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話の23:いざ、出陣!(9)

 遺跡を目指して下ったのと同じだけ時間を費やし、僕達は階段の入り口まで戻ってきた。

 最後の1段を踏み終えて、半球状の高い天井が下、ドーム型構造体の内側に出る。


ようやく戻ってきたわねぇ」

「大した事ぁ何もしてないがな」


 歩き続けていた階段とは違う平面の床に立って、アキさんとらうは大きく伸びをしている。

 今まで窮屈な場所で過ごしていた為か、このドーム内ですら開放的な空間に思えるから不思議だ。


「皆、あれを見て」


 屈伸やら深呼吸をしている2人を余所に、ウエインが前方を指差す。

 其処にあったのは外への出入り口。ドームの内外を隔てる唯一の道だ。

 僕達が遺跡へ出発する前、硬く閉ざされていた扉。皆が階段を下った後は、再び閉じられていた筈。

 それが今は開け放たれている。と、いうか、硬性の扉が外側へ押し倒されているのだけど。


「どうやら、外に向かったアクトレアが壊していったようだな」


 僕が考えられる可能性を口にすると、ウエインが不安そうな表情を作った。


「まさか、街に出ちゃった?」

「それは無いでしょぉ。此処に居た軍人達が、余程の怠け者だったら判らないけどね」


 彼女の疑念を否定したのはアキさん。

 彼の言う通り、外に出たアクトレアを軍人達が逃す筈はない。だから街に被害が出ている可能性は低いだろう。


「考えるより、本人連中に直接聞いた方が早いと思うね。俺は」

「尤もだな」


 劉の意見に同意の頷きを返し、僕達は再び歩き出す。

 目指すのはドームの外。打ち倒された扉を越えて、ルナ・パレスの西端区へ。

 僕等4人は連れ立って、当面の目的地へと進み至った。開け放ちの出入り口を潜って外に出ると同時。


「止まれ!」


 有無を言わさぬ怒声が響いた直後、四方から幾つもの銃口を突き付けられる。


「あらぁ、素敵なお出迎えだ事」


 アキさんが軽妙な微笑を刻む中、僕達は全員動きを止めた。

 迷彩柄の戦闘服を着込んだ軍人達が、アサルトライフルやSMGを構えて僕等を狙っている。

 彼等の幾らか後方には、大型砲を搭載した戦闘車両が見えた。その砲が向いているのもこちら。


「真面目に働いてたようだな」

「そ、そうみたいだね」


 周囲から注がれる殺気混じりの視線に、劉とウエインが交わす軽口もやや緊張を帯びている。

 顔が引き攣っている事まで、本人達が自覚しているかどうか判らないけど。


「貴様等、先刻下りて行った連中だな」


 右側から銃を向けてくる男が、粗雑な声音で問うてきた。

 この声には聞き覚えがある。確か、ドームの入り口で番をしていた軍人だ。


「ああ、そうだ」


 僕は声の主へ視線を定め、短く返事を投げる。


「生きて戻ってきたのか」

「見ての通り脚はある。それより、その物騒な物を下ろして欲しいんだけど」

「ふん、また化け物が出てきたのかと思ったんでな」


 詰まらなそうに鼻を鳴らして、男は銃を下ろした。

 それが合図だったように、他の兵達も射撃姿勢を順次解いていく。

 今まであった緊張感が僅かに緩み、劉とウエインが揃って小さく息を吐いた。


「何があった、なんて聞く必要はなさそうよねぇ」


 ヘルメットを目深に被った軍人連中を見遣りつつ、アキさんは独りごちる。

 彼と同じ様に視線を巡らしていた僕は、とある車両の荷台に異形の姿を見た。

 間違いない、アクトレアだ。既に倒され、活動は完全に止まっているらしい。


「貴様等が何かやらかしたのか?」


 上着の胸ポケットから煙草を1本取り出し、口に咥えながら男が述べる。


「まさか。何が起こったのか、俺達にもサッパリ判らんぜ」

「そうか」


