話の22:いざ、出陣!(八)
赤巴とオカマ野郎は並んで前を行く。
その少し後ろ、踏み板数段分を離れてウエインお嬢さんが続く。
俺はと言えば、先頭の2人から距離を取り、お嬢さんの隣に立って歩を並べた。
「よぉ、ウエインお嬢さん」
「風皇君。どうかした?」
ずっと俯いていたお嬢さんは、俺の呼び掛けで顔を上げる。
本来可愛らしいその顔は今、精神的な疲労と憔悴によって健全な色を失って見えた。
いかんなぁ、いかん。女の子がそんな顔をしちゃぁな。
しかし理由を知ってる身としては、不用意に悩むなとも言えんし。元気出せというのも変な話だ。
「いやなに、上までまだあるからよ。少し話しでもしようかと思ってな。その方が気も少しは紛れるんじゃないかと、いらん事を考えた訳で」
独りでゆっくり考える時間が必要なのかもしれん。俺の申し出は邪魔でしかないかもな。
だが、話す事で軽くなるもんもあるだろ。それぐらいの手伝いは、してやっていいんじゃないか?
「気を遣わせちゃったみたいだね。私が情けない所為で、ごめん」
力の無い笑みを浮かべて、申し訳無さそうに頭を下げるお嬢さん。
全体の雰囲気から最初の頃の快活さは消えている。相当シンドイ思いをしてるようだ。
これはますます放っておけんぜ。
「別に謝られるこっちゃねぇさ。気を遣ってるつもりもないしな。俺は俺の思ったとおりに動いてるだけだからよ」
口許を緩め、お嬢さんに笑い掛けて、俺は何時もの癖で頭を掻く。
全部嘘って訳でもないぞ?俺は別に義務感とかでお嬢さんと話そうとしてるんじゃない。話したいと思ったから、つまり俺の意思でだな。
「そっか、ありがとう」
俺の顔を見るお嬢さんは、さっきよりも少しだけ感情を添えて笑う。
そうそう、その調子。
「人生にゃ色々ある。山あり谷ありだ。凹む事だってあるし、どうしていいか判らなくなる事も少なくはねぇさ。そんな時は独りで悩むのもいいが、誰かに腹ん中のモヤモヤぶちまけちまうのも悪かないぜ」
「それって、風皇君の経験談?」
「まぁな。俺がまだアウェーカーとして駆け出しだった頃、何かと世話を焼いてくれたオバハンさんが居てな。良く言ってたのさ。『ハゲるのが怖くないんなら、独りでウジウジしてやがれ』てよ」
「へぇ。面白い人、なんだね」
「う〜ん、面白いっつーか、凄い女だったな。50まじかの中年だが筋骨隆々でよ。熊みたいなガタイして、何時も不敵に笑ってた。大酒飲みで、馬鹿みたいに喧嘩が強くて、懐が深い」
ついでに、何の得もないのに俺みたいな奴の世話をする物好きだ。
「ある日、俺は仕事で初めて人を撃った。そこで殺らなかったら、俺が殺られてたよ。だから引き金を引く瞬間は悩まなかったんだが、事を終えた後で、飯が食えなくなった」
「…………」
何言うでもなく、お嬢さんが目を伏せる。
「何も喉を通らなくなってな、おまけに夜も寝れなくなっちまった。瞼を閉じると、殺した男の顔が浮かんできてよ。怨めしそうな顔がチラついて、どうしようもなかったぜ。頭を抱えて転げ回って、情けなくも悩んで呻いて悶えてた」
「それで、風皇君はどうしたの?」
「暫くは堪えてたが、どうにも耐えられなくなってな。例のオバハンに言ったよ。それまで溜め込んでた腹ん中の想いを全部吐き出した。気付いたら鼻水に涎垂らして、泣き喚いてたぜ」
我ながら酷い姿だったと思う。人生最大の醜態は、正にあの瞬間の俺だろう。
「そしたらオバハン、何て言ったと思う」
「何て言ったの?」
「『ギャーギャー喚いて気は済んだか。テメェで汚した床は掃除しとけ』だぜ」
俺は大きく肩を竦めて、大きな溜息を吐きながら頭を振る。
そんな俺の話を、ウエインお嬢さんは少々呆気に取られたように、それでも真剣な顔で聞いていた。
「それだけ?」
「俺もな『助けてくれねぇのかよ』って叫んださ。したらオバハン『勘違いすんじゃねぇ。テメェで犯した罪はテメェのモンだ。1度やっちまった事は絶対に取り返せねぇし、罪なんぞ何をやっても消せやしない。救いなんぞ都合のイイモンある筈もなけりゃ、逃げ場なんぞ何処にもねぇのさ。全部ひっくるめて、テメェで一生背負ってく以外にねぇんだよ』てな。とんでもない勢いで怒鳴りつけてきやがった」
