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魔法世界の魔術師  作者: 炎の人
幼少期編
4/62

知っていましたよ、ユーフェ様

 ようやく夜になり、俺はゆっくりと起き上がった。

 あれから冷静になり、どうにかほかの方法がないかと考えてみたがやはり一番手っ取り早いのが伯爵を亡き者にすることだった。どうするにも本人がいなくなれば話は煙に巻かれる。もしかしたらこの領が危険に巻き込まれるかもしれないし、両親に迷惑が掛かるかもしれない。だが、俺は後悔しないようにする事をこの世界で目覚めてから決めている。その自らに科せた約束を破ってしまった。何もかも自分ができるとは思っていない。俺の視野は部屋の中までが精一杯で俺の世界は未だ小さな部屋の中だったのだ。仕方ないかもしれない。けれど、知ってしまったのなら行動しなければならない。例え、それがいけないことだとしても。俺は罪を背負う覚悟を決めた。

 俺は半年の間で覚えた一つ、身体強化を行う。俺が使う身体強化は全身の筋肉に張り付かせるように魔力を纏うものだ。こうすることで魔力を筋肉のように使うことができる。つまり、この年齢でも自分で立つことができるのだ。これをできた日は性懲りもなく、はしゃいでしまったものだ。これをやった翌日、全身が筋肉痛になって泣きそうになったのはまた別の話だ。

 そんな身体強化を使い、ベッドを降りる。半年で覚えたうちのもう一つ、ソナーの魔術を発動、気付かれないように魔力を極限まで薄くして広げる。

 これは前世で読んだ小説から自分でもできないかと思い、やってみたものだ。未だ魔術は感覚的にしか使えないので不完全だが何となく頭の中に地図が浮かぶようになったのだ。魔力を周囲に放ち、有形、無形、問わず俺の脳内に形を知らせるものだ。これのお蔭で精霊の感知も可能になっている。近くにある湖らしき所に大量の精霊がいて、驚いたものだ。いつかは行ってみたいと思っている。

 これで屋敷内の地図は全て把握した。部屋を出て、台所らしき所に入る。机の上に無造作に置かれた短剣を見て、それを手に取る。本当は包丁でもと思っていたが有り難い。

 手に取った短剣に魔力を通して見るとすんなりと通った。どうやら魔力で切れ味もあがるようで机の足を斬りつけて見るとすとんと入った。これならば充分に殺れる。

 台所らしき所から出て伯爵の部屋へと向かう。部屋の前には誰もおらず、部屋の中には伯爵のみだった。静かに部屋を開けて、中の様子を伺う。鼾をかきながら眠る伯爵に俺はつい失笑してしまった。

 目の前まで行くとユリアが泣く意味が分かってしまった。醜い、前世の俺もそれなりに太っていたがこの伯爵はその比ではなかった。顔が豚のようであり、体は石のように重そうだ。


 こんな奴にユリアは引き取られるというのか!


 俺は怒りを爆発させて、ベッドへと上がり、魔力を短剣に通して振り下ろした。血をまき散らせたくなかったので短剣を刺したまま、脈を図り死んだのを確認する。脈が止まって入るのを感じて吐き気が俺を襲うが何とか耐えた。初めて人を殺したのにこの程度で済むのは血を見ていないからだろう。

 窓を静かに開けて俺は伯爵を持ち上げて外に出る。一階だったのが幸いした。そ森の近くまで行き、俺は魔術を発動した。初めてでうまくいくかどうか分からなかったがどうにか発動したようだ。魔術の発動条件がよく分からないがどうなっているのだろうか。今はそれ所ではないか。

 いい感じに穴が掘れたのでそこに伯爵を投げ入れる。初対面で本当は悪くなかったのだとしても俺は後悔はしたくないのだ。手を合わせて合掌する。死者には礼儀を。これもまた教訓にしよう。最後に掘った穴を今度は埋める。土を均し、魔術で雪を被せた。

