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話の27:欠けた目覚め(+1)

 白い。

 視界に映るのは白いもの。

 暗い世界で消えた意識が、もう1度目覚めた時、目に入ってきたのは白。


「此処は、何処?」


 自分の喉から声が出せた。

 その声を耳で聞けた。

 頭は少しぼんやりしているけれど、体の感覚はある。

 どうやら仰向けに寝ているらしい。肌に何かが触れる感触も。きっと服だ。

 両手に意識を集中してみた。

 確かに動く。私の右手、左手。

 両脚に意識を集中してみた。

 こちらも動く。右脚、左脚。潰された筈の左脚も動く。在る。

 胸に痛みはない。呼吸も苦しくない。血が喉を駆け上がる事も、口の中に鉄の味が広がる事もない。

 自分の体は全て意識下にあり、不調に感じる部分は皆無だ。


「此処は?」


 もう1度、口を動かし声を出す。

 私の声。間違いない。変化もない。

 大丈夫そうだから、体を動かしてみよう。上体を起こしてみよう。

 全身に力が走る。体が微かに揺れる。視界が移り、世界が流れる。

 ……出来た。

 苦も無く、簡単に。私は自分の意思で、体を起こす事が出来た。

 次は首を回す。視点がずれて、新たに見える物と気付く事が多数。

 さっきまで見ていた白は天井。

 私が寝かされていたのはベッド。白いシーツの上。

 身に付けているのは白く薄い丈長の服。入院患者が着る様な物。

 此処は四角い部屋の中。壁も床も全てが白。窓は無い。私の寝かされているベッド以外には、他の調度品もない。

 殺風景で小さな部屋だ。

 病室だろうか。だとしたら此処は病院?

 アクトレアに殺されそうになった私は、この病院に連れて来られて治療を受けた、という事なの?

 さっきまで見ていた暗い世界は、単なる夢?

 夢にしては妙にリアルだった。意味不明な誰かの呟きと、それが聞こえる度に増す緊張感は憶えている。

 あれを思い返すと、頭に微かな痺れが走る。胸の奥が疼くように痛む。喉が詰まるような感覚も。

 この感じも、全てが夢?本当に、そう?

 夢かどうか判然としない経験は鮮明に思い出せる。それなのに、どうやって此処まで来たかの記憶はない。

 かつての状態から考えて、私が自分の脚で来るという事はないだろう。だとすれば、誰かに連れてこられたと考えるのが妥当。

 いったい誰に?

 考えて最初に浮かぶのはリーラだ。あの場に一緒に居たのは彼女だけ。

 仲間は皆、別区に行っていたから、あの時あのエリアには私達以外誰も居なかった訳だし。

 可能性としては低くない気がする。

 私の最後の魔法でアクトレアを倒せた。危険が去った後、リーラが私を病院まで運んでくれた。そう考えるのが自然かな?

 それとも、やっぱり私の魔法ではアイツを倒せなくて、私が意識を失くした後もアクトレアは暴れたの?

