話の18:いざ、出陣!(四)
何を言い出すかと思えば。あのオカマ野郎、この状況が判ってるのか。
次から次へと化け物共が押し寄せてるんだぞ。何処をどう見たら逃げられるってんだよ。
「そいつは名案。で、どうやって逃がしてくれんだ?」
俺は賛成してやる。但し、皮肉を込めてな。
その間にも頭上に差し掛かる化け物へ、ブラックライヤーとシルバーハインドの連弾を食らわすのは忘れない。
確かに何匹か逃がしちまったが、同じ轍はもう踏まんぜ。今度こそは見敵必殺の腹づもりで行くってもんだ。やっちまった事を、何時までも悔やんでいらねぇ。
赤巴に「使えねぇなぁ、コイツ」てな目で見られるのは、もう勘弁だからよ。
しかし後が無いのも事実。オカマ野郎の言うとおり、このままじゃヤバイ。逃げられるもんなら逃げたいぜ、まったく。
「あ〜ら、それなら心配御無用よ。こんな事もあろうかと、イイモノを用意しておいたから。ほぉら」
自身も機関砲による攻撃を絶え間なく続けながら、オカマ野郎は肩に提げてるバッグを片手で弄る。
開けたファスナーから内側へと手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探していた。かと思えば腕を引き抜き、5指で掴んだ球形の物体を俺達へ示し見せる。
ありゃ、なんだ?
「これはぁ、小さいけど威力抜群のバ・ク・ダ・ン・よ」
「爆弾だぁ?」
ブラックライヤーの銃咆と共に、我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。
アイツの言うイイモノは爆弾だとよ。へぇ、そうかいそうかい。で?
「いくら強力でアクトレアの群は吹き飛ばせても、すぐに後から新しいのが来ちゃうから意味ないような」
巨剣を振って勇猛に戦うウエインお嬢さんが、困惑気味に野郎へと応ず。
至極真っ当な意見だわな。俺も激しく同感だぜ。
爆弾使ったって、足止めにもなりゃしめぇよ。俺達の正面部から階段の遥か下まで、化け物の団体さんが押せや進めやの大行列で満員御礼だ。何処吹っ飛ばしても、あっと言う間に元通りになっちまうね。
この状況見れば、誰だってそれぐらい判るだろうに。オカマ野郎め、いったい何考えてんだか。まさか何も考えてないんじゃねぇだろうな。
「あら、誰もコレでアクトレアを蹴散らそうなんて言ってないわよぉ」
襲い掛かる怪物連中へ顔を向けたまま、野郎は爆弾掴む腕の人差し指を立てやがる。
指は天井を示しているようだ。
「つまり、天井を崩して通路を塞ぐのか」
得心といった様子の赤巴は、蹴りだけで化け物をぶっ飛ばしながら納得の相槌を打つ。
「あは〜、正解よん」
そう言うオカマの人差し指は下がり、代わりに親指が上げられた。
阿吽の呼吸とでも言うべき以心伝心ぶり。赤巴の奴、オカマ野郎の言わんとする事を正確に言い当てやがった。
どういう訳だか、あの2人は互いに理解があるらしい。俺にはそれが理解出来ん。
赤巴のならまだしも、オカマ野郎の思考なんざ知りたくもないぜ。
「だがよ、そんな事しちまったら、俺達も遺跡に入れなくなっちまうぜ?」
「そうよ。アタシ達が入れないという事は、連中も出てこれなくなるという事だもの。遺跡を調べられなくなるのは困るけど、この状況じゃ背に腹は代えられなくってよ」
うぅむ、悔しいが奴の言うとおりだな。この道を塞いじまうのが、現状を打開する唯一の方法か。
だが問題もあるぞ。天井を壊す程の爆発を起こして、俺達が無事でいられるかどうか。
一歩間違えば一緒に生き埋めだぞ。大丈夫なのかよ。
「ちょっと待って」
襲い掛かる化け物の攻撃をデカイ剣で弾き返して、ウエインお嬢さんが物申す。
俺と同じに爆発時の危険性へ思い至ってくれたのかね。
「なにかしら?」
「この通路を塞いでしまったら、今遺跡の中に居る人達はどうなるの?出てこれなくなっちゃうよ」
そっちか。
まぁ、お嬢さんは困ってる人間を放って置けなさそうなタイプだしな。真っ先に他人の心配へ走っちまうのも、仕方ないか?
