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出会い

2年前、多英子はこの島に来た。


必要最小限の日用品と洋服の入ったスーツケースを引っ提げて。


あとは何も持っていなかった。それだけ。

仕事、家族、貯金、思い出・・・何もかも捨てて来た。


あの夜は、どしゃ降りで、空は真っ暗だった。


この島に頼れる人がいるわけではない。

泊まる場所もない。


多英子がこの島に来た理由はただひとつ。


「愛する人が生まれ育った場所を見てみたい」


それだけの理由で、この島に来てしまった。

それが、無謀で幼稚な考えであることは、多英子自身も承知していた。

でも、一度でいいから自分の肌で感じてみたかったのだ。


一時的な雨宿りのため、たまたま通りかかった食堂に入ることにした。


食堂かつもと。赤いのれんに書かれた文字が雨で濡れている。


今は海水浴シーズンではないためか、食堂には誰もいない。

時間も遅いため、もう閉店してしまっているのだろうか。


「すみません。誰かいらっしゃいますか。」


半開きになっていた扉から、食堂の中へ声をかけてみる。


反応がない。


諦めて他を当たろうとしたとき、しかめっ面の男が近づいてきた。


「あんた、何の用ね。」


物凄い迫力だったため、多英子は縮こまってしまった。

大工だろうか。漁師だろうか。とにかく体が大きくてゴツい。


「いや、あの、私・・・少しの間だけ、この島で暮らそうと思って。」


「暮らそうって、どこかあてはあるとね?」


「・・・無いです。」


「それならあそこに民宿があるけん、そこに泊まればよか。」


あいにく、民宿に泊まるほどの所持金は持ち合わせていない。


「・・・・」


「何ね、まさか金も無かとね?」


ずぶ濡れで黙り込んだ多英子を見て、その男は呆れたといった風に両手を上げた。

そして、やれやれといった様子で、多英子の肩を叩いた。


「こげん夜中に女の子が一人でおるとは危なか。とりあえず、ついて来なさい。」


若干迷ったが、多英子には他に頼れる人もなく、その男を信じる他なかった。

男は、ずかずかと大股で食堂に入っていく。奥に進む男の後ろを、多英子はついていった。


「女将ー!おるねー?」


食堂の奥の小さな入り口に向かって男が叫ぶと、


威勢の良い声とともに、40歳くらいだろうか、気の強そうな女が入り口から顔を出した。


「もう、何ね!今明日の仕込みで忙しかとよ!ってアンタ何ね、この子。」


驚いた顔で多英子を見た女は、男の背中を思いっきり叩いた。


「痛っ!何すっとね。」


「アンタ・・・50歳にもなって、こげん若い子たぶらかして、何ばしよっとね!」


「違うて!」


「何が違うとね!こげん夜中に連れ歩いてから、恥ずかしくなかとね!」


「やけん違うて!」


男と女の言い争いの迫力に、しばらく黙っていた多英子だったが、ようやく勇気を出して口を開いた。


「あの!違うんです!私が、ひとりでこの島に来てしまったので、それで声をかけていただいたんです。」


「はぁ?」


今度は、女の視線が多英子に注がれた。


「アンタはここにひとりで何しに来たと?泊まるところは?お金はあるとね?」


詰め寄る女の問いに答えられず、多英子が黙っていると、女は男を見た。

男は困った顔で、首を横に振った。


女はしばらく黙って多英子の様子を見ていたが、ひとつ大きなため息を吐き出した。


「わかったわかった。どげん理由があるとかはおいおい聞くとして、今日はここに泊まんなさい。」


「・・・本当ですか?ありがとうございます!」


「その代わり!明日の朝、早起きして食堂の開店準備ば手伝うこと!」


「はい、わかりました!あの、本当にありがとうございます!」


多英子は二人に深々とお辞儀をした。

それが、多英子が島に来た初日の出来事だった。










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