 肩を竦める劉の様子を見たまま、男はライターで煙草に火をつけた。

 先端が赤く光ったのを確認してから、彼はヘルメットの縁を親指で押し上げる。


「私達が遺跡へ入る前に、凄い数の敵が押し寄せてきて。もう大変だったんだから」

「あれは衝撃的な光景だったわよねぇ。貴方達に見せてあげられなかったのは残念よ」


 美味そうに紫煙を吐き出す男へ、慨嘆した様子で話して聞かすウエイン。

 その後ろから、アキさんは微笑を刷いて付け加える。

 紫煙吐きつつ、男は彼女達の言葉を聞いていた。大して興味無さそうに。


「それで、貴様等はその危機的状況をどう脱してきたんだ?」


 男は煙草を口に咥えたまま、自らが吐き出す煙を見詰めて問い掛ける。

 口調は質問だが、本心から聞きたがっているようには思えない。

 適当にこちらと話を合わせ、早々に会話を終わらせようとする意図が透けて見える。それも露骨に。


「へっ、天井に穴開けて通路の塞いでやったのさ。いくらアイツ等でも、当分は出てこれねぇよ」

「ほぉ」


 どこか自慢げに返すらうへ、男は然したる興味も見せず声だけで頷く。

 彼等の仕事は街を災事から護る事。対して今回の事件は、街の安全を脅かす大事に直結する問題だ。にも関わらず、この反応の薄さ。

 こちらの話を信じていないのか、それとも別の要因が関係しているのか。

 何にせよ、今考えなければならない事は他にある。僕達が来るべき脅威を未然に防いだのは事実。そうである以上、働きに見合った報酬を請求するのは当然の権利だ。


「つまり僕達は一仕事を終えた。アウェーカーとして、これに対するギャラを貰いたいんだけど」

「ギャラだぁ? 貴様等の証言だけじゃ証拠にはならん。だから無理だ」


 男の唇が嘲りに歪む。

 頭から馬鹿にしたような応対を取られては、僕の目も険しさを増さざる負えまい。

 と、いうか、コイツを今直ぐ殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られてるんだが。

 ごく自然に固められた自らの拳を、それ以上動かないよう意志の力だけで抑え込むのは骨だ。


「証拠ならあるよ。あの階段を下りていけば、実際に埋まってる様子を見られるから。ね、アキさん」

「ええ。1日2日じゃ除去するのは無理でしょうから、ゆっくり見てくるといいわ。1時間もあれば行って戻ってこれるわよ」


 男の言い様に僕が反論(十中八九、物理的な)するより先に、ウエインとアキさんが揃って反撃を試みる。

 お陰で僕は、不敵な相手を睨み見るのへ終始する事となった。言論による闘争を実践継続してくれた2人には感謝したい。

 それにしてもこの男、僕達が何を言っても柳に風という姿勢のままだ。嘲弄の成分を含んだ冷笑を湛え、吐き出す紫煙越しに僕等を見ている。

 いったい何を考えているのか。人の心が読めない僕では、当然ながらそれを知る術はない。


「実際に見て来い、か。ふっ、くくく、残念だが、それも無理だ」

「なに?」


 男の発した言葉の意味が判らず、僕は思わず聞き返していた。

 丁度この時だ。

 ルナ・パレスの天蓋たる巨大ドームを透過して届く陽光が、急に暗い陰りへ変じ、周囲を包み込んでしまう。

 僕達の頭上を飛行物体が通過した事で、それの影が差したのだと気付いた瞬間。一同の背後に鎮座するドーム型構造体へ、1本の柱が降り注いだ。

 10数mに及ぶだろう鼠色の円柱。それは上空から落下するや、ドームの頂点部を貫いて垂直に突き刺さる。

 其処は地下遺跡へ通じる階段の真上。柱の大きさからして入り口を叩き壊し、何者も通れない程に沈み込んだ筈。

 偶然じゃない。明らかに狙って行われた事だ。

 突然の事態に僕や劉、ウエインにアキさんが驚きと共に眺め遣る最中、円柱の最頂部で燐光が弾ける。直後、虹色に近い複合色をした光の壁が出現し、小型ドームを覆い隠してしまった。


