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話の14:準備しませう(4)

 豊富な商品類を物色し、各自に必要な物を見付け出した後。

 僕等は最初にアキさんと出会った銃火器専門コーナー近くへ集まった。

 そこで彼が事前に備えていたロールボストンタイプのバッグを1人1つずつ受け取り、自ら選んだ物品を納めつつ中身の確認を行う。

 アキさんが用意していた道具類、まずは簡易医療キット。

 中に入っているのは、傷口に吹き付ける事で蛋白素子のナノマシンが負傷部を覆い、止血効果と雑菌侵入防止機能を発揮するナノスプレー。各種抗生物質に鎮痛剤と鎮静剤。それらを体内へ送る為の注射器。疲労回復を促進する医薬系栄養ドリンク。以上だ。

 他には朝・昼・夕の1日3本摂取で必要な栄養を全てカバー出来る栄養素圧縮型の携帯食料が7箱分。これは1箱3本入りで、形状はカロリーメイトに似ている。

 同じく多用な養素が含まれる高純度ウォーターが1リットルペットボトルで4本。

 小型ながら光量の大きいペンライト2本に、やや大きめのサーチライトが1つ。

 頑丈正確なアナログ式時計とデジタル時計を各1つずつ。

 ライトや時計を始め、個人が持つ電子機器のエネルギー源になるチップ型新造電池3つ。

 はぐれた場合を考慮しての発信機。

 自分の存在を他者に報せる為の信号弾。これは手榴弾のような形をしており、上部に差し込まれているピンを抜いて投擲する事で、激しく光る照明型。

 保温効果と丈夫さを兼ね備えた寝袋が1つ。丈夫な構造布で出来た敷設が安易なシェルターは、アキさんの荷物にだけ入れられた。

 これに各人で用意した最低限の着替え、携帯ティッシュなどの小物、スペアブーツ及び装備類を加える。

 ちなみに僕が持ってきたのは強壮剤アスピリード03を1瓶と、護身用にコンバットナイフを1振り。ナイフの方は後ろ腰のベルトに差し込んだ。

 最後に各自が持つUPCS(Unification Personal Computer Systemの略)に、現在までで判明している遺跡内の地図をダウンロードすれば準備完了。

 尚、UPCSとは小型化と高性能化の一途を辿ったパソコンが、最終的に辿り着いた形態を指す。一昔前のデスクトップタイプが更に大容量となり、そのくせ体面積は極限まで小さくなった機器だ。