 それでもリーラが私を何とか運んでくれたなら、それだけの余力が彼女にもあったという事だ。

 あれだけの重傷だった私が助かったんだもの、仮に手傷を負っていたとしても、彼女はきっと無事である筈。

 そうと決まった訳じゃないから安心するのは早いんだけど。

 でも、そうであって欲しい。リーラには無事でいて欲しい。

 天真爛漫で快活な私の友達。あの子が苦しんでいる姿なんて想像したくない。元気でいてくれたら、それが何より。


「願うだけじゃ……どの道、本当の事は判らない」


 結局はそう。

 今の私には真実が判らない。全ては、あくまでも私が考えただけの事。こうあって欲しいという願い、理想だけ。

 現実の答えはもっと別の形をしているかもしれない。

 だったら、これ以上考えるのはよそう。私が1人で思いを巡らせても正解ほんとうには 辿り着けないから。

 それなら。


「自分自身で確かめに行くしかない、よね」


 心の中の決意を声に変え、言葉にする。

 たったそれだけの事なのに、視界が開けたような気分だ。

 自分の事も気になるし、何が起こったのか、どうなっているのか知りたい。けどそれと同じぐらい、或いはもっと強く、リーラの安否が気になる。

 彼女が今何処でどうしているのか、元気なのかどうか、知りたい。

 その為に動こう。

 まずはベッドから降りて、この部屋から出る。此処が何処なのか確認して、それからリーラを探しに行こう。


『貴女を受け入れてくれる友達は大切になさい。誰だって孤独には耐えられないの。支えてくれる人の存在は、人生の宝になる。一生の財産に。だから友達は大切に、ね。貴女が想うだけ、相手もきっと想ってくれるから』


 お母さん、私もお母さんの言う通りだと思う。

 友達は大事だよ。だから私はリーラに会いたい。


 体を動かしてベッドの縁へ行き、そこから脚を下ろす。

 履物は何も無いから、素足で床を踏むよりない。

 足の裏に直接触れる白い床。少し冷たいけど、それを感じる事に安堵する。

 こうやって感覚を得る事で改めて、左脚の存在を確認出来た。大丈夫、ちゃんと脚は此処にある。

 両脚共が床についてから、シーツの上へ置いた両手を支えに腰を浮かせた。

 ベッドに乗せていた体重を、今度は自分の脚に課す。手も離し、真っ直ぐに立つと、重力が我が身に掛かるのを実感する。


「あ、れ?」


 少し笑っている膝。脚全体が震えて、まるで何年も自分の脚で立ってない様な。

 力の加減、踏ん張り具合がちょっと把握し辛い。バランスも取らないと。

 なんだか本当に暫く立ってない感じだ。両脚で立つのは、こんなにも難しかっただろうか?

 その場に立ったまま数秒、多分10秒もない。その時間を要して脚の震えは止まった。

 この間に平衡感覚も戻ってきたみたいだ。

 同じ所で足踏みしてみる。最初に右脚、次に左脚。1度、2度、3度と。

 痛みは無い。違和感も。

 うん、大丈夫。


「すぅ……」


 首を反らして天井を見上げる。染み1つ無い綺麗な白。

 その1点を見て、大きく息を吸う。微かに薬品みたいな臭いがした。

 息を止める。目を閉じる。それから心の中で、1から10までを順々に数える。


「はぁ〜〜」


 目を開けて息を吐く。

 胸の中に溜めた空気を、他の色んなモヤモヤと一緒に、まとめて吐き出す。

 全てが出て行ってはくれないけれど、ちょっとは心が軽くなった気がした。


「よし」


 両手で自分の頬を叩き、気合いを入れる。

 取り合えず準備はOK。さぁ、出発しよう。


「まずは、この部屋から出ないとね」


 自分自身に言い聞かせ、最初の1歩を踏み出す。

 目指すは正面の扉らしき物。

 一見、白い壁と見間違えそうな部分だ。良く見れば、若干外側に凹んでいるのが判る。

 ただ問題は、鍵が掛かっていないかどうか。もし鍵が掛かっていたら万事休す。

 最悪、魔法で扉を破壊するという方法も無くは無いけど。


「御願いだから、開いててよ」


 祈るように呟いて、扉と思しき壁面へ近付いていく。

 取っ手らしき物が見えないから、引き戸や押し戸ではないと思う。自動扉なら接近者をセンサーが感知して動いてくれる筈だ。

 狭い部屋だから数歩目で到達した。しかし前に立っても開く気配はない。

 やっぱり鍵が?


