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話の2:すわ!仲間集め(1)

 ルナ・パレスの中心部から3区画程離れた場所に、街の建造工事が中途で放り出されたような区画がある。

 多くの住民が住まい、様々な施設が軒を連ね、整備の行き届いた最先端の新市街。

 それとは対照的に、住まう者は少なく、充分な施設もなく、雑多で薄汚れた前時代的旧市街。

 全30区画からなる広大なルナ・パレスの5分の1程度、大凡6区画分は、御世辞にも住み良いとは言い難い暗礁部で構成されている。

 煌びやかな月面都市の影に当たる部分。本来なら好き好んで訪れる者など居ない場所。

 此処に居るのは、標準的な暮らしを送る金すらないか、真っ当に生きるつもりがないか、最低限の社会的地位もないか、お天道様に顔向け出来ないか。そんな非真人間ぐらいなもの。

 しかし、だからこそ敢えて「そんな所」に「それ」は作られた。

 善良な市民達に危害を加えないよう考慮され、人々の平和を乱さないよう対処され、故にスラム同然の半放棄区画に設けられた施設。

 僕は今、其処に居る。


 背丈も服装も雰囲気も、等しく統一性のない人々。けれど向かう場所と当座の目的は皆共通。

 素人、玄人入り混じる多くの人で賑わうフロア。人の熱気と活気で満ち、喧噪に支配された空間。

 ともすれば中心街の総合デパートにも負けていないのではなかろうか、そんな錯覚さえ覚える。

 実際にはそんな事ないのだろうけど、兎に角それ程の人気があるという事だ。

 此処こそは、ルナ・パレスに犇く凡そ全ての「自由なる仕事屋アウェーカー」が集う場所。

 月面政府が打ち立てた『月の地下遺跡調査・発掘報奨制度』、その窓口として作られたレリックス・ギルド。

 一般解禁された未知の月遺跡へ潜り、手に入れてきた遺物や成果を報告・提供する事で報奨金が得られる施設。

 件の制度を月政府が布告した時から、月・地球双方で活動中のアウェーカーが、まるで砂糖に群がる蟻の如く集まってきた。

 これに関する施設を街の中心部から離れた僻地とも言える区画へ作ったのは、こうなる事を政府が予見していたからだろう。

 何せ、アウェーカーは決して真っ当な職種とは言えないから。

 特定の勢力に属さず、何者にも縛られず、己の道を己の腕だけで切り拓くアウトロー。ある意味で自営業と言えなくもないけれど、この御時勢ではあまり胸を張って名乗れる職業じゃない。

 自由気ままであるが故に節度を知らず、自分勝手で横暴で、他人の迷惑を顧みない極度の過激派。一度暴れれば周囲に多大な被害を与え、公共物を平気で破壊し、人々の安寧を容易く打ち砕く厄介者。それが世間のアウェーカーに対する認識だ。

