No.90
No.90
心の中に溜め込んでいたものが、一気に出た為だろうか。
トウカさんは泣き疲れ。自分にすがり付くように眠ってしまった。
「これは暫くは動けないな」
「にゃ~ん」
あと少しで竹林、それも道がある場所なんだけれど。背負っていくにしても荷物があるしな。目が覚めるまでこうしているか。
「彼女が起きるまで待ってようか」
「にゃ~ん」
「…………ううっ」
しかしそんな事もつかの間、穏やかに寝たと思ったトウカさんが、少しずつうなされる様な声を漏らし始めた。
「うなされてる? さっきまで穏やかそうな顔をしていたのに?」
「にゃにゃーん」
「力が漏れる? 何のーー!?」
再びトウカさんの方を見たら。朱色に染まっていた髪が、黒へと戻ろうとしていた。
「ちょっ!? うなされてるのって侵食のせいか!?」
しまった! トウカさんは方士。加護者じゃないから意識を失えば、侵食への防護が無くなるのは当たり前じゃないか!
「どうする!? どうすれば!?」
「うにゃ~ん」
トラさんが竹林の方を指す。
そうだ! 【陣地作成】で作った道まで行けば!
「ーーぐっぉおおおお!」
背負った荷物とトウカさんを抱き抱え、ついでにトラさんも頭に乗せ立ち上がり。
竹林まで一気に。
「根性で走り抜けぇええええ!!」
「にゃ~ん♪」
ドッタドッタと、たいして速くもない走りだが。道まであと百㍍ーーー八十ーーー五十
「ぐっぉおおお、しんど! 人と荷物を持って走るのかしんどい!」
「うにゃにゃ~ん」
そう言うと自分の後方から、追い風が吹き上げてきた。
「おおっ! これならまだ行ける!」
「にゃーん」
十ーーー五、四、三、二、一。
「ーーゴール! ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、つ、つかれた…………」
「うにゃにゃーん」
「ハア、ハア、いや、むり、もうむり、ハア、ハア」
荒い息を上げながらへたり込む自分にワンモアとねだるトラさん。
そんな自分達を他所に寝続けるトウカさん。
「ハア、ハア、良く考えたら、トウカさんを起こすか。自分があの場で【陣地作成】して、空白地帯を作り出せば良かったんじゃないかのか?」
トウカさんの顔を見て冷静になり。思い返せばそっちの方がこんな苦労はしなかったと思いに至った。
「…………ううっ…………あれ、ここは?……」
そんな事を考えているとトウカさんが目を覚ます。
そしてぱちくりと自分と目が合う。
そりゃそうだ目が覚めれば抱き抱えられていて。目の前には、荒い息をあげる自分。どう考えても変態の所業だと思います。
「ハア、ハア、あの、ですね。これには深い訳が」
いまだ整わぬ息で弁解をしようと試みる。しかし予想に反して、トウカさんからの罵倒の声は上がらない。
変だなとトウカさんの方を見ると、何かボーッとしてこちらを見ている。
いや、泣き疲れる前とは少し違う。
何と言うか会った時は、目に感情の揺らぎがあまり感じられなかったが。今はその揺らぎが出ている。
「ええっと、トウカさん。大丈夫ですか?」
あまり反応がないので聞いてみたのだが、何故かトウカさんはむくれた様な顔をして。
「…………トウカ」
「はい、ですからトウカさんと」
「……さんは要らない。トウカって呼んで!」
「えっ!? いやでも……」
「……呼んで!」
「はい、ええっと、……トウカ」
「うん!」
「………………はぁ」
何やら強気で言ってくるトウカさん、いや、トウカに押され。呼び捨てで呼ぶ。たったそれだけの事だったのだが。今までの彼女では考えられないくらいの愛らしい笑顔をそこに見せた。
こう言う言い方は失礼かもしれないが、年不相応笑顔であった。
幼子が親しき者に見せる笑顔。そう言った方がしっくり来るぐらいのもので有ったが。自分はその笑顔に一瞬見とれてしまった。
あ、言っとくが決してロリが好きって訳じゃないからな。どちらかと言えばトウカの様なボンキュッボンなお姉さんタイプが好きだ。
「ああ、あれだ! ギャップ萌えってやつだ! うんそうに違いない!」
「??」
「にゃん?」
誰に言い訳するわけでもないのに声に出してしまった為に、二人には聞こえてしまった。
「いやははは、何でもないですよ! それより起きられたなら行きましょうか。この道を辿れば自分が住まう家があります」
そう言って石畳で作られた道を指差す。
石畳は時に曲がったりはしているが、きっちりと補正された道になっていた。
「……ここ、空白地帯?」
「ここは自分の能力で出来上がった場所なので、純粋な意味で空白地帯と呼んで良いのか分かりませんが、似た様なところです」
トウカはキラキラした目でこちらを見てくる。
あまりにも違いすぎません。会った時のあのクールビューティーさは何処へ行ったんですか?
何と言うか子供を相手にしている気分だ。
「……すごいね! ……ええっと、ええっと」
「統一郎。酒匂統一郎。まだ自分の名前をきちんと、トウカには言ってませんでしたね」
トウカに対して、すっかり忘れていた自己紹介を改めてしたのだった。