「おいおいおい、何がどうなってんだ?」

「この光は何?」


 劉とウエインは目を瞬かせ、突如として現出した光壁を見ている。

 少しの間、シャボン玉の表面に似た光沢の流動を注視した後、ウエインは好奇心からか、そこへ触れようと徐に手を伸ばし始めた。


「待ちなさい」


 彼女の指が複雑な色合いを宿す光膜に触れる直前、アキさんの有無を言わさぬ一声が響く。

 投げられた鋭利な声に反応して、ウエインはビクリと身を震わせて手を止めた。


「その光、触らない方がいいわ。強力な電磁場よ。迂闊に触れると、交互に反転した電離層の界面威磁差に巻き込まれて吹き飛ばされちゃう」

「えぇ!? な、なんだか判らないけど、危なそう」


 アキさんの話を聞いたウエインは頬に冷汗を伝わせ、そそくさと手を引っ込める。

 もしもあのまま手を伸ばしていたら、今頃彼女の腕は綺麗に消し飛んでいたのだろうか。


「つまり、どうやっても遺跡には行けない訳か」

「そういう事だ。この電磁障壁がある限り、これより先には入れんし、中から外に出る事も出来ん。貴様等の戦果を確認する事は不可能だろ?」


 人差し指と中指に挟んだ煙草を軽く振って、灰を路面へ落としながら男が笑う。

 確かに言う通り。これでは近付く事も出来ない。

 さっきの影は、この障壁を発生させる装置、ドームに突き立つ円柱を運んできた航空機の物だろう。此処の連中はそれが来る事を知っていた様子。総じて考えるに、これは軍全体の意向か。


「遺跡を封鎖しろというのが、上からの命令か?」

「化け物が出て来たとあっては放っておく訳にもいかんだろ。危険の目は早々に摘み取っておくに限る。お偉方の考えは懸命だと俺も思うさ。これで意地汚いアウェーカーが這いずり回る機会も減るからな」


 僕の問いへ皮肉げな笑みで返し、男は煙草を路面に捨てた。

 軍用ブーツで吸殻を踏み躙ると、ヘルメットを被り直して歩き出す。


「まぁ、貴様等は運が良かった。後数分出てくるのが遅かったら、あの中に閉じ込められて干物になってたろうよ」


 男は肩越しに僕等を見て、底意地悪く笑う。

 粘性の悪意が底にある低い笑声を耳に受け、僕は自分の置かれていた状況の危うさへ思い至り、反射的に眉間へ皺を作った。

 僕達が遺跡へ他のアウェーカー(生きていればだが)を閉じ込めたように、僕達自身も閉じ込められようとしていたとは。

 なんとも言えない複雑な気分だ。

 劉は苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻き、ウエインは深刻な表情を浮かべて俯いている。アキさんだけは何ともない様子で、自分のUPCSを操作中。