 全くその通りとは言い難いけれど、絶対に違うとも言い切れないのがナントモハヤ。

 アウェーカーにも色々居るけど、基本的にマトモな仕事や生活が出来ないから、こんな問題職に就いている訳で。その意味では確かに一般人と折り合いが悪い。

 そんな連中が一斉に集まってくるんだ。関連施設の設置場所選定には細心の注意を払った事だろう。

 本当は火星にでも作りたかったのかもしれないけれど、それは流石に無理だったようだ。


 同業者で溢れ返る施設内、方々を眺めながらその中を歩く。

 此処に来たのは初めてだ。居並ぶ顔も見慣れない者ばかり。

 それも仕方ないか。

 各地から多様なアウェーカーが集まっているのだし、職業柄という事もある。

 基本的にアウェーカーは一匹狼。徒党を組んだり、誰かとツルんだりはしない。

 大体は単独行動を好み、一人で仕事に当たるから、同業の輩で極めて親しい間柄の知り合いというのは少ないように思う。個人の社交性にもよるけれど。

 僕も別段、顔見知りを探しているという訳じゃない。

 けれど誰かに声をかけようとは思っている。

 今此処に集まっている者の多くは、僕と同じ目的を持っているのだろう。

 即ち、情報収集と仲間集め。

 単一で働く事を良しとするアウェーカーでも、その在り方を曲げる場合が無い訳じゃない。

 難易度の高い仕事へ挑む時等がそうだ。

 個人の力では達成が難しい仕事の場合、報酬の分割という問題を押して、僕等は同業者と協力関係を結ぶ。

 その仕事を片付けられねば、そもそもの報酬さえ得られないのだから止むを得ない。

 本来なら10入る儲けが5になろうとも、0よりは遥かにマシだから。

 普段は個別に動いていても、必要とあらばチームを組む。アウェーカーとはそういうもの。

 尤も、そんな大口の仕事は今じゃ殆ど無いけれど。

 それを踏まえた上で、今回の仕事はどうか。

 かなり良い装備を優先的に与えられ、過酷な戦場でも駆け抜けられるよう訓練された軍隊が何度も敗北した相手。

 何が起こるか判らない未知の遺跡。

 正直、そんなとんでもない場所に一人で乗り込む気にはなれない。

 最低でも背中を任せられる相手が欲しい。

 出来るなら仲間はもっと多い方がいいけれど、多すぎると報酬の配当で揉めるし、収支が合わなくなる。それを考えるとあまり多人数になるのは好ましくない。

 この辺りの匙加減が難しい所だけど、兎に角、誰か一緒に行動する相手は必須だ。

 現在、レリックス・ギルドに集まっているアウェーカーの多くが、僕と同じ思考で居るのはほぼ間違いない。


 月の遺跡が一般に開放されてから既に1年が経過している。

 金か、名誉か、冒険か、各々に欲する者が異なるアウェーカー達は、何十人もが先だって遺跡へ挑んだ。

 しかし1年という時間を費やして尚、遺跡は殆ど何も解明されていない。

 理由は至極単純。遺跡内に存在する正体不明の敵が、仕事屋の探索行を妨害しているからだ。

 かつて重武装の軍隊を全滅へ追い遣り、侵入者の活動を今も断固として拒み続けるモノ達。

 それらの襲撃に遭い、帰ってこなかったアウェーカーも少なくないとか。

 遺跡を護っているように見える事から、一部では守護者ガーディアンなんて在り来たりな俗称で呼ばれている。

 でもウェーカーの多くは妨害者アクトレアの方で呼んでいるかな。

 自分達の仕事を邪魔する妨害者。そのままの意味だ。

 連中にしたら僕等は単なる侵略者インベーダーでしかないのかもしれないけど。

 何はともあれ、アクトレアのお陰で調査は一向に進展していない。その分、僕達にもまだまだチャンスがある訳だ。

 かといって自分の腕を過信してはいけない。慢心は往々に破滅を招く、と良く言うし。

 だから準備は怠らず、入念に、計算高く。少しでも遺跡に関する情報を仕入れて、それなりに信用へ足る仲間を集め(腕が立つのは言わずもがな)、万全の体勢で挑まねばならない。

