決意
海岸沿いを軽トラックで走る。
窓から入る潮風が心地いい。
海面にキラキラと太陽の光が反射している。
「綺麗‥。」
あの人の隣で見れたなら、もっと綺麗なんだろうな。
多英子は、心底そう思った。
「こん島に来るとは、初めてね?」
しばらく言葉を発さなかった健次の声にハッとして健次を見た。
「はい。そうです。」
「そうね。何でまた、こん島に来たと?」
「好きな人がいたんです。」
「こん島に?」
多英子は小さく頷き、また視線を海に戻した。
しばらく車を走らせると、健次が車から降りるように促した。
「ここは、何ですか?石垣?」
「ここは、城跡。今は、こん石垣しか残っちょらんばってね。」
「へぇ、すごい。歴史的な場所なんだ。」
「展望台があるけ、行ってみるね?」
多英子が頷くか頷かないか待たぬうちに、健次は先を歩き出した。
ここ最近寝不足のせいか、少し歩いただけで動悸がする。
健次についていくのに必死だ。
「着いたばい。見てん?」
健次が指をさした方向には、港や遠くの島が海と調和して、まるで絵画のような景色が広がっていた。
少しの間、多英子は何も言わず、じっとその景色を見つめていた。
「聞いてもよか?」
遠い目をしている多英子に、健次が話しかけた。
多英子が首を傾げた。
「その、アンタの、多英ちゃんの好きな人は、まだこん島におると?」
多英子は、少し考えて口を開いた。
「いいえ、いません。もう会うこともないと思います。」
健次はそれ以上は聞かなかった。その時の多英子があまりにも悲しい顔をしていたからだ。
その後も、健次の案内でお寺や酒造など島の至るところを車で走り回った。
「ここが、商店街よ。朝市ってやつ。江戸時代の物々交換ばルーツにしとると。今は物々交換はなかばってん、何か必要なもんがあれば、ここで買えばよか。ちなみに、うちの八百屋はあそこね。」
「そうなんですね。何だか懐かしい感じがする。」
多英子は、少し微笑んで健次を見た。
「あ。」
「え?」
「やっと笑った。」
健次はニカッと笑うと、照れもせず多英子の肩を叩いた。
「何があったかは知らんけど、笑った方がいい。こん島に来たとも何かの縁やし、こん島で笑顔ば取り戻さんね。」
健次の言葉が胸に突き刺さるようだった。この島で、あの人を、思い出を忘れよう。そして、一から出発するんだ。
多英子は胸の中で、そう思った。
「よし!そいじゃ、食堂に戻るばい!腹減ったー。」
そして、2人を乗せた車が、走り出した。