話の20:いざ、出陣!(VI)
先刻感じた地震程ではないにしろ、かなりの揺れがあった。
それは爆発による衝撃と、天井の崩壊による落盤が合わさった結果。
時間としては1分もなかったろう。双方の発す鳴動が治まると、後には耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
硬そうな岩塊が落下してきた時に立ち上った噴煙が、今は周囲の全てを覆っている。その所為で殆ど何も見えないけれど、私達の周りだけは煙が来ていない。
霧江君の張ってくれたバリアーが、襲い掛かる全ての物から私達を護ってくれたんだ。
だから私達は誰一人火傷も負ってないし、飛んできた石片に肌を切られてもいない。一気に押し寄せてきた煙を浴びる事も、それを吸い込んで咳き込む事も無かった。
これが彼の、次世代品種の力。使い方次第で、壊す事も護る事も出来るなんて。本当に凄い能力だと、改めて思う。
「もう大丈夫そうだな」
そう言うと、霧江君は前へ突き出していた両手を下ろした。同じタイミングで、私達を護っていた正面の炎壁が消える。
境の消失に次いで、周囲に留まっていた煙が渦を巻いて流れ込んできた。埃と混ざる濃い煙は私達の足首を撫で、瞬きの間に脚部下方を包んでしまう。
「よ、お疲れさん。って、顔色悪いぞ、お前」
労いの言葉と共に、風皇君が霧江君の肩を叩く。続いて上げられた驚きの声に、私も彼の顔へ視線を向けた。
そして気付く。風皇君の言ったとおり、霧江君の顔色が酷く悪い事に。
顔面は蒼白で、文字通り血の気が失せている状態。目を凝らすと、表情もかなり辛そうに見える。
「力を使って少し疲れただけだ。大した事じゃない」
私や風皇君の目を気にしてか、霧江君は片手を小さく振って自らの状態を評す。
けれど本人が言うほど大丈夫そうには見えない。心配だな。
「少し休んだ方がいいよ」
「薬を飲めば治る」
同年代か年下にしか見えないけれど、私より7歳も上の男性は、重い溜息を吐いて歩き出す。
足元を覆う煙の所為でよく見えない段差の中、自分で置いたバッグの傍まで不確かな足取りで進むと、閉ざされたファスナーへ指を掛け、それを開いて中を探り始めた。
程無くして彼は透明な小瓶を手に取り、蓋を開けてカプセル剤を1つ掌へ乗せる。市販の風邪薬と同じ様に見えるそれを躊躇なく口の中へ放り、一息に飲み込んだ。
「赤巴ちゃん、頑張ってくれたものねぇ。でもぉ、無理はダメよ〜」
薬の摂取で一心地ついた様子の霧江君へ、アキさんが気遣わしげに語り掛ける。
先の戦闘で多大な活躍を見せた機関砲は、砲身を収めた小型状態に戻されていた。
「僕の事はいい。それより見ろ、上手くいったようだ」
霧江君は私達から顔を背けて、胸ポケットに差していたペンライトを掴み取る。
スイッチを入れ、その光源で下へと続いていた階段の先を照らした。
其処は今、岩や建材が隙間なく埋め尽くしている。完全に通路は塞がれ、到底先へ進めそうにない。
その光景を前に、私の胸は奥が焼け付くように痛んだ。
これで遺跡に居る人達は誰も、ルナ・パレスへ戻る事が出来ない。例え爆発物でこの堰を破壊しても、生じた衝撃が伝わって、破れた天井から新たな岩塊が落ちてくるだろうから。
確かにアクトレアの進行は防げたけど、街の人達は救えたかもしれないけど、私は喜べない。胸も張れないし、ガッツポーズも取れる気分じゃない。
兄様の足跡を辿る事が出来なくなった事よりも、今は見捨ててしまった人達の方が、私の心を重く沈める。
こうするしかなかったというのは判るけど、判っているけど、やっぱり納得出来ないよ。
皆からすれば、私はどうしようもなく甘く見えるだろう。現実と理想を混同させて、分別を以って行動出来ない青二才。てんで子供。そう思われてると思う。
それでも私は、割り切れない。これで良かったとは、どうしても思えない。
あのままだと私達が殺されていただろうに。他に手なんか無かったのに。
頭では理解してる。でも心が……
やっぱり私は、駄目なのかな。