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話の15:いざ、出陣!(1)

 何も無い、がらんどうの空間。

 ドーム型構造体の内部は、外壁のみ残し、それ以外の全てを削り取ったように、余計な物が何一つない空洞だった。

 ただ空間の真ん中、床の中心部に下層へ降る為の階段が設けられているだけ。


「なんか、予想してたのと違うな。もっとゴチャゴチャしてるかと思ってたんだが」

「私も、ここまでシンプルだなんて想像してなかった」


 らうとウエインはドーム内部をぐるりと見遣り、同じ様な感想を述べる。

 そしてそれは僕にも共通の思いだ。

 外に配されていた兵員や装備を見れば、もっと厳重に監視されていると思う筈。事実、僕等はそう考えていた訳だし。

 しかし実際には、それらしい装置が置かれている訳でもなく、地下への階段が無防備に曝されているだけという。

 流石にこれは予想出来なかった。


「いくらなんでも、これは手抜きっぽくないか?」

「昔はもっと厳重だったのよ? でも今は色々とヤヤコシイ事になってるようでね」


 目の前の光景に対する僕等の疑問へ対し、アキさんは肩を竦めつつ答えた。

 階段への接近を続けながら、現状へ至るまでの過程を知っている範囲で話してくれる。


「以前の此処は月面政府管轄で、政府の命によって幾重にも警備が敷かれていたの。でも近年は新たに政府機関へ加わったインフィニートが、その管理一切を強引に引き継いでるのよ」

「インフィニートって、月で興った企業だよね。元々の月面政府を構成してる5大企業は地球で活動してた後にこっちへ移ったけど、インフィニートだけは生粋の月側企業だったんだっけ」

「その話なら知ってるぜ。何でも地球と月が戦争してる間に、それを踏み台にして急成長したんだってな。で、戦争終結後に月面政府へ割り込んだんだ」


 月面企業インフィニートか。

 皆の言うように月で創設され、地球と月の間で行われた戦争中、数々の先鋭的兵器開発で巨万の富を築き、大戦後には月面政府へ加わった大企業だ。

 インフィニート加入後の月面政府は内紛によって世代交代が成され、実質的に1度崩壊している。現在機能している政府は、本質的に言えば旧政府と別物。

 政府組織改変事件の原因は色々と言われているけど、インフィニート参入が切っ掛けになってるのは間違いない。

 その所為か人々はこの企業を指して、革命企業とも簒奪企業とも呼んでる。


「どうやらインフィニートは自社の製品で遺跡警備を固めるつもりらしくて、旧設備の撤去や切り替えが行われてる最中なのよ」

「それで此処が空っぽに? 随分と杜撰ずさんなんだな」


 外に置かれている兵装は全てインフィニート製、配置されていた兵士も同社の息が掛かった者達に換えられているという事か。

 だとしても、最初にこの施設内を整えるべきじゃないのか?

 あれ程の企業が考えなしに動くとも思えない。それなら何か狙いがあるのかもしれないけれど。


「ま、企業連中が何しようとも俺達にゃ関係ねぇさ。遺跡に潜ってお宝を持ち帰れば金を貰えるシステム、こいつは変わってないんだからな。それで充分だぜ」

「一応そうなのかな。私達に直接影響はないみだし、風皇ふおう君の言う通り、気にしなくていい事かも」

「ウフフ、そうね。どの道アタシ達のやる事に変化はないから、どうでもいい事だわ」


 劉達の言い分は、まぁ尤もだ。

 此処の警備がどうなろうと、アウェーカーの活動に支障が出る訳じゃない。気にしないで先に進むのが無難なんだろう。

 何よりも、これからの行動を思えば細事。意識を傾けるには値しない。

 早々に気持ちを切り替えるべきだな。


「さ、皆。それじゃ行きましょう。この先が、月面地下遺跡よ」


 会話の間にも歩き進む僕達は、露になった階段の直前へ到達する。

 アキさんは遥かに続く段差の下を指し示し、まだ見ぬ場所の存在を報せてきた。


「先が見えない。何処まで続いてるの?」

「ずっと下よ。実際に行くのが早いわね」


 階下を覗き込もうとするウエインに微笑で応じると、アキさんは軽快な足取りで階段を降り始める。

 僕達3人は1度互いの顔を見合わせてから、各々に頷いて彼に続いた。

 踏み締める最初の一歩。

 靴底を通って伝わる未知の気配が、僕の背筋を俄かに冷えさす。

 これからが本番だ。


 僕達が踏み締め下る大階段は、長年の使用と放擲にも耐える硬度な建材で作られていた。

 その幅は2人が横並んでもまだ余裕があり、均一に整えられた踏み板の上下間隔は、構成から緻密に計算されているだろう事が判る。

 今から50年近く前、最初に遺跡を発見した調査団が、其処へ至る為に設けたのがこの階段らしい。元々は地下深くまで伸びる穴があるだけで、下りる為の設備は何も無かったのだとか。

 ルナ・パレスと月の遺跡を繋ぐ唯一の道は、それを見出した先駆者によって作られた。それ以前までは月の地表部と地下遺跡の間にルートは確立されておらず、遺跡は外部と隔絶された状態にあったという。