 大きさは片手に収まる携帯電話サイズで、携帯の機能もそのまま併合されたハイスペック電子端末。

 これは三次元座標検出システムによってUPCS上方空間に出力される立体映像式画面ホログラフィックモニターへ触れ、使いたい機能を選択する事で任意に操作出来る。

 多少値は張るものの、今では個人に1つ専用UPCSが持たれている時代。

 特にアウェーカーは仕事の斡旋や情報収集、報酬譲渡の手段として等、世話になる機会が大変多い。ほぼ全てのアウェーカーが、最低1つは持っているだろう。


 全ての確認が無事終了。これで用意は整った。


「皆ぁ、準備はOKね。これからいよいよ遺跡へ向かうわよ」


 アキさんの言葉に各自が頷き、指定のバッグを肩に掛ける。

 これから先、長い探索行を手助けする道具達がバッグから伸びるショルダーストラップを通じて、重さという形で確かな存在を伝えてきた。


「それじゃ、出発しましょうか」

「うん」

「よーし、行こうぜ」

「ああ、判った」


 それぞれが思い思いの返答で了承を示し、僕達は動き始める。

 目指すは現区画の北西部。ルナ・パレス最西端に設けられた特別警戒隔離閉鎖区だ。

 そこは月面軍が常時警戒態勢を敷き、一般人の侵入や接近を厳重に規制している。鋭い監視の目が光る中、同区に入れるのはアウェーカーのみ。

 とは言えアウェーカーには免許や証明書がないから、アウェーカーを名乗れば誰でも通る事が出来るんだけど。

 その先に待ち受けるのが、月面地下遺跡への入り口だ。


 数々の荷を手に入れた装販店ショップを後にして、僕達は半放棄区画を北上する。

 この区画を抜けた先、通常的統制の敷かれた一般区に出て、其処からはタクシーを拾い目的区まで移動する手筈だ。

 生憎とこの辺一帯のスラム相当区まで走ってくれる善良なタクシーは存在しない為、此処から一般区までは歩いていかなければならないけれど。

 立ち並ぶ建造物のどれもが墓石めいた静謐さを纏う、そんな当区中央道。

 道の両脇には隙間無い程に建物が林立するも、人気の無さが閑散とした雰囲気を与えている。

 昼間から寒々しさに覆われた幅広い一本道を、僕達は4人連れ立って進んでいた。


「今のうちに遺跡探索で必要な事を講義しておきましょうか」


 他愛ない雑談を交わして僕等の中、アキさんがそう切り出して皆の視線を集める。

 遺跡に何度も挑んだ謂わばベテランの彼から、初心者への注意と心構えが教えられるのだ。

 前知識が有ると無いでは大違い。これは耳を傾けておくべきだろう。


「是非聞きたい。お願いします、アキさん」

「ま、減るもんじゃないしな。それにスラムを出るまで暇だしよ、聞いてみるか」

「有益な情報なら歓迎だよ」

「ウフフ、それじゃアキちゃんの月面遺跡ワンポイントレッスンよ〜」


 皆に求められた事が嬉しかったのか、彼は上機嫌に口頭講義開始を宣言する。

 果たして、どんな話を聞かせてくれるのか。


「まず1つ、単独行動はしない事。チームで動いてるって事を常に意識して、勝手な行動は慎んでね」


 人差し指を1本立てて、アキさんは僕等の顔を順々に見遣る。


「1人で勝手して自分だけがピンチになってクタバルなら自業自得で済むけど、チーム活動である以上他の皆にも危機が及んじゃうわ。好き勝手すると自分の所為で皆が割を食う、頭の片隅に置いておいてね」


 まずは基本というところか。これは遺跡探索でなくても集団行動に於ける大前提だ。

 命に関わるという切実な問題は遺跡用だけど。


「2つ目、仲間同士のフォローは忘れない。これから向かう遺跡は1人で進むには辛すぎる。だからアタシ達はチームを組んでるのよ。お互いにサポートし合い、足りない部分を補って動く為にね。そこを忘れちゃ駄目」


 これも集団行動の原則。

 強制的に徒党を組まされたのではなく、僕等は自ら望んで一団を形成した。そうである以上、協調性の無さを理由に手の貸しあいを疎かにする事は出来ない。

 改めて言われるまでもない事のように思うが、再確認しておくのは間違いじゃないだろう。


「3つ目、皆仲良くする事。チーム内の不協和音はペースを乱すし、何だかんだで動きを鈍らせるもの。百害あって一利なしなんだから、仲違いなんて厳禁よ」


 これも正論。

 集団行動を実行する場合、最も危惧すべき問題はチームメンバーの不仲だ。

 忌み嫌う相手との共闘程難しい物はなく、それによって効果的な連携行動が取れなくなる。最悪互いに足を引っ張り合って自滅などという事にも成りかねない。

 そしてコト対人関係、心の問題である故に最も調整が難しく、注意していても拗れる可能性を完全には払拭出来ない問題だ。

 特に極限状態へ追い込まれた人間同士ならば、平時では考えられないような事態へ転がってしまう危険性も充分ある。

 一見簡単そう、当たり前に思えて、これ程に意識せねばならない事も珍しいか。

 僕達の場合、1番危ないのはらうとアキさんだろう。アキさんの方は兎も角、劉は彼を一方的に嫌っている様子。ウエインの手前、表立って嫌な顔や不平を漏らしてはいないけれど、彼がアキさんを避けたがっているのは何となく判る。

 この2人の関係・動向には、少し注意を払わないといけないかもな。


「4つ目は、妨害者アクトレアに遭遇しても、必要最低限の戦闘しかしない事」

「アクトレアって、確か際限なく現れるんだっけ?」

「その通りよ。一ヶ所に留まって、来る奴来る奴相手にしてたら、それこそ1歩も進めなくなっちゃうわ。基本、敵との戦闘は進行経路に立ち塞がるものの排除にのみ限る事ね」


 やっぱりそうか。

 戦闘は極力避けて、遺跡の内部を進む事に専念した方が効率はいいようだ。目前の敵だけを相手して、後はなんとか振り切るのが最も無難且つ安全なのだろう。

 アキさんやウエインの兄(確かレシオスだったか)も、そういうスタンスで遺物を手に入れてきたようだし。


「はい、おしまい」

「終わりかよ!?」


 微笑んだまま両手を軽く打ち合わせ、アキさんは講義の終了を告げる。

 と同時に、誰よりも早く劉がツッコミを入れた。


「何だか、基本的な事ばかりだったけど」


 顎に人差し指を1本当てて、ウエインが考える素振りをする。

 僕は特にどうという動きはしないけれど、これだけである事に2人と同じ不安を、僅かながら感じていた。


「基本こそが最も大事なの。特に月面遺跡みたいな難易度の高い場所ではね、複雑な応用に趣向を凝らすより、単純な基本に則して動く方が大切なんだから。これはアタシの経験論よ」