「そうなるわね」
「だったら……」
「どうしようもないの。冷たいようだけど、捨て置くしかないわ」
「そんな!」
振り向かないオカマ野郎の背中へ、お嬢さんは責めるような叫びを投げる。
それでも奴に動じた様子はない。片手には爆弾を握り、もう一方の手で休み無い攻撃を続行中。
「今止めないとコイツ等は街に雪崩れ込むわ。そうなったら、どれ程の被害が出るか予想出来ない。それを未然に防ぐ為にも、此処を封じるしかないの」
オカマ野郎は背を向けたままで、ウエインお嬢さんを諭し始める。
変人にしちゃぁ、マトモな事を言うじゃないか。無力な住民を引き合いに出してきてよ。
「それはそうかもしれないけど……でも、だけど……」
判っちゃいるけど納得出来ない。ウエインお嬢さんの心境はそんな所だろう。
例え先にある大きな脅威を取り除く為とはいえ、目の前の誰かを犠牲にするなんざ気持ちのいいもんじゃない。素直に認めて、首を縦振り出来ないのも判る。
だが、やらない訳にはいかねぇだろうさ。何より此処で化け物連中を止めないと、街の住民より先に俺達がお陀仏だからな。
俺はこんな所で人生の終焉を迎えたかないぜ。そう思ってるのは、俺だけじゃない筈だ。
「遺跡は元々危険地帯、何が起こるか判らない。しかしアウェーカーはそれを承知で下りて行く。誰に強制された訳でもない、自分の意思でだ。例え帰れなくなっても、彼等に文句を言う権利はないだろ」
アクトレアの顔面に拳を叩っ込む赤巴は、無感情且つ冷淡に言い放つ。
言ってる事ぁ正論だよな。間違っちゃいねぇ。
遺跡に潜る連中は、誰もが高いリスクを覚悟してるんだからよ。
「どの道、外へ通じるこの階段にコイツ等が詰め掛けている以上、誰も此処を通ってこれないんだから同じさ。それにアクトレアが活発化しているなら、既に全員殺されている可能性だってある。君の思い悩みは、無駄かもしてないぞ」
「霧江君……」
赤巴の奴、可愛い顔して血も涙もないって感じだぜ。
奴の口振りからすると、最初っから先入者は切り捨てるつもりでいたようだ。ホント、怖い兄ちゃんだねぇ。
だはその意見には俺も賛成だったりする。お嬢さんには悪いけどな。
「ウエインお嬢さん、俺は大を生かす為の小の犠牲なんてカッコイイ事を言う気はない。ただ単純に、自分達の命を護る為にもやるべきだと思うぜ。死んじまったら元も子もないだろ?」
襲撃ついでに言うのもなんだけどよ。
知らない誰かよりも自分の命。そう考えるのは悪いこっちゃねぇさ。
絶対にそうだとは言わないが、世の多く連中は自分が大事だ。人道も倫理観も、生存本能には勝てっこないだろ。
「風皇君まで」
うぉう! そんな切なそう目で見ないでくれぇ!
頭を抱えてこの場から逃げ出したくなっちまうぜ。
「アウェーカーってのはヤクザな仕事さ。人の命を秤に掛けるなんてザラだ。何が正しくて、何が間違ってるか、そんな事たぁ二の次でね。考える必要もない。お嬢さんには酷な話かもしれんが」
横合いから注がれる視線より顔を背け、頭上へ迫る化け物へ攻撃を浴びせる。
今はお嬢さんの顔を正視出来ん。敵に集中しないといけねぇからな。
と、いうのは建前で。彼女の悲痛な眼差しに耐えられんというのが本音だ。
「無理に納得する必要はないわ。ウエインちゃんがどう思おうと、アタシはやるから」
「この閉ざされた空間で爆発を起こすなら、爆風や衝撃は避けられないな。そっちは僕の力でどうにかしよう」
オカマ野郎と赤巴は勝手に話を進めてく。
この場合、仕方ないわな。ウエインお嬢さんの意思は、残念ながら無視せざるおえない。
判ってくれとは言えないぜ。
お嬢さんは唇を噛み、精神的負荷に耐えるような顔をしてる。
そんな状態でも向かってくる敵を剣でドツイてるが、攻撃にはさっきまでの鋭さってぇか覇気がない感じだ。
「劉ちゃん、アタシが投げたら天井近くで撃ち抜いてね」
「え? あ、おう」
いきなり野郎に呼び掛けられて、俺は思わずドキリとしちまった。
横目でお嬢さんの様子を盗み見ていたもんだから、気がそっちへ向いてたんだな。
「って、もうかよ!?」
こっちはまだ心の準備が出来てないってのに。オカマ野郎め、言ってる傍から球形爆弾を放り投げやがった。
えぇい、やってやんよ。
浮き上がる標的の真ん中へ、即座に狙いつけて指を引く。
「そこだ!」