 何千年、何万年、或いは何億年もの間、何者の侵入も許さず、眠り続けていた遺跡。

 その中を目指し、僕達は長い長い階段を下っていた。


「それにしても深いよな」

「そうだね。もう随分歩いたと思うけど」


 移動距離に反して終わりの見えない階段を進む最中、何度も繰り返されるらうとウエインの会話。

 先刻からその内容は似通ったものばかり。2人は同じ問答を飽きる事無く投げ合っている。

 彼等が何の実りもない状況解説に声帯を震わせる気持ちは、僕にも判らないではない。

 暗闇の世界を持参したペンライトで照らしつつ、変わり映えしない光景を見続けること30分あまり。入り口は既に遠く、されど出口は未だに認められず。

 いい加減、嫌になってきたという事だ。


「なぁおい、何時になったら着くんだよ」

「もうすぐよ、もうすぐ」


 劉からの質問にも振り返らず、アキさんは前を向いたまま応じる。

 確か10分ぐらい前にも同じ返答をしていたような。


「お前さんのもうすぐは、いったい何時間だっての」


 糸目の目尻をしならせて、劉が吐き出すのはウンザリしたような溜息。浮かべている表情は、ゲンナリした疲労顔。

 いざ、遺跡へ!と勢い込んで歩み出したのはいいけれど、実際に辿ってきたのは階段一つ。

 段差以外には何も無く、しかも延々と続く同じ道程。そのまま過ぎ去る幾多の時間。

 お陰で当初の気合いは緊張諸共ふやけてしまい、気負った分だけ無意味に気疲れてしまったというのが現状。

 彼の心中は察する。僕も同じような気分だ。きっとウエインもだろう。

 けれど、どうしようもない。今は兎に角前進して、目的地へ到達する以外には。


「不満そうねぇ」


 眼前の闇へ電光と共に視線を注ぎ、アキさんは皆の姿を見ぬまま各自の精神状態を看破する。

 まぁ、僕達が無意識に滲ませてる不穏の気配は、並々ならぬ域に達していそうだから、感じるのは楽だろうけどね。


「えぇっと、そういう訳でもないような、そうでもあるような……」

「正直言って不満だ」


 困惑顔で言い澱むウエインを押し遣るように、僕は簡潔に本心を告げた。

 好き嫌いをハッキリさせないと気が済まない性分でね。YESでもNOでもない中途半端な答えは持ちたくない。

 横を見ると、隣で劉が何度も頷いている。


「それなら気分転換の意味も込めて、ここら辺でブリーフィングでもしておきましょうか」


 口先で笑声を転がし、前を向いたままでアキさんは片手を動かす。

 それは彼が着るスーツの胸ポケットへ伸び、その中に収められていたUPCSを抜き出した。

 手にした小型情報端末を肩上から後ろへ示し、僕達にも同機を用意するよう言外に促してくる。

 彼の指示に従い、劉はコートの内から、ウエインは肩から提げるバッグの中から、そして僕はジーンズのバックポケットから、それぞれに自前のUPCSを引き抜いた。

 ちなみにアキさんのUPCSカラーは白、劉は赤で、ウエインはピンク、僕は黒だ。

 現行機は外観が似通っている分、各自でフォルムカラーを変更しファッション性を高めている。尤も、僕は形より性能重視だから、持ち運びにさえ困らなければどんな形態や色調でも構わないけど。


「全員準備出来たわねぇ。じゃぁ早速、遺跡の見取り図を開いてちょうだい」


 アキさんの言葉に続き、僕達はUPCSの画面を起動する。

 本体に設けられているディスプレイ出力ボタンを押すと、端末機上方に小型の立体映像式画面ホログラフィックモニターが表示された。

 前時代的な既存モニタに依るものではなく、無地の空間に浮かび上がる主要画面。其処に配されている幾つものアイコンから目的とするダウンロード情報総括の項目を選び出し、出力中の映像画面へと直接指を触れさせる。

 それによってタッチ項目が開かれ、画面内へ集積情報の一覧を表した。

 更にその中から月面地下遺跡の項を選び、再度指で打つ。同時に画面が切り替わり、迷路のような広領域の俯瞰図が表示された。


 立体型の映像として空間上に展開されている画面の中、全体に描かれる地下遺跡の構造図は、任意に視点調整を行う事で様々な角度から状態を知る事が出来る。

 これを使えば何処に何があるのか、どの通路が何処へ通じているのか、大凡の情報を事前に確認可能だ。

 先駆者達が自らの脚で踏み、目で見て、肌で感じ、専用機器を用いて計測した実際データを基にした情報。正確さと有用性は折り紙つきと言える。

 そうして作り出された遺跡の内面図は全部で13層分。

 一般的に入手可能な地図が7層分で、地下8層以下の物はアキさんのUPCSからデータを貰った。彼やウエインの兄等が組んだパーティーは独力で地下13層部まで下り進み、これを完成させたのだという。

 けれど、有料だが誰もが使えるデータとして提供公開はせず、自分達だけの個人的な図面として用いていたようだ。

 遺跡の見取り図は誰もが欲しがる有力情報。作った地図データをレリックス・ギルドに提出すれば、それだけでもかなりの報酬が得られる。

 無論、捏造でないかといった信憑性は問われるが。(偽情報防止の為、幾つかの規定がもうけられており、加えて実地検証記録が別で必要となる)

 ギルドの鑑定システムを誤魔化すのは容易でない為、誰も虚偽を報告しようとはしない。もし嘘だとバレたら、ギルドの背後にある政府組織からヒットマンが派遣され、人知れず処分されるなんて噂まであるし。

