死神の黒衣
その出会いは必然だった。いずれ神に至る者として必然の出会いだったのだ。神と神器は惹かれ合う。それは神が神器を扱える最大になるまで続く。そう、だから、それは必然なのだ。合う合わないはともかくそう決められた出会い。
神器。神の持つ武器、防具を含めた物のことだ。それらはそれ相応の力を持ち、主を支えるために意志を持つ。そのどれもが強大であり、例え異世界の神の物であっても例外ではない。どの神の持つ物でも効果は絶大なものなのだ。意志ある神器は己が主に仕えることを望んでいる。
そして、異世界より渡りしその黒衣もまた、まだ見ぬ己が主を求めて静かに待っていた。己を扱う者はどんな想いを持ち、自分を手に取るのか。力がなければその命を刈り取ってやろう。再び己を手に取る者が現れ、意志ある神器はそうほくそ笑んだ。
異世界で死神の黒衣と銘を打たれた神器は主を求める。いつの日か自分の能力を存分に使って貰うために。
自分を手に取った者が自分の主に足りうる存在だと気付くことなく、死神の黒衣はその者の心を覗いた。
※※※※
夜が開けて、朝が来た。そんな当たり前なことが嬉しく感じるのは俺に覆い被さるように眠るユリアの存在があるからだろう。体は子供でも精神は大人になっている俺の心の内は激しく燃え上がっている。かつて遅くに気付いた恋心を再び手にできたことと愛という物を心の内に宿したからだ。
恋とは誠すばらしいものだ。どれだけ欲しくても手に入らないというのも経験したが今は近くにある、既に手にしたからこそ大切にしたいというこの想いが溢れ出す様は伝えたくても伝えきれない。表現できないこの想いこそ愛というものだろうと今は思っている。何を偉そうに語っているのだと言われそうだがそんな気がするのだ。
再び眠りそうになる体を制御して、起き上がり、ユリアをそっとベッドに寝かせてから俺は神槍を手にとってから部屋から出た。
朝の散歩というのもたまにいいと俺は思う。澄んだ空気を胸に納めながら歩くこの時間は考え事をするにも、何も考えることなく歩くにもちょうどいいのだ。
今日は何も考えることなく歩く時間だ。何も考えなくていいというのは本当に楽だ。何をしてもいい時間とも言えるそれらは自由だとも言える。朝から活動する冒険者達を見やりながら店沿いを歩く。
冒険者達の活動は早い。朝から動かないと仕事がすぐに無くなるのだ。ダンジョンができたお蔭でそういうことも無くなったが依頼の方が報酬がいいのは変わらない。最近導入を始めた冒険者ランクの向上を求めて、依頼を受ける冒険者が後が立たないとレティが言っていたのを思い出す。冒険者にとってランクとは自分の強さを表す基準として受け入れ始めてきたということなのだろう。誰が考えたかはさておき、防御達のやる気を引き出したのは流石としか言いようがない。
そんな冒険者達の横をすり抜けていくと一つの看板が目に入った。俺はそれを確認してからその店の扉を開く。中へと入るとぶわっとした熱気が店の中を包んであり、すぐさま魔術を起動し、自分の周りを冷気で包み込んだ。こういう所は魔術は便利だ。今の所不便な所はないがいずれ何かしら出てくることもあるかもしれない。
そんな考えをよそに俺は店主を呼んだ。
「ごめんください。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「……なんだ。今は忙しい」
中から出てきたのは鍛冶屋の親父といった風体の男だ。俺はそれを見てこれがドワーフなのかと納得した。髭をたっぷりと蓄え、手には鍛冶用のハンマーを持って肩で支えるようにして持っている。ドワーフの男は不機嫌そうに俺を睨みつけてきた。
「坊主、お前は剣など使えんだろう。ここは剣専用の梶屋敷だ。よそにいけ」
「いや、俺は剣を求めて来た訳じゃない。これを見て欲しくて来たんだ」
マジックボックスから機能買った純銀を取り出してドワーフの親父に渡す。すると、目を開いてじっくりと観察を始めた。何が珍しいのかは分からなかったがしばらくしてドワーフの親父は俺に純銀を返してきた。
「これは純銀だな。どこで手に入れた?」
「店に売っていたのを買ったんだ。それよりもこれで作られた武器というのは存在するのか?」
「それは有り得ない。純銀で武器を作るとなると大量の純銀が必要だ。純銀は異世界の鉱石として俺達鍛冶師の中では伝わっているからな」
「なるほど。では純銀に何か能力があるとかは?」
「それこそ有り得ない。いくら異世界の鉱石だからと言っても特徴を知らん奴はおらん。純銀で作られた武器は絶対に純魔銀へと変わるんだからな。魔力を吸い取ることが純銀の特徴だ」
「そうですか。ありがとうございました」
俺はそういって鍛冶屋を出た。魔術を解いて、宿屋へ向けて歩き出す。
純銀には魔力を弾く能力でなく、吸い取る能力があることが分かった。このことから神の加護とやらがあるのは間違いないだろう。純粋に純銀の能力なら良かったのだがこれで魔術を封じられたも同然になった。牽制としては使えるので攻撃の手札は減ったが手数が減るわけではない。
