大人な一歳主人と六歳児の従者
あれから一週間が経った。ユリアは今まで以上に俺に付きっきりになり、俺のいる部屋で寝ることが多くなった。何がどうして下心持ちの男を気に入ったのかは分からないが少し嬉しく思った。そんなときは俺のベッドへご案内、一緒に寝ている。
実は俺のベッド、かなり広い。大人が四人ほど寝れる程だ。無駄な気がしないでもないが家族で寝れるようにとでも考えていたのだろうか。父様、母様の考えは分からない。変わらず仲睦まじいのはいいのだが……そろそろもう一人生まれる気がする。
しかし、毎度そんなことをされては叶わない。俺はここで寝るなら堂々と寝ろと言った。次の日からぴたりと俺の部屋で寝ることがなくなった。何故だ。理由を聞いてみると折を見てそうしたいとのことだった。なんだ、折を見てとは。疑問が疑問を呼び、嵐を呼ぶ。そんな風に思っていたら本当に嵐が来てしまった。
ある日、俺ははいはいでベッドの端まで入ったり来たりして体を鍛えているとユリアがやってきた。もう隠すような事もなくなったので普通に念話で会話している人前では片言で伝えてはいるが。
『どうしたんだ?何か真剣な顔をしているけど』
「いえ、覚悟が決まりましたので、ご報告に行こうかと」
『はぁ? 覚悟?』
「では、行きましょうか」
笑みを浮かべるユリアは俺を持ち上げて部屋を出る。この前の一件で部屋は把握している。父様や母様、ハスター、サラミナがいる部屋と向かう。どうやら領主の執務室で何やら話しているようだ。聴覚強化をして聞いてみる。
『ユリアの様子がおかしい?』
『はい。何やら自分の部屋をいきなり掃除しだしたのです』
『別におかしくはないんじゃないか?』
『それが笑顔でですよ。何かいいことがあったなら分かりますがそれも毎日です』
『……この間の件が無くなって嬉しいのではないか?』
言いにくそうに言う父様がそういうとハスターとサラミナが私達もそうではありますが、前置きをしてから言った。
『それでももう一週間になります。何か原因があるはずなのです』
『私もそう思います。奥方は何か心当たりはありませんか?』
『ユーフェちゃんの部屋にいるときはとても笑顔ね。それ以外は分からないわ』
そうこうしている内に部屋に着いた。こんこんとユリアがドアを叩く。どうぞと父様が返事をし、ユリアが部屋を開く。
部屋に入った皆は驚き、俺があい!と言い場を和ませた。流石俺と称賛したい。ユリアはそのまま扉を閉じた。何事かと思いながら見ている皆の視線にさらされながら俺はじっとしていた。
「どうしたんだ、ユーフェを連れて」
「はい、今日はご報告をしたく思いまして」
皆怪訝そうな顔をしており、ユリアに注目する。俺も内心何となく嫌な予感がするがそれでも何も言わなかった。というより、ここまでに来る話を聞いて察してしまった。あれでは嫁入り前に来る娘だ、と。
ユリアは俺を抱き直してから爆弾発言を惜しげもなくさらけ出した。
「私はユーフェ様と婚約したいと思います」
「「「「えっ!」」」」
うん。そりゃ当たり前の反応だ。俺が驚かなかったのを誉めて欲しい。そして、あい!と二歳児を演じたのを褒めて欲しい。いや、褒めろ。
ユリアの爆弾発言は大いに混乱をもたらした。父様とハスター困惑し、母様とサラミナは誰こいつみたいな顔をしている。ああ、知っている。この顔はいつの間にか大人びている子供に戸惑う大人の図だ。何を言っているか俺も分からないから勘弁して欲しい。なぜそんなことを知ってるのか聞くのは野暮というものだ。
それからすぐにユリアは部屋を出た。俺は無言でユリアに抱かれたまま外へと連れて行かれた。
それから午後は外で過ごした。俺が外が好きなのを察して銀世界が見えやすい場所を陣取って既に敷物までしている。何という従者力。
そこで俺はユリアに撫でられていた。承諾した覚えはないのだがユリアの中では既にもう決定しているらしい。俺としても構わないのだがやはり他にも男を見てからの方がいいと思っている。……余計に俺を選ぶ気がして既に覚悟を決めなければいけない気がしてきた。だって、絶対美人になるしユリアさん。というか、俺がユリアを気に入っている的な発言をしたからだろうか。と、柄にもない悩みに晒されている。
