天高くそびえ立った。

 月の地下に眠っていた、正体不明の巨大遺跡。それがあの塔。規格外の超構造物。


 古い言い伝えでは、かつて月へ入植した人類、最初にして最大の建造都市『本物のオリジナル』ルナ・パレスが、あの根元に存在していたとか。

 地下遺跡が隆起・突出した際に破壊されてしまったが、其処こそが今現在人類の住まうルナ・パレス6属区レプリカ、その基盤たる始まりの地なのだと。

 クリシナーデ領区。

 オーベール領区。

 比島領区。

 ガレナック領区。

 ロシェティック領区。

 そして月面要塞インフィニート。

 これらは全て、遠き昔ルナ・パレスに存在した6つの大企業が、崩壊する都市から逃れた末に造り上げたという。

 各領区の始まりは、変動する月の環境から民を護り、また自社の技術と財産を護る為に造った城砦。

 その時、企業同士が手を取り合ったかどうかは定かでない。ただ、インフィニートだけは独自の力で居城を築いたらしい。

 1500年前の大異変には、インフィニートが大きく関わっていたという話だ。それ故に月住人類から目の敵にされていたとか。

 それが嘘やデマカセでないのは、今の姿を見ても明らか。

 あそこだけは他領区と交流を持たず、密やかに暗躍してきた。

 遂にはガレナック、ロシェティック両領区を攻め滅ぼし、両陣営が持っていた全てを力尽くで強奪している。

 その行動は留まる所を知らず、危険さを増すばかり。


「おお、姫!」


 耳朶じだを打つ男の大声に、僕の意識は現実へ引き戻された。

 頭の中で巡らしていた思考の検網けんもうが解け、広大な世界から体前の空間へと焦点が移動する。

 前方にはユイ様とジョヴィニエル卿が立ち、その周囲へ複数の人間が集まっていた。

 皆が思い思いの格好をしているが、全員に共通して着衣の何処いずこかに、女神代行守護者ミネルヴァガードのエンブレムが刻んである。

 即ち、此処に居る全員が同志という事だ。

 そんな一団の中に、陽気なアロハシャツを着て、桃色の髪を滅茶苦茶に逆立てる男が1人。

 年は20代半ば、180cm近くあり、鋼線をよじり合わせたが如き筋肉の、見事に引き締まった体を持つ。

 熱帯の野獣を想起そうきさせる逞しくも荒々しい顔へ、野性味溢れる快活な笑顔を浮かべた人物。

 彼が先程の声の主。ジークムント・ダートルーナ。通称ジーク。

 先刻、屋敷内で言葉を交わしたライナの兄だ。


「今回の戦も、姫自ら御出陣で?」

「勿論です。クリシナーデ領区の宗主として、兵の先頭に立って戦うは当然の義務ですもの」

「くぅ〜、毎度ながら天晴れな心構え! 俺ァ感動したぜぇ!」


 両腕を組んで唸った後、ジークは天に向かって豪快に吼える。

 強面こわもて、見事なガタイ、大きい声、そのうえ事ある毎に吼え叫ぶ為、熱苦しい男というのが、ジークに対する皆の評価だ。

 熱血なのはいいけれど、彼の場合、少々行き過ぎのような。


「お前等ァ! 姫が命張るってんだ! 俺達も全力全開死力を尽くして、力の限り暴れてやろうじゃねぇかァ!」


 体毎で一同を見回すと、ジークは相変わらずの威勢で激号を飛ばす。

 彼の大声は、近くで聞いていると鼓膜が破れるんじゃないかと思う程だ。聴力が余人より些か発達している僕の場合は特に。だからあんまり、ジークには近寄りたくない。

 しかし彼を忌避きひする僕とは対照的に、ジークの熱い語りを受けた現在集結中の女神代行守護者ミネルヴァガード所属兵達は、明らかに士気を高揚させている。

 裏表がなく、只管ひたすら真っ直ぐなジークの雄叫びは、戦士の心を奮い立たせる効果があるらしい。

 この辺り、ジークとライナは良く似ているな。嘘が吐けず、堪え性がなく、血の気が多い所もそっくりだ。流石は兄妹きょうだい


「姫、安心してくれ! この俺が居る限り、化け物共の百匹や千匹や一万匹、物の数じゃねぇぜ!」

「ええ。ジークムント、貴方の活躍に期待していますよ」

「おっしゃァ! 任せとけ。ライナの分までやってやるぜぇ!」


 黄金の腕輪をめた右腕、拳としたそれを高く突き上げ、ジークは勇猛の咆哮を轟かす。

 それに応えるかのように、周囲の兵達も自前の得物を高らかと掲げ、負けず劣らずの咆声を響かせた。

 中々凄い光景だ。溢れ出る熱気まで、強く感じられる。

 皆の姿を見遣るユイ様は、聖女か慈母かという顔で、優しげな微笑を向けていた。それが余計に一同の奮起ふんきを促して、総合的な戦意向上に貢献した様子。

 馬鹿正直に熱いジークのような存在は、武装戦闘集団に欠く事の出来ない要因の1つか。

 己の道に迷いを抱かず、盲目的に直走ひたはしれる突進力は、力を行使する集団の時として揺るぎかねない方向性を、簡潔に修正してくれる。

 中途半端に迷いが生じた部隊程、脆く儚いものもない。その意味では、彼は失い難い貴重な人材と言えよう。

 あれで腕も立つのだから重要性は高い。後はもう少し頭を使ってくれると、文句はないんだけど。


「よぉーし、気合い入れ直すぜぇ! えい、えい、おぉー!」

「えい、えい、おぉー!」

「えい、えい、おぉー!」

「えい、えい、おぉー!」

『えい、えい、おぉー!』


 ジークの斉唱に、兵士各人が武器を振るって声を合わす。

 見ればユイ様も拳を上げて、皆と共に戦闘前の気合入れに参加していた。

 僕はと言えば、特に参加しないで、その様子を眺めているのみ。

 ジョヴィニエル卿も黙したまま佇んでいる。

 僕も彼も、こういう熱血系のイベントへは積極的に参加するタイプじゃない。どちらかと言えば、静かに闘志を燃やすタイプだからな。


「まーったくよぉ、ウルセェ野郎だぜ」


 戦意を示す掛け声に湧く戦士団へ、冷ややかな視線を投げる者が1人。

 一同から少し離れた位置で、その人物は面白くなそうに鼻を鳴らす。

 白銀の髪をショートカットにする、猛禽類に似た鋭い目付きの女性だ。

 身長は170あまりで、年齢は20代前半。赤いチューブトップとデニム地のホットパンツというラフな格好に反し、背中には身の丈程もある巨大戦斧せんぷを2本も背負っている。