 遺跡関係に強く食指を動かす月政府なら実際にやりかねないと思いつつ、噂の真偽は置いておくとして。

 アキさん達の作り上げた地図は、嘘偽りを交えていない真正のデータなのだと本人談。

 計測データが他に見せて問題ない物でありながら外に示さなかったのは、ウエインの兄レシオスの意向なのだそうだ。

 金銭には頓着せず、自身の夢・目的の為に邁進した男。彼の思想に賛同、ないしは同調していた仲間達。彼等の意思で地図データは各自の手元に残された。

 損得を抜きして純粋に遺跡の秘密を追う。それが彼等の理念であり、意図する所だったのだろう。

 研究者でもないのに、知的探究心に突き動かされて遺跡の実態のみを追おうとした彼等の姿勢。それを崇高な活動と評す者もいるだろうが、正直、僕には理解出来ないな。

 秘密を暴いた先に富が見えるからこそ、危険に挑もうというのに。

 苦労の末得られた物が、学術的価値のある歴史的資料だろうと、未知なる文明の偉大な痕跡だろうと、僕は嬉しくもなんともない。それが自らの利益に繋がる物ならば満足するし喜ぶんだけどね。もし直接的な益に結びつかない物だったなら、僕は確実に落胆するだろう。

 自らの手へ労力に見合った見返りが入らないなら、危険を冒してまで働こうなんてしないさ。

 だから彼等の考えや、ウエインの兄の後を追いたいという気持ちも、僕は納得の頷きを返せない。ただ、その何かに向かって走ろうという覚悟の強さだけは認める所だ。


妨害者アクトレアと戦いながら地図の確認をするのは難しいわ。だから今のうちに大体のルートを覚えておいて。マーキングしてあるでしょ?」


 アキさんの言葉で思考を断ち、僕は手許に開かれた立体映像へ意識を注ぐ。

 無数の分岐が複雑に絡まる迷宮じみた遺跡内図には、彼の言うとおり最短・最適と思える行き道が色分けして加えられていた。

 赤い矢印状のポインタが入り口からジグザグに走り、階下への移動通路へと続く。

 これを辿っていけば、比較的早く下層へ至れるのだろうか。そうであっても『安全』に、とはいかないだろうけど。


「上の方はこの1年余りで、同業共に荒らし尽くされてるだろうからな。お宝を目指すなら下しかねぇか」

「帰ってくる時の事も考えないといけないから、時間とペース配分が難しそうだね。モタモタしてたら、何か見付ける前にタイムリミットがきちゃう」

「確かにその危険性もある。あんまり焦っても駄目だし、かといってものんびりも出来ない。アクトレアとの戦いや内部調査の時間も考慮しないと」


 携行する食糧や僕達の体力を基盤に考えるなら、地下へ潜るのに3日、上って来るのに3日という所か。1日ぐらいは余裕を見ておかないと、いざって時に困るしね。


「初陣でいきなり下層深部まで下りようなんて意気込んじゃ駄目よ」


 先をペンライトで照らし歩き続けるアキさん。彼の全身には余裕が漂っているように感じる。

 やはり何度も遺跡に挑戦し、一定の成果を上げているからか。初心者の僕達とは心構えから違うらしい。

 当然の話なんだろうけど。


「でもぉ、ある程度の戦果を上げてくれないと、アタシんトコが赤字になっちゃうけどねぇ〜」


 本気とも冗談とも取れる口調で、彼はクスクスと笑う。

 依然として顔は前を向き、脚は前方へと進んだままだ。

 僕達はどう答えていいか判らず、曖昧に笑っったり、頭を掻いたり、特に表情を変えなかったり、思い思いの反応を返して後ろへ続く。

 出口と思しき場所は、まだ見えない。


「ん?」


 遺跡への階段を目下降下中、唐突にらうが歩を止めた。


「どうかしたのか」

「いや、なんか変じゃないか?」

「変って……」

「あ、本当だ」


 劉に続いてウエインも立ち止まり、周囲へと視線を巡らす。

 2人揃って何かを感じたらしい。


「僕にはさっぱり……うん、何だ?」


 彼等に習って僕も立ち止まる。

 その時、劉とウエインが何に反応しているか僕にも判った。


「揺れてる、の?」


 ウエインは自分の足元、段々になっている踏み板を見遣る。

 そう、僕達が感じた違和感は小刻みな震動だった。

 階段の揺れが脚から伝わり、僕達にそれを教える。


「あらぁ、確かに揺れてるわねぇ」


 アキさんも気付いたのだろう。それまで続いていた歩を止めて、踵で立ち位置を数度踏み叩く。

 奇妙な異変に際して、僕達は各自に持っていたUPCSの画面を消して、各々元の持ち位置へ戻していった。


「地震か?」

「ルナ・パレスで地震なんて聞いた事もない。地球と違って、地震なんて1度も起きてない筈だ」

「じゃあ、これは何で?アキさん、判る?」


 ウエインがアキさんの方を見る。

 問われた側は顎の下からライトを照らし、自分の顔を闇に浮き掘らせた。

「残念だけどアタシにも判らないわ。こんなのは、ハ・ジ・メ・テ」

 肝試しをする小学生のような真似をしたまま、彼は首を左右へ振る。

 次の瞬間。

 小さかった震動が突如として大きくなり、僕達の全身を激しく揺さぶった。


「うぉっ!?」

