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魔法世界の魔術師  作者: 炎の人
リーバス王国横断編
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神槍の継承者3

 もはや遠慮はなかった。互いに死を覚悟しての闘い。この場には二人しかいない。俺は爺さんに目掛けて渾身の突きを入れるが横から軽く払われ、あしらわれる。息を継く暇もなく、何度も突きを放つ。そのどれもが爺さんによって弾かれ、いなされ、不発に終わる。


「うむ、やるのう。じゃがまだまだじゃ」


 その突きは見えなかった。危機察知の警鐘がなるのに任せて体を横へと捻る。脇腹を掠めたが何とか避けることに成功してお返しとばかりに相手の顔すれすれに突きを放った。


「凄まじいのう。若いとは良いものじゃな」


「ふざけてられるのも今のうちだけだぞ爺さん」


 俺がいざ踏み込もうとすると呼び動作無しの突きが俺に襲いかかってきた。どうにか避けようとするが間に合わない。俺は負傷覚悟で槍を弾くことに決めた。俺の腹に目掛けてくる槍を絡め取り、上へと弾く。爺さんも予想していたのか次に槍を持ち直して再び突きを放ってくる。それまでのタイムラグはほとんどない。相変わらずの技のキレに俺は呆れるしかなかった。

 この一ヶ月爺さんの技を盗もうと努力したが結局自分の物にできなかった。俺の努力不足かと言われればそうではない。あれは完全に爺さん専用の技として成り立っているのだ。自分の物にする余地が全くといい程無かったのだ。

 そんな爺さんの連続の突きが放たれる。まさにそれは高速。一瞬の間に四連続の突きが俺に向かってくる。俺は慌てて槍の石突きで急制動、バックステップで回避した。


「まだじゃぞ」


 爺さんが一歩踏み込み、凪払う。尋常ではないそのスピードに冷や汗を垂らしながら頭を屈め避けるがそれが失敗だった。次の瞬間には顎を石突きで殴り上げられてしまった。

 お返しとばかりに穂先で凪いだが薄皮一枚しか傷を付けることはできなかった。


「っ!」


「ほれほれ、避けねば死ぬぞ」


 力任せの殴り技。槍を棒として使った棒術。まるで槍は棒と同じだと言わんばかりに強引に殴り掛かってくる。振り下ろされ、凪払われ、振り上げられる。それはまさに嵐の攻撃。俺は防ぐしかなく、どうにか見つけた隙を突いて槍を突き込む。爺さんの脇腹を抉り取った。

 爺さんは俺の攻撃に疑問を持ったのかこんな質問をしてきた。


「……人を何人殺った?」


「五百以上は殺ったな」


「そうか……ならば、戦場における殺意も見ておくがよい。死ぬなよ」


 何の冗談だ、と俺が言おうとしてそれはきた。

 声高々に戦場を走る馬達、槍を持って戦う兵士、突き合い、斬り合い、殺し合う。殺意だけが巻き起こるその場は地獄だ。俺はそんな幻覚を見せられ、呆気にとられてしまった。


「死ぬなよと言ったはずじゃぞ」


「っ!」


 ズブリ。俺の腹に槍が突き刺さったのが分かった。痛みが限界を越え、声も上げられなかった。そのまま引き抜かれた槍は俺の血で濡れていた。


「散々殺してきたのじゃ。殺される覚悟も当然あるじゃろ?」


「……そんなもん用意してるかよ。死ぬ宛は寿命としか決めてねぇんだ」


 身体強化を使い、力をスピードを上げた一撃を放つ。爺さんは目を見張ってそれを見ていることしかできず俺と同じ所に穴を開けた。


「やられたんだ。倍で返してる」


 そこからはもう言葉はいらなかった。俺が身体強化を使ったことで力とスピードが互角になり、技の技量による勝負となった。血飛沫が舞い、汗が跳ぶ。俺は今笑っていた。爺さんもまた笑っていた。楽しくて仕方がない。死すらも恐れずに俺達は互いに力を振るった。


 どれくらいそうしていただろうか。いつの間にか俺は爺さんの土手っ腹に槍を突き刺していた。闘いは俺の辛勝で終わったのだ。互いに体中から血を流し、もはや闘う気力もなかった。


