No.89
トウカ視点です。いつもより長いです。
No.89
その日は様々な出来事が起きた。
いつもの様にただ惰性で生きていく毎日。
鬼の国から外へ出て、聖地で暮らし始めてどれだけ経ったったのか。もうそんな事すら覚えていない。
長いような短いような気さえする。
「…………もうすぐ食料が尽きそう。また門へ行かなきゃ……」
ただ生きているだけでもお腹は減る。
鬼の国は違い、聖地には私に対する暴力がない。だから門へ行く事は脅威でもない。
怖いのは私をまた、鬼の国へ連れていこうとする人が来ないかだけだ。
「頼もう!」
体がびっくっとする。こんな所に人が!?
誰だろうと、そっとドアを開け確認する。そこに居たのは鬼人族。あの国で嫌と言うほど見てきた人がそこには居た。
体が震えるているのが分かる。きっとあの人は私を連れ戻しに来たんだ。
せっかく、せっかくかあさまが外に出してくれたのに。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!!!
あそこには戻りたくない! あそこは怖いの、かあさま! たすけて!!
外の人がもう一度声を上げる。余り待たせると何をされるか分からない。
私は助けを求める声を押し込める。
そしてドアを開け、外の人の用件を伺った。
その人の用件はやっぱり私を連れ戻しに来たことだった。
私は決して戻るとも力を貸すとも、その人に言わなかった。
かあさまから外へ出て、私を連れ戻しに来た人が居たら、言っては駄目だと教わったからだ。言ってしまえば、二度と外へは出られなくなると。きつく言われたからだ。
「わかったーーーまた出直してくるーーー」
何度も頼み込んでいた人がやっと帰ると言ったときに、ホッとした私は。心に溜め込んでいたものがぽっと出てしまった。
その言葉を吐いたとき、私に頭を下げて居た人とは思えないような豹変をした。
「ぐぅうっ……ふざ、けるなッ……! こ、こっちは、ドレダッケッ!! ドレダケェエエエエエ!!」
ああ、あああ……! イヤだ! やめて! ちゃんと言うこと聞くから! トウカ言うこと聞くから、もうやめて! とうさま!!
「ーーーますからーーーください」
だ、れ、だろう……?
体が痛い、私まだ生きてる……。
「あっ、んっ……」
口から何か暖かなモノが飲まされる。舌を絡み付かせ、流し込むように止めどなく。
体の奥が急速に暖かくなって活力が湧いてくる。
「っぱあ、よし、中はこれでいいだろうーー」
目を覚ましたその目の前には、髪が全て金髪の、加護者の証を持つ。私と同じ年ぐらいの男の子がいた。
この人が私を助けてくれたの?
男の子はバックパックから薬を取りだし、混ぜ合わせようとしていた。
それは私の為に使うものかもしれないと男の子の手を止めて。
「……もう……大丈夫で……す。ありがとう…………ございました」
そう言ったのに。
「いや何言ってんの!? まだ腕とか折れてるでしょう!? 痛いよね!? 痛いでしょう!? 何で無理してんの!?」
まるで我が事のように心配してくれた。
変な人だ。鬼の血を引く私なら、ここまで治れば後はほっとかれるのに。
……ここまで心配してくれた人は、かあさまだけだったな……。
私は自分の中にある星力と精力を混ぜ合わせる。
さっきとは違った熱が私の体を駆け巡る。
「【万燈提灯】ーーー」
灯火を作り、範囲や効果を組み立てていき。
「【快気花】」
言葉を解き放つ。
「ぐっ……!」
折れた骨を無理矢理治す為、痛みが出る。でも私はこの治し方しか知らない。かあさまならもっと上手くやれただろうか?
「……ふぅ、これでもう平気で……す」
そう言ってふらつく私を支えてくれる男の子。
無茶をするなと怒りながらも、その優しさが伝わってくる。
あれ? 私なんだか顔が赤い。それに男の子の顔も何だか見ていられない。
自分で自分が分からない。なんだろうこれ?
「にゃにゃ~ん」
自分の有るモノに戸惑いを感じていると、薄緑色をした猫のような生き物が駆け寄ってきた。
その生き物は空中を駆け上がると男の子の頭に着地した。
(……この生き物、賢獣だ)
賢獣は魔獣と違い、人と同じ程の知恵を持ち。術も使いこなす獣だと、かあさまが言っていた。
そんな知恵を持つ獣と言葉を交わす男の子。
知恵を持っていると言っても意思疏通は出来ないってかあさまが言っていたけど。この人は何となくでも分かるって、この人は誰なんだろう?
その後、私を連れていこうとした人は、私を連れていくことを諦め。煮るなり焼くなりしろと言ったので私の元術で焼いた。
だけど男の子がそれを止める。
どうして止めるの? 私はあそこに戻りたくないのに、どうしてこの人を庇うの?