 これもある種、因果応報というやつなのか。


「これから、どうしよっか?」

「そうねぇ〜」


 既に用の無くなったルナ・パレス西端区。軍人や武器が方々に配されたそのエリアで、僕達は何するでなく佇んでいる。

 結局、僕達は報酬も貰えぬまま帰らざるおえないらしい。

 あの電磁障壁発生器が打ち立った事で、遺跡への侵入は完全に不可能となった。遺跡に潜る事を目的に集まったこのパーティーは、これで活動目的を失った事になる。

 こんな事になるとは予想していなかったから、当然今後の方針など定まっていない。当面の目標が無くなってしまった為に、僕達は揃って途方に暮れているような状態だ。


「なんつーか、一気に気が抜けちまったなー」

「儲けが0なのは痛い」


 本当なら今頃は遺跡の中で、高額引取りしてもらえそうな遺物を探し回っている頃だろうに。

 大口収入の当てが外れてしまった今、どうやって金を稼ごうか考えるので僕は忙しい。

 仕方ないから、このまま仲介屋まで行って適当な仕事を回してもらおうか。


「ま、ボーっとしててもしょーがねーし、どっか飲みにでも行くか?」

「あらぁ、それもイイわねぇ。折角だから、パーッといっちゃう〜?」

「生憎だけど僕は別れる。遺跡へ下りられない以上、別の仕事で稼がないといけないんでね」


 不完全燃焼のやる気を、街にくり出して解消しようというらうとアキさん。

 2人には悪いけど、僕に付き合う気はない。

 色々と有耶無耶になってスッキリしない気持ちは判るが、だからといって飲んで騒いで後回しに出来る程、僕は暇じゃないんだ。時間は有効に使いたいからね。


「おいおい、付き合い悪ぃな。ちょっとぐらいイイじゃないの」

「無理強いはいけないよ。霧江きりえ君にも都合があるんだろうからさ」

「それはそうよねぇ。さよならは、ちょっと寂しいけど」


 各人はどうにも名残惜しそうだ。

 まだ出会って半日も経っていない本当に短い付き合いだけど、僕も少々物寂しい気がしないでもない。

 だけどズルズルと、無駄に引き摺っていく訳にもいかないし。

 出会うのが縁なら別れるのも縁。そういう事で、ここはキッパリ断っておくのが。


「何も今生の別れって訳じゃ……って、きゃぁぁぁ!」

「これは、また地震か!?」


 本日2度目の月震だ。それも大きい。

 何の前触れもない、いきなりの大震動。世界が激しく揺れる。平衡感覚も失われ、焦点も定まらない。

 地を踏む脚に力が入らず、そこら中で人や物が転げ回っている。


「お嬢さん、大丈夫か! 掴まれ!」

「ふ、風皇ふおう君!」

「いや〜ん。劉ちゃん、アタシも捕まえてぇ〜」

「やめろぉー、絡みつくなぁー!」


 激震の渦中にあって劉はウエインを抱き止め、アキさんが彼の腰へ纏わり付く。

 周辺一帯もそうだが、彼等も負けない程の大騒ぎだ。

 その間にも揺れは続き、僕等の体を容赦なくシェイクする。


「くっ……ん? 止まった、のか」


 始まりが唐突なら終わり方も唐突。

 緩やかになるでもなく、震動は突然止んだ。驚くほど簡単に、余震も残さずピタリと。

 足元へ片膝を突いていた僕は、揺れの治まり合わせて体勢を立て直す。


「くっそぉ、何なんだよ、まったく。今日は厄日だぜ」

「1日に2回も地震に遭うなんて。こんなの初めて」


 大揺れの所為で路面にへたり込んでいた劉と、彼に抱えられる形のウエイン。

 2人はよろめきながらも何とか立ち上がり、頭を振ったり服装を整えたりと。

 一方、アキさんは路面に横座った状態で、右手の小指を唇に咥えている。先のドサクサで劉に払い除けられ、道に倒れ込んだのだ。

 今の彼は並び立つ劉とウエインへ、切なそうな目で視線を注ぐ真っ最中。


 今の大揺れから立ち直っていく兵士達は、状況確認の為に各自動き始めている。

 当地に配されている備品をチェックする者、UPCSで何処かと連絡を取り合う者、自らが手に入れた情報を仲間に伝達する者。

 各々が目的を持って忙しなく行き交う様は、公僕らしい献身の姿勢と見えなくも無い。

 総員が満遍なく急事に追われている為か、部外者である僕達に目を向ける者は今や皆無。先刻まで僕等の相手をしていた男も、何処かに走り去ってしまった。

 そんな中で何もせず軍人達の様子を眺めていると、彼等の会話が自然と聞こえてくる。

 幾つか飛び交う声にあって僕の興味を引いたのは、強い切迫感を感じさせる問答の1つだ。

 僕は今、文字通り暇を持て余している。だからこそ耳を澄まし、その会話へ意識を傾けてみた。



「おい、緊急事態だ!」

「どうした?」

東街区イーストエリアに例の化け物が出たらしい!」

「そんな馬鹿な。奴等の出入り口は封じたんだぞ」

「此処とは別に開けたんだとよ。10m程もあるドデカイ怪物が、東街区イーストエリアのド真ん中に大穴を開けて出て来たって」

「信じられん。遺跡とルナ・パレスの間に、どれだけの壁層があると思ってる?それを全部砕いたと言うのか……」

「さっきの地震は、コイツが街に出て来た所為で起こったらしいな」

「それにしたって……いや、今はそんな事を言ってる場合じゃないか」

「ああ。しかも更に問題なのは、巨大な怪物が開けた穴を通って、此処を襲ったような連中が際限なく溢れ出てきてる事だって」

「くそ! それじゃ此処を封鎖した意味がないじゃないか。化け物共め!」

「デカイのは東街区イーストエリアに留まってるが、後から出て来た奴等が北街区ノースエリア南街区サウスエリアへ分かれ行ってるようだ」

中央街区センターエリアは無事なのか?」

「守備軍の主力が防壁を築いて、目下ガード中らしい。各街区エリアの住民を中央に避難誘導するのと、化け物掃討の為に、方々の駐留部隊は北・南両街区エリアへ急行しろだとさ」