「そんなに都合良くはいかないの?」


 出出でだしからつまづいて落ち込みそうになる心を叱咤し、手を伸ばす。

 本当に駄目なのか、直接触れて確かめようと思った。

 右の掌を僅かに奥まった壁へ付ける。

 と、同時に、その壁が横側へスライドして道が開いた。


「鍵じゃ、無かったんだ」


 小さな安堵が胸に生まれる。

 無意識の内に吐息が零れた。

 兎に角、これで外に出られる。

 もう1度だけ深呼吸。

 それから脚を、部屋の外へ向けて動かす。


 白い部屋の外は、同じ様に白い世界だった。

 床も、壁も、天井も、一片の隙さえない白の空間。

 其処は長い廊下。目を引く特徴物の存在しない、同じ景色が右にも左にも続いている。

 やはり窓はなく、閉鎖感は否めない。

 電灯らしき物が無いのに、通路は明るかった。私が今まで居た部屋と同じだ。

 多分、発光灯の類が天井に直接埋め込まれているだと思う。

 それはいいとしても、これじゃ今が朝なのか夜のか判らない。時計もないし、外の様子は見れないし。

 そもそも、あれからいったいどれぐらいの時間が過ぎたのか。

 現在では主流のナノ治療を用いれば、そんなに長時間は掛からないとはいえ、私の負った傷から考えて1日2日で治ったとは思えない。それなりに日数は経っている筈。

 でも今は知りようが無いのよね。此処が病院なら医師か看護師、誰か居るだろうから会って直接話しを聞きたいけど。


「……静か、すぎない?」


 自分の呟きが、いやに大きく聞こえる。

 それぐらい此処は静かだ。そう、極端に静か。

 行き交い医師や看護師、動いている患者の姿は皆無。私の位置から人影は見えないし、近くに誰かが居る気配もない。

 夜の病院だから静まり返っているの?それにしては廊下が明るすぎない?

 少し変だ。


「あのーーっ、誰か居ませんかーーっ」


 声を上げて呼んでみる。

 此処が病院で、それも真夜中だったら決してよろしくない行為。

 だったら文句にしろ注意にしろ、誰かが出てきてくれるんじゃないかな。


「…………」


 暫く立ち尽くして反応を待つけれど、返事はない。

 何処かの病室から「煩い」という声が飛んでくる事も、慌てて看護師が遣って来る様子も、まるでない。

 これはどういう事?完全防音の施設なのかしら?

 思い返してみると、部屋の中にナースコールらしき物はなかった。第一、病室なら窓ぐらいある筈じゃない。

 やっぱりオカシイ。もしかして此処は、病院じゃないのかも。

 だとしたら、何処?


「考えても仕方ないか。自分で確かめるしより、ね」


 そうよね。こうなったら、それしかない。

 扉に鍵が掛かってなかった事を考えると、私をあの部屋に置いた人は、私が出歩くのを妨げたかった訳じゃないんだと思う。というか、思うしかないような。

 兎に角、行こう。此処が何処なのか確かめて、次の事はそれから考えよう。

 何かあったとしても、私には魔法がある。それが心強い。

 持って生まれた才覚が、私の意思を前向きに、或いは強行よりにしているのは疑うべくも無い。

 魔法が使えなかったら、私はきっとあの部屋から外に出られなかっただろう。緊張と不安と恐怖で脚が竦んで、亀みたいに縮こまっていたんじゃないか。

 尤も、それよりもまず軍人になろうとも思わなかっただろうな。結局、魔法っていう『力』は私を形作る柱の1つなんだよね。

 それはそうと、さて、どっちに進もう?

