話の21:いざ、出陣!(七)
これで敵の侵入は防げたわね。
連中が独力で岩塊を取り除く可能性も無いではないけれど、そう簡単に突破出来るとは思えない。
その間にアタシ達が上へ戻って、駐留している軍隊に報告すれば、後は彼等が勝手に対応策を考えてくれるでしょ。アタシ達は自分達に出来る最善を尽くした。これ以上、手間を掛けてやる必要は何処にも無くてよ。
「それじゃ、何時までも此処に居たって仕方ないし、戻りましょうか」
「上の連中にも伝えないといけないしね」
アタシの呼び掛けに応じた赤巴ちゃんは、ライトの照点を瓦礫壁から階段上へ移す。
それと並行して例の薬が入った小瓶をバッグに戻し、ファスナーを閉じて肩に提げ直した。
さっきはちょっとフラフラしてたけど、あの薬が即効性であるのか、今は最初の調子を取り戻しているよう。少なくとも、街へ帰り着く前に倒れる事は無いでしょう。
「ウエインちゃん、行きましょう」
彼女は閉ざされた通路を、複雑な表情で注視している。
その肩に手を添えて移動を促すと、今にも泣きそうな目がアタシを見た。
「アキさん……私は、やっぱり……」
小刻みに肩を震わせて、ウエインちゃんは切なげな声を絞り出す。
言わんとする事は理解出来てよ。その心中も、完全にとは言えなくても大凡察する事が出来る。アタシも昔は、貴女と同じ様に考えていた頃があったもの。
あの頃の自分が此処に居れば、きっと同じ思いで、同じ事を言ったでしょうね。
「今直ぐ、無理に納得する必要はないわ。心の整理には時間が掛かるもの。何だったら、アタシを恨んでくれもいい」
「そんな事は……アキさんは街の皆を、私達を助けようとしてくれたんだもの。間違ってるとは、思わない。……問題なのは、それを認められない私の方」
ウエインちゃんは言いながらも視線を落とし、唇を噛む。
彼女が胸中で行う葛藤に、アタシは手を貸してあげる事は出来ない。これは自分で決着をつけないとね。
ただ1つ、今そうして悩む事が出来るのも生きていればこそよ。アタシは自分が間違った事をしたなんて毛程も思ってないわ。知らない他人の命より、知ってるこの子達の方が遥かに重いもの。
命に対して簡単に優劣がつけられ、逡巡なく妥協出来る辺り、アタシにはもうウエインちゃんのような清らかさは欠片も残ってないようね。別段、悲しくはないけれど。
ほんの少しだけ、彼女が羨ましいかも。ウフフ、愉快な話ね。
「時間は沢山あるもの、ゆっくり考えるといいわ」
ウエインちゃんへ微笑みかけて、アタシは歩き始めた。
長年連れ添う相棒の広域拡散型強襲散弾機関砲『天使の口付け』をバッグへ仕舞い、先行して進み出した赤巴ちゃんに並ぶ。
肩越しに後ろを見遣れば、巨剣を腕輪へ戻したウエインちゃんが、バッグを提げ直してついて来た。
未だ懊悩が顔を曇らせているけれど、足取りは何とかしっかりしてる。
思ったよりも大丈夫そうね。安心したわ。
「アキさん」
「あら、なぁに?」
ウエインちゃんから外した視線を進行方向に戻した時、隣立つ赤巴ちゃんが声を掛けてきた。
彼は前を向いたまま、ライトで階段を照らしている。
「あの爆弾を使えば、戦闘前に道が塞げただろ。敵の接近に気付いていながら、貴方は何故直ぐに使わなかった」
質問、というよりは尋問に近いかしら。流石に気付くわよねぇ。
赤巴ちゃんの声には、真実を問う低められた重みがある。尤も、調子が悪い所為でそんな声になってるだけかもしれないけど。
「だってねぇ、あんな状況で爆弾を使っても、天井が崩れて皆生き埋めになると思ったんだもの。赤巴ちゃんの特異能力で、爆発を防げるとは思ってなかったし」
本当の事を言うつもりは無いし、必要もないでしょう。至極プライベートな理由だもの。
彼にとっては生死を分かつ重事だったでしょうが。それを気にしてあげられる程、アタシの心は広くないの。
それに彼の力を知らなかったのは本当だしぃ。
「何も僕等の傍でなく、敵が来る前に先の方でやれば良かった」
「そう言われると、そうねぇ。あの時は思いも寄らない事態に、気が動転してて気付かなかったわぁ」
赤巴ちゃんが横目を向けてくる。眼鏡の奥にある双眸は、物言いたげ。
流石にこの嘘はバレちゃってるようね。
「……そう」
あら?何か言ってくるかと思ったけど。
予想に反して、赤巴ちゃんは何もツッコまない。そのまま目を前へ戻しちゃう。
感情味の薄い顔は、何を考えているのかちょっと読めないわね。
「納得してくれた?」
「一応、納得した。という事にしておこう」
もうアタシの方は向かないで、それだけ言うと口を閉ざす。
どうやら最初から、根掘り葉掘り聞き出すつもりはなかったらしいわ。
とぼけたアタシの解答を、正解にしてくれたみたい。含みを持たせた言葉から、幾つか感ずいてる節が伝わってくるけど。
深く問わないのは彼の優しさかしら?
でもこの子の場合、単に興味がないだけかも。自分には関係ないし、みたいな感じでね。