 左手で右肘を掴み、アキさんは微笑を僕達に向ける。

 経験者がそうだと言っているんだから、それはそれで説得力があるような。

 でも考えてみれば、僕達は出会ったばかりの急造チームな訳で。互いの特性やスタイルは殆ど知らない状態だ。優先的に行いたいのは仲間の事を色々と知る事だろう。

 そんな時に難解な注意事項を10も20も伝えられたとして、果たして全てを守れるかと言われればNOと言わざる負えまい。

 となると、最小限に抑えられた基本中の基本を心に留め置くのが、結果的には1番効果的なのかもしれないな。


「そーいうもんかぁ?」

「そーいうもんよ」

「そーいうもんかも」

「そーいうもんだろ」


 1人不信気な劉に対し、僕等3人は納得と同意の頷きを返した。


 僕等はその後も議論を交わし、その間に目的とする一般区への到達を果たした。

 そこでアキさんがUPCSを使い呼んでおいたタクシーへ乗り込み、ルナ・パレスを一路西進する。

 反磁力の力で路面スレスレを浮遊し、無音・高速で移動する車両。ルナ・パレスでは一般的な磁気力推進車に揺られ、車窓から賑やかな街並みを眺めつつ僕達は進んだ。

 半放棄区画と一般区の間へは、本当に雲泥の差がある。

 人気の殆ど無い前者に対し、後者は大都市に相応しい活気と喧噪、人混みと車の往来が満ち満ちている。

 とても同じ街中と思えないこの差異には、何時見ても凝然とさせられる。

 ルナ・パレスの中心から東西南北に十字型へ伸びる大中央道を只管西へ走り続け、僕達を乗せたタクシーは無数に立ち並ぶ高層ビル群を横目に、幾つもの区画を通り過ぎた。

 広大な都市と其処で生きる人々の流れを瞳に映し、飽く事無くそれを見続けていた僕は、胸の内に湧く期待と懼れに我知らず拳を握る。

 着実に近付く月の地下遺跡。その事実が、其処への挑戦を前に僕の心を奮わせた。

 後には退けない、退く訳にはいかない。僕は是が非でもこの探索行を成功させ、貴重な遺物を見事持ち帰り、それによる報酬を、可能ならば大報酬を手に入れねばならないのだから。

