心弱き強者は月に誓う
月が見える。どうやら満月のようでまん丸と空に浮かび上がっている。まるで俺の沈んでいく心と正反対のようで何だか気に入らないなぁと月を視界に入れないように手で遮る。
力が欲しいと願った。だから槍を手にした。魔術だけではきっと手に負えないことがあるかもしれないと思ったから。
守りたいと願った。この世界で独りではない証と世界で一番好きで、愛しているから。
けれど、結局は俺の力など所詮は人の子の範疇に過ぎない。どれだけ俺が強くともユリアを守れる確証がないのだ。絶対などこの世には存在しないのである。
悔しさからか、悲しさからか。涙を流していた俺の頭上が影で覆われる。俺は手の隙間から見ようとした。そこには今にも消えてしまいそうな程、弱々しい姿をしたユリアが目に入った。
ぞわりと体が震えた。吹けば飛びそうなその姿は俺の心を表しているようで怖くなったのだ。
「は、は。俺、弱いなぁ。こんなにも弱かったなんて知らなかった」
「そんなことはありませんよ」
ユリアはそう言ってくれるけれど、前世の時から何も変わらない。大切な者がこぼれ落ちていったあの時の俺と何も変わらないのだ。今でも目の前の大切な物を守りきれない時のことを考えると体の震えが止まらなくなる。俺はどこまでいっても弱いままだ。どれだけ武力を付けようとも、どれだけ金を手に入れようとも変わることのないことなのだ。
ふと、ユリアと目があった。その瞳に俺を映して何を見ているのだろうか。こんなにも弱い男の側で何を欲しがっているのだろうか。
今更、どの口が言うのかと思うがユリアは俺の側にいるべきではなかったのではないか?
そんな風な事を思ってしまった自分が嫌で涙が溢れる。
「ユーフェ様は優しすぎるのですよ。いろんなことを考えて、最善を打とうとして一人で何でもやりすぎなのです。頼ってくださいって言いましたのにね」
「……怖いんだよ。失うのはもう嫌なんだ。俺は強くはないんだよ。」
「いいえ。ユーフェ様はお強い人です。その壊れそうな心が証拠じゃないですか」
体が重なり合う。俺の胸にもたれ、その心臓の音を聞いている。ユリアはそっと俺の頬を触ってにこやかに笑う。とても美しい。俺だけのものにしたくて堪らない。泥のように溢れ出す欲望が浅ましく感じる。
こんな俺のどこが強いのか。そこら辺にいる人と何も変わらないではないか。それでもユリアは俺が強いと言った。
「何でそんなに信じれるんだユリアは」
「ユーフェ様がとても人間らしい方だからですよ。笑い、悲しみ、苦しんで、怒る。そのどれもが私のために向けられたものでした。こんなにたくさんの物を貰って嬉しくない人はいないはずです。私はそれらの恩を返したい。そして何よりもユーフェ様のことが好きですから」
好き。そう、俺もユリアのことが好きで好きで堪らない。この泥のように溢れ出す独占欲は全てそこから出てくるものだ。人間とは単純なもので一言くれるだけで嬉しくなってしまうものだ。俺はその一言に笑みを浮かべた。
「うん。俺も好きだ。何を犠牲にしても守りたいと思ってる。だから、怖くても俺はやるんだ」
「一緒にやりましょうユーフェ様。私はここにいます。あなたの隣にいるのです。私があなたを守ります。だから、ユーフェ様は私を守ってください。誓ってくださいますか?」
「誓うよ。俺が君を守る。だから、君は俺を守ってくれ。俺は月に誓う」
「はい。いつまでも一緒ですから安心してください。ユーフェ様が私を必要としなくなるまでずっと」
誰もいない外で二人で月を見上げる。満月の夜はこれからはいい思い出になりそうだ。俺とユリアの誓い。一度目は従者の誓い、二度目は互いに守り合う誓い。
ほんの少しだけ俺は強くなれた気がした。それでも俺の弱さは変わらないと思う。けれど、ユリアが俺のことを強いと言ってくれる限り、頑張ってみようと思った。
二人で見る月はとても綺麗に見えた。