 右と左。どちらも同じ様な景色で目立った違いはない。見事な左右対称だ。どっちへ行っても同じとさえ思えてくる。

 う〜ん、そうだなぁ。

 私が右利きだから、左に行こうか。


「よし、出発」


 今は行動の時。何が起こるか判らないけど、覚悟を決めて行くしかない。

 この道の先に、果たして何が待っているのか。


 部屋を出た後、左に折れて、どれぐらい進んだか。

 時計が無いから正確な時間は判らない。歩いた距離と体感時間で、大凡15分ぐらいだと思う。

 その途中、私の居た部屋と同じ型の扉を幾つも見付けた。それへ触れてみたけど、どれも硬く閉まったまま開かない。

 結局、何処かの部屋に入る事は出来ず、また誰かに会う事もないまま通路を歩いてきた。

 何度か角を曲がって、新たな左右分岐点を越えて、私は代わり映えのしない世界を踏んでいる。


「いったい、何処まで続いてるのかしら」


 思わず溜息を吐いてしまう。

 それというのも、今の今まで窓が1つとして存在せず、此処以外の様子を一切探れない所為だ。

 いい加減、白だけの道は見飽きてしまった。流石にもうウンザリ。

 まだ疲労はないけど、心の方が疲れてしまう。

 だからといって止まる訳にはいかない。止まっても事態は進展しないだろうから。兎にも角にも進まないと、何も始まらない筈。

 けど、私の行動が私自身を良い方向へ運んでいるのかは判らない。さっきから何も変わっていないし。

 あの時、あの道を別側へ曲がっていれば、違うルートを選んでいれば、もっと違っていたのかな?もしかして私は進む道を間違えてしまったのかも。

 答えは出ないのに、思考がどうもマイナス寄りになってしまう。これだけ何もないと、どうしても、ね。


「また曲がり角だ。……あそこを曲がったら、出口がありますように」


 前方に見える曲がり角を認め、私はついつい祈ってしまう。

 実家の神社に奉られてる火之迦具土ヒノカグツチ神の御神体に。

 私達の神様は基本的に火を司る方だけど、神話にあるように産母殺し・神殺しも持っている。

 火の神だった火之迦具土ヒノカグツチ神は、母神である伊邪那美イザナミに産み落とされた際、彼女の陰部を焼いてしまう。伊邪那美イザナミはその火傷が元で亡くなってしまった為、産母殺し・神殺しの名を与えられた。

 でも私達の神社に伝わる教えは、そんな不遜な物を意味してはいない。

 産母殺しは、子の誕生は親の命運を別つほどに重大な事を意味し、長じて親は子の糧となり、子は親を越える存在足れという教えに至る。

 親は子の育成に己の全てを懸けるつもりでいけ、という意味と、子は親の全てを受け止め成長しろ、という意味だ。

 神殺しは、超越的な存在さえも破る事を意味し、長じて大きな流れや不可能事にも果敢に挑み、これを打破して見せんとする心を持て、という教えに至る。

 運命と一言で割り切り、何もかも諦めるのではなく、自らの力で大勢を変えようという不屈の意志を宿せ、という意味だ。

 つまり私達の信奉する神様は前向き至上主義で、壁があったら叩き壊してでも乗り越えろという、正に火の如く熱い神様ってわけ。

 だから目指す先に新たな道がある事を願うくらい、簡単に受け入れてくれる筈よ。

 なんてね。


「……あ」


 おまじない程度のつもりだったけど、意外にも効果は出てしまったようだ。

 対面の角を右側へ曲がると、その先には予想通りの白い道が続いていた。だけどその途中に、今までとは異なるものを発見。

 真っ直ぐ伸びた通路の先には、またまた曲がり角。でもその角と私の位置との丁度中間辺りに、人が居る。

 目覚めてから初めて見る、最初の人だ。

 私達の神様は結構羽振りがいいらしい。


「あの、すみません。其処の人」


 私はその人を呼びながら、傍へ行こうと歩き出す。

 視界に映るその人は、医者の着る白衣を纏い、壁に背中を預けて座っていた。

 床にしゃがみ込んで脚を投げ出し、頭は垂れている。

 何だか眠っているみたい。

 こんな通路の真ん中で?

