No.72
No.72
『いつまで呆けていますの? 貴方も男の子でしょう。しゃんとなさい』
声の方に顔を向ける。
するとそこにはまだ少女と言っても良い年代の女性が、何故か仁王立ちでたっていた。
濃い緑の髪を持ち。整った顔は真っ直ぐとこちらを向き。胸の下で組まれた腕は、その豊満な胸をより一層際立たせる。
オーバーホールの服は、その美貌には似合わないのでは無いのかと思うのだが。どう言うわけかその女性には似合っているなあと、思えてしまう。
お嬢様口調にその姿は何となくチグハグな印象を受ける女性だが、それ以上に印象付けるのはなんと言っても。
「……ドリルだ」
そうツインテールのように垂れ下がった二本の巻き髪。
自分のその言葉が聞こえたのだろう、女性は不愉快そうに。
『なんですの。あの子といい貴方といい、人の事を掘削機扱いして。女性を誉めるのであればちゃんと誉めなさい!』
プリプリと怒る女性。しかしその顔は怒っていると言うより、何やら懐かしいやり取りをしたと言った表情をしていた。
呆けていた自分を何とか取り戻し。この女性が自分の味方かどうか聞かなければいけない。
まあ言動からすれば味方で、あの金髪男と同じ存在の人だと確信はしているが。
「貴女は何故自分の手助けを? それとあの金髪男と同じ石に宿っている人ですよね?」
女性はこちらを見て微笑みながら。
『手を貸した理由ですの? さっきも言った通りに、貴方が余りにも不甲斐ないから出てきましたわ』
え、笑顔で言われるときついな。この人歯に衣着せない人か。
『それから金髪男? ああ、あのエロ猿の事ですわね。誰の事か一瞬分からなかったですわ』
「エロ、猿……?」
今度は不愉快ではなく。憎らしげに金髪男について語った。
『そうですわ。あの男来たら、人が湯あみをすると必ず覗きに来るんですわよ。しかもこちらが時間を変えて入っても、防壁を張って近寄れなくしても。あの男は悉くそれらを突破してくるんですの!』
その時の事を思い出して興奮してきているのだろう。段々とテンションが上がってきている。
「だったら現行犯でも後ででも捕まえて折檻でもすれば?」
『しましたわ! でもあの男そんな事をすれば『これはこれでご褒美です』とか言って、ニヤついた笑顔で言ってくるんですのよ。もう気持ち悪くて、気持ち悪くて虫酸が走りましたわ! ですので以降あの男からどうやって覗かれないようにするかを、必死で考えましたわ!』
あーなんだろう。その光景が目に浮かぶよ。
そんなやり取りをしている間に、植物に絡み付かれていた一匹が抜け出し。こちらに飛びかかってきた。
自分は抜け出した事に気が付かず迎撃が間に合わなかったが。女性は予想していたのだろうか、慌てずに。
『甘いですわ! 『棘よ。彼の者を貫け』!』
縛り上げた時と同じに植物の棘が育ち、緑色の奴を刺し貫く。
「GA、G……A……」
空中で貫かれ息絶える間もなく光となり消えていった。
女性はそれを見ることもなくこちらを見て嘆息をついてから。
『はあ、本当は貴方にこれをどうにかして欲しかったのですけど。その様子では無理そうですわね。良いですわ。ついでにあれらも一緒に処理しておきますわ』
そう言ってまだ立つこともしていない自分に代わり。簡単に他の緑色の奴等も棘で串刺しにしていく。
そんな光景に自分は嫌悪する。
あの緑色の奴は姿が醜いとはいえ、生きてはいた。それを顔色ひとつ変えずに殺していく女性に。
そんな自分の表情に気がついたのだろう。女性は少し悲しい顔をして。
『気持ちは分かりますが。もし貴方がこの場所で戦う意思を見せるのなら躊躇してはダメですわ。でなければ自分が死んでしまいますわよ。あら?』
女性は話の途中で金髪男と同じように次第にその姿が薄らいでいった。
『契約者がいなければ、ここら辺が限度ですわね』
女性は現れた時と同じように凛とした表情をこちらに見せる。
しかし自分は考えていた。あの緑色の奴は自分を食い殺すつもりで襲ってきた。
もちろん、それを甘んじて受け入れるつもりは無かった。
食べる為、生きる為の殺生することは覚悟は出来ていた。でも戦う為の殺生することは、覚悟が出来ていなかったと言うことなのだろうか。
だからこそ女性に対して嫌悪感を抱いているのだろうか。……わからない、今の自分の気持ちが……。
『ーーーって聞いてますの? これはきっと聞いていませんわね。口惜しいですわ、肉体があればひっぱたいて正気に戻して差し上げますのに。ですが、今のわたくしにも出来ることはありますのよ。覚悟なさい! 『蔓草よ。彼の者を打ち付けなさい』』
思考の海に陥っていた自分に突然強烈な痛みが襲う。
「ーーーあだっ!?」
『気づきましたわね。まったく女性が帰ろうとして要るのに。別れの挨拶もしないのは、どうかと思いましてよ』
「え? あっ……」
そうだ。どんなことがあっても、助けて貰ったことには変わりがないんだ。
お礼だけでも言わなければと、口を開く。
「あ、あの……」
しかし自分の口から出てきたのはお礼の言葉ではなく。
「あの、元の場所に戻るにはどうしたら良いんですか?」
『はい?』
予想していた言葉とは違っていたからだろう。女性は目が点となり、呆気に取られた顔をしてから笑いだした。
『ふふふ、別れの挨拶かと思ったら。まさかそんな言葉が返されるなんて思いもよりませんでしたわ。良いですわ。今回だけは助力を惜しまないでして差し上げますわ。『植物よ。彼の者が望むべき場所へと導け』』
女性が言うと、地面に生えたいた植物が切り開いた道のようになっていく。
『さあ、これで元の場所には帰れるでしょう。今度ここへ来る時は改めて貴方の力を示してくださいな。それまでは私の力はお預け、と言うことですわ』
女性はの方を見ればもう消えかけていた。それを見て自分は慌てて。
「助けてくれてありがとう!」
女性は不意打ちを食らった様な顔をしてから笑顔となり。
『そう言う言葉はもっと早く言うべきですわね。それからそこに落ちているのは、貴方が持っていきなさい。きっと役に立つこともあるでしょう。ではこれで本当に最後ですわね。それでは今度会う時まで、ごきげんよう』
その言葉を最後に女性は煙のように消えていった。
まるで何事もなかったかのように静寂が訪れるが。女性が指し示した場所には緑色のビー玉の様な石と、ひとつの経木の様な包みが落ちて要ることで。それが先程まで有ったことを如実に物語っていた。