 化粧っ気が一切ない男のような顔の真ん中へ、斜めに大きく走る深い傷痕が印象的。


「吼えて勝てりゃ、苦労しねぇんだよ」


 独り言にしては大きめの、苛立ちを含んだ声が空気を震わす。

 発声者は獲物を威嚇する獣のように、獰猛な顔付きで戦士達を眺め遣った。

 友好の成分が限りなく薄い、挑戦的な眼差しを共として。


「メ、メルル、皆に聞こえるよぉ〜」


 そんな彼女の傍らでは、色白で小柄な少年が、か細い声を紡いでいる。

 背中まで伸ばされた長い黒髪をした、線の細い軟弱そうな姿。

 160未満の背丈で、上等な錦製の羽織りを着けた彼は、まだ16歳程だったか。その左手には、ジークと同じ腕輪がめてある。

 中性的な容貌を困惑と怯えで半々に染め、少年は隣立つ女性を上目遣いに見ていた。


「聞こえるよぉに言ってんだろ、莫迦ばかが」

「ご、ごめん……じゃなくて、なんでそういう事を言うのぉ〜」


 不安気な少年の訴えに、女性は恫喝どうかつまがいの強声で返す。

 頭から叩き付けられる厳しいに、小さな彼は一瞬身を縮込めて謝罪を口へ。が、直ぐに気を取り直して、迫力皆無の反論を述べた。

 まぁ、相手する方は意にも介していない様子だけど。


「ったく、どいつもこいつもよぉ、あの化け物共を甘く見てんじゃねぇか?テメェの無能を忘れて、相手を過小評価かぁ?へっ、笑わせるぜ」


 横から上がる少年の声を完全に無視して、彼女は咆哮中の一団をめ付ける。

 その態度は不遜ふそんの気に満ち、言葉には侮蔑の色が感じられた。

 見事なまでの喧嘩腰。傍近くの少年は、これを前に顔を青ざめさせるばかり。


「はわわわ〜、メルルはまたぁ。何でいっつもそうやってぇ〜」

「くだらねぇ妄想に浸ったまま化け物に食い殺されりゃ、テメェ等も幸せだわなぁ。えぇオイ?」


 1人震える少年を余所に、女性は反意も露に辛辣な科白せりふを吐き続ける。

 礼儀の『れ』の字もない、チンピラそのままな物言い。

 聞く者を憤慨させるだけの猛烈な毒を染み込ませた声に、相対者達は決意の表明を中断して厳しい視線を射込む。

 個人差こそあれ、各員の顔には明瞭な怒気と嫌悪が混在中。それは一目で判る程に濃厚だった。


「み、皆さん、あのですね、これは、そのぉ……か、彼女なりの激励なんですよ、ハイ。だからその、あんまり気にしないで……」

「ピーチクうるせぇなぁ。少し黙ってろ」


 睨み合う両者の間に立って、必死に場をいさめ様とする少年だったが。

 無情にも、骨を折ってやっている相手から文句を言われる始末。

 酷くも無碍むげに扱われ、少年の顔に哀しみが広まった。それはすぐさま全身へ及び、彼の雰囲気を陰気なそれに変質させる。


 何と言うか、こんな時まで何時も通りな2人だ。

 女の方はメルル・オーコストー。少年の方はエリック・グロリア。

 両方共、女神代行守護者ミネルヴァガードの一員。つまりは同志。

 メルルは気性が荒く、口が悪い。言動から物の考え方までヤクザ者。戦士としての実力は高いものの、協調性が著しく欠落している所為で、評判はよろしくない。

 対してエリックは真っ当な常識人。ただ如何いかんせん、小心者で内向的な為に、仲間内でも友人と呼べる存在は殆ど居ない様子。メルルを除いて。

 2人の性格は接点が見受けられない程に違っているし、決して仲が良いようには見えないけれど。

 だが何故か一緒によく行動している。別段、付き合っているという風でもないんだが……

 色々と正反対だから、逆に馬が合うのか。その辺りは良く判らない。それでもこの2人は、コンビで1セットという感じだ。


「随分と言いたい放題言ってくるじゃないか」


 柔らかさを決定的に欠いたメルルの言い様に、当然の如くジークが反応する。

 彼の性分からして、ここまで言われて我慢など到底出来まい。

 この展開は、食堂の日替わりメニュー以上に予想し易かった。


「あん? オレは本当の事を言ってるだけだぜ。イチャモンつけられるいわれはねぇよ」


 1歩前へ踏み出してきたジークへと、メルルが投げ寄越したのは挑戦的な蔑笑べっしょう

 無論、ジークにこれを笑って受け流せるキャパシティはない。

 こんな場合ばかり相手の意図する事を正確に汲み取って、悋気りんきを宿した双眸で意趣いしゅ返す。


「そうは聞こえないんだよ。お前さんの言葉はなァ!」


 互いが互いに噛み付こうとするような、強視線の交差。

 正対する両者の間には、激しく瞬く火花が幻視出来る程だ。

 傍から見てる側としては、大人気ないと呆れる他にないんだけど。


「はわわわわ〜」


 竜虎の闘志を背景に気迫で牽制けんせいし合う2人を見て、エリックは単身慌てふためいている。

 張り詰めた場の空気に耐えられないのか、冷や汗を過剰かじょうに垂らしてオロオロと。

 心配と混乱がぜになり右往左往する姿は小動物のようで、妙な愛らしさと情けなさをかもし出す。


 現在この場に居る一同の比率は、いがみ合うメルルとジークを注視する連中と、その傍で半泣き状態のエリックを眺める者達とに分けられた。

 ガンクレ中の両名を見守る輩は、これが発展して武力を用いた喧嘩になる事を期待している様子。

 一方のエリックを観察する者達は、小柄な少年へと侮蔑ぶべつだったり熱視線だったりを注いでいる。

 どちらにしろ、一種異様たるカオスな空気が漂っている事に変わりない。


「…………」


 この状況を前にして、指導者たるユイ様は沈黙を守っている。

 刻々と迫る領区全体の脅威を感じていながら、場をいさめようとはしない。それは第1の臣下であるジョヴィニエル卿も同じ。

 宗主の考えは大体判る。

 今、彼女が一喝すれば、それだけで全てが終わるだろう。それだけの影響力を、我が主君は保持している。

 しかしその場合、高まっている皆の闘志ないし士気が犠牲となるは明白。要するにシラけてしまう訳だ。