 今更だが俺は裸足だ。寒いのでさっさと帰ろう。窓から伯爵の部屋へと入り、手紙をベッドの上に置く。細工は隆々、後は朝を待つだけだ。

 俺はベッドへと向かい、身体強化を解くとそのまま眠りについた。自分を見る瞳に気付くことなく。


 次の朝、俺は騒がしさに目を覚ました。全身が筋肉痛なのを感じて昨日やった事を思い出した。

 初めて人を殺し、初めて魔術を使った。忌々しい日になってしまったなと思ったが陰鬱になるどころか晴れ晴れした気分だ。普通の人ならこうはならないのだろう。だが、俺はそう思ってしまっている。どこかおかしくなってしまったのかなと内心、自嘲した。大概は枷が外れて好き勝手に暴れるものだが俺はできるだけ平穏に生きていきたいものだ。

 聴覚を強化して話を聞いてみることにする。屋敷の中は騒然としていた。


『どういうことですか!警備は万全だったはず!』


『ガリウスとは誰だ!今すぐ兵を放って探してください!』


『分かった。そうしよう。ハスター、頼む』


『了解しました』


『私達はこれを報告しに帰ります。では』


 従者の怒声、父の困惑した声、ハスターの喜びを押し殺した声、俺は全てを感じ取った。俺の細工はどうやらうまくいったようだ。ざまぁみろ。

 作戦としては何の変哲もないことだ。手紙に貴族を殺したのはガリウスだと名前付きで書き残しただけだ。本当は切り取り文字で怪盗風にしたかったが時間がないし、のりがなかったので却下になった。

 冗談はさておき、手紙の内容は以下の通りだ。


『伯爵とやらは俺が殺した。全ては今日から始まる。憎むべきは貴族、愛すべきは平民、憎きを殺し、守る者。忘れるな、お前の側には俺がいることを。心に恐怖を刻め、俺がお前の喉元をかき斬るために潜んでいることを

 貴族殺しのガリウス』


 と、少し中二病っぽくしてみた。何でもやりすぎ一歩手前がいいというものだ。効果の程はご覧の通り従者さんは慌てて帰っていった。これでユリアは誰の者でもない、彼女自身の物になったのだ。

 俺はもう一度眠ることにした。もう、心配事はないのだから。。そっと俺を覗く視線があることに気付かず俺は眠りについた。


 従者が帰った次の日、俺は胸糞悪い事を思い出しながらも魔術について考えていた。気軽に使っていたが魔術と言うだけあって何らかの手順がいるのではないかと考えられる。それを無しに俺は魔術を使っていた。つまり、省略したのか、あるいは一瞬で行えたのかは分からないがとにかく俺には魔術を発動できる物があるというわけだ。ソナーも魔術と言えば魔術なのだがどちらかというとその前進のように俺は考えている。身体強化や聴覚強化のような純粋に魔力だけを使い、現象に変化を齎さないもののことだ。

 そんな風に魔術のことを考えているとユリアが部屋へやってきた。俺は起き上がって虚空に視線を向けていたがユリアの方へ視線をやった。


「おはようございますユーフェリウス様」


「あい!」


「今日の夜、話があるのです。起きていてくださいね?」


 そう言ってユリアは部屋を出ていってしまった。

 何故、赤ん坊である俺にそんなことを言ったのだろうか。何か言いたいことでもあるのだろうとその時はそう思っていた。


 夜になった。昼間に寝たので眠たくはない。ユリアが来るのを待ちながら俺の魔術適性について考える。

 俺は水、土と二つの属性を使えた。もしかしたら他も使えるかもしれないと思っている。まぁ使えたらいいなぁといった程度か。仮に使えなくても水と土の二つもあれば万々歳だろう。組み合わせて泥沼を作ったり、水で霧にしたり、土で落とし穴を作ったりと色々考えられることはあるからだ。

 今からそんな先のことを考えても仕方がないかと思い俺は扉が開くのを感じ取った。

 ゆっくりと歩いてくるのはユリアだ。月の光が窓から射してユリアを照らす。これで五歳なのかと俺は問いたくなった。その姿はまるで白銀の乙女、銀色の髪が光を反射するように見せており、美人の風格が滲み出ているユリアがやけに扇情的に見える。そのすけすけの服はネグリジェと呼ばれる物、普通の男なら襲いかかっていたであろう。


(赤ん坊でよかった。性欲が全く湧き上がらない)