そういや、あん時は鼓膜が破れるかと思ったもんだ。
心細かったからってのもあったんだろうが、奴さんの図体が更にデカク見えてたっけ。
「その後でこうも言われた。『もし死んだ奴等が物を考えるとしたら、自分を殺した相手は絶対に許さないと思うねぇ。どんな理由があってもだ。だから人を殺した奴は、その罪を背負って精々テメェを罰しながら生きるのさ。自分を殺した奴が苦しみ、もがき、悩み生きる姿見て、死んだ連中は大笑いするだろう。ザマァみろってね。それが唯一の慰めだ。だから罪を犯した以上は、簡単に人生終わらせるなんざぁ許されねぇ。その苦しみを抱えて生きる事が、義務ってヤツさ』」
ウエインお嬢さんは、じっと俺の顔を見ている。
彼女の瞳が映す感情の色、俺には判らんが。否定的な物ではないんじゃないかと思う。
「鬼ババだと思ったな。だが後から考えてみると、俺は確かに逃げ場を求めてたんだよ。仕方なかった、正当防衛だった、そう自分に言い聞かせるだけじゃ足りなくて、誰かに認めて貰いたかったのさ。お前は悪くないよって」
「それで救って欲しかった?」
「そ。ま、アテは大外れだがな。退路を塞がれ現実を突き付けられた。……でもよ、今まで逃げてた事と面と向かって対峙したら、不思議と受け入れる事が出来たんだな。『罪を消せないのなら、背負って生きていくしかない。抱えた罪で自らを罰し、死者を慰める事が俺の贖罪』なんて。自虐の極みみてぇな悟りだぜ」
お嬢さんを見て、俺は苦笑する。
でもお嬢さんは笑わない。真っ直ぐに俺を見たまま、ド真面目な顔を保っていた。
「俺はテメェの命が惜しい。死ぬのは怖いからな。でもそれだけじゃないぜ。もしも俺が簡単に死んじまったら、俺の罪は放り出されちまう。俺に殺られた連中は、それじゃ満足しないさ。俺はまだまだ罪を持って生きねぇと」
「その過程で、もっと罪を背負い込むかもしれないよ?」
「そしたらその分、抱えるモンが増えちまうな。んんで、余計に死ねなくなる。死ぬ訳にいかなくなる」
俺を見詰めるお嬢さんの目へ語り掛けて、俺達は暫し互いの瞳を覗き合う。
お嬢さんの虹彩が細部まで判る程、俺は食い入るようにそこを見ていた。
が、途中で我に返り、俺は照れ臭くなって目を逸らす。横面に、お嬢さんの視線を感じながら。
「なんつーか、意味不明だしクダラン話をしちまったな。これは俺が勝手に思ってるだけだ。忘れてくれ」
今更ながら俺は何を話してんだか。お嬢さんを慰めるつもりだったのに、どうにも見等違いな方向に行っちまったぜ。
なんとも決まりが悪い。頭を掻く手にも、余計な力が入っちまう。
「ううん。凄く、ためになったよ」
意外にも、お嬢さんからは好意的な返事が返ってきた。
俺はてっきり『なに、そのキモイ考え方? アンタ莫迦じゃない。脳味噌に湧いてる蛆虫が移るから、半径3m以内に近付かないで』ぐらいの事を言われるんじゃないかと思ってたのに。
「こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、面白かった」
「そ、そうか? いや、まぁ、喜んでくれたなら良かった。はは、ははは」
面白かった?面白かったの?
ひ、皮肉か? それとも、本当に言葉通りの意味として受け取っていいの?
恐る恐るお嬢さんの顔を見てみる。
笑顔だ。先までの儚げな様子とも違う、出会った頃に近い血色のいい笑顔。
「風皇君」
「お、おう。なんだ」
名を呼ばれただけで、妙にドキリとしちまう。
こいつはいったいどうした事か。
「ありがとう」
にっこりと、華やかに、ウエインお嬢さんの笑顔がもう一段緩み咲く。
……可憐だ。
元が良いから余計に美しく、麗しく、愛おしく見える。
赤巴のとも違う。彼女独自の魅力が満開となった、この上も無い至上の大輪。
俺は今、現在進行形で臨死体験でもしているのだろうか。これぞ天使の微笑み。
背景に花畑が見えるぜ。
「お、おう」
なに!? この胸のトキメキは!?
頬が熱いし、心臓バクバク。服の下には普段以上の汗を掻いてる。
これは、この感じは……まさか、俺が、この風皇劉様が、本気で、マジで。
惚 れ ち ま っ た の か ?