 義務感と使命感。昔から僕を縛り続けるこの2つが、今は僕自身の意思によって固められ、向かうべき場所を定めている。

 次々と流れて消える景色を前に、僕は目を閉じた。

 時折そうするように何も考えず、頭の中を白く染め上げる。

 自然と手は、首から提げるロザリオへ伸び、これを微かに握っていた。

 小さく1つ息を吐き、肩から、腕から、脚から、全身から、順々に力を抜く。

 瞼の裏、何も無い闇の中。程無くするとその奥に、ぼんやりと映像が浮かび上がった。

 振り返ると心の荒む、怖気しか走らない僕の記憶。苦味を伴う忌まわしき思い出の中に在って、唯一というべき温かな光。

 触れてしまえば傷付く前に壊れるような、儚げで微かなもの。

 うっすらとながらそれを垣間見た瞬間、僕は目を開けた。

 ロザリオを握る手も放し、眼鏡を取って、窓越しに空を見上げる。

 ルナ・パレス全体を覆う巨大な天蓋。ドーム型に都市を包み込む超硬シールドに投射された擬似的な、しかし本物と見紛う精巧な青空の映像。

 流れる雲と無限に思える蒼穹の果て、しかし実際には何も無い偽りの空。その遥か先を見詰めて、僕は己の内に改めて誓う。

 必ず金を手に入れてみせる。少なからざる大金を得て、あの子の元に戻ると。


 それまで一定速度で後方へ送られていた景色の動きが緩やかとなり、程無くして流れが完全に止まった。

 それに伴い僅かな浮遊感が消える。車体が路面に下り立ち、進行を停止したのだと判った。


「お客さん方、着きましたよ」


 バックミラー越しに僕等の方を見て、壮年の運転手が平板な声で告げる。


「どうもありがとうね」


 にこやかに微笑みながら、アキさんは銀製のカードを懐から取り出し、座席脇に設けられたスリットに差し入れた。

 同時に後部座席の左右両ドアが外側へと押し開く。

 キャッシュカードによる清算を済ませ、元あったようにカードを懐に仕舞うと、アキさんは淀みない動作で車外へと降りた。

 それへ続き、ウエインにらう、僕も外へと出る。

 僕等の降車と共にタクシーの後部トランクが開かれ、僕達はその中から自分のバッグを取り出して肩に提げていった。


「毎度」


 愛想笑い1つしない運転手の声が、トランクとドアの閉音に重なる。

 何者も乗せなくなったタクシーは静かに路面から浮き上がり、軽やかにUターンすると来た道を駆け戻り、直ぐに見えなくなった。

 残された僕等は去り行くタクシーから視線を外し、向かうべき方角へと向き直る。

 一同の視界に入るのは、半球状のドーム型構造体。遺跡への入り口を収めた施設だ。


「じゃぁ、行きましょうか」


 アキさんの声で僕達は歩き始める。

 ルナ・パレスの西端で、道路の真ん中に建てられた建造物へ向かい。

 ドーム型施設の周囲には何台ものトレーラーや、深緑の戦車砲台、全高5m級の搭乗式人型機動兵器が配備されていた。有事の際には即戦力として戦えるよう調整準備された物達だろう。

 そしてそれ以上に多い軍人達が随所に居り、方々から僕達を見詰めてきた。

 無遠慮な視線の洗礼が、容赦なく僕等4人に突き刺さる。


「そんなに珍しいかよ」


 劉は憮然となって頭を掻き、周囲へと首を巡らす。


「ちょっと視線が、痛いかも」


 ウエインは困ったように笑うと、心なしアキさんの背に隠れるような位置へ寄った。


「此処は何時もこんな感じよ。何かしてくる訳でなし、怯える必要はないわ」


 口許へ手を当てて微笑しつつ、アキさんは臆する事無く歩を踏んでいる。

 僕は視界のあちこちに立つ兵士よりも、変化の激しい皆の方を見ながら前へ進んだ。

 更に暫く歩いて、僕達はドームの前へ辿り着く。

 その入り口には左右を固めるように2人の軍人が立っていた。

 双方とも大柄で屈強そうな男だ。迷彩柄の戦闘服を着込み、同じく迷彩柄のヘルメットを目深に被っている。

 軍人達は手にアサルトライフルを握ったまま、メットの下から僕達を見た。


「何をしにきた」


 低く、ドスの効いた声。軍人の片方が、見かけ通りの無骨な声で問う。


「アタシ達はアウェーカーよ。この下にある遺跡へ潜りたいの。通してくれるわよね」


 威圧的な相手に全く臆さず、アキさんは堂々とした態度で応対した。

 なんというか男らしい。けど、そう言っても彼は喜ばないんだろうな。


「……そんな小娘共もアウェーカーだと?見えんな」


 軍人はウエインと、どうやら僕を見ているらしい。

 小娘『共』って言ったしね。

 今の僕はどんな顔をしているのか。コメカミに青筋ぐらい立ってそうな気がするけど。


「ウフフ、こう見えても強いのよ?なんなら試してみる」


 アキさんが口にするのは挑戦的な物言い。

 面と向かって相手を挑発し、少しばかり体の位置をずらして、僕とウエインを相手の視野直線状に立たせる。


「ふん。貴様等と遊んでいられるほど暇じゃないんでな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、軍人は振り返って、壁に併設されたボタンを操作した。

 彼の指が規則的に動いた後、僕等の正面に見えていた鋼鉄製の扉が、路面へと沈み込んでいく。


「この先に行くのは自己責任だ。何があっても救助が来ると思うな」


 相変わらず低くゴツイ声で言い放ち、軍人はもう興味を失くしたように僕達から視線を逸らした。

 アキさんはその脇を何も言わずに通り抜け、開かれた道を真っ直ぐ進んだ。

 僕達3人は一度だけ顔を見合わせてから、同じ様に前だけ見て彼の後を追う。

 ドーム型をした建造物の内部へと、こうして僕等は踏み込んでいった。

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