 大戦おおいくさをまじかに控えた今、戦闘要員の意識低下は好ましくない。やる気の失せた集団では、勝てるいくさも勝てないもの。

 彼女はその辺りを良く判っている故に、最悪の状況を避けるべく動かないと。

 だが、このままではメルルとジークが殴り合いを始めかねない。それはそれで問題だ。戦いを前に怪我でもされては事だしね。

 かくいう訳で、ニッチもサッチもいかない構図の出来上がり。


 尤も、各員の性情を知悉ちしつしている宗主なら、メルルがジーク等へ因縁いんねんを付けるのも予測出来た筈。

 にも関わらず、事前の防止策を取らないのは、そこにも考えがあるからか。

 大方、戦団の意識を最も高めた状態で、事に当たろうという所だろう。最高潮に達した戦意で一気に敵勢へ激突し、勢いのまま押し切る腹だ。

 だとしたなら、今のコレは予定通りという事に。メルルとジークのお陰で、総員の気はいい具合に高まっている。

 問題なのは今の状態を維持したまま、どうやって戦闘を迎えるか。膨らんだ闘志を爆発もさせず、かといってしぼませず、ピークを保っていくさに踏み切る事。

 今1番必要なのは時間稼ぎだな。


「あうあう、うぅぅ〜〜、せ、赤巴せきはさぁ〜ん」


 折り良くも、エリックが僕へ助けを求めてくる。

 涙目で情けない声を上げる様は、そちらが趣味の手合いなら庇護欲を掻き立てられよう。

 生憎と、僕に何がしかの感慨かんがいを抱かせるには及ばないが。

 でも彼は運がいい。今の僕は、あちらの要請通りに助け舟を出してやろうという気分だ。

 この場をこじれさせたまま、来るべき時まで時間を稼ぐ為にね。


「2人共、その辺にしておけ。エリックが困ってるぞ」


 気弱な少年の頼みを聞くついでに、ユイ様の狙いも成就させて貰おう。

 まずは仲裁を装い、両者への接近を。


「あぁ? テメェには関係ねぇだろうが」


 メルルがこちらへ向けるのは、敵意を剥き出しにした目。

 声の中にも拒絶の気が満載だ。

 予想通りの反応だな。


「男には、どうしても退けない時があるんだ! お前も男なら判るだろ!」


 拳を握り、熱く語るのはジーク。

 彼の感情論、賛同は出来ないが理解程度なら出来なくもない。だが何にせよ、時と場合を考えて行動するのが大人だろ。


「傍でデケェ声出すんじゃねぇよ!」

「聞かれて困る内緒話してるんじゃないんだ! 大声で話して何が悪い!」

「だからウルセェってんだよ!」


 怒鳴り合い、睨み合い、険悪な雰囲気を更に強める2人。

 こちらを見る外野の期待と、エリックのうろたえぶりも2割り増し。

 チームワーク。尊い言葉だが、この2人の前では虚しい響きだ。


「いい加減にしろ。ユイ様の御前だぞ」

「うっ……」


 別段、怒気を含むでもない普段の声調で一言。

 しかしこれに対して、ジークの方は見て判るほど明確に怯む。

 宗主の名を出した事で幾許いくばくか冷静になったのか、彼女の存在を思い出した様子。

 それにしても、ユイ様の名前を出しただけでこれだ。彼女の存在は、彼の中でかなり大きなウェイトを占めているらしい。

 それがおそれか敬いか、あるいは両方か。僕に知る術はないが。


「んなモン、知った事か」


 反してメルルは、僕の言葉をねる。

 その瞬間、周囲からどよめきが上がった。

 元より僕の説得に応じはしまいと思っていたけど、この言い様とは。

 ユイ様当人を前にして根性を見せるじゃないか。戦闘をまじかにして、相当気が立っているようだ。

 それはそれで好都合だけどね。


「今の発言は、宗主への叛逆とも取れるな」


 目を細めてメルルを見遣る。

 投げ掛けるのは心中にない挑発の言。

 折角彼女の方からオイシイネタを提供してくれたんだ。ここは目一杯弄っていかないと。


赤巴せきはテメェ、新入りの分際でナメた口きくじゃねぇか」


 ジークから視線を外したメルルの目が、剣呑な輝きを帯びて僕を刺す。

 同時に、周囲の緊張感が1段階増したのを感じた。

 何処からか、誰かが生唾を飲む音が聞こえたのは、果たして錯覚だろうか。


「お嬢に少し気に入られたからってよぉ、幹部気取りか?えェ、オイ」


 鋭くも獰猛な眼差しが、正面から叩き付けられる。

 メルルの意識は今や完全に僕へと移り、先まで相手していたジークも眼中にない。

 しかし危険な気配を纏う彼女に、無視されたジークは何も言わず。

 放電でもしかねない場の雰囲気に呑まれてしまったか。流石に怖気付いたなんて事はないだろう。

 今のメルルが全身から放射するのは、敵意と言うより殺意に近い。

 例え喧嘩中の相手と言えど、彼女がこれ程の害意を仲間へ向ける事は皆無。つまりコレは、普段と一線を画す特異な状況だ。

皆がまともに反応を返せなくなるのも、無理からざる事。

 そう。メルルにとって僕は仲間ではない。

 だから彼女は負の感情を余さず、隠さず、容赦なく、真正面から叩き付けてくる。


 理由は単純。

 僕が女神代行守護者ミネルヴァガードとして活動した時間の少なさ。仲間として受け入れられる為に必要な、下積みの絶対的不足だ。

 彼女から見た僕は、外から来た流れ者。信用の置けない部外者という位置でしかない。

 そんな僕がユイ様の傍近くに仕えているのが納得出来ず、気に入らず、殊更ことさらメルルの気分を害していると。そういう事だ。

 だから彼女が僕へ向ける目は限りなく冷たい。


 けれど、それは何も特別な事じゃない。

 メルルが僕の事を嫌っているのは周知の事実。その僕が意見すれば、こうなるだろう事は判っていた。

 少なくとも僕には。

 エリックは助けを求める相手を間違えたのさ。それが例え消去法で最後に残った選択だったとしても。

 可哀相に、今の彼は自分の所為で状況が悪化したと思っているらしく、顔面蒼白だ。体などは1匹だけで放置された兎のように震えている。心労の重き事、山の如しだろう。

 だが、これでいい。エリックには悪いけど。


