No.95
No.95
褐色の男は小さな声で『よぅ……』と、挨拶を交わした。それを見て二人は。
『あ、兄さんじゃないですか。久しぶり元気でした?』
『あら、貴方でしたの。お元気そうで何よりですわ、それで今言った言葉ですけど』
『…………………………zzz』
寝とる!? 話振っといて、この人寝てるよ!?
しかも半目開けたまんま。器用な寝方してんな。
『あ、相変わらずですわね……』
『起きてる方が少ないからな、兄さん』
「言った言葉も気になるが。この人の石貰った覚えがないんだが、なんで現れたんだ?」
たぶんこの人トラさんを守護してるんだろうけど。
『あら気づいてなかったんですわね。上に居た子が降りたときに、後ろに置いていきましたわよ』
なにぃいい!? ほ、ほんとだ…………いつの間に。
自分の後ろには薄緑色の石が置かれていた。
トラさん、何か言って置いてってくれよ……。
『でもこの人のお陰で、あの子が言った言葉を思いだしましたわ』
「願望がどうたらって言ったやつか?」
『そうですわ。渡界者は世界を渡る前に強い願望があれば、それが力となり形となる、と』
願望……。確かこの世界に来る前に、ゲームを久しぶりにやりたいなとか思ったけどそれか? それでこんな能力なのか? あんなちょこっと思ったこと? 全然強い願望じゃないよ?
そう言えば渡界者の説明文にも、自分でも持ち得ない能力を得ると書いてあったが、そう言うことなのか?
そうなるとこの能力は完全に自分だけのワンオフな能力になってくるな。こりゃ他の人が聞いても知らないわけだ。地球でレベルやスキルが現実で使えるようになりましたと言ってるようなものだもんな。あ、でもこの世界に魔法があるのに、その辺は不思議だよな。
『魔術や魔法は技術として体系がありますわ。こうすれば扱えるようになると言う風に。ですが貴方のその力は、努力や勤勉と言ったものを根こそぎ取っ払うような力ですわ』
また口に出てたか。しかし言わんとすることは分かる。何年も努力を重ね地道に築き上げてきた力を、ほんの数日。下手すれば数時間でそれを越えてしまう力を得てしまうんだから。うーん、チート能力とはよく言ったもんだ。
「これってやっぱり黙っていた方がいいよな」
『そんな力を持っていると知られれば良いように扱われますわね。まあ貴方が望むなら公言すれば宜しいんじゃなくて』
いやです! のんびりとひっそりと暮らしたいです! と言うことでこれからはもっと気をつけてやっていかないと。でも隠していけるか? 途中で面倒臭くなりそう。
「ウィキキ~♪」
改めて自分のこの世界の生き方を考えているところに、一匹のピンクサルがやって来た。
そして、簀巻きにされ転がっているあれを見て。
「ウィキキ?」
「ん、あれか。あれはあいつの趣味だ。見て見ろ、あの喜んでいる顔を」
適当な事を言いつつ金髪男を指差す。
その顔は上気していて、鼻息すらいまだ荒い。うん、適当でも無いかもしれない。
同じ男としても詳しく語りたくないなあ。あれだ、モザイク処理をするか、透明化して見えなくしといてくんないかな。
「ウキキィ……」
何やら悟っているな、お前。
「時に光の玉が欲しいと言ったが、どうするんだ?」
「ウィキィ~♪」
詳しく聞けばトウカやトラさんに、あの高速連打の羽根つきの技を見せたいとの事だ。
そしてこの時、自分の灰色な脳細胞に、黒い考えがよぎった。
「ほほ~う、なるほど。時に金髪男にもその技を見せて上げたらどうかね」
「ウキキ?」
「なに簡単なことだ。金髪男に向かって光の玉を連打すればいいだけの話だ」
「ウキキィウキキ~?」
ピンクサル似合わせるようにしゃがみ、ポッンと肩に手を置き。ドリルのお方の方を指差し。
「さっきまでなあ、あのドリルの方があの男を殴る蹴るだのしていたんだが。あの男はそれを喜んでいたんだ。なぁに、自分が作った光の玉が当たったところで、あいつにとってはご褒美だ!」
『ちょっ、なに言ってんだ兄ちゃん! 俺っちが喜ぶのは女性から、アヒィーン❤』
『と、このようにこの男は痛みにたいして喜びますので、ジャンジャンやって構いませんわ! むしろ推奨しますわ!』
否定の言葉を吐きそうになったときに、間髪入れずにドリルの方が作り出した植物のムチで、金髪男を叩いた。
「ウキィ。ウィキィ~♪」
そう言ってピンクサルはみんなの輪の方へ駆けていった。
自分はドリルの方に親指を立てて「ぐっじょぶ!」と言い放つと。ドリルのお方も同じように返した。
『今度の候補者は怖い奴なのな……』
『兄さん! 起きてるんなら助けて! 俺っちは、俺っちは……』
『うーん、お前のはいつもの自業自得ぽいからそのまま受けとけば』
『ウキッ!? いやまて、ここから脱出すればまだ助かる道がーー』
『させるとお思いですの!』
『ウキキッ!? ちょっ姉さんこれじゃ脱出が、モガモガ!』
植物をさらに呼び出し、幾重にも体を縛り上げ、がんじがらめ状態にされた。
「ウキキー」
ズラリと並んだピンクサル達。その後ろにはトウカとトラさん。
自分は光の玉を作り、ピンクサル達の前に持っていく。
「よーしお前ら。金髪男に感謝の気持ちもあるだろう。それをありッッッたけのせてーーーぶちかませっぇえええ!!」
「「「「ウィキィーーー!」」」」
『モガモガー!?』
その後いつぞや見た、異次元テニスを越える光弾の嵐が金髪男を襲ったのだった。
「わぁーきれい。トウイチロウ、きれいだよ!」
「うにゃにゃーん」
そんなことを言いながら、トラさんもちゃっかり参戦していたのだった。
『いい気味ですわ。胸が少しスッとしましたわね』
『二人とも怖いなぁー。なあ、怖いから俺、寝ててもいいかな?』
こっちはこっちでって感じだな。
ドリルのお方、あれだけの光弾の嵐を見ても少しなんですか……。あいつがどれだけの所業をしてきたのかが伺えるセリフだな。
それと、あー寝太郎さんとても呼ぼうか。あれにたいして棒読みか。寝ること以外興味ないんだな。
そんな自分はトウカのとなりに立ち。
「どうだ? 楽しいか?」
「うん! あのね、おさるさん達もね仲良くしてくれてね。食べ物とかいっぱいくれたの!」
「そうか、良かったな。あいつらは気の良い奴等だ。きっとこれからも仲良くできるぞ」
まだ話足りないと手を大きく広げ、どれだけ楽しかったかを表現するトウカ。
それから最後に少し俯きになり。
「あのね、でもね。一番嬉しいのは、トウイチロウがトウカにみんなと同じように話してくれるようになったこと……だよ」
「…………そうか。この喋りで嫌じゃなければこれでいかせてもらうな」
「うん! その方が良い!」
自分より少し背が高めのトウカの頭をなでる。
見た目は大人と子供が逆に見えるだろうが、ここにはそんなことを気にする者は居ないだろう。
そんな周りに居る者達を見て、ずいぶんと人数が多くなったなと感慨深くも思った。
「色々分かったこともあるが。これから先も自分の思いとは裏腹に増えていきそうな気がするな」
「何が増えていくの?」
そんな疑問の声を上げるトウカに「まあ、色々さ」と言い。さらに優しく頭をなでて誤魔化したのだった。