 不審に思いながらも、私の歩は速度を増す。

 ようやく人と会えた事が、思った以上に嬉しいから。


「あのー、もしも〜し。起きてます?」


 通路の真ん中で壁に凭れ掛かってしゃがむ医者らしき人物。その正面に立って呼び掛ける。

 男の人みたいだ。色白で、手は随分と細い。医者の不養生という言葉もあるけど、ちょっと不健康そう。

 彼は俯いたまま動かない。私の声が聞こえていない事は無いと思うけど。

 熟睡してるのかな?それとも、まさか……


「……誰、だ」


 不吉な予想が頭を過ぎった時、医者風男性から声が上がった。

 自分で呼びかけといて、私ったらビックリしちゃったし。


「あの、私はこの先の病室で寝ていた者ですけど。此処は……」

綿津御わたつみ勇魚いさな、だな」


 いきなり名前を呼ばれてしまった。

 でも変じゃないよね。此処に勤めてる人なら、入院患者(?)の名前ぐらい知ってても。


「え、ええ、そうですけど」

「……そうか、目覚めたのか」


 この人、私の話を聞いてないような。


「遅かった、な。……いや、ギリギリ間に合ったか」


 何か独り言を言いながら、彼は顔を上げる。

 垂れた前髪の合間から覗く目は、酷く疲れているように見えた。


「ねぇ、大丈夫なの、貴方?」


 思わず聞いてしまう程、その人はやつれている。しかも顔面は蒼白。

 私なんかより、よっぽど病人みたい。

 もしかして具合が悪くて、こんな所でヘバってた?だとしてもよ。こんなになるまで放っておかなくても。

 この人の同僚は何も言わなかったのかしら。一目でまともな状態じゃないって判るのに。


「構わんさ。……それより、話が、ある」


 喋るだけで苦しそう。なんだか呼吸も変だし。

 病気っていうより、大怪我をしてるみたいな感じだ。

 気になったから、彼の全身に目を遣ってみた。


「って!? ち、ちょっと!」


 そこで初めて気付く。

 この人の脇腹、赤い。

 血が滲んで、服が赤くなってるじゃない。白衣にまでは付いてないけど、その下の服は脇腹の辺りが真っ赤だ。

 どうりで様子がおかしい筈だわ。こんなに出血してるんだもの。

 大変、早く何とかしないと。取り合えず止血を。


「いい、余計な事は、するな。……どうせ、助からん。それより話を、聞け」


 私が伸ばした腕を、この人は掴んで止めてしまう。

 細っこい手、しかも怪我してるのに力が強い。

 振り解いて治癒魔法(あんまり得意じゃないけど)を掛けてあげようと思うのに、これじゃ出来ないよ。

 なんか自分で助からないとか言ってるし!


「もう何言ってるの! 放っておける訳ないでしょ。話なら、貴方の怪我を治してから聞くわ」

「無駄だと言っている。幾ら魔法でも、この傷は癒せん。細胞が腐敗して、崩れている、から、な。どうにも、ぐ……ならんよ」


 私の腕を掴む力は緩まない。

 彼の血の気ない顔が、私を真っ直ぐ見てる。

 ……この人、私が魔法を使う事知ってるんだ。

 意識を失ってる間に検査して判ったの?

 ううん。多分、私の履歴を調べて知ったんだ。軍人を治療する際には、医者側にある程度の情報は公開されるから。

 それにリーラが話したのかも。彼女が私を此処へ連れて来たなら、だけど。


「でも、だからってこのままじゃ……」

「いいから、聞け。私の命より、余程重要な話だ」


 人の命より重要な話なんて。

 納得出来ないし、したくもない。

 だけど、この人は凄く真剣で、本当に命懸けだ。私の手を離さないのも、最後の力を振り絞ってるからだよ、きっと。

 ……ここで問答を繰り返しても、この人の為にはならない、か。

 だったら、今は話を聞こう。それでこの人が満足するなら、それから治療しよう。

 魔法が効かなくても、此処が病院なら幾らだって方法はある筈だものね。


「判ったわよ。聞くは、話。でもそれが終わったら、ちゃんと治療してもらうから」

「……ああ、それで、いい」


 私の申し出に、彼は私の腕を掴んだまま、目だけで頷く。


「それで、話っていうのは?」

綿津御わたつみ勇魚いさな、お前は、死んでいる」

「は?」


 唐突に告げられた重傷者の言葉に、私は自分の耳を疑った。

 何か聞き間違えたらしい。もっと良く耳を澄ませて、もう1度聞いてみよう。


「えぇっと、良く聞こえなかったんだけど」

「お前は、死んでいると、言った」


 ……聞き間違えじゃないみたい。ではどういう事か?