「僕は此処へ立つのに、いらぬ苦心をした覚えはない。全てはユイ様の御意思だ」

「ぬかせ! 何処の馬の骨とも知らねぇ風来坊風情ふぜいが」


 強烈な憎悪が覗く瞳を突き込まれると、判っていた事とはいえ、あまり良い気はしない。

 彼女の様子からして、普段から鬱積うっせきしていた不満は、かなりの大きさと見える。

 既に話し合いで解決する段階ではなくなっているが、そもそもそんな物は目的でないので、特に気にする必要はない。

 後の事も今は取り合えず置いておき、目前の問題と近しい未来の事だけ考えよう。


「何と言われ様が、僕を重用したのはユイ様だ。その事実は変わらない。君は宗主の決定に意を唱えるのか?」

「この片目野郎ぉぉ……」


 僕を睨み刺すメルルは、仇敵を前にした猛犬の態。

 もし僕がユイ様の御声掛おこえがかりでなかったら、彼女は直ぐにでも飛び掛かり、僕の喉笛を食い千切るだろう。

 何もしていないのに、ここまで毛嫌いされるのも心外と言えば心外だが。

 ……いや、この場合は何もしていないからか。


「チッ」

「……」


 周囲を取り囲む無数の視線は、今や完全に僕達の動向に注目している。

 対峙する僕とメルルの間にある空気は、抜き身の刃に等しいもの。些細な変化で相手を切り裂く、予断を許さぬ状態だ。

 ジークは言葉もなく僕等へ見入り、エリックは失神寸前の緊張ぶり。ユイ様とジョヴィニエル卿は終始無言で成り行きを見守っている。


「オレはテメェなんぞ認めねぇ」

「認めてくれと、僕が1度でも頼んだか?」


 相手からの刺々しい送声に、見合うだけの挑戦的発言で応ず。

 そのお陰で、僕等を覆う空気は更に重くなった。

 互いが交わす視線は友好から程遠く、腹を探り合うより率直で簡潔。

 だからこそ判る。言葉の交換をせずとも相手の心情が。

 嫌悪に根差す不審、疑念からくる敵意、憎悪の果てに見えるは殺意。

 複数の、しかし決定的な1つの感情へ集約する思い。メルルが僕へ注ぐ全てが、そこにある。


 僕としては彼女の能力も、忠義の厚さも評価している。僕へ向ける諸々の感情とて、大元は主君に対する忠誠心が成す事だろう。

 自分の主に得体の知れない存在が近付くのは、決して快くあるまい。

 だからメルルを疎むつもりはない。寧ろ、危険と思しき者を前に率直な本心をぶつけ、早期に排除しようとする決断力と行動力には感嘆する。

 今は無理でも、遠くない未来に相互理解が図れればいいんだけど。


 さて、そろそろ頃合だ。

 彼女の方も我慢の限界が近いと見えるし、これ以上つついたら破裂する可能性が大。

 この辺で、事態の進展を待ちたい所。


『報告。敵勢力が最終防衛ラインを突破。領内への侵入を開始』


 何の前触れもなく、各員のUPCSが監視班からの情報を吐き出す。

 全員の下へ一括送信されてきたメッセージによって、形作られていた空気が一瞬で変化した。

 それは全員に共通する守護の色。何かを護るその為に、降り掛かる火の粉を払わんとする防衛の彩り。

 女神代行守護者ミネルヴァガード本来の役割を担った、戦士達が在り方。

 状況の変転が各自の意識を切り替え、向かうべき場所を無意識に定めさせる。


「来たか」


 誰にともなく呟いて、僕はメルルから視線を逸らした。

 見るは彼女の肩を越え、空より先に広がる世界へのみち

 対する銀髪の女戦士も、僕からは興味を失ったように背を向けて、一同と等しい方角を眺めやる。

 それまで僕に傾けられていた闘志、戦意、殺意は苛烈な放昇ほうしょうを保ったまま、自領を侵した輩へと方向性を変えた。

 気に食わない僕の相手より、襲い来る敵勢の方が優先順位は上。思考ではなく本能のレベルで、だからこそ逡巡しゅんじゅんなく標的を入れ換えられる。

 事態の推移すいいに合わせ、感情に流されること無く正確にたおすべき相手を見定められるのが、メルル・オーコストーの美点という訳だ。

 お陰で時間稼ぎはギリギリで成功。最高の状態で戦いへ赴ける。


「彼の者共は、我等が領域へ不当な侵入を果たしました。我々は女神代行守護者ミネルヴァガードの名において、直ちにこれを討ちます」


 それまで沈黙を通していたユイ様が、1歩踏んで口を開く。

 宗主の毅然とした宣誓が響き、一同の意は完全に固まった。

 その様が肌に触れる外気からも如実に伝わってくる。


「全軍、抜刀!」


 両脇に差した4本の日本刀。ユイ様はその内2本を左右それぞれの手で引き抜き、冷たく輝く白刃を天高く掲げた。

 虚空の天宙に浮かぶ、暗色の巨星目掛けて突き出された2つ刃が、危険な照り返しを僕等へ注ぐ。

 その最中、宗主の静かなる豪声に導かれた総員が、手にする得物を己が体前で中世の騎士よろしく構え取った。次には両腕で武器を押し上げ、頭上高くへ繰り出す。

 ジョヴィニエル卿は背負う巨剣を、メルルは背にする双斧そうふを、両の手にしかと握り。

 ジークとエリックはめる腕輪が光を放ち、見る間に異なる形へ変じていく。

 至った姿は、ジークが柄の前後に長く厚い矛を備えた、黄金こがねの両刃槍。エリックが龍の身体を模す押付と手下から成る、金色こんじきの長弓。

 桃髪男と黒髪少年も、腕輪が変態した武器を皆と同様高く示し上げた。

 独り異なる動きをして、全体の足並みを乱す訳にもいかない。先輩衆へ倣い、僕も右手を空へとかざす。


『折れざる誇りと力を以って』

なる女神に勝利を捧げん』

天主てんしゅが彼の地へ戻るまで』

『我等一刀、女神のつるぎは大地を護る』


 戦団全員が一斉に、女神代行守護者ミネルヴァガードの訓戒を唱和する。

 1000余名の精兵が声を合わせて生まれるのは、雪崩の如き猛る弩轟どごう

 1人1人が明確な目的意識を持ち、その完遂に全力を傾ける事をいとわない。そうした精神の堅固さが彼等の力であり、1500年もの間、ルナ・パレス属クリシナーデ領区を護ってきた本質。