「見事じゃ。よくぞワシを打ち負かした」


「ギリギリ、だったけどな」


「それでもじゃ。ワシは待ち望んでおった。ワシに打ち勝つ者を。さぁ受け取れ、この槍の継承者よ」


 爺さんに手渡された槍が俺の手に乗せられた。


「その槍は神槍グングニル。ワシが生涯を共にした武器じゃ。お主なら分かっていたとは思うがワシは神じゃ。戦から成り上がった武神だったのじゃよ。長いこと待ち続けてきたがようやくこの時がきた。だが、いつかお主は手放しそうじゃがな。まぁそれでもよい」


「爺さん……」


「そんなに悲しそうな顔をせずともよい。ワシはせめて闘いの後に死ぬのが夢じゃったのじゃ。ワシはお主のお蔭で夢が叶った。何も後悔する事などない」


「…………」


「そうじゃ、お主もいずれ神になるじゃろう。だから、一言忠告しておくぞ。大切な者は決して手放すなよ。ワシはそれで後悔したからのう」


 そう言って爺さんは何も言うことはないと目を閉じた。もう少しで死に至るのだろう。爺さんが何を思っているのかは分からないが死ぬときまで一緒にいてやることはない。俺は神槍を背負い、地下から抜け出した。入れ違いでリューヌさんにあったが俺の姿を見て何やら悟ったような顔をしてありがとうと言われた。


「ユーフェ様! 何ですかその傷は」


「爺さんとやりあった」


「そんな! どうして……」


「爺さんの望みだ。闘って死にたかったんだとよ」


「とにかくユーフェ兄が無事で良かったよ。ね、ユリア姉」


「はい……」


 ユリアはショックを受けた様子だった。この一ヶ月の間、爺さんとユリアは祖父と孫のように仲が良かったから尚更だろう。俺も少し嫉妬するくらいだったといえばその仲の良さも分かるというものだ。

 けれど、これはいつか行われる事だった。薄々感じてはいたがここは神域だ。人間がいていい場所ではない。時間を忘れてしまうのが神域の特徴だ。おそらく俺が神に至れる可能性があったから時間を忘れずにいれたのだろう。この神域から出るには爺さんが自ら力を振るうか、爺さんを殺さなければ出ることは叶わないようになっている。


「……嫌いになったか?」


「そんなことはありません! 私は、ただ」


「俺といれば必ずこういうことがまた起こる。俺はそういう生き方しかできないからな。考えといてくれ、ユリアが幸せになるために」


 そのためなら離れることもあるかもな、なんて言葉を飲み込んで俺は床に倒れ込んだ。


「ユーフェ様!」


「ユーフェ兄!」


 ユリアとレティの声が段々と遠ざかっていく。俺は誘われるようにして深い深い眠りについた。


※※※※


 その場は静寂に包まれていた。とある小屋の地下で老人が一人とその側に女性が一人いる。老人の方は血塗れで倒れ、今にも死にそうだ。そんな老人の側で女性は静かに老人を見つめていた。


「ぐふっ、すまんのう。お主と出会わなければこんな所で死ぬこともなかったじゃろうに」


「そんなことはない。これは私が望んだこと。私の我が儘で眷属にしてもらったから後悔はしていない」


「そう、か……」


 老人は幸せそうな笑みを浮かべて女性の頬へと手を当てる。血で塗れたその手で触ったせいで血がべっとりと付くが女性は気にした風もなく、そっと手を添えた。


「お前がこんな老いぼれを好きなど抜かした時、ワシは心底驚いたものじゃった。しかたなく眷属にしたが過ごしていく内にワシも楽しくなってのう」


「……………………」


「そして、いつの間にかワシもお主のことが好きになっておったようじゃ。こんな歳になって恋をするとはのう。人生とは分からぬ物じゃ」


「本当? 私のことが?」


「ああ、ワシは神になってから嘘は付いたことはない。実はお主が初めてでな。どうすればいいか分からなくて困っておった」


「……嬉しい」


「ほっほ。変わり者もここまで来ると呆れるものじゃ。ああ、そろそろか」


「うん」


 老人と女性が手を握り合う。強く強く握り合ったその手に涙が零れ落ちる。

 老人は命が残り少ないことを察して呟く。


「また、巡り会えるといいのう。今度は近い歳でな。お主を、リューヌをお姫様抱っこして自慢しまくるのじゃよ」


「うん、うん」


「また、会おうな、リューヌよ」


「うん、オディヌ様。大好き」


 一つの命が終わった。それと同時にもう一つの命が終わる。白い光に包まれて老人と女性がこの世から消え去った。神とその眷属は命を終えたのだ。

 地下室には血の後だけが残されていた。






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