出発
「眩し・・・」
窓からの日差しが顔に当たる。
涼しい風がカーテンを揺らしている。
「あ、起きた?」
熟睡していた。多英子は一瞬、自分が今どこにいるのか考えた。
(そうか、昨日食堂の女将さんに助けてもらったんだ)
「あ、私!お手伝い!」
部屋を見渡すと、壁掛けの時計が午前11時を指していた。
「もう、遅かよ。まったく、お寝坊さんやね。」
「すみません!あの、何かします!何かさせてください!すぐ準備しますから!」
慌ててスーツケースから洋服を取り出そうとする多英子を見て、女将は笑った。
「いっきょい疲れとったんやね。いびきかいて寝とったよ。やけん、起こすの止めてしまった。」
「本当、すみません。」
「よかとよかと。今日、天気がいいし、お昼ご飯食べた後、島を散歩して来たら?」
「いいんですか?」
「うん、常連さんに車出してもらうように頼んでやるけん。」
「え、そんな悪いです!」
「道に迷われても困るけんね。ここにお昼置いとくから、食べて。準備出来たら食堂に来なさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「あ、そうだ。私は、川村ゆり。アンタ名前は?」
「岩崎多英子です。」
「そう、多英ちゃんね。私のことは女将でも何でも好きなように呼んでね。」
女将は、微笑むと多英子の部屋を出て行った。
安堵感と、女将の優しさに急に目頭が熱くなる。
涙を拭って、深呼吸すると多英子はスーツケースに手を伸ばした。
中から洋服を引っ張り出した時、一枚の封筒が一緒に出て来た。
島に来ると決意した時、どうしても多英子が捨てられなかったものだ。
中には一枚の写真とクリスマスカード。
封筒を開ける。写真には、多英子ともう一人、優しく微笑む男が写っている。
(ずっと愛しているよ。)
優しい声が聞こえたような気がした。
しばらくその写真とカードを眺めた後で、多英子は静かに封を閉じ、スーツケースにしまった。
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着替えと食事を済ませた多英子は、食堂に向かった。
「女将さん、ご飯とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「あ、多英ちゃん。待っとったよ。この人、江藤健次君。近くで八百屋やっとる人なんやけどね、今日お店がお休みやけん、多英ちゃんを案内してくれるって。」
「こんにちは。岩崎多英子といいます。急にすみません。本当にいいんですか?」
「よかよ、任せとき。じゃあ、行こうか。」
食堂の入り口からの光が、逆光になり、よく顔が見えないがいい人であることには間違い無さそうだった。
「多英ちゃん、気をつけてね。」
女将に見送られた後、健次の車に乗り込んだ。その時、多英子は健次の顔を初めてハッキリと見た。
健次も同じく、多英子の顔をしっかりと見た。
「アンタ、前にどこかで会ったことあるかね?」
健次の言葉に多英子は戸惑ったが、首を横に振った。
健次は、その様子を不思議そうな顔で見ていたが、エンジンをかけ車を発進させた。