 長き時間に晒されながらも廃れる事無く、脈々と受け継がれてきた忠誠という名の信仰。女神代行守護者ミネルヴァガードの原動力は其処にある。


「メルルは中央軍を率いて先陣を切りなさい。ジークは東軍、エリックは西軍を指揮して左右両面より挟撃を。3方から攻め入り、敵勢を蹴散らします」


 指導者のかおで、支配者ので、総司令の声で、総大将の気迫で、ユイ様はくだんの3名へ命令を下す。


「へっ、そうこなくっちゃな。先鋒は武人の名誉だぜ。連中の頭を砕いて、心臓まで道を作ってやらぁ!」

「よっしゃぁぁァ! いっくぜぇェ!」

「は、はいぃ!が、ががが、頑張りますぅ〜」


 名指しで役割を振られた3者は、嬉々、熱狂、気負いをそれぞれ纏い、返礼の代わりに武器を構えた。

 向かい来る敵を討つ、背後にある民を護る。2つの絶対目的にのみ従う猟犬の色をまなこに宿し、各々が進路へ視線を移す。


「では、勝ちに行きます。女神代行守護者ミネルヴァガード、出陣!」

『おおぉぉッ!!』


 ユイ様が号令と共、刃を前方へ指し向ける。

 進軍の合図を受け、奔騰ほんとうする戦意に押された全軍が駆け出した。

 無数の足音と咆哮が豪雨の嵐風らんふうを巻き起こし、戦いの口火を今、落とす。


「おらおらおおらぁ! 真ん中行く奴ぁ、オレに続けぇ!」

「東組はこっちだァ! 遅れるを取るなァ!」

「に、西側の皆さ〜ん、ぼ、ボクに付いて来て、く、くださいぃ!」


 走り出した戦士達は、先頭を行く3人に呼ばれるまま3方向へ分かれていく。

 主君たるユイ様の決定に意義を申し立てる者は絶無。全員が彼女の言葉に従い、指名された戦士等へ付き従った。

 メルルやジークはまだしも、エリックに指揮権は不適切な様にも思える。初めて彼を見た者なら、行き着く感想はそこだろう。

 しかしエリックはあれで、中々優秀な戦士だ。その実力たるや、女神代行守護者ミネルヴァガードでも5本の指に入る程。

 性格的な難を織り込んで尚、妥当な人選と言える。各兵員もその事を知っているので、不平不満が出る事は無い。


 さて、戦闘集団の進撃は順調。

 宗主とジョヴィニエル卿、そして僕は最初の位置から動かずに、離れていく皆の背を見送っている。

 危地に飛び込むのは部下だけで充分。三下を戦わせて、上官は高みの見物。と、言う訳でもない。

 ユイ様にはまだやるべき仕事が残っており、彼女の護衛を務める僕達は、それ故此処に居る訳だ。


「いいですか、タレス。これより砲撃準備に入ります。準備が整い次第、攻撃を開始して下さい。皆が接触するまでに、大勢を削り取るのです」

『あはぁ〜ん、任せてぇ。皆まとめて、イ・カ・せ・て・あ・げ・る』


 抜き放った刃を足元に突き立て、ユイ様は桜色の自前UPCSで、姿無き相手と会話を進めている。

 相手はタレス・ルーネンメビュラ。女神代行守護者ミネルヴァガード最年少にして最変者の構成員。

 見た目はゴスロリ衣装に身を包む可憐な少女だが、性別は男。年齢に不釣合いな豪胆さと不敵さ、そして底知れなさを持つ戦士。

 そのうえ使うのが妖しいオネェ言葉ときては、周囲の扱いも微妙に……。

 タレスは女神代行守護者ミネルヴァガードの中でも後方支援を担当とする。

 実質的な戦闘力はかなり高いらしい。しかし本人が鉄火場を嫌っているとか。

 だから彼……彼女は、余程の事が無い限り、基本的に前線へは立たない。今回もそうだ。

 普段から彼女が任されているのは、クリシナーデ領区防衛システムの1つ、女神の涙ムーンライトティアの操作。

 領区開設の折、外敵から街を護る目的で造り上げられた対地攻撃用軍事衛星。それが女神の涙ムーンライトティア

 衛星軌道上に置かれたこの兵器は、クリシナーデ領区を中心に半径10km圏内への定点攻撃が可能であり、領区へ近付く危険な存在を一瞬で焼き払う。

 ただ連射が利かないのと、発動までに難解な操作を要するので、そう頻繁に使える物ではない。

 現段階でこれを完璧に扱えるのは、高度UPCSを始めとする電子機器に精通した、優秀な電脳潜子ネットスプリーチャーであるタレスだけ。彼女が後方組に加えられているのは、その為でもある。

 それにもう1つ。女神の涙ムーンライトティアの起動には、欠かす事の出来ないものが。


 今回、領区へ迫っている敵勢力の総数は大凡3万。対してこちらの兵数は1000余り。単純計算で30倍の敵を相手にしなければならない。

 だからこそ女神の涙ムーンライトティアの出番になる。

 防御不能の超攻撃で敵勢を一蹴し、女神代行守護者ミネルヴァガードの前線兵軍で残党を狩り尽くす。そういう作戦だ。

 ここで半端に敵を逃せば、再起の機会を与える事になる。後顧こうこの憂いを断つ為にも、一気に決着をつけねばらない。敵勢に逃げる暇を与えず、衛星砲の攻撃後、速やかに攻め立てねば。