「きゃぁ!」

「くっ」

「いやぁ〜ん」


 予期せぬ急震動に皆はバランスを崩し、壁に背中から打ち付けられるやら、階段にへたり込むやら。

 各々が最初の位置から身をずらし、誰も正常姿勢を保てなかった。

 突如起こった震動は、僕達全員の視界を盛大にブレさせる。

 上下左右が滅茶苦茶に攪拌され、方向感覚が瞬間的に霧散させられた。

 緊張か、それともコレを遣り過ごそうとする為か、全身は極限まで強張り、神経の一切が脳内情報の伝達を拒む。

 棒か何かになってしまったような体を、壁や階段に張り付かせて、僕達は事態が収まるのを無心に待った。

 それから3秒程が経過した時、かつて感じた事もない大揺れは、緩やかになるでもなく突発的に止まる。

 強震動が停止しても、その余韻が抜け切らない僕等は、暫く身動きが出来ない。


「皆ぁ、大丈夫?」

「は、はい。びっくりした」

「僕も無事だ」

「イテテテ。くっそ、何だってんだ?」


 激震のお陰で平衡感覚が乱れたまま、銘々よろよろと動き出す。

 僕も壁に手を付き体を支えて立ち上がると、緩く頭を振って意識の明瞭化を図った。

 手足には痺れにも似た鈍痛が走り、それと相まって、鉛を長時間持っていたような脱力感を受ける。

 見れば、皆も程度の差こそあれ同じような状態のようだ。

 そんな中で唯一良かったと言える事は、僕の眼鏡が割れなかった事か。

 あれだけの震動に晒されながら、顔から落ちてしまわなかったのは幸いである。


「それにしても妙ねぇ」

「妙って、何が?」


 服に付いた埃を手で払うアキさんへ、ウエインはスカートをはたきながら問う。

 僕には彼が不審を抱く直接の問題事が予想出来る。

 今し方の月震(月で起こる地震)が何故起こったのか、恐らくそういう事だ。


「一般的に地震っていうのは、地下にある板みたいな岩盤プレート同士が押し合っている最中、その境界部に掛かる歪みや力が限界を迎えた際に、岩盤の一部が壊れて大きく動く事で発生するのね」


 このプレートは、更に下を流れるマントルの動きによって運ばれているという。

 これらは地球に於いての話だが、月にも複数のプレートがあり、それらが関係しあって地震を起こしている。

 ただ月の地殻は地球の様な明確な層に分かれておらずバラバラである為、揺れのピークへ達するまでに長い時間を要する事や、治まるまでにもかなりの時間が掛かるといった違いがある。時には何時間も揺れ続けている場合も。

 だがその代わり、震動の大きさ自体は比較的小さな物だ。今まで確認されている最も巨大な地震でも、マグニチュード4程度。地球のそれと比べると、大きく効果は薄れている。


「ルナ・パレスが建設される際、地下プレートに幾つもの抑止装置を埋め込んで固定工事が行われているの。装置は岩盤同士の衝突エネルギーを拡散して逃がす力を持っているわ。だからルナ・パレス近郊で地震が起こる事は今まで無かった」


 体勢を立て直したアキさんは、あの揺れでも手放さなかったライトで足元や壁、天井を順々に照らし、周辺の様子を探っている。

 僕も自分のライトで辺りを確認してみるが、特に目立った変化はないようだ。

 もしも今の揺れで天井が崩れようものなら、僕達は成す術も無く生き埋められてしまう所。それなりに此処が頑丈な作りをしていて良かった。


「それじゃあ、今のって」

「抑止装置ってのが壊れたか、装置でも防ぎきれない力が掛かったか。どっちかだろうな」


 思案顔をするウエインへ対し、自分の背中を擦っているらうが意見を放る。

 彼の発言は否定出来ない。この状況では、それが最も妥当な理由に思える。

 しかし、事はルナ・パレス全体の安全が関係する問題だ。装置のメンテナンスには政府も細心の注意を払っているだろう。そうなると故障の可能性は低い。

 そうなると、装置でもカバーしきれない程のエネルギーが関与した事になる。だとしたら、それ程の力は何が原因で発生したのか。


「大きな心当たりが1つある」

「そうね」


 僕の声に、アキさんは同意の頷きを返してくる。

 僕達は互いのライトを階段の下方、今まで進んでいた方向へ向けた。

 2つ分の光が重なって、暗い闇の底を限定的に照らし出す。


「月の遺跡?」

「遺跡で何かが起こった、か」


 少女の呟きに、糸目男の声が被さる。

 僕達は肯定の意味を込めて振り返り、後ろの2人を見た。


「遺跡には日々、多くのアウェーカーが挑んでいる。その中の誰かが、遺跡で何かをした事は充分考えられるしね」

「あの遺跡はまだ判っていない部分が沢山あるから、何が起きても不思議じゃないわ」

「そっか。……でも、これから私達はどうするの?」

「進んで原因を確かめるか、戻って街の様子を見てくるか?さーて、どうしたもんかな」


 選択は2つに1つ。進むか、戻るか。

 今の震動が遺跡の力によるのならば、この先がどうなっているか予想出来ない。僕達にとって都合のいい状況になっているのか、不都合なものへ変じているか。半々といった所だ。