 この人は、過度に出血して頭が混乱しているんだと思う。

 前言撤回。やっぱり、急いで手当てをしないとね。


「信じられん、という顔、だな。フフフ、無理も、ない、か」


 真っ青な顔して笑われても。

 これはかなり危険な状態だろう。のんびり話してる場合じゃない。


「はいはい、判ったから手を離して。私より貴方の方が幽霊に近いのよ?」

「正確に言えば、お前の、オリジナルが、だ」


 彼は相変わらず私の腕を握ったまま。しかも私の話は聞いてない。

 顔からは更に血の気が引いてヤバげな感じ。声も震えてきてるし。


「我々が、お前のオリジナルを見付けた時、既に綿津御勇魚は、絶命していた」

「あのね、そんな話……」

「我々は、綿津御勇魚の遺骸を回収し、健全な細胞を採取。それをクローン培養し、て……オリジナル、と、同等の、躯体を作った」


 ちょっと、勝手に話してるよ、この人。

 それも遺骸だとかクローンだとか、あんまり気持ちのいい内容じゃない。

 混乱してるのは判るけど、人の名前を使ってそういう話題広げるのは止めて欲しいんだけど。


「生命機能を停止したオリジナル、その脳髄に蓄積されていた、記憶を抽出し、第2の躯体、脳部へ転写した。それが今の、お前だ」

「何言ってるか判らないし、止めてよ」

「お前は、オリジナルを元に我々が作った模造品。体組織に記憶、全てが同じな」


 そんな話、信じられないし信じたくない。

 こんな時に、なんでそんな話を?


「もう判ったわよ。全部聞いたから」

「我々は他にも、何十というクローンモデルを、作り、保管してきた。ルナ・パレスで、事故死した者や、病死した者、民間人に軍人、数々の人材から、サンプルを得てだ」


 えぇ、まだ続くの?

 何だかオカシナ方向に進んでるし。

 この人、本当に大丈夫じゃないよ。色んな意味で。


「実験の為に。各個体へ施術を行い、我々の求めるモノを、作ろう、と」

「ねぇ、本当に貴方危ないから。言ってる事も無茶苦茶よ。自分でも判らなくなってるんでしょ?」

「記憶の転写によって、同じ人格を持つ存在を、もう1つ生む。それは、我々の実験に不可欠な要素だったが、共通人格の人間が同時に存在するのは危険。だからこそ、死者をモデルとして使ってきた」


 何が何でも喋り止むつもりはないらしい。

 チンプンカンプンな話だけど、最後まで大人しく聞くしかないのかな、これは。


「しかし、実験は悉く失敗し、満足のいく結果は残せなかった。簡単には、いかない」


 相当辛いだろうに、それでも真剣に話している。

 私、彼の言ってる事は朦朧とした頭から出てくる妄想寄りの物だと思ってたけど。こんな姿勢を見せられたら、単なる妄言とも思えなくなってくる。

 もしかして本当なの?

 でも、にわかには信じ難い内容だし。

 そもそも私が本当は死んでて、今の私は記憶を移し掛けた2号目だなんて、ちょっと突飛すぎるじゃない。

 簡単には信じられないよね。やっぱり。


 信じる信じないは別にして、彼の話が本当だと仮定したら。

 此処は病院じゃなく、彼等が実験だかをやる為の研究所になるのよね。

 この人も医者じゃなくて、科学者、研究者の類。

 此処では彼等が何かの実験をする為に、必要な素材として人間のクローンを利用していた?それも死者限定で。

 死体からクローンを作り、生前の記憶を脳味噌から抜き取ってクローンへ移し変え、作った第2人間を実験に使っていた。で、いいのかな。

 それってつまり、死者を甦らせるって事じゃない?