「それでは頼みます」

『OKよ』


 通話を終え、浮かび上がっていた立体映像式画面ホログラフィックモニターを消すと、ユイ様は手中のUPCSを白衣の合わせ目より懐へしまう。

 そののち、刃を再度手に取る事はせず、自らの立ち位置で膝を折り、地にへと正座した。

 僕とジョヴィニエル卿が見守る中、宗主は腰を曲げて前傾姿勢になる。そこから対面の地面へ両手を伸ばし、静かに触れ置いた。

 屋敷の外に広がる不自然なほど真っ平な原野。人工的に塗り固められた硬質の大地。

 いや、鈍い光沢を返すそれは、床と呼ぶべきだろう。それもだだっ広い、大面積を誇る床。

 僕達が出て来た屋敷を中心として、円形に巨大な硬床こうしょうは造られている。

 街なんて物は何処にもない。僕達の周りにも、屋敷の後ろにも。

 あの屋敷は荒れ果てた月面の只中に、一軒ポツンと建っているのだ。人工物の床を敷いて、その上に。


「ユイ・クリシナーデの名に於いて命ず。我が血に連なりし領区よ、堅き眠りに落ちたる瞼を開き、今一度、滅びの涙を降り注がせん」


 床へ座し、手を突いて、ユイ様がうたう。

 固さの拭えない声だったが、それでも耳に入るの調べは心地良い。

 彼女の一言一言は大気に融け、空へ消え、大地へと染みていった。


 変化は直ぐに起こった。

 ユイ様が手を置く場所から光が現れ、金に輝く線となって、全周囲へ向け走り抜ける。

 床そのものを伝い、縦、横、斜め、あらゆる方角へと一瞬で滑り、次の瞬間には消えてしまう光。

 全ては瞬きの間の出来事だった。

 その直後、緩やかな震動が始まり、僕達の体を揺らす。

 発生源は脚を置いている床。連続する動きに合わせ、巨大な質量が異なる形へ移行していくのが判った。

 結果の出所は後方。屋敷の裏側。

 古式ゆかしい邸宅の真後ろで、床の一部が盛り上がり、高く伸び上がっていく。

 この床はユイ様の祖、古きクリシナーデの者が造り出したナノマシンの群体だ。創造主の血脈に連なる者がキーワードを外部入力する事で、無数のナノマシンが再結合・再構成を遂げ、新たな形態を取るというシステム。