 皆の顔を見ても、答えを決めあぐねている様子。

 だからといって、何時までも此処で立ち止まっている訳にもいかないんだけど。

 さて、どうするかな。


「んん?」


 全員で今後の方針について考えていると、らうが怪訝そうな顔で首を捻る。

 またしても何かを感じたらしい。


「どうかしたのか」

「いや、なんか今も揺れてないか?」

「あ、本当だ」


 彼が述べると、今度もウエインが頭を縦に振る。

 僕は彼等が何を得たのか知る為に、脚へ意識を集中してみた。


「……確かに、小さな震動を感じる」


 階段に置かれた脚から伝わる揺れ。それは先のものと同じ様な、しかし何処か違う様な。


「また大きく揺れるのかな?」

「なーに。今度は俺が抱きかかえてあげるから、心配は無用さ」


 不安気なウエインへ、劉は白い歯を見せて笑う。

 いい所を見せようとしているのか。彼の場合、存外に本気そうだ。

 まぁ、抱き上げられても震動からは逃げられないと思うけど。


「待って皆、これはさっきのとは違うわ。ほら、耳を澄ますと何か聞こえる」


 アキさんが片手を上げて、僕等へと呼び掛けてくる。

 もう一方の手に持ったライトを階段の下方へ向けたまま、目を細めて耳をそばだてた。

 会話を止めて、僕等も聞こえる音を拾おうと集中する。


「……近付いて来るわね」


 彼の一言が示す通りだ。

 階段の下から、何か音が迫っているように感じる。

 まるで大量の水が押し上がって来ているような、圧倒的物量からくる巨大な唸り。鉄砲水か?


「何だか、嫌な予感がするんだけどなぁ」

「ウエインお嬢さん、気が合うね。実は俺もヤバイ気配にうなじを叩かれててね」


 2人の会話を耳に受けながらも、下から昇ってくる音が判った。

 大きい。何か知らないけど、かなり大きい音だ。

 閉鎖的な階段内で反響している所為なのか、近付いて来る音量は重複して聞こえる。


「この感じは」


 アキさんが呟いた瞬間、空気が変わった。

 それまで在った無機的なものが、何の前触れもなく痛々しいほどに張り詰める。

 敵意だ。強烈な敵意が僕等を包む空気に染み渡り、恐ろしい速度で階段の下方から上方へ伝播していく。

 あまりに急激な変化は、僕達から疑問を発す声すら奪ってしまった。

 唯一、微動だにしないアキさんを除いて。


「連中の索敵範囲に捕まったわ。アタシ達を敵と見做みなした。来るわよ、全員準備して」


 言うが早いか、アキさんは肩から提げたバッグのファスナーを開き、中から白い外装の砲身を取り出す。

 それは大きさが学生鞄を一回り小さくした程で、グリップを兼任するトリガーガードがメインフレームの上方に設置されていた。

 彼が右手でトリガーグリップを掴むと、本体先端の砲口部が前方へ迫り出し、一気に長大なバレル帯を形成する。


「ソイツは、お前が俺に薦めてきた!?」


 アキさんの手にした武器を指差し、劉が声を上げる。

 それへ反応して、スーツ姿の精神女性者は振り返ると同時にウィンクを投げた。


「そうよぉ〜、広域拡散型強襲散弾機関砲マルアークスランツェ。アタシの、オ・ハ・コ」


 色を乗せた声に劉が身震いするのを余所に、僕は階段の遠方下に現れた塊を見る。

 無数に集まった黒い影が犇き合って、こちらへ向かい突き進んでくる光景を。


「準備しろっていうのは、アレに対してか」


 僕は拳を握り、見え始めた群集を睨む。

 僕等が感じていた新たな震動の正体は地鳴り。あの群体が下から駆け上がってきた為に発生していたものだ。

 瞬時に変わった空気も、奴等から発せられるものだろう。アキさんの言葉から考えるに、僕達の存在を感知したから敵愾心を放射し出したのか。

 夥しい数の動くモノ。直接見るのは初めてだけど、間違いないだろう。

 アレは。


「まさか、アクトレアなの?」


 僕と同じモノを認めたウエインが、信じられないという顔をする。

 けれど硬直しはしない。

 手に嵌められたブレスレットが金色の輝きを放ち、見る間に巨大な双刃剣を作ると、彼女はそれを掴み取って構えを取った。


「おいおいマジかよ。まったく、冗談はよし子さんだぜ」


 顔を引き攣らせつつ溜息を吐き、劉はコートの内側、自らの両脇に両手を滑り込ませて二挺の銃を引き抜く。

 右手には黒い銃、左手には銀の銃を握って、彼は双方の銃口を階下へと向けた。


「奴さん方は遺跡から出てこないんじゃなかったのか?」

「アタシもそう聞いてたんだけどねぇ。集団で引越しでもする気かしら」

「さっきの地震と関係があるのかな」

「その可能性は大いにある。でも今は、とても調べられそうにない」


 ぱっと見、10や20じゃ利かない数だ。

 凄い勢いで押し迫ってくる。かなりの速度だし、今逃げても直ぐに追い付かれるか。

 だとしたら此処で戦う以外に道はないな。

 まさか遺跡に入る前から、あれだけの敵を相手する事になるなんてね。

 果たして、どこまでやれる?