 う〜ん、それはちょっと、幾らなんでも、ね。


「クローンは作れても、死体から記憶を取るなんて、不可能でしょ」

「フ、少しは、信じる気に、なったか?」


 呼吸は荒く、息も絶え絶えって感じなのに、この人、唇を歪めて挑発的な笑みを作ってる。

 余裕なんて無いくせに無理して。

 それに私の言う事聞き流してるだけで、実際はちゃんと聞いてたのか。


「別に信じる訳じゃ……ただ、ちょっと気になっただけよ」

「脳が無事で、死後2〜3時間以内なら、記憶の抽出は可能だ。脳が機能を停めていても、記憶という情報を保存した、生体データバンクが死滅していない、限りな」

「つまり、死んだ人の蘇生が出来るの?」

「万人に等しく、は、無理だがな。我々が用いる装置には、適性というものが、ある。それに合致しない者、必要な因子を持ち得ない、不感応者では、記憶の転写が出来ない」


 そりゃ、何も使わないでそんな事は出来ないと思うけど。それでも誰彼構わず復活させられる訳じゃないのね。

 勿論、彼の話が本当ならば、だけど。


「装置って、何?」

「月の地下遺跡から、発掘した、物だ。我々とは異なる技術体系で、造られているが、利用は出来る」


 彼の話を完全に信じた訳じゃない。でも少し興味はある。

 だからつい聞いてしまった。

 苦しそうな相手に説明を求めるのは酷だと思うのに。


「あの、ごめんなさい。……最後に1つ、いいかしら?」

「構わん、が」

「私を見付けた時、もう死んでたのよね?傍に、誰か居なかった?」


 ああ、頭の考えとは裏腹に、口が勝手に質問を!

 信じてない筈なのに!弱った相手に質問なんて心苦しいのに!

 でも、これだけはどうしても聞きたかった。リーラの行方が、判るかもしれないから。


「さて、な。私は回収班で無かった、から、知らん」

「……そう」


 残念だ。

 て、何を落胆してるのよ、私は。

 確かに残念だけど、この人の話は100%信じてないんだから。信用してない情報に気落ちする事なんて……

 いや、もう認めるべき、かも。私、この人の話を結構、信じちゃってるっぽい。

 なんでだろ。普通ならこんな話、絶対信じないと思うのに。

 彼の目が真剣だから?それもあるかもしれない。でもそれだけじゃない。

 上手く言えないけど、私の中の何かが共感してるような、認めているような。不思議な感じがする。

 これは、いったい?


「数々の実験と失敗、その都度繰り返された、試行錯誤。我々は、長い時間を掛け、施術を成功へ導く、糸口を、掴んだ。それは、最近の事だ」


 考えている間に、彼の話は次の段階に入っていた。

 話し手の纏う緊迫感が増している事から、核心に近い事が知れる。


「我々の研究は、最終段階に入り、次の実験へ向けて、準備が進められた。今度の施術は、高い確率で成功すると、見なされていた、よ。だが」

「だが?」

「実験を前に、連中が襲ってきた」


 連中? アクトレアの事?


「施設は強襲され、多くの研究員が殺された。今までの実験データや、サンプルも、根こそぎ、持っていかれ、冷凍保存していたクローンモデルも、破壊された」


 データやサンプルを奪った。それじゃ、相手はアクトレアじゃない?

 もしかして、人間?彼の傷も、その時に?


「我々は、必要最低限の機材を持って、それまで使っていた施設を逃れた。急遽、こちらへ移動し、残っていたモデルに施術を……」

「それが、私?」


「そうだ」


 ああ、やっぱり。この流れでいったら、そうなるわよね。

 つまり私は、この人達に生き返らせて貰って、でも何か良く判らない実験に利用されたって事だ。

 死んだ実感がないから、生き返らせて貰った事に感謝の気持ちはないし。逆に変な実験に使われた事へ、憤りを感じてるんだけど。

 これって、正当な憤慨よね?


「施術を行うモデルは、誰でも良かった。記憶の転写が、出来た時点で、全てのクローンは実験可能を意味した、からな。偶然、残っていたのがお前だけだった。お前に施したのは、それが理由だ」