 宗主が先程用いたのは女神の涙ムーンライトティアを起動する為のキーワード。

 それにより形を変え始めたナノマシンが、屋敷の後方に巨大な塔を築き上げる。

 高さは10m余り。登頂が鋭く尖った、牙のような形状のいびつな塔。

 形成を終えたナノマシンは変動を停止するが、生まれた塔の機能はここから動く。

 出現から数秒も置かず、塔の先端、牙の最尖さいせんに青白い炎が灯った。

 それは球状に纏まり、稲光を走らせながら、徐々に大きくなっていく。

 屋敷の直下、遥か地下深部に座す大型ジェネレーターから湧き上がる高出力のエネルギー。それが塔の頂点、その一点へ集約されつつある。

 エネルギー球の完成は10秒に満たぬ短瞬たんしゅんで終わり、留まった力は閃光と化して、天空へ昇った。

 目にも止まらぬ速さで、遠き空の果てへ消えた光。

 そして訪れる静寂。

 手も届かぬ高みを、僕はっと見上げる。


「涙の一滴、それは破滅の呼び水。女神の嘆きは、幾万の死を連れて」


 床に手を触れさせたまま、ユイ様が言葉を紡ぐ。

 小さな呟きだったけれど、僕の耳は確かに聞いた。

 彼女の声が何を導くのか。考える必要はない。何故なら答えは、直ぐ其処まで。


 見遣る宙天の彼方が先で、何かが一度だけ光った。

 無意識に目を細めた時、遥かな虚空から、青み掛かった白亜の光柱が一閃。

 此処から離れた遠方の大地へ降り立つや、一呼吸の間を開けず、素早く横方おうほうへ走り行く。

 一条の行軍を終えた柱は薄まり消えて、後には微かな残滓ざんしを残すのみ。

 半瞬して、眩い光徨こうこうが照る。

 直後、とてつもなく巨大な炎の壁が、僕達の視界に立ち上った。

 荒れた大地が崩れ、めくれ、噴き上がり、凄まじい熱量と衝撃で、その場を噛み砕いては踏みにじる。

 何百mにも及び高らかに燃え立つ大壁は、熱波の衝膜しょうまく。爆発と壊裂かいれつが呼び出した、必滅の天幕カーテン

 荒ぶる咆哮と共にそびえ、容赦なく地上をめ破る地獄の業火は、天を今以上に赤く染め焦がし、地盤を融解させて渓谷を穿つ。

 想像を絶する超破壊。視認される前方の光景を、僕は半ば呆然と見詰めていた。

 その最中に我が身を叩くは分厚い風。衛生砲が生み出した大爆発の余波が、数km先から襲い掛かってくる。

 続け様、1拍置いて届きくる轟音が、僕の聴覚へ剛打ごうだを食らわす。


「これは、これ程とは……インフィニートが、攻めてこれない筈だ」


 獄熱の奔流ほんりゅうを片目に映し、僕は我知らず声を零していた。

 話には聞いていた、データとしても知っている。しかし女神の涙ムーンライトティアの発動は、その威力は、今始めて見た。

 信じられない程の攻撃力。度し難い程の破壊力。全てが予想を上回る。

 これでは敵勢の大群も、殆ど生き残る事は出来まい。

 もし、女神の涙ムーンライトティアが定点防衛用装置でなく、全地攻撃用兵器だったなら、クリシナーデ領区は月面の覇権を握れるだろう。

 それ程までに、コレは凄い。そして、恐ろしい。


「さぁ、参りましょう」


 熱波の帯にくゆる正面世界を見たまま、ユイ様は決意と覚悟を秘めた声で、静かに告げる。

 床から手を離し、腰を上げて立ち上がり、突き立てた刃を引き抜いて。

 宗主が動くと、屋敷の裏手に佇む牙状の塔は、現れた時と逆の流れで高さを落としていく。

 常時の床体しょうたいへと戻るべく、塔型を構成するナノマシンが分解され始めたからだ。

 膨大な量の超微細機械群は、塔の根元から周辺へ散り拡がり、盛り立つ造形物を低く小さく変えやる。最後には元のたいらな大地へ戻り、先の痕跡を何処にも残さない。

 ごく短い時間でナノマシンの変成が終わった時、ユイ様は最初の1歩を踏んで歩き出していた。

 だが途中で首を横向け、たすきで縛った肩越しに、僕へと視線を送る。


「先程は面倒を掛けました。貴方のお陰で兵達の意欲を失わずに済んだ事、感謝致します」


 年若い宗主は鷹揚おうように首を傾け、簡素な礼を施した。

 僕は首を左右へ振って、それに対する。


「いえ、御気に為さらず。これも仕事ですから」


 主君から与えられた感謝の言葉を、受領前に別語で返す。

 別段、格好付けのつもりでもない。本当に、気にしてもらう必要などないからだ。

 メルルとジークが睨み合っていたあの状況で、僕が彼女の気を引き行動を制するのは、僕が取るべき行動だった。