「皆ぁ、気合い入れて踏ん張りましょうか」

「頑張ります」

「仕方ねぇ、相手してやんぜ」

「負けるつもりはない。向かい来るなら、全て倒す」


 多量の段差を踏み越えて、一心に上を目指して進む群勢。

 動く度に複数の足音が何重にも合わさって、津波のような迫力へ変じ聞こえてくる。

 階段の遠方下に見た暗色の塊影は然したる時間を置かずに、個々の形状が判るほど近くまで迫ってきた。

 無数のアクトレア全ての姿を確認する事は流石に出来ないが、先頭集団ならば大体判る。

 どうやら敵の形は概似通ったものらしい。

 全体的な大きさに差異はあれ、殆どが成人男子程の背丈をする。

 体は黒と灰の色彩が占め、脊髄の如き形状の胴部を覗かせていた。但し生物的な脆さや軟弱さは皆無で、硬質さを感じさせるメカニカルな構成だ。

 脚部は4本あり各先端は棘状、蟷螂のような下半身。上半身は人に似ているが、腕が細く長い。指は5本だが刃物のような煌きを見せている。

 やや長い首の先には、白い仮面のような顔があった。人間的な目鼻口はあるけれど、特徴という物が感じられない無機的な形。表情はなく、それが変化する事もない。本当に仮面と同じに見える。

 一言でいって異形。不気味にして醜悪。

 あんな姿の生物は、見た事も聞いた事もない。

 その面妖な怪物達が群を成して押し寄せてくる。正直、気持ちのいい光景じゃないな。

 背を向けて逃げ出したい訳じゃないが、あれだけ奇怪な化け物とは出来る事なら関わり合いたくなかった。生理的嫌悪感という奴だ。

 連中は後から後から溢れ出ているようで、先頭集団の後ろ側は敵影に染まり視認出来ない。

 いったいどれだけの数が来ているのか。もしかしたら、遺跡中のアクトレアが押し寄せているのかも。


「悪いんだけど、此処から先は通行止めよ」


 下方から駆け上がってきた異形の群集へ視線と言葉を投げ、アキさんは握る重機の狙点を定める。

 右手にトリガーグリップを握り、長大な機関砲の砲口を下面へ向けた。

 そのまま中指と薬指でトリガーを引く。けたたましい炸裂音と共に砲頭から銃口火炎マズルフラッシュが瞬き、トリガー付近本体両面に設けられたエジェクション・ポートから空薬莢が次々と零れ落ちた。

 それへ比例し、向かい来ていたアクトレア集団先頭を飾る数体の全身に、一瞬で無数の穴が穿たれる。

 文字通り蜂の巣だ。

 広域拡散する強硬散弾が砲口から発射され、標的を瞬時に貫く兵装。それがアキさんの得物らしい。

 少数で多量の敵と戦う際には非常に有用な武器だろう。また、今回のような定点防衛戦闘に於いても大きな成果を上げてくれる。

 機関砲の弾雨に晒されて全身へ多穴を生じさせたアクトレアは、欠損部から深紅の流液を噴き、その場で倒れ込み動きを止めた。

 自らから垂れ出る液体に体を汚し、それで出来た液溜まりにくず折れて動かない。完全に仕留めたようだ。

 そしてその間にもアキさんの攻撃は続いていた。

 先頭集団が倒れた事を意にも介さず、同体の骸を踏み壊し突っ込んでくるアクトレア勢。そこへ彼の広域攻撃兵器が、一点の容赦もない連弾を撃ち込む。

 来る端から異形の敵体は全身に硬弾の洗礼を受け、その都度、深紅の海へと沈んでいった。

 アキさん自身は階段の真中に立ちはだかり、階下を見下ろしながら銃撃を続ける。

 重機の大きさや繰り出される弾丸の数から見て、使用時の反動はかなりのものだと思うんだけど。不思議な事に彼は自前の武器を右腕1本で持ち支え、苦も無く平然と扱っている。