「此処はどうする?」

「最低限の兵だけ置いて、残りは現場へ急げっていうのが軍令部の支持だ」

「厄介な事になったな」

「ああ、全くだ。まさかこんな事になるとは……」



「どうやら、随分と面白い事になってるようじゃない」


 何時の間に立ち直ったのか、僕の隣にはアキさんが立っていた。

 彼は酷薄な笑みを口許に刻み、剣呑な目付きで出撃準備を整え始めた軍人衆を見る。


「確かに、とんでもない事になってしまったようだ」


 彼等の話では、10mはあろうかという巨大なアクトレアが自力でルナ・パレスまでの道を拓き、地下部を食い破って出現したとか。

 しかもソレが通ってきた道を伝い、他のアクトレアがワラワラと出てきているらしい。

 これが事実なら、ルナ・パレス始まって以来の大事件だ。ついでに言えば、僕等の危惧と労力は全くの無駄になったという事。

 何にせよ、状況は混乱の極み。


「ウフフ、でもこれはチャンスよ」

「チャンス……そうかもしれないな」


 アキさんの言う通り、これはまたとないチャンスだ。

 アクトレアが街に溢れ、軍はその対処に追われる。敵を倒し、住民を護り、状況改善の為に奔走するだろう。

 そんな時、少しでも多くの戦力を欲するのは至極当然。そう、今こそ僕達アウェーカーの出番という事さ。


らうちゃん、ウエインちゃん、パーティーは暫くお預けよ〜」

「なんだ? どうした?」

「アキさん、何かあったの?」

「イエース。これからお仕事タイムなのぉ」


 両手を打ち合わせて2人の注意を引いた後、彼は微笑と共にウインクを投げる。

 言葉の意味がいまいち判らないのだろう。劉もウエインも不思議そうに首を傾げ、こちらの意図を模索しているようだ。


「ルナ・パレスにアクトレアが侵入しているらしい。それを倒す為に軍が動くんだ。僕達も便乗して一稼ぎしようって事さ」

「アクトレアだぁ!?」


 僕が説明してやると、劉は驚愕の一声で返してきた。

 当然の反応だろう。

 見ればウエインも、信じられないという顔だ。


「だ、だって、遺跡への入り口は……」

「連中が自力で穴を開けちゃったようなのよぉ。それで街の東側がピンチなんですって」


 頬に手を当て、アキさんは溜息を吐く。

 如何にも困ったという素振りだが、僕には彼が心なし喜んでいるように見える。

 稼ぎ口が確保出来たという意味では、僕も同様の気分だけど。

 こんな事を言ったらウエインは確実に良い顔をしないだろうから、当然黙っておくが。


「そんな。それじゃ、私達がした事って」

「無駄だったって事か。ったく」


 徒労に終わった活動を思い返してか、ウエインと劉の表情は暗い。

 2人とも必要以上に疲れた表情で、重荷が加わったかのように肩を落としている。

 彼等の落胆も理解出きるよ。でも今は、俯いてる場合じゃないさ。


「でもまぁ、遺跡へ置き去りにされた連中も、外に出る可能性を得られたんだ。そう悲観する事もないんじゃないかな」


 尤も、遺跡の居るだろうアウェーカーが生きていればの話だ。

 今まで遺跡から出る事の無かったアクトレアが、何故か急に大移動を始めた。その結果、ルナ・パレスに強引な方法で進出してきている。

 こんな状況下にあり、果たして遺跡の中がどうなっているか。それは判らない。でも普通に考えれば、探索中のアウェーカーが無事でいられるとは思えないね。


「それはそうかもしれんが、なんか微妙だよな。素直に喜べんというか」


 頭を掻いて複雑な表情をする劉。ウエインも同じ様な感じだ。

 1度は諦めたアウェーカー連中、その救済が僅かばかりでも可能になった事へ喜ぶより、それがもたらす弊害に悩むという所か。

 なにせ戦う力を持たない市民犇ひしめく街中に、獰猛凶悪な化け物共が溢れ出たんだ。平常的な倫理観の持ち主なら、これを喜べる筈もない。

 そう考えると、人命の危機こそ自らの富を成す好機だと考える僕や、戦闘に悦楽を見出す故に災事を喜ぶアキさんは異端なのだろう。

 とは言え次世代品種セカンドの僕に、人間らしい真っ当な心を求められてもね。

 生憎、優良精神というのは作り損ねてる身だ。人の苦悶を自らの痛みと感じられるような殊勝な心は、昔から持ち合わせてない。育める環境でもなかったし。