 幾ら報酬の為とはいえ、得体の知れない遺跡の中で、これまた得体の知れない怪物に殺されて人生を終えるなんて真っ平御免だ。

 破格の報酬に見合うリスクの高さ。常識的でない危険度故の高報酬。命を懸けるだけの魅力は感じるけれど、それで人生を閉じる羽目になるのは頂けない。

 人選は慎重に。


 そんな事を考えながら周りを見回す。

 他者との情報交換をしている者、僕と同じように仲間と成り得る者を探す人、周囲へ壁を作り自分の世界に篭る者、見れば色んな連中が居る。

 果たしてこの中から、苦楽を共にすべき存在を見つけ出せるだろうか。


「よぉ、そこのキミ」


 物思いに耽りながら方々へ視線を這わせていると、何処からか声が聞こえてきた。

 誰かが誰かを呼んでいるんだろう。辺りの喧噪に飲まれないよう、それなりに大きな声だ。


「キミだよキミ」


 どうも僕の前方方向から聞こえてくる。張りのある男の声。


「聞こえないのか?そこの眼鏡っ子」


 素早く周囲へ視線を走らせる。けれど眼鏡を掛けている者は見付からない。

 となると。今此処で眼鏡を掛けているのは僕だけになる訳だ。

 ……どうやらあの声の主は、僕を呼んでいたらしい。


「やっと気付いたか」


 何かと思い正面を見ると、何人もの脇を通り抜けて、一人の男が僕の前へ歩み出てきた。

 背の高い男だ。身長は180cm以上だろうか。思わず見上げてしまう。

 長身に見合う茶色のロングコート(年季が入っていそうだ)を羽織り、ニコニコと笑顔を浮かべて僕を見下ろしていた。

 色艶のいい細面。糸みたいな細目をしていて、ユニークな感じのする顔だ。悪人には見えない。

 あくまで視覚的な情報では、だけど。


「何か御用?」


 僕の正面に立った男を見て、その笑顔に尋ねてみる。

 すると男は笑い顔のまま口を開いた。


「お嬢さん一人? 実は俺もなんだ。こんな所に来たって事はアレだろ? キミも月の遺跡に挑戦しようってクチ。良かったらさ、一緒に潜らない?……あ、俺は風皇ふおうらうっての。気軽にらうって呼んでくれていいから」


 何とも饒舌に、風皇ふおうと名乗る男は聞いてもいない事をペラペラと喋り出す。

 良く舌の回る男だ。それに馴れ馴れしい。

 雰囲気は軽薄だし、そのやり口はナンパ同然。その辺のチャラ男と変わらない。

 今の話だと彼もアウェーカーらしいけど、本当にアウェーカーっていうのは色んなタイプが居る。


「あの……」

「あぁ大丈夫。俺はこう見えても結構強いんだぜ。組んで損はない。そいつは間違いない。俺が保障するよ」

「いえ……」

「俺の得物が知りたいのかい? おっとそいつは企業秘密だ。というか、こんなにライバルの目がある所で、おいそれと手の内を明かす訳にはいかないだろ? 二人っきりになったら、ちゃーんと見せてあげるから心配無用」