 外見の細さに反して、僕の予想を遥かに上回る腕力・体力の持ち主らしい。

 しかし、それ以上に気になった事がある。

 それは放射の度に明滅する砲口火花に照らされた彼の横顔。そこに見えたのは、凄惨な害意と殺意の混色によって彩られた破壊の悦び。

 うっすらと開けられた唇は上弦の形に歪められ、確かなる愉悦の微笑を刻んでいた。

 このアキマリナという男は、群がる異形群を自らの手で悉く破壊せしめる事に悦楽を見出している。

 それがアクトレア限定に向けられるものなのか、あらゆる物の破壊に対して等しく注がれるものなのか。それは判らない。

 けれど彼がこの状況を愉しんでいるだろう事だけは確かだ。

 別にそれが悪いとは言わない。

 何処で何をして楽しみを感じるかは個人の自由だ。他人である僕が口出しすべき事じゃない。

 例え快楽の獲得方法が倫理的に問題があったとしても、僕はその者にどうこう言う気はないし、好きにさせるさ。

 自分に被害が及ばない限りは。

 アキさんの事も、僕は何も知らない。彼が戦闘狂なのか破壊狂なのか、もっと別の何かなのか。今はまだ何も判らない状態だ。

 ただ1つ確かな事は、今、彼の力は僕等にとって大いに役立っているという事。

 彼の存在が、この予想だにしなかった状況に於いて、大変有用な効果を発揮しているという事。

 事態解決には彼の協力が必要不可欠であるという事。

 僕は元々、彼の性格云々は気にしていない。それが助けになるならば、どんな者でも手を貸してもらうつもりだ。

 結局、彼が何者でも僕の考えは変わらない。これからもね。


 アキさんの攻撃で、下層から上がってくる敵は撃ち倒されていく。

 しかしその歩みが止まることはない。

 奥から際限なく増援が現れる所為で、全く総量が減っていないように見える。

 その最中、連中は積み重なる同胞の骸を見てか、正面きっての移動を別法へ変え始めた。

 律儀に階段を上って来るモノの他に、壁や天井を伝い走るモノが現れ出す。


「あらあらちょっとぉ。皆ぁ、撃ち漏らしが行くから、お願いねぇ〜」


 正面階段を駆けるアクトレアを相手する為に、アキさんは側面や頭上の敵までは手が出せない。

 それを知ってなのか、アクトレア達は左右両壁及び天井を器用に走り、彼の掃射を逃れてこちらへ来る。


「おいでなすったな、化け物共」


 アキさんの立ち位置を過ぎる敵勢の一派。それらの接近に際して、らうは二挺の銃で応戦に移った。

 彼が狙うのは、主に天井を走る敵だ。

 4本の脚部を建材に突き刺し、体を固定して進むモノ達。劉はその頭部を正確に狙い、躊躇い無く銃撃する。

 銃口から放たれた弾丸は狙い通り敵体の顔面を撃ち抜き、同個体の活動を停止させた。

 中心から顔を潰されたモノは一切の力を無くし、活力の失せた廃体と化して天井から落下してくる。


「はい、次の方どうぞぉ!」


 劉はそれらに一瞥もくれず、次々来る新手を射ち落とし続けた。

 初撃で堕とした敵は確実に仕留めているという自信の表れか。或いは、敵勢の入れ替わりサイクルが早すぎて、余計な事に意識を割けないのか。


「此処は通さないんだから」


 劉の天井に対して右側の壁を駆けてくる敵は、ウエインが迎え撃つ。

 彼女は巨大な双刃剣センテンツアを両手で構え、大きく上体を捻ると、バットのスイング的な要領で巨剣を振り抜いた。

 武器の重量、鋭さに少女の全力が合わさった一撃は、壁を伝い来たアクトレアの胴体中央に命中し、そのまま一気に両断する。

 上下半身を2分された敵は、切断面から大量の流液を噴き出した。止め処なく噴出する深い赤が壁を瞬く間に汚す中、斬り離された上半身は下方の群内へと飛んでいく。


「まだ、まだぁ!」


 続け様、ウエインは返す刃で後続の敵勢を叩き斬り、寸断した別体の体を後から来る同形体へ投げ付けた。

 そこから更に双刃剣を横薙ぎに振るい、次手の頭部を半分から斬り飛ばす。


「こんのぉ!」


 頭を失ったアクトレアを蹴り倒し、構え直した剣を垂直に落として胴体を解断。

 止めを刺した後で再度剣を振り払い、絶え間なく攻撃範囲へ入ってくる新敵を斬り伏せた。

 彼女等の奮戦を横目に、僕も自らの割り当てで戦闘を始める。

 左壁を進路に選んだ連中が僕の相手だ。


「この状況じゃ、出し惜しみは出来ないな」


 誰が聞いている訳でもないけど、僕は胸中で定めた自らの戦法を敢えて口に出した。

 深い意味はない。しいて言うなら、自分に確認をとったという所だ。

 決意を新たに拳を握る。爆熱の破壊力をイメージし、一瞬だけ精神を集中。

 次には僕の右手へ、赤い帯状のエネルギー流が纏わり付いている。

 それを引き、狙いを付け、正面に現れたアクトレアの顔面目掛けて打ち込んだ。


「邪魔だぞ」


 手に何かを壊した感触が伝わるよりも先に、熱壊の力が標体の体組織を急速融解させ、原形留めず吹き散らす。

 完全に頭部を失った体が階段に崩れ落ち、ゴロゴロと転がって階下へ行ってしまった。だがその移動を最後まで見届ける暇はない。

 何体も現れるアクトレアが、意識の散漫を許さず引き寄せる。

 力のイメージ、そして集中。これによって左手にも破壊の熱を帯び、そちらは徒手の形にして次なる敵へと繰り出した。


「そこッ」


 僕の左手が狙った相手の胸部へと突き刺さる。正確には僕の特異能力サイキックが標的の上体を熱し、壊し、抉り進み、指先には何も触れさせぬまま貫いた。

 腕を引き抜きながら新たなイメージと集中。右脚に熱量を伴い、素早く蹴り上げる。

 脚を覆う力が同じ敵の腹部を打ち据え、抵抗も許さず焼き切った。


「トドメ」


 振りやった脚を戻し様、再度右手で拳撃を打ち、上下分体化した敵の顔面へ減り込ます。

 けれど腕は止まらず、力の加護と共に頭部を完全に消し払った。そのまま後勢敵体目指して突き進み、そいつの顔面も同じく潰す。

 腕を引く間にも新手の進出があった為、左手を固めて拳に変えて、横脇から一撃を見舞ってやった。

