話の13:準備しませう(参)
「アキさん、霧江君はどうだった?」
アタシに気付いたウエインちゃんは、商品棚に向けていた顔を上げて問い掛けてくる。
少しだけ心配そうな彼女を安心させる為、アタシ自身の感想を添えて答えを返した。
「彼なら心配いらないわ。ちゃんと計算の出来る子だから、自棄になって自滅なんてしないわよ。きっとね」
「そっか。なら良かった」
安堵の息を吐いて、ウエインちゃんは笑みを浮かべる。
誰の事でも親身になって心配出来るのは、この子の美徳ね。
こういう所はレシオスちゃんそっくり。流石に兄妹だわ。
だからこそ放っておけないんだけど。
「さ、人の心配もここまで。次は自分の事を心配しなきゃ」
「あ、そうだね。私がこのチームの中で1番弱いんだから、皆の足を引っ張らないようにしないと」
ウエインちゃんは拳を固めて神妙な顔をする。
真面目なこの子らしい考え方ね。
でも肩に力が入りすぎ。これじゃ逆に心配だわ。
「意気込むのはいいけど、気負いすぎちゃ駄目よ?変に気を張ると、出せる力も出せないんだから」
「え、えぇっと、はい」
アタシの指摘は予想外だったのか、真剣みが強まっていた彼女の表情に困惑が入る。
それでも素直に頷いて、浅く深呼吸を始めた。
少しだけど落ち着いてきてるわ。
「確かにウエインちゃんは経験不足だけど、それを負い目に感じる事はないのよ。誰だって最初は初心者なんだから」
「は、はい」
「初めから上手くやろうなんてしなくてもいいの。無理をすれば良い成果が出るというものでもないからね。寧ろ自然体でいる方が、良く動けるんだから」
ウエインちゃんもレシオスちゃん同様に一本気だわ。真面目で素直で真っ直ぐだけど、その所為で応用があんまり利かないのよね。1つの道を見たら、それしか無いと思っちゃう。
目の前の事に無心で打ち込めるのは悪い事じゃないけど、時には周囲を万遍なく見渡せないと。特にアウェーカーなんて仕事は、臨機応変に動く事が重要になってくるんだから。
こういう危なっかしい所までそっくりだと、ますます気に掛かる。ホント、レシオスちゃんが戻ってきたみたい。
「新米さんはね、先輩達に迷惑かけるぐらいで丁度いいのよ。失敗して、そこから学んで、誰しもそうやって成長していくものなんだから。後はアタシ達がフォローするから」
「はい」
「勿論、迷惑を掛けない様にしようって思うのは大切だけど、そればっかりに意識を向けてちゃ駄目よ。重要なのは自分に出来る事を着実にこなす事。自分の力と程度をちゃんと把握して、その範囲で無理なく動く事ね。過信や焦りは禁物だから、覚えておいて」
「うん、判った。私、頑張りすぎないように頑張る。……て、なんか変だね」
ウエインちゃんは表情を緩めてクスクスと笑う。
さっきまでの緊張も、それなりに解けたみたいだわ。取り合えず、無茶を事前に押さえられたという観点では安心かしら。
とは言うものの、彼女が自分の未熟さに引け目を感じるのも無理ないのよね。レシオスちゃんが命を散らした遺跡に潜ろうっていうんだから。
本当なら今のウエインちゃんを連れて行くべきじゃない。もっと経験を積んで、腕を上げてからじゃないと危険だわ。熟練者だって危ないんだもの。
でもだからと言って、アタシが止めてもこの子は1人で行ってしまうでしょうね。兄であるレシオスちゃんの軌跡をなぞる為に。それなら一緒に行くのが現状での最善だわ。
妥協なんて器用な事が出来る子じゃないのよ。頑固というか。その姿勢もまたレシオスちゃんそのものだわ。時折、本当に2人がダブって見える程よ。
あの子も初めのうちは、こんな風に危なっかしかったわね。真面目で御人好し、お節介で無駄に優しい変わった子。
だけど不思議な雰囲気を持っていたわ。頑なだった人の心を、何時の間にか溶かしてしまうような。
もう何年も忘れていた、誰かを何かを護るという気持ち。アタシにそれを思い出させてくれたのも彼だった。レシオスちゃんのお陰で、アタシは見失っていた道を見付け直せたのよ。
この仮は、護る事で返そうと思ってたのにね。
人生にやり直しはきかない。だけど同じ過ちを繰り返さぬよう、新たに進む事は出来る。
だから今度こそは……
「アキさん」
「なにかしら?」
「色々と、ごめんなさい」
「それは言わない約束でしょ?」
不安に沈みかけた彼女へと、アタシは何時も通りに微笑みかける。
アタシに彼女を責める気はないわ。譲れない事があると、無理だと判ってても突っ走ろうとしちゃう。そんな欠点も含めて、ウエイン・ダートルーナなんだから。
「さーさ、必要な装備を買って準備を終わらせちゃいましょ。任意に展開出来る電磁シールドなんてオススメよ」
「うん」
今はウエインちゃんに見合う道具を選びましょう。
少しでも、この子の生き残る可能性を高める為に。
願わくば、彼女の願いが叶うよう。