「生きるために殺すのは良い。だけど恨みや妬みで殺すのは止めな。そんな詰まらない理由で貴女を汚す必要はないさ。それにまだ何か思うことがあっても、今のでチャラにしておきな。それがいい女って奴さ」
……よく分からない。……でもこの人は私の事を言って言ってくれてるんだって事は分かる。
…………あれ? まただ、また顔が胸が熱くなる。元術を使うときみたいじゃない。そう言うのとは違った温かさが込み上げてくる。
☆★☆★☆
男の子と鬼の人とで難しい話をしている。
私にはよく分からない。たまに男の子が私を見て、何かを確認している雰囲気だったので、分からないけど頷いておいた。
私は話には参加しない。聞いていても分からないだろうから。
だから水を飲みに来た猫の賢獣さんと少し遊ぶ。
「にゃ~ん」
指で顎とかを撫でてあげると喜んだ。
「……気持ちいい?」
「うにゃ~ん❤」
「……そう」
こうして見るとただの猫にしか見えない。こんな子が下手をすれば私より強い力を持つ獣なんて到底思えなかった。
「……zzz……うにゃ~ん」
遊び疲れたのか猫の賢獣さんは寝てしまった。
男の子と鬼の人の話はまだ続いている。
鬼の国がどうなろうと私としてはどうでも良いと思っている。良い思いでなど何一つ無い国。辛くて悲しいことしか思い出せない国。
そんな国を例え欲でも守ろうとしている人の気持ちが分からなかった。
男の子もこんな人の為に何かを話す必要なんて無いと思う…………………………あれ? なんだろう? 今男の子に鬼の人が近寄ったときにものすごく嫌な気分になった。
今日は色々変だな。沢山の人に会い過ぎたからかも知れない。
「ーーートウカさんはどうですか? まだオルテガさんを許せませんか?」
普段考えない事で頭を使っていたから、男の子の話もちっとも入って来なかったが。最後の言葉だけが聞こえた。
「……私は別に構いません。先程あなたに言われた通りするだけです」
そう、あの時あなたにそう言われたから…………あなた、こう男の子の事を呼ぶと少し心がまた温かくなる。
あなた、あなた、あなた、あなた、あなた、あなた。
ふふふ、なんだろう。かあさまに抱き締められたときの事を思い出す。
「それじゃあなトウイチロウ。また翌月ここで」
「はい、お待ちしています」
やっとあの鬼の人が帰る。どうやら私を連れていくことは完全に諦めたみたい。良かった。ここを出ていっても、また追って来られたら迷惑だったから。
「そうだトウイチロウ。礼に一つ忠告だ」
鬼の人がチラリと私を見る。もしかして口で諦めると言っただけなんだろうか? だったらもっと来れないよう、奥へ行かなきゃいけない。
「何でしょう? オルテガさん」
「鬼の女の欲は深い。良く良く考えることだ」
「はぁ……? 良く分かりませんがご忠告痛み入ります」
そんな事を言って鬼の人が帰っていった。
「ーーー今後はどちらに行かれるお積もりですか?」
鬼の人が帰った後、あの人がこう聞いてきた。
私は考える。私を連れていこうと言う人が現れないように奥に行くことは決めている。でも。
「………………なんでしょう……?」
この人と離れることを嫌がる私がいる。何でだろう?
何処に行くとまでは決めていないんだ。この人の側に居ることにしても構わないと……思う。
「おぉ~い、おきろ~。自分は帰るけどどうする?」
あの人が猫の賢獣さんを起こして帰ると言っている。
私の方も付いていく準備をしよう。もっとも持って行く物なんて何もないけど。
元術を使い、ここに来てから使っていた家を燃やす。
鬼の国を出てから着の身着のままだった私にはいつもの事。必要があればまた作れば良い。
だけどあの人はものすごく驚いていた。そして何故か寂しげに微笑んでいた。
優しくて温かくて変な人。…………さあ奥に行きましょう。
「時に行かれるのは構わないんですが」
なんだろう?
「どちらに行かれるお積もりですか?」
っ!? そうだこの人の住んでいる場所を私は知らない!?
そんな私の行動にこの人は笑ってみている。
ううっ……。この人は優しくて温かくて変な人で、そして、少し意地悪な人だ。
「ーーー普通に会話できるようになったんだ!?」
あの人がまたすごく驚いている。すぐに違う顔を見せる。まるでかあさまみたいな人だ。良くかあさまも笑顔だったり喜んだり怒ったり……悲しんだり。色んな顔を見せていた。
こんな事を思い出していたからだろうか。あの人がこんな事を言った時に、かあさまとの最後を思い出してしまったのは。
「トウカさんの術士としての力より、自分の力の方が有用性が高いんと思うんです。だがらその情報を売ってトウカさんはーーー」
「駄目です! それは駄目です!」
駄目! やめて! かあさまいいの! 私が、かあさま分までがんばるから!
『高難度の異界に子供を行かせるなんて無茶させんじゃないわよ。……いいわ、私が行くわ。その代わりに【出国許可証】、私じゃなく子供に使わさせてもらうわよ。ーーートウカ、お母さんと約束事してくれるーーー』
やだ! ききたくない! トウカいいこにするから、かあさまいかないで!
「…………すみません。何か辛いことを思い出させてしまったようで」
頭を撫でられる。あの日のかあさまみたいに。
「ーーー必ず成し遂げてください。その条件はーーー」
あの人が何かを言っている。あの人の大事な秘密。それを守る為の約束事。
『ーーートウカは鬼の国から外の世界で暮らしていけるようになれるけど。きっとここで暮らしていくより辛いことも出てくると思う。
だけどねトウカ。ここに居るみたいに我慢をしないで、もっとわがままを言って。やりたいことがあったら何でもやって良いの。好きなことしたいだけやって、それから』
あの日の優しい顔をしていたかあさまの顔を思い出す。
「そして、必ず幸せになってください」
そして今まで私の中にあったトウカが一気に溢れてきた。
「えっ…………かあ、さま?…………はっぐっ! ふぇええええん!!」
仕舞ってあった。仕舞えていった筈のトウカが止めどなく溢れる。
かあさまに似た雰囲気を出す、この人の言葉で。
そしてこの日、この時、かあさまとは違った気持ちも抱き始めたことに。この時の私はまだ気がついていなかった。
ただ、この人に抱きしめられながら。忘れてしまった思い出を思い出せたことのに、喜び泣いていた。
「…………この人ならきっと私の願いを叶えてくれる」
そして私は、自分が望めなかった事を私に託すことにした。