 少し体に引っ張られることが幸いした。だが、どこか寒そうな感じがするのでできれば何か羽織って欲しかったがユリアはその自覚すらないのだろう。どこか思い悩んでいる風だ。何をそんなに悩んでいるのだろうか。もしかして、何か都合が悪いことでもおきたのか。疑問が次々と沸き上がるが考えて分かることはなかった。

 俺は既に起きあがっていたので何を言われるのか待っていた。


「ユーフェリウス様、起きていてくださったのですね」


「あい」


 ユリアは俺の頭を撫でて静かに微笑んだ。そんなことをしたのは初めてなので俺は少しびっくりした。

 五歳とはいえ、少し大人びて見えすぎないかと心が跳ね上がるのが分かる。そう、あの時と同じ、大切な友達と出会った時と同じだ。とても懐かしい感じがした。


「ユーフェリウス様、私、実は見ていたのです」


「あい?」


「ユーフェリウス様が伯爵様を殺す所を」


 俺の心臓は止まりかけた。思わず念話で聞き返しそうになったがぐっとこらえた。まだユリアの話は終わっていないのだ。


「ユーフェリウス様は魔術を使い、伯爵様を埋めていましたよね。そして、今朝の手紙もユーフェリウス様が用意したものではないですか?」


「…………」


「そして、念話のことも」


 何を、言いかけてユリアが驚くべき事を言ったのだ。


「本当は知っていました、ユーフェ様がヘークンさんであることを」


 今度こそ俺は絶句した。まさかユリアに知られてしまうとは。賢すぎるのがいけないのか、はたまた天の采配なのか。俺はじっとユリアの瞳を見続けていた。ユリアもまた俺をじっと見つめていた。まさか、気付かれるとは思わなかった。いや、当然なのか。魔力感知を教えたのは俺なのだから。そして、ユリアは天才だ。分からない訳がなかったのだ。

 また、ミスしたなと思いながら俺は観念して念話で話すことにした。もう誤魔化しきれないと思ったから。


『よく分かったな。まさか当てられるとは思わなかった』


「それがユーフェ様の本当の喋り方のですか?」


『まぁ、ね。礼儀作法もできるよ、一応。それより何で分かったのかな?』


 と、疑問を返すとあっさりとした答えが返ってきた。


「魔力を感知できるようになったからですよ。ユーフェ様から魔力が流れているのが分かってからです」


『それって結構前だよね』


「そうですね。本当は言おうかと思ったのですがお話してもらえなくなるかもしれないと思ったので言わなかったのです」


『……そっかぁ。見られたし、知られたし、散々だな。本当は誰にも知られることなく、一生を終えるつもりだったんだけど、ユリアには話しておくよ』


 俺は前世の話をした。この世界ではない日本という国に住んでいたこと。平介という名前であったこと。そこでは平和な世界であり、学校に通って学生をしていたこと、トラックという乗り物に引かれて死んだこと。そして、今に至るということまで。

 ユリアは静かに聞いていた。五歳にしては聡明すぎるその頭で何を思い、どんな思いで俺を見ているのだろうか。気持ち悪いとでも思っているのだろうか。この世界で初めて友達になれそうなユリアが離れていくのが怖くて俺はだんまりしたまま、ユリアをそっと見つめていた。

 どれだけ理論武装をしようと俺はユリアを手放したくないと考えている。そう、ただの独占欲の結果、伯爵に手を下してしまっただけだ。浅はかな下心、そんなものを見せてしまえばどう思うのかは自明の理だ。

 やがて、ユリアは俺の頬に当て、微笑んだ。


「そうですか。ユーフェ様はどうして伯爵様を殺したのですか?」


『後悔したくなかったからかな。死ぬ前に死に別れた友達が好きなことを知ってね。だから、この世界では後悔しないように生きると決めたんだ。だから、ユリアが泣いていたのを見てやろうと思ったのさ。美人の風格もあるし、天賦の才をこんな所で散らしたくなかった。ユリアには世界に羽ばたいて欲しかったんだ。俺みたい奴の侍女をやっているよりその方が有意義だからな。……いや、本当は手放したくなかっただけ。俺だけのものにしたかったんだ』


 全て吐き出した。思っていたことを。聡明な彼女ならば俺の言うことを分かってくれるだろう。ユリアには才能がある。あるのに無かったように見られるのは俺は嫌だ。そんなもったいないことをしたくはない。だからこそ、ユリアには学者等になって欲しかったのだ。

