死闘の果てに
神力が銀髪の悪魔から溢れ出す。それは紛れもない神である証。その力の波動を受けて神殿が共鳴している。銀髪の悪魔は嗤う。
「ここは我のフィールド。残念だったな小僧!」
「神殿か。厄介な」
神殿とはそもそも神を崇め奉るための場所だ。当然、神によって神殿が違う。そして、ここは銀髪の悪魔を奉ずる神殿。その神殿の主と言ってもいい銀髪の悪魔の神力が増すのも当然の結果だった。
つくづく思い通りにいかない人生に舌打ちを送りたくなり、俺は神力を槍に込めてから駆けだした。銀髪の悪魔の拳に神力が集まっていく。そうしてまもやく俺は突きを放ち、銀髪の悪魔の拳とぶつかり合った。相手の方が有利な上で戦うのは避けたいが文句を言っても仕方のないことだ。ただ全力を持って相手をねじ伏せるのみ。
槍と拳がぶつかり合う度に神殿が崩れ落ちそうな程の波動が辺りを揺らしている。突きを横からの蹴りでいなされ、回し蹴りを貰う。後退するスピードを抑えてすぐさま槍で反撃、左腕に槍を叩きつけた。
「まだだ! もっと我を楽しませよぉ!!!」
「俺はお前の玩具じゃねぇ!」
どれだけ戦闘が激化しても嗤う銀髪の悪魔はただひたすらに拳を振るってくる。隙のない連撃、一つ一つの拳の重さ、フェイント。そのどれもが一流と呼ばれる腕であり、無視できない威力を持っている。俺はただひたすらに避けた。
だが、相手も馬鹿ではない。俺の回避に合わせて神力を放ってくる。俺もお返しとばかりに神力を放つ。神力には権能が象徴としての意味が宿る。銀髪の悪魔は破滅。俺は死。それぞれの神力は互いに喰い合い、消滅していく。権能は互角と言った所か。流石にその結果には銀髪の悪魔も驚いていた。
「新神の癖に本当に厄介なやつだのう。我はお主で遊んでいる暇はないのじゃが」
「なら、とっと死んでくれ。また来世で会おうぜ。最も俺に殺されたら転生はできないけど、な!」
槍を投擲、俺は銀髪の悪魔に向かって駆ける。ただ純粋な力のみで神は人を凌駕する。人の努力を嘲笑うかのようなその身体能力の高さには流石に呆れるばかりだ。俺自身、自分で使って起きながら未だに信じられない。
全力を出した俺が銀髪の悪魔の意識の隙を突き、目の前に姿を表すのは簡単だった。拳を握る。腰を据え、穿つ。咄嗟に動いた銀髪の悪魔の左腕を俺は文字通り捻じ斬った。痛みに顔をしかめる姿を見て少しだけ溜飲が下がるのが分かる。バックステップで距離を取った銀髪の悪魔を俺は拳を突き出したままで見つめる。
「ふはは、余興にしてはいい方だろうな。さて、そろそろ終わらせるとするか」
銀髪の悪魔がそう言った瞬間、神力が爆発的に増大する。俺はそれに危機感が募るばかりだ。地面に置いていた三つ叉の槍を拾い、神力で覆う。
全身を神力で包みながらまるで遊びは終わりだと示すようにその神力が暴れ出す。
「そなたはよう頑張った。だが、我には勝てぬ。そなたを次元の狭間に飛ばして終わることにしよう。運が良ければ異世界に辿り着けるかもな?」
「上等だ! こい、銀髪の悪魔!」
勝ち目など無いに等しかった。神殿にいる以上神力では勝てない。それでもここまで傷を付けれたのは権能のお蔭だ。ここからは純粋にどれだけ俺が相手の神力に絶えきれるかの勝負。一撃でも喰らえば次元の狭間とやらに押し込まれることになるのだろう。だが、俺には逃げるという選択肢はなかった。ユリアを守るためにこんな戦いをしていのだ。逃げる訳にはいかない。命を賭けて俺は銀髪の悪魔を滅ぼす。もう、問い惑うこともない。本当に守りたいが為に狂気的に相手を殺す。ただ一つ殺意を持った最後の一撃を与えることにした。
「終いじゃな」
「ああ、終わりだ」
「さて」
「始めよう」
「「お前の(そなたの)終わりを!」」