 メルルに嫌われている僕でなければ、彼女の意識をたぎらせたまま、ジークから引き剥がす事は出来なかったろう。

 人にはそれぞれ役割がある。

 兵を率い、民の為に戦う者。主君を護るべく、常に付き従う者。目前の敵を討つべく、全力で直走ひたはしる者。自分の立ち位置を知り、他者にどのような影響を与えるかを考え、それを踏まえて動く事が必要な者。

 そのどれもが代替だいがえの利かない各々の役割。

 集団で活動する際には、自分にしか出来ない事を各自がやらねばならない。そうしなければ、団は何時までも個々人の集合でしかない。団を一個の『個』として機能させるには、各人が1つの部品として働く必要がある。

 それが出来た時、組織は頑健にして強固な存在となり、個人では限界のある事も、容易く行う事が可能となるのだから。

 共通した意識の下に集った全体の中で、自分がすべき事をする。僕はその重要性を知っている。

 自分が行うべき役割をがあれば、例えそれが他者から反感を買う事であったとしても、やらねばならない。やるだけの価値が、その集団にあるのならば。


「そうですか」


 ユイ様は僕の返答に小さく頷くと、顔を前へと向け直した。

 謝辞を受け入れない僕に気分を害した様子もない。尤も、主君殿はそのような狭量きょうりょうの輩ではないので、いらぬ心配は無用だが。

 再度正面を見る宗主は、気品と優雅さ、威厳とを自然にそなえ、止めていた歩を動かし出す。

 2つの刀を両手に持って、悠然ゆうぜんと進む彼女の後ろへ、僕とジョヴィニエル卿も続いた。


此度こたびいくさ


 静やかに進む主上しゅじょうへ従う最中。珍しい事にジョヴィニエル卿が語り掛けてきた。

 普段から寡黙で知られる彼が、ユイ様以外に自分から口を開くとは。少し驚いてしまう。


「姫の護衛はワシに任せ、お前は敵をたおしてこい」

「……言ってる意味が、少し判らないな」

「姫の傍に居らず、敵陣に食い込んで戦え、という事だ」


 彼人へ目を遣る僕とは対照的に、前を見たまま視線も動かさず、大柄な老兵は声を押し出す。

 低く、落ち着いた、年長者の言葉。

 しかしその意図が、僕にはイマイチ掴みきれないんだが。


「真意は?」

「皆がお前に持つ不信感、それを払拭ふっしょくする良い機会だ。このいくさはな」

「つまり、戦って僕自身の力を示せと?」

「そういう事だ。大きないくさが無かった為に、お前の実力を知る者は少ない。ここで力を見せ、お前が姫の護衛に相応しい事を皆に教えるがいい」


 相変わらず無表情、無感動にジョヴィニエル卿は語る。

 表情筋がピクリとも動かないので、何を思っているかは全く読めない。

 けれど一応は、僕の事を心配してくれているのかな?


「意外だな。貴方が僕に気を遣ってくれるとは」

「お前の為ではない。姫の為だ」


 ……いきなり否定されてしまった。

 まぁ、彼がユイ様以外の事で気をむ事なんてないだろうから。ショックでも無いけど。


女神代行守護者ミネルヴァガードに参入し、日の浅い者を傍に置く。其処に、確かな実力者だという理由を置かねばならん」

「新参者に目を掛けるのが姫の甘さと取られ、姫への不審となってはいけない、か」

「姫は公正であり、その御心は強く、気高く変わらぬ事を教えねば」

「その為にも、僕が弱い奴だと思われるのはマズイって訳だ」

「うむ」

「成る程。了解したよ。それじゃ今日は、守護より撃滅を優先するとしよう」


 僕は淡い笑みを添えて、隣人の申し出を受け入れる。

 こちらの答えに、提案主である巨躯の剣豪は1度だけ頷いた。

 やはり面上に変化はない。ついでに気遣いの言葉が後へ続く事もない。

 清々しいぐらいに、お姫様至上主義だな。別に文句はないけど。


「僕としては、軽んじられたままでも別に構わないんだけどね。人の評価なんか気にはならないし」

「……」


 何の気なく本音を漏らしたら、ジョヴィニエル卿が目だけを向けてきた。

 それだけで威圧感が凄い。失言だったか。


「勿論、ユイ様が悪く思われるのは避けたいから、ちゃんと働くさ」


 物言わぬとび色の瞳に愛想笑いを返し、何とかこの場を遣り過ごす。

 背中に氷柱つららを突っ込まれたような寒気は、彼が視線を正面に戻すまで付いていた。

 う〜ん、やっぱり只者じゃないな、この人は。

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