「運が良かったと、喜ぶべきなのかしら」

「施術後、目覚めたモデルは、少ない。目覚めても、自我を有していた者は、0だ。その点から見ても、お前は、成功例、だな」


 本人の承諾なく改造手術っぽい事されて、成功したとか言われても嬉しくないわよ。

 まぁ、失敗するよりもいいとは思うけど。でも、だからって両手を挙げて喜べない。

 有り難うなんて、絶対に言う気にはなれないわ。


「感謝しろとでも言うの? 冗談は止して」


 彼の手を半ばヤケクソ気味に振り解き、自分の腕を引き戻す。

 今までの話を聞いて、私の心境は大きく変化した。

 得体の知れない手術を私にした連中。その一員である彼に対して、さっきまであった救助の意識は薄れている。

 大抵の事は許容出来るつもりだ。人から奇異の目で見られるのも耐えられる。でもこればっかりは許せない。

 私の体は私の物よ。それを勝手に弄くるなんて。礼儀知らず云々以前に正気じゃないわ。

 本当だったら、一発殴ってやりたいぐらいなんだから。でも怪我人だし、そこは我慢する。

 見殺しにする気もないけど、傷が癒えたら文句を言いまくってやるわよ。


「それで、いったい、私に何の手術をしたの?」

「……鍵だ」

「鍵?」

「そう、鍵、だ。綿津御わたつみ勇魚いさな、お前に施したのは、鍵としての役割を、課す施術」


 どういう事? 私が鍵?

 具体的にはどんな?そもそも何処の?


「お前は、重要な、鍵。閉ざされた、遺跡の道を開く、片割れ」

「遺跡って、ルナ・パレスの地下に埋まってる遺跡よね。アクトレアの巣になってる。そんな所の鍵を、貴方達が持ってたの?それを私に埋め込んだって事?」

「安心しろ。生体活動に、支障はない、筈だ」


 筈!? 絶対に安全じゃないの!?

 そんなの安心出来る訳ないじゃない。

 どうして体の中に、そんな得体の知れない鍵なんて埋め込むのよ!宇宙人じゃあるまいし、インプラントなんてしないでよ!本当に何考えてるのよ!


「落ち着け、今更嘆いても、どうしようもない。それより……」

「勝手な事言わないでッ!!貴方、自分が何したか判ってるの?こんな話聞かされて、落ち着ける訳ないでしょ!」

「聞け。いいから、ぐっ……聞け」


 こ、この男、私の事なんてこれっぽっちも考えて……ぅ、具合、悪そうだわ。

 本当は話す事さえキツイ筈、なのよね。それなのに、この人……ヒステリー起こしてる場合じゃ、ないみたい。


「……判ったわよ。続き、どうぞ」

「お前は、片割れ。鍵は、他にも……全て揃わねば、扉は……連中も、狙って、うぅ、く……」


 口の端から血が垂れてる。

 もう無理だわ。早く手当てをしないと。


「今1つの、鍵は……あの女が、息子に持たせて……ぁ」

「見た目以上に悪くなってるのね。なんでもっと早く、悪化してるって言わなかったのよ」


 そう言えば、細胞が腐ってるって言ってたっけ。

 これはその影響? 外じゃなく、体の中から壊してるの?


「探せ、奴を。連中より、先に、見付けろ。女の、名前は………き―――」


 音が、聞こえた。

 重く、激しく、甲高い音。聞き慣れた音。銃声だ。

 それと同時に、彼の頭に穴が穿たれる。右から左へ、コメカミを貫通した穴。

 頭に開いた穴から、血と脳漿が流れ出てくる。

 頭蓋骨に収められた脳を破壊し、彼を完全な死へ導いたのは、一発の銃弾。

 それが彼の言葉を強引に終わらせ、その体を糸の切れた操り人形のように、倒れ込ませた。


 目端に映った人影を追い、顔を動かす。

 私が進んできた道とは逆側の通路角、其処に立っている者の姿。

 迷彩柄の戦闘服に軍用ブーツ。被るブッシュメットの下では暗視ゴーグルを掛け、更にマスクで覆われた顔は素肌を全く晒していない。そのお陰で顔は判らず、性別も探りあぐねる。

 離れた位置で構え取るライフルの銃口は、真っ直ぐこちらへ向けられていた。

 負傷の研究員を絶命せしめたのは、彼人の狙撃で間違いないだろう。

 あれが、彼等研究員を襲ったという連中?


「うっ!?」


 これは、なに?

 意識が、薄れ、て……

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