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魔法世界の魔術師  作者: 炎の人
幼少期編
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雨の日の生活

 次の日は雨となった。まるで俺の中にある靄を洗い落とすかのようなタイミングで降ってきた雨に昨日のことを思い出してベッドでまだ寝ているユリアの髪を軽く触りながらありがとうと呟いた。頼って欲しいと言われて俺は一人ではないことを改めて実感したのだ。これほど嬉しいことはない。

 所でこの世界では傘という便利な物はない。王族程になれば馬車に乗っていけるのだが財力がない者にわざわざ雨の日に外に出るほどの金などあるわけがなく、家の中で過ごすことになる。そんな雨の日にやることと言えば、編み物や売り物になる細工作りや貴族ともなれば読書となる。

 当然、我が家にも本はある。その数四冊だ。我が家は一応名誉子爵を貰って土地も運営しているがそれほど儲かっている訳ではない。本の内容は魔術入門、ユークリウッド英雄物語、精霊の生態についての本、後は誰が書いたのか分からないが人気の自叙伝の四つだ。これらはもうすでに読み終わっている。ユリアに字を習うついでに読み聞かせてもらったのだ。特別有益そうなものがなかったので割愛する。

 そんなわけで雨の日にやることと言えば何もない。基本的に団欒をして過ごすこととなるのだが今日は母様に呼び出された。いつもならそんなことはないのだが偶には私にもユーフェちゃんを貸して頂戴と母様がユリアに言ったのだ。もちろん、ユリアがその言に従わないはずがなく、俺は母様の部屋を訪れることになった。もちろん、ユリアと共にだけど。


「母様、来ましたよ。母様?」


「ああ、ええ、いらっしゃい」


「何か心配ごとでもあったのですか?」


「……心配ごとというより昔のことを思い出してたの。あの時もこんな風に雨が降っていたわ」


「そうなのですか。面白い話なら是非とも聞きたいですがどうもそうじゃなさそうですね」


「ユーフェちゃんは少し空気を読めすぎよね」


「自覚はしていますがこうなってしまったのですから仕方ありません。これでも母様の血はちゃんと継いでいるつもりなのですがね」


 赤い髪を触り困った風にそう言えば、クスリと笑ってユリアにも言葉を飛ばした。


「ああ言えばこう言う所も変よね。ねぇユリアちゃん」


「そうですね。ユーフェ様は少しおかしな方です」


「酷いですね二人とも。これでもちゃんと息子をやっているつもりなのですが」


「五歳の子供が息子をやる何て言葉は言わないわよ。ほんと、変な子ね。一体誰に似たのかしら?」


 そう言って俺の髪を優しく撫でてくれた。この母様、こんな言葉を言ってはいるが俺のことをとても愛してくれている。自由にすくすく育つ子供が嬉しいのかもしれない。二人目の時はきっと苦労するだろうからもう少し手間を掛けさせて上げようかととも一瞬考えたがますます子供らしくなくなるのでやめておくことにする。


「まぁ誰の子供でもいいのよ。私の子であるのに代わりはないのだし。ただお腹を痛めて生んだ子だから特別可愛いだけなのだから」


「身も蓋もありませんね。俺は拗ねて見せればいいのですか母様?」


「うふふ、やっぱりあなたは変な子。大人と話してるみたいで面白いわ。適性に火がないのもおかしいのよね。大抵は遺伝するものなのだけど」


「ユリアに持っていかれたのでしょう。確かに火があれば便利だとは思いますが風で空は飛べるでしょうし、土で掘りを作れて、水で飲み水に困りませんから大丈夫ですよ」


「そもそも魔術をそんな使い方する人はいないのよユーフェちゃん。魔術は魔物と戦うために特化した技術なんだから。それをいとも容易く何でもないことに使える発想が凄いわね」


「そうですかね? こんな便利な物を戦うためにだけに使うのはもったいなくてできないのですが。例えば、水魔術があれば井戸から水を汲まなくして済みますし、火魔術が使えれば火打ち石いらずです」


「それもそうね。カナルならそんな風に考えたことがあるのでしょうけど。私は生きるために魔術を学んだからそんなことを考えたことはなかったわ」


「そんなものですか。少し突飛な発想をするのを控えることにしますよ。目を付けられて研究材料にされたくはありません」


 そんな心配しなくても大丈夫よと言って頭を撫でくれた母様の手は少し力強かったように思う。昔に何かあったのだろうか。いかん、勘を働かせすぎるのも罪というものだ。時には聞かないことの方がいいこともある。ここは大人しく知らない振りをしておこう。

 外を見ると未だ雨が降り続けている。大地を洗い流すその恵みの雨は畑を潤し、森を潤し、やがて地下へと潜り、一部は蒸発し、天へと帰る。その循環は星がある限り続き、かつ不変なものでそれは命の生まれ変わりもまた変わらない。赤ん坊が生まれ、少年なり、青年を経て、老人となり、やがて土へと還るのだ。

 そんな神秘の輪から外れた俺はどうなるのだろうか。死んで土に還るはずがこうして記憶を持ったまま生まれ変わっているというのは何か使命があるだとか運命があるだとかがお決まりだがあいにくそういった指示者、ある意味で運命のキューピットは現れていない。自由に生きろということなのか、はたまたいずれ訪れるつもりなのか。そんなある意味でどうでもいいことを考えているうちに俺はいつの間にか眠りについていた。


※※※※


「あら、寝ちゃったわね」


「はい、ユーフェ様は時々考え事をしたまま寝てしまうことがありますから」


「そうなの。実の親なのに知らないことが多いわね。あなたは私の知らないユーフェちゃんを知ってるのでしょう?」


「そうですね。これでもずっと一緒にいますから」


 私はユーフェ様のお母様にそう言って座ったまま寝るユーフェ様の頬を軽く撫でた。


「ユーフェちゃんも五歳なのにこんな可愛い子を側において何をするつもりなのかしら?」


「さぁ? 私には分かりませんよ」


 きっと私の望んだことをやらせてくれることでしょう。そう言えば良かったかもしれませんがユーフェ様の優しさに漬け込むようで言えませんでした。けれど、そんな風に思ってしまうほど私に対して何かをするということはありません。ユーフェ様は何よりも私の心を気にかけてくれます。私が嫌がると思うことをしないのです。まるで壊れ物を扱うような慎重さなので私はまるでお姫様扱いされているような気がしています。もう少し私に触れてくれてもいい気がしますがそれもまた優しさなのでしょう。


「そう。ユーフェちゃんをお願いね。あなたのこと気に入ってるみたいだしね」


「はい、ユーフェ様のお側にいるために頑張ります」


 私はそれだけを言うとユーフェ様を抱き上げてユーフェ様の部屋へと向かう。雨の日はやることがない。少し暇になるけれど、私はユーフェ様といるだけで幸せになれる。今日もユーフェ様の寝顔を見て、そして側で寝る。いつも何も言わずに許してくれるユーフェ様の優しさに甘えて私はいつも通り優しさの塊であるご主人様の側で今日も眠る。


「おやすみなさい、ユーフェ様」


 雨の日はこうして終わりを迎えた。





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