「ね〜ぇ〜ん、そこの軍人さん」

「な、なんだ貴様、まだ居たのか」


 2人が難色一歩手前の感情を面上に刻む頃。アキさんは僕等への応対もそこそこに、新たな活動に於ける地歩を固めるべく行動を起こしていた。

 早い話が、軍人連中への売り込み。彼等の行軍へ対し随伴する旨を了承させるべく。

 声を掛けたのは先刻に僕達と話していた男ではない。別の奴だ。


「我々は忙しい、貴様等には構っていられん。さっさと帰れ」

「あ〜ら、つれない態度だこと。その忙しさを少しぐらい緩和してあげようって言うのに」

「なに?」


 アキさんの申し出に対し、軍人は怪訝な顔をする。

 それを見て、彼は薄い笑みを口許に刻んだ。


「街中に怪物ちゃん達が出てきて困ってるんでしょ?」

「チッ、我々の話を聞いていたのか」

「ウフフ、まぁね。それで物は相談なんだけど、アタシ達はアウェーカーよ。こういう厄介事を処理するのが御仕事なの。判るぅ?」


 相手の瞳を覗き込む様に見詰め、アキさんは対面の男へにじり寄る。

 相対する側は顔を引き攣らせ、一歩後退さった。

 こういう交渉事には強いのか、先制でペースを握ったようだ。


「つ、つまり、傭兵として戦いたいと、そう言うんだな」

「そういう事ぉ〜」

「ふ、ふん。貴様等の如き半端者の手を借りずとも、我々軍が事態を治めてみせる。無用だ」

「そんなコト言っていいのぉ?猫の手も借りたいっていうのが本音じゃなくて?見栄やプライドじゃ、誰も救えなくってよ」

「なにを……」

「そ・れ・と・も、無駄に民間人へ被害を出して、軍は無能だと皆に言われたいのかしらぁ? それなら無理に手を貸す必要もないんだけどねぇ〜」


 頬に手の甲を当てて、アキさんは声高く笑う。

 嘲りと挑発を以って危機感を煽り、自尊心の強い軍人を追い詰めていく様は、さながら悪女の態。

 一方の相手はと言えば、痛い所を突かれ馬鹿にされた為か、両肩を震わせ低く唸っている。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なアキさんとは対照的。


「く、くくぅ! ……く、そうまで言うなら、貴様等の御手並み拝見させて貰おうじゃないか。上には俺が掛け合ってやる」

「あはぁ〜ん、毎度どうもぉ〜」

「これで大した働きをしなかったら、判ってるんだろうな!」

「心配には及ばなくてよ。アタシ達は腕が全てだもの。貴方達よりもイイ仕事してあげる」


 敵意の滲む目で睨みつけてくる軍人に、アキさんは不敵な笑みで応じる。

 その後は軽やかに僕等へと向き直り、微笑を湛えて手を叩いた。


「はぁ〜い、交渉成立よ。さ皆、行きましょうか」


 にこやかに笑いながら指差す先、今し方話していた軍人が肩を怒らせながら歩いていく。

 彼が向かう先には兵員輸送用の軍用トラック。その荷台には既に何人もの兵士が乗り込んでいる。


「やれやれ、なんとも急な展開だねぇ」

「でも、困ってる人達を放っておけないよ。私の力で誰かを助けられるなら、私は行く」


 拳を握って強く頷くウエイン。その姿には、覚悟と決意が殊更に強く感じられた。

 金ではなく誰かの為にとは、彼女らしい理由だな。


「勿論、俺も行くぜ。こんな働き甲斐のある状況ってのも、そうそうあるもんじゃない。なんつーか、燃えるじゃねぇの。それに、お嬢さんも心配だしな」


 糸目の笑い顔へニヤリとした笑みを張り付け、劉は車両目指して歩き出す。

 さり気無く(?)ウエインの身まで案じてみせるのは、彼が生粋のナンパ野郎だからなのか。


「雇い主は軍、仕事は未知の敵の撃退と一般人の救出、か。……かなりイイ儲けになりそうだ」


 当然、僕もこれには乗る。

 遺跡探索が当分無理でも、同等か、上手くいけばそれ以上の成果が上げられるだろう。

 劉じゃないけど、滅多にお目にかかれない事態だ。折角の機会、存分に稼がせてもらうさ。


「ウフフ、皆やる気充分ね。それじゃぁ、いざ、出陣よ」

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