 1秒の防御も許さない。真横から拳で体を貫通させて、相手の機能を奪う。

 更に右手と左脚で順次後続者を相手取り、物言わぬ骸へと変じさせた。

 それでも消えない、減らない、諦めない。アクトレアの波はまだまだ続く。


「コイツ等、思ったよりも弱いな」


 左右両銃の引き金を引き続け、天井這うアクトレアを撃退しながら述べるらう

 視線は敵方に固定したままだが、幾許かの余裕はあるようだ。


「多分だけど、一層の連中ばかりなんだろう」


 彼の様子を横目で見遣って返答し、僕はすぐに正面へ意識を向け直す。

 来る敵へ破熱の力を宿した拳を打ち込み構成体を蒸発させると、回し蹴りで別敵も瞬溶させた。

 続けて拳打を繰り、新手の胴体へ穴を穿つ。


「1体1体はそんなでもないけど、ちょっと数が多すぎるよ」


 尽きる事のない敵へ巨剣を叩き込み、ウエインは力と刃に任せて寸断した。

 胴体を斬り離す音に混ざり、彼女の苦渋を染めた一声が聞こえてくる。

 確かに個々の強さは然程でもない。しかし如何せん数が多い。

 倒しても倒しても減る気配を見せない敵は、階下から常時新手が駆け上がってきているようだ。

 このままでは直に、こちらが限界を迎えてしまう。


「ホント、キリがないわねぇ。しつこい奴は女の子に嫌われるわよ」


 アキさんは辟易気味の声を上げつつも、砲撃を一切緩めない。

 発射機構に直結するトリガーは、2つ指によって押し込まれたまま固定され、砲口からの散連撃を促し続けている。

 斉射の後に拡がる専用弾は、犇くアクトレアの全身に減り込み、突き抜け、無数の風穴を作り上げた。

 今の僕達からは彼の背中しか見えないが、顔はきっと陰惨な笑みに歪んでいるのだろう。飽く事のない、破壊と殺戮の悦びによって。


「それにしても、まるで勢いが衰えないな」


 誰とはなしに独りごち、何体目になるか判らない新たな標的を蹴り飛ばす。

 赤の力を這わせた脚が異形の躯体へ命中すると共に、熱へ打たれる脊髄体を焼き切った。

 相手が僕達の常識内に収まる動物だったなら、これだけ同族を倒されれば恐れ、ないし警戒から無意味な突撃行動は止まるだろう。

 例えそうでなくても、同胞を討たれた怒りが敵勢への反意となって、僅かばかりでも感じられた筈だ。

 しかしアクトレア達にはそれがない。

 目の前で同系体が倒されても怯まず、脅えず、無反応に無感情に突っ込んでくる。まるで自分以外の個体など最初から見えていないかのように。

 なにせ連中は、倒されたばかりの前走者の遺骸を何事もない様子で踏み砕き、溢れる流液を自ら浴びても気にしないのだ。凡そ生物的な精神という物を持っているとは思えない。

 有機物と無機物の中間的な外観から考えて、ロボットか何かの部類に入るのだろうか。けれど奴等からはたった1つだけ、感情に類する物を受けているけれど。

 それは敵意。他に比類なき強烈な敵意。これだけが無感動にして平常の態を保つ相手より、唯一感じ入る。

 ただ、その敵意が僕達に向けられているのか、それ以外へ向いているのかは判らないが。


「キャッ!」


 背後から聞こえた悲鳴へ、回し蹴りついでに目を向ける。

 アクトレアの1体が細くも鋭利な腕を突き出し、ウエインの右肩を切り裂いたようだった。

 直撃ではなく外側を掠められた程度のようだが、セーラー服の一部が破れて素肌に裂傷を負っている。ナイフで切られたような傷口からは鮮血が滲んで見えた。

 傷自体は大した事無い。だが痛み伴う攻撃を受けた事が、彼女の反応を致命的に遅らせてしまう。

 時間にしては1秒程度の空白。それが現状を一転させる最初の綻びと化す。

 ウエインが咄嗟に身を硬めてしまった僅かの間に、絶え間なく押し寄せる敵群の1体が彼女の横を通過した。そいつは自分達の進行を妨害していた少女には目もくれず、壁を踏み締めながら階段上方へ駆け進む。


「あっ」


 我に返った彼女が、自分の守りを突破したアクトレアを、思わず追おうとしてしまう。

 その反射的な動作が新たな隙を作り、別の個体にも奥行きを許してしまった。


「チィッ、こなクソ!」


 事態に気付いた劉が彼女をフォローしようと、僕等へ背を向けた敵目掛けて銃を撃つ。

 だが素早く遠退く相手には当たらない。

 それどころか、彼が主力を片方別所に向けた事で、天井組の防波堤に穴が生じた。これを見逃さないアクトレア勢、何体かが一気に劉の頭上を越えて行く。


「ぬぁ!? しまったァッ!」


 防衛ラインを通過された為に痛恨の呻きを上げて、劉は必死に逃走勢へ撃ち縋った。

 けれど結果は収穫なし。スロープ状に傾斜する天井部を、アクトレア達は一心に直走り去ってしまう。

 仲間のミスをすすごうと行動したなら裏目に出、状況の悪化を招いてしまうとは。

 ウエインはまだいい。アウェーカーになって日も浅く、実戦経験の少なさが虚を突いた為の失態。ミスはミスだが、頭ごなしにどうこう言うには酷だろう。

 しかし劉はどうか。ベテラン風を吹かして大口叩いてたくせして、自分のお与え分を考慮せず、無計画に助けへ入ろうとする無思慮の結果だ。

 こちらには弁明の余地なし。


「馬鹿が」


 横目で劉を睨み過ぎ、僕は前面に立った新敵へ遠心力を乗せた蹴撃を見舞った。

 炎の如く視覚されるエネルギー流が、敵体の上半身を一撃で消滅させる。

 次いで脇を抜けようとするアクトレアへと、アッパー調に拳打を入れた。

 赤の粒子を周囲へ散らし、貴敵の上体を抉り裂く。そのまま下顎へ入った腕は頭を壊し、熱で焼いて消し去った。

 この時、鮮烈な痛みが胸の奥で疼く。

 思わず顔を顰め、無意識に奥歯を強く噛み締めた。

 手足が満足に動く間は、1体たりとて通さないつもりではある。でもこの調子だと、そう遠くないうちに僕も劉達以上のミスを犯すかもしれない。

 事態は目下暗転中か。

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