次に純銀は異世界の鉱石である点だ。あの鎌の大きさからして二メートル程はあった。あの大きさの鎌を作るにはどれほどの純銀が必要なのか。この点から月夜の暗剣は純銀を手にいれる伝なりなんなりがあるということだ。そんな大量の純銀をどこから手に入れているのかは分からないが異世界から、というのが妥当な線だろう。もしかしたら信仰している神が造っている可能性もある訳だがそこまで考えても仕方がない。
「謎が謎を呼ぶ、か。推測とか面倒だからここまでしてさっと次の街に行こう」
そう、呟いて宿屋へと向かっている途中にふと何かを感じた。懐かしい波動とでも言えばいいのか。あれを始めて感じたのは爺さんと最後に戦った時以来だ。それは神力などと呼べる物だった。
導かれるようにして防具屋へと入り、それが目に入った。防具屋へと入ってからよりしっかりと感じるその波動は確かに爺さんが発していた物だった。それは黒衣だった。
「お客さん、それに触ったらいけないよ」
黒衣を前まで来てから店員から声が掛かった。俺は店員の声にそちらを向くと若い店員が厳しい顔でこちらを見ている。
「その黒衣は死神の黒衣と言ってね。手に取るだけで死ぬんだ。お蔭様でうちの店は閑古鳥が鳴いているのさ。お客さんもその口なら早々に立ち去ってくれ。また死人が出るのは勘弁だからね」
そう言って若い店員は中へと入っていた。死神の黒衣と呼ばれたそれを俺は見つめる。何やら意志のような物を感じた俺はこの黒衣に縁を感じた。前から知っていたようなそんな感じの感覚だ。
何故そのように感じるかは分からないがともかく、この黒衣が欲しいと思った。俺は店員の忠告を無視してその黒衣を手に取った。
※※※※
私を手に取った者の心が流れ込む。いや、これは溢れ出している。死神の黒衣と呼ばれ、今まで幾人もの人を見てきたが規定の力を持ち、尚且つ、これほどの想いを身に宿しているものは狂人しか見たことがない。私に流れ込むこの想いは激しく、危うく飲み込まれそうになった所で心を読むのを辞めた。
『これほどとは……私は知らない。これほどの想いは知らないぞ』
その想いを表すならば愛が相応しいだろう。
守りたい。愛している。好きだ。愛しい。誰にも渡さない。死なせない。俺の物だ。手を出す物は殺す。
圧倒的なまでに個人を想うそれはまさしく愛だった。それも狂愛呼べる物。
この者ならば私の主になるに相応しい。かつて人の命を奪い、その魂を管理してきた私にとって初めて知るその感情がとてつもなく、心地よかった。
この想いに応えたいと思わせるそれはある意味で狂っていた。そう、私を手に取った者は愛に狂っている。独占欲の塊、愛しい者を守りたいという強い欲求。どれもこれもが他者に向けられた想い。これほど狂っている人間もいないことだろう。他者へと想いが人一倍強い人間は見たこともない。
私は歓喜した。私を扱うには狂人が相応しいと前から思っていたのだ。だからこそ、認めよう。己が主に足り得るということを。
『主よ。今から私はあなたに忠誠を誓おう。私の力を是非使って欲しい』
私は新たなる主を迎える喜びを感じ、この者ならば受け入れてくれるだろうと密かに思っていた。
※※※※
『主よ。今から私はあなたに忠誠を誓おう。私の力を是非使って欲しい』
手に取った黒衣から頭の中へ語り掛けられた。初めてのことで驚いたが俺は両手でその黒衣を持って語り返す。
「何を感じた?」
俺は心を覗かれるような感覚を感じていたので心を見られたことを知っていた。だからこその問い。死神の黒衣は嬉しそうな声で俺に感想を伝えてくれる。
『初めて感じる感情でした。これほど狂った感情は始めてで命を刈り取る私には感じることができないものです』
「…………………」
『主様?』
「いや、まさか他人から狂ってると言われるとは思わなくてな。お前が初めてだ。きっとユリアも分かって側にいるとは思うけどな」
確かに狂ってるかもしれない。この過剰なまでのユリアに対する想いは異常なのだ。一度無くしたからこそ手放したくないと思っている。それでもいまだ俺の側に居てくれるということは受け入れてくれているということだ。それが嬉しくて調子に乗りそうになるができるだけ抑えるようにしている。
その抑えきれない感情をこの死神の黒衣は感じ取ったのだろう。死神と言えば命を刈り取り、管理するというイメージがある。だから、死者の嘆きしか見なかったからこそ俺の感情に心打たれたのかもしれないな。
「お前は何ができる?」
『守護。絶対的な守護をお約束致します。私は魂を守り、管理するためにそれらの力に特化していました。この世界に来た時に自我が芽生え、守る力だけに洗練されたのです』
「ユリアを守る力になるな。いいだろう俺の物となれ。お前は今から俺とユリアの守護者だ」
『はい。喜んで引き受けましょう。神器の誇りに賭けて』
こうして、俺と死神の黒衣の出会った。今後、俺は守るために力を振るっていかなければならない。俺の代わりにユリアを守る者がいれば安心して攻撃に気が回せる。この出会いは俺は感謝した。