 そして、俺はそんなユリアを自分のものにしたかったんだ。何だかほうっておけない女の子であるユリアのことが好きになったのかもしれない。

 だが、そんな俺にユリアは言った。


「ユーフェ様、それは本当ですか?」


『…………』


「ユーフェ様、知っていますか?私は初めてここに来た時のこと」


『うん。かみかみで挨拶をしてくれたよな。可愛かったなあれは』


「そ、それはお忘れください。私はあの時、ユーフェ様と共に生きる覚悟を決めたのですよ」


『……何故?』


「女の勘です」


『なんじゃそりゃ』


「今に至っては確信しております。私はあなたの隣にいる方が輝くはずだと」


『それは、ないだろう。俺は人殺しなんだし』


「そんな物は関係ありません。いずれ、盗賊を殺すこともあるでしょう。そうなれば私も人殺しになります」


『まるで、殺しに行くような物言いだな。まぁ、ユリアがそう言うならそうなんだろうな』


「もう一度言いますが、私の道は私の物。ユーフェ様の邪魔になるならば考えますがお役に立てるのですからお側にいさせてください」


『プロポーズみたいだね、それ』


「それもいいかもしれませんね。ユーフェ様は私を独り占めしたいのでしょう?」


『まぁそうだけど』


「では、そういたしましょう」


 俺とユリアは互いに笑いあった。心が通い合った気がする。いや、理解してくれたのだ。俺の心の内を。

 俺はユリアに道を示していたようで閉ざしていたようだ。ユリアにとって俺の隣が一番の道らしい。変わった思考の持ち主だが悪くはない。いや、俺が嬉しい。とても嬉しい。自然と笑みが漏れる。

 未来は美人で、頭がよく、気を使える女の子、ユリア。俺をしばらく見つめると俺を抱き上げて地面に下ろした。俺は身体強化を使い、立ち上がる。それを驚くでもなく、見つめてユリアは片膝を付いた。


「今日、この日を持って私はあなた様に従者として着いて行くことを誓います。ユーフェ様が不必要とされるまで共に歩ませてください」


 俺は喉に魔力を集めてから声を出した。


「ああ、一生隣にいてくれ。三歩も下がる必要はない。友として、望むならいつかは……いや、何でもない。ともかく共に歩いてくれ、ユリア」


 思わず告白しかけたがまだ早いと思い、諦めた。というより、予感がするのだ。ユリアとは死ぬまで一緒にいるだろうと。例えそれがどんな形であれ、俺は満足することだろうと。そんな気がした。

 ユリアは俺が声を発したことに驚いたがすぐに笑みを浮かべた。


「こういう時は掌に口付けをするのでしたっけ?」


「それは騎士の誓いだ」


「では、従者の誓いはこういう形にしましょう」


 ユリアは俺の額へと口付けした。俺は驚いて、声も出なかった。その顔は赤く、とても子供がしていい物ではないと思わせる何かがあった。


「ちょっとませすぎだよユリア」


「ふふ、少しくらい背伸びしても良いじゃないですか。未来の旦那様」


「はぁ……ドキドキさせるのはもう少しまって欲しかったよ」


 俺とユリアは再び笑みを浮かべた。俺の浅はかな下心を受け止め、俺のしたことを受け止めてくれた。こんな出会いは二度とないことだろう。

 罪がなくなることはない。償おうとも思わない。それは俺が必要と感じてとった一手段に過ぎないのだから。

 こうして、1歳の主人と五歳の従者が誕生した。月夜が照らすその日は俺にとって忘れられない日になるだろう。五歳児の癖にませている侍女を生涯大切にするという誓いを立てつつ、俺はユリアと出会えたことに感謝した。俺の過去を受け入れてくれる器、聡明なその頭脳、美人の風格、様々なものを持っているユリアを守れるようにそっと心に誓ったのだ。


 姫を守る騎士のようにユリアを守ってみせよう。


 月に誓い、ユリアに誓い、己に誓った。後悔しないために。

サクッと殺っちゃいましたね。まぁそうなるように書いたんですが。

本当は穏便に解決したかったのですが面倒だからこうなりました。一歳にして殺人童貞捨てる主人公は流石にいない、はず。……たぶん。

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