『機嫌がいいな』
「はい。私が言い出したことですから勿論、断って頂いてもいいですよ」
『それでいいのかよ』
「だって、この世界でユーフェ様の好きな方がいらっしゃるかもしれないじゃないですか」
「それはないよ」
思わず地声で話してしまった。でも、それは確実に言える。彼女は確かに火に包まれて死んだのだ。もし、会えたとしてもそういう関係にはならない、あるいはなれない関係で会うことだろう。そんな妙な確信が俺の中であるのだ。
「そうですか。なら、私を選んで頂ける可能性が増えました」
『益々もってお前が分からん。俺は少し下心を晒しただけなんだが』
正直に言葉をぶつけると、
「乙女はそういうものですよユーフェ様。自分を気遣ってくれる王子様に全てを捧げたいと思うものなのです」
と、ませたガキは返す。そういえばいつの間にかユーフェ様と呼ばれるようになっている。油断も隙もありはしないなこの従者さん。……嬉しいけど。
そんな所へサラミナがやってきた。何だか困惑顔で何聞けばいいのか分からない様子だ。
「ユリア」
「かあさん。どうしたの?」
「いえ、あなたは何故婚約なんかしたいと思ったの?」
サラミナの当然な疑問にユリアは爆弾発言で返した。
「ユーフェ様が伯爵様の件をおやりになったからです」
「それはどういう意味なの?」
意味が分からないと言った風に聞くサラミナにユリアは説明し出した。最初は焦った聞いている内にまぁそれなら良いかと思うようになった。
俺がやったことを俺に宿った精霊がやったことにしたのだ。聡明なユリアはうまいこと辻褄を合わせて説明した。サラミナはそれを聞いて複雑そうな顔をして中へ戻っていった。
ユリアが震えたので俺は魔術を発動する。前世の暖房をイメージした魔術だ。仮にホットハウスとでも名付けて置こうか。と、いっても気温をあげることはできなかった。外気を遮断することくらいだ。俺には火の適性がないらしい。こればっかりは生まれつきのことなのでどうしようもない。
「すごいですね、ユーフェ様」
『本当は暖かくできればよかったんだがな』
「……ユーフェ様は暖かいです」
聞いてなかった。確かにそうなのだがそう言うことが言いたいのではない。そんなことを言おうとしたがいつの間にか眠りについていた。可愛い従者の寝顔を堪能しながら俺はそんな風にして昼を過ごした。
その日の夜、晩御飯の時に父様は複雑そうな顔をしてユリアに聞いた。
「何故、もっと早く言わなかった」
「精霊様に言われたのです。精霊様はユーフェ様の意志を元に作られたそうです。私がこの家から去ることが嫌で、伯爵様を殺し、埋めたのだとか。もう二度と現れる事はないが話すのは一週間後にして欲しいと」
「なる程。何とも都合のいい話だが」
「はい」
「……本当に伯爵様は死んだのか?」
「はい。そういっておりました」
「……そうか」
両親は複雑そうな顔を更に複雑そうにして婚約のことを許可した。ユリアは嬉しそうに頷いた。策士の策がここになった。
寝るときに俺がただをこねてユリアを寝室に留めた。ユリアからそうして欲しいと言われたからだ。俺がそういう風に言ってしまったのだから仕方ないと思うことにした。
ネグリジェ姿のユリアは妙に色っぽい。将来が楽しみに思えるのは俺が達観してきたからだろうか。今なら父親の気持ちが分かる気がする。
そんなユリアは俺を見て満足気に笑っていた。
『まぁ分からんでもないがニヤニヤするな』
「いいじゃないですか。私が好きでそうしているのですから」
『だからといって二歳児と婚約はやりすぎだ』
「私の気が変わらない内にと思いまして」
『普通逆じゃね?』
くすくす笑い、ユリアは俺の額へ口付けをしてきた。あの日のことを思い出した。従者になる誓いを聞いたあの夜の日のことを。
『何故、したんだ?』
「誓いを忘れないためにですよ。ユーフェ様」
『ませすきだ、クソガキ』
「赤ん坊に言われたくありません」
正論を正論で返された。寝よう。俺は幸せそうに笑うユリアに何も言えなかった。彼女が幸せなら文句はない。それが自分で選んだのなら尚更文句など言うはずはなかった。俺はユリアに抱きしめられ眠りについた。
ほっこりする。