国境、そして聖王国ファングリアへ
馬車という物も存外悪くないと思う。乗り心地は最悪だが自分の足で歩かなくていいというのはそれだけで利点だ。体力を消耗しないし、故障などしない限り、一定のスピードで先へといける。
これらの利点だけで馬車が欲しくなるのも頷けるというものだ。残念ながらそれほど易々と買えるの値段ではないのが唯一の欠点と言ってもいいかもしれない。
「やっと見えてきたな」
「はい、国境ですね」
「流石に疲れたなぁ」
徹底的に街を破壊し尽くして二日が経った。追っ手が掛けられる様子もないし、どうやらまだ手配はされていないようだ。あれだけやれば流石にお咎めがありそうなものだが細事に構っている程暇ではないのだろう。街一つが壊れた事が細事というかは別にしてだ。
国境へと辿り着いた俺達は検問へと足を向ける。ギルドカードが身分証として扱われはじめて数年、未だ身分証として採用している所も出始めてきたところだ。ここではどうやら身分証としては使えるようだ。ユリアのギルドカードを掲示し、まもなく国境を抜けることができた。
「やけにあっさりと抜けれたな」
「そうでしょうか?」
「ぼくもこれぐらいが普通だと思うけど」
ユリアもレティもそう言って首を傾げる。これはおそらく俺の価値観からの違いだろう。日本でも検査は色々とややこしかったのを覚えている。だから、そう思うだけなのかもしれない。
国境を越えて聖王国側へと入った俺達はその日のうちに近くにある村へと辿り着いたのだった。
「さて、ここからはどう行けば良かったっけ?」
「二つほど街を経由したら王都だね。そこで図書館に行くんだよね?」
「一応そう決めている。その後は未定だ」
「しかし、遠くまで来ましたね。ユーフェ様と出会うまでこんな所に来ることになるとは思いもしませんでした」
「まぁね。ぼくも国を出ることになるとは思ってなかったかも」
「あまりいい道程では無かったけどな。本来なら商人の場所に付いてゆっくりと行くのが普通なんだが」
俺がそう言うと何とも言えないような顔を二人はするのだった。
俺はこれまでの道程を振り返り、頭に思い浮かべる。思えば、人の欲が絡まる物ばかりであった。それらは人間によって成されている。そう思うと虫酸が走るが俺ではどうしようもない。いや、正しくはどうにかする気がない。俺は自分の回りさえ危害がなければそれでいいのだから。
確かに人としてはどうかと思う。だが、必ずしも俺がどうにかしなければならない訳では無いはずだ。俺は自分のできることが分かっている。俺は平凡だ。前世から変わることはあまりない。だからこそ、自分の周りしか見ることができない。俺は平凡な人であって、大局を見る軍師ではないのだ。
結局何が言いたいかと言うと自分の能力を知っているが故にできないと悟っているからアクションを起こすことはないということだ。今ある大切なものを守れればそれ以外はいらない。今はそれで良いと思っている。いつかはそれ以外も考えなければいけない時がくるかもしれないとしてもだ。
目を開けると辺りが暗く何も見えない。そんな暗闇の中でも近くにある温もりを感じ取ることはできる。ユリアの寝息が俺の耳に入ってくる。それを聞いているだけで穏やかな気持ちになれる。
あの後宿屋で部屋を取った後、そのまま俺は寝てしまったのだ。ユリアを優しく撫でてから俺は隣で起きていたレティへと声を掛ける。
「眠れないのか?」
「うん、まぁね。これでも女の子何だよ? ユーフェ兄なら分かるでしょ?」
「くっくっ。寂しくて寝れないとかか?」
「冗談だよ。少し奴隷について考えてたんだ」
レティは溜め息を一つついてから話を始めた。
「ユーフェ兄みたいな人に引き取ってもらえれば奴隷もあんなに悲惨なことにならず済むのかなって思ったんだ」
「悪いが現実的じゃないな。俺みたいなのがこの世界に百人もいるとは思えない」
「そこなんだよねぇ。ぼくは本当に運が良かった」
そう言うとレティは嬉しそうだった。奴隷からしたらこれ以上ない待遇だっただろう。そして、それは奴隷対して有り得ないことでもある。今だからこそ思うが金があるからこそできる待遇でもあった。そうでなければもう少し魔物を狩らせるなりしていたことだろう。
そういう意味でもレティは運がいい。ただ本人が幸せなのかは別だが。俺が思っていることを見透かしたのかレティは俺の方を見ながらこう言った。
「ぼくは幸せだったよ。だから、そんな顔しないでよ。それでねユーフェ兄、ぼくはそんな風に奴隷を解放していこうと思うんだ」
「大変だぞ? 奴隷に対して責任を持たないといけないし、最悪連帯責任で罰せられるかもしれない」
「うん。それでもやりたいと思うんだ。ユーフェ兄はぼくを放任してくれたけど、他の子はそうはいかないしね。風の精霊と契約できたらクレハスに戻ることにするよ」
「そうか」
奴隷を解放していく。それ自体は難しいことだ。奴隷というのは何も技能を持たないのが当たり前だ。だからこそ、それらを教え込まないと使い物にならない。そしてそれらを教え込む間にも食費などが掛かる。結局は金が掛かるのだ。
レティはそのために力を欲したのか。いや、レティはきっと自分の身を守るために力を欲しているのだ。いつの日か俺から離れることを予期していたのかもしれない。あまり構ってはやれなかったがしっかりしている子だ。俺以上に色々考えているし、うまくやっていくことだろう。
「頑張れ。俺の力が必要なら言うといい。ユリア以外のことなら放って助けに行ってるからな」
「はは、やっぱりユリア姉には勝てないか。うん、ありがとうユーフェ兄。ぼく、頑張ってみるよ」
レティはそう言ってから横になった。
レティは夢を見つけた。奴隷を解放する。最終的にはどうなるか分からないが奴隷を教育してから解放するという形になるはずだ。それをするには大変な事もあるだろう。だが、レティならばうまくやれるはずだ。
俺は少し寂しく思った。未だ俺と同じ年であるレティが大人になってしまったような気がしたから。そして、嬉しくも思った。レティが成長してくれる。俺よりも遥かに偉い存在になっていくような予感がある。
闇色の部屋の中で俺は少しだけ自分の夢について考える。俺にはまだそのような具体的な目標はない。いずれ見つけなければならないだろうが当面は知識を得ることを考えることにする。それからでもまだ遅くはない。俺はまだ十一歳であり、まだ子供なのだから。
少しそう思って笑ってしまった。血に塗れた子供がいるか、と。そんな風なことを思っている内に瞼は自然と下へと落ちていった。