間合いなど合ってないような物、そして最初に相手に届いた方が勝ち。単純な競争であり、最も難しく、厳しい戦いが幕を開ける。いや、もうすでに決着は着いた。
「ふふ、フハハハハハハハハハハハハ!」
「ユーフェ様!」
ユリアの叫ぶ声が聞こえる。俺はこの勝負に負けたのだ。銀髪の悪魔はひたすら笑い声を上げて笑うだけ。神殿には銀髪の悪魔の笑い声のみが響き渡った。
「そなたの負けだ。諦めよ」
「ああ、そうみだい、だな」
腹を貫かれた状態で俺は意識が失いそうになる中でそう答えた。正直このまま眠ってしまいたい衝動に駆られるがまだ俺にはやることがある。だからこそ、ここで眠るわけにはいかない。最後の準備の為に俺は時間を稼ぐことにした。
「せっかく神になったのに残念だったな。大人しくしていれば今頃我の眷属にでもなっておれたものを」
「へっ、お前の眷属なんざごめん被るぜ」
「まぁよい。今更言っても詮無きこと。我もしばらくは休息するとしよう」
銀髪の悪魔は俺の腹に突き刺さった腕を引き抜こうとして、できなかった。何度も抜こうと試すが一向に抜けずに焦りだした。俺はその姿を滑稽に思いながら笑みを浮かべた。
「何故、抜けん!? そなた、何かしたよか!」
「死解滅神。俺の最後の切り札だよ」
俺が笑いながら銀髪の悪魔に言ったそれは魔術とスキルと魔力を犠牲に作り出した神殺しの権能であった。
ユリアの泣き顔が側にある。次元狭間とやらへの転送が始まったのだろう。俺の体が光を包まれる。俺は槍から手を離し、ユリアの手を掴む。本当は流せさせるつもりじゃ無かったのにこうなってしまうのは俺の落ち度だ。反省はしないといけない。
「その技は俺が神を捨てる代わりの代償に一人の神を殺す技だ。お前は消えてなくなるだろうよ」
「貴様ぁ!! 許さん、許さんぞぉ! いつか絶対殺してやる!」
魂すら消滅させるのだから無理だろうなと俺は思いながらユリアもまた光に包まれたのが分かる。これで仲良く一緒に次元の狭間へと飛ばされることになってしまった。銀髪の悪魔の叫び声を余所に俺はユリアに問う。
「良かったのか? 俺と一緒で」
「はい。私はいつまでも一緒にいたいからユーフェ様の眷属になったのです。今はどうなるのか分かりませんが」
「大丈夫。まだ神力は残ってるからこれでどうにかしよう」
神の力と書いて神力だ。その力は伊達ではない。ユリアに神力を注ぎ込む。
「これで人に戻ったよ。神力のせいで不死になったかもしれないけどね。俺もまた人になったし、次元の狭間にいる間は一緒に居れるといいな」
「そうですね。一緒に眠りましょう」
未知の場所に対する不安はある。だが、愛する人と一緒ならば怖くはない。いつの間にか銀髪の悪魔も消えてなくなっている。光が一層強くなり、輝いていく。
「そういえばレティから鉄のコインを貰いました」
「鉄のコイン? 御守りか」
「……寂しくなりますね」
「……そうだな」
次元の狭間の先へ行った後はきっと元の世界には戻れない。そして、一緒の異世界に行ける保証もなく、また次元の狭間で一生を過ごす羽目にもなるかもしれない。それでも俺はユリアと居れることを嬉しく思った。けれど、この世界には未練がある。やりたいことも残したままだ。再開を誓い合ったサラや妹のカレンとも会えなくなってしまった。
「まぁ、いい。君が一緒ならどこでも」
「私もあなたの側に入れて幸せよ」
俺とユリアはユークリウッド英雄物語の名台詞を吐いてから互いに笑いあった。
そして、俺達は戻ることのない旅に出ることになった。それは別の物語の始まりでもあったのだがまた別の話だ。
ともかく、俺は銀髪の悪魔を殺し、世界を救うことができたと思っている。いや、死んだのは何となく分かっている。これはただの直感だがなかなか外れてないと思う。