「ちょっと……」

「はははは、大丈夫だって。二人になったからって、何か変な事しようなんて思ってないから。こう見えて俺は誠実な男なんだ。天に誓って、俺は、無害さ」


 僕が話をしようとする度に、男は口を動かし、こちらの言葉を遮ってしまう。

 わざとなのか、無意識なのか。何にしても人の話を聞いちゃいない。

 面倒な相手だと思う。こういう勘違い野朗は無視するに限るか。


「ちょちょちょ、ヘイ彼女! 何処行くのさ?」


 一人で勝手に喋っている男を意図的に視界から外し、その脇を抜けて進もうとしたら、案の定、そいつは僕の前に回りこんできた。

 正直、ウザイんですけど。


「言っておくけど」

「んん? 何だい?」

「僕、男だから」


 少しだけ身を屈める男へ、僕は眼鏡の奥から視線を突き込む。

 相手の目を睨むようにして、まず絶対的に否定しておかねばならない事を言ってやった。

 僕の言葉を聞いた男は、暫くの間、両目を瞬かせる。

 それから笑顔を張り付けたまま、小首を傾げた。


「what?」


 信じられないというような顔をして、男は僕の顔を見詰めている。

 少しの間そのままでいた後、そいつは笑みを崩さず数度頷いた。


「あははは、なかなか面白いお嬢さんだ。そんな冗談を……」

「本当だから」


 男が言い終えるより先に、僕はキッパリと言い切った。

 するとそいつは困ったような顔で笑い、人差し指で右頬を掻き始める。

 僕が言った言葉の意味を理解出来ていないかのような、そんな顔だ。


「ちょっと、眼鏡とってみて」


 困惑系の笑みを維持し、男がそんな事を頼んでくる。

 ここで断っても仕方ない。

 僕は相手の言うとおり、掛けていた眼鏡を外してやった。

 テンプルを指で挟んで顔から眼鏡を放す。それまでレンズ越しにくっきり見えていた世界が、透過物を失った瞬間にぼんやりと霞んだ。

 途端に、男の顔も判然としなくなる。

 つい目を細め、必要以上に力を入れてしまう。それで漸く、何とか判るレベルになった。

 けど目が疲れる。

 そんな僕の顔を、男は更に顔を近付けて覗き込んできた。

 細っこい目の片方を開き、瞳を露に注視してくる。


「……マジで男なの?」

「マジ」

「ホンマ?」

「ほんま」

「マグロ?」

「何が?」


 最後に意味の判らない(いや、魚介類だって判るけど)確認文句を口にしてから、男は再び細目に戻って僕から顔を遠ざけた。

 どうやら納得したらしい。僕は目に入れていた力を抜いて、手にする眼鏡を掛け直す。

 そうしてもう一度男を見ると、そいつは何とも言えない複雑な表情で唸っていた。


「そうか、男だったのか。あぁ〜、損した気分。残念無念。くぅ〜」


 心底残念そうな顔をしている。勘違いしたそっちが悪いんだろうに。


「本当に男なの?」


 腕を組んで天井を見上げていた男が、不意に僕へ顔を向けてくる。


「くどい」


 名残惜しげなしつこさに幾分腹を立て、僕は眼鏡の下からもう一度睨みつけた。

 すると男は冗談みたいにガックリと肩を落とし、盛大な溜息を吐く。


「はぁ〜〜〜。そうかぁ〜、本当かぁ〜」


 こいつは一体なんなんだか。

 もう関わるのは止そうと、僕はさっきと同じように男の脇を抜けようと一歩を踏んだ。


「ちょちょちょ、待った待った」


 僕の進路を妨げるように、その男が大股で横に滑り出る。

 僕の正面には再び男の姿が現れた訳だけど。


「通りたいんだけど」


 僕は顔を上げて、鬱陶しい気に男を見る。

 用は済んだんじゃないのか。


「まぁ待てって。なぁアンタ、さっきの話だが、ほら、一緒に遺跡に行こうってやつ。あの返答貰ってないぜ」


 男は今し方のショックを押し隠すように、少々無理のある笑顔を作って語りかけてきた。

 先刻のアレは、ただのナンパ口上じゃなかったらしい。

 確かに、此処までわざわざナンパしに来る物好きも居ないだろうけど。


「此処で会ったのも何かの縁。難攻不落の古代遺跡へ一緒に挑むってのは、どうだい?」


 親指でギルドの出入り口を示し、男はユーモアの薫る笑みで問う。

 さて、どうしたものか。

 仲間が欲しいのは僕も同じだ。その為に此処へ来た。それはいい。

 けど問題は組む事になる相手。馴れ馴れしさと軽さを併せ持った体面の男は、果たして協力関係を結ぶに足る人材だろうか。

 もう一度、男の全身を眺め見てみる。

 それなりに体の作りはしっかりしていそうだ。筋骨隆々という程ではないけれど、痩躯という様子でもない。一般人よりはガッチリしているように思う。

 年齢は20代半ばぐらいだろか。

 やり手の古強者という感じではないが、軽薄さに反して隙は少ない。

 自分とどっちが強いか考えてみる。単純な殴り合いなら、多分勝てる。ただ、腕力や体力だけがアウェーカーの力じゃない。秘めたる部分を色々と考慮してみると……

 相手も今、僕を見ながら同じ事を考えているのだろうか。

 声を掛けて失敗ではなかったか、本当に一緒に行くべきか。慎重に値踏みをしているのだろうか。

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