vsユニバス兵
俺とレティはケルト村を出た。目的はユニバスの街。そこに祖巫女がいるらしい。どんな容姿か聞き忘れたが銀色の体毛を持っていることだろう。ユリアの銀髪と同じ色なら俺が見間違えることもあるまい。俺とレティはただひたすら歩いて街へと目指す、はずだった。
三時間歩いてからふと足音がたくさん聞こえるのに気付いた。気配感知と魔力探知に多数の人の反応がある。何かが来るのかと立ち止まり見ていると俺は驚いた。
それらは兵士の格好をしていた。恐らくだが領兵なのだろう。槍を持ち、規定の鎧を付け、規則正しく歩いてくる。ここにいるはずのない人達だ。俺は何故と思いながら見ていると兵士達はこちらに気付いたのか何人かが先行して俺達の前にやってきた。
「お前達、そこで何をしている」
「……クレハスから旅をしてきた者だ。それよりもこの物騒な人の数はなんだ? そんなに強い魔物でも出たのか?」
「領主様の命令でね。これから銀狼族を狩りに行くんだ」
「なんだって?」
信じられない事を耳にして俺は驚きで固まった。人の欲はそこまで業が深いのかと。
「何でも領主様は祖巫女とやらが結界を張って眠りについたとかでお怒りでな。だから、代わりになる奴隷を連れてこいと言われたのだ。我々もおこぼれを預かれるそうでこうしてやってきたのだ。それよりお前達、途中で村を見なかったか? 何ならお前達も来るといい。今回は冒険者も雇っているからな」
「冒険者も? そんなに数はいらないように思えるが?」
「念のためだよ。俺達の為に働いてもらうのさ」
冒険者は利益と自分の命を優先する職業者だ。今回は領主の金払いが良かったとかその辺りだろう。しかし、この数は多い。五百の兵に冒険者が二百。滅ぼしに行く気満々だ。銀狼族の村には五十程度しか人がいなかったがそこまでの数が必要だろうか。用心しているなら分かるがいくら何でも多すぎる。
俺はふと、四面楚歌という言葉を思い出した。ユニバスの領主はケルト村の周囲を兵で囲み、冒険者達に奴隷狩りをさせるつもりなのだ。それなら辻褄が合う。絶望を与え、心を砕き、奴隷にする。生き物ではなく、ただの物としてしか見ていない恐ろしい領主だ。
「それで、どうなんだ? 俺達としても案内があれば助かるんだがな」
へらへらと笑っている目の前の男を俺は殴り飛ばした。男の背後にいた人達が目を見開いてこちらを見ている。ざまぁみろ。いい気味だ。腹が立っていたのでちょうど良い感じにストレス解消になった。
いいだろう。そこまでやる気であるならば死を覚悟しろ。俺が今から道化師を演じてやる。感謝しろよ?クズ共。
「クックック。お前らは馬鹿なのか? 俺の物を人にやる義理はないだろう?」
「き、貴様! 俺達はこの人数だぞ。勝てると思っているのか?」
「勝てるから喧嘩打ったんだよオタンコナス。今からお前らが相手するのは阿修羅だと思え!」
もはや諭す必要も無し。俺がやりたいように舞台を演じてやる。クレハスで道化師となった俺の実力をたっぷりとご覧あれ。
魔術剣を展開する。属性は風だ。剣術スキルを駆使して嵐の如く斬り付けた。兵士達はようやく我に返ったのか俺に襲いかかってきた。それら全てを一刀の元に斬り伏せる。
「さぁ掛かってこい! 人であるうちに斬り捨ててやる。有り難く思え」
兵士が一斉に声を上げてこちらへと殺到してきた。
※※※※
こうなるのではないかとぼくは思っていた。ユーフェ兄は割とふざけるのが好きだ。なまじ力があるだけたちが悪い。道化をやってのける力があるのだからもはや手の付けようもなかった。
目の前に広がるのは七百対一人のまるで本の中の英雄のような戦いだ。ユーフェ兄は魔術剣で一人一人斬り倒していく。ぼくはただ一人静かに隠れて見ていた。あそこにぼくが入らずともユーフェ兄ならば死ぬことはない。格が違いすぎるのだから。
「って、ぼくはそれを止めるために来たんだけどな」
結局止めることができなかった。ユーフェ兄は優しい人だ。飯の恩などと嘯いているがただ助けたくなっただけのお人好しだ。ユーフェ兄は怖い人だ。大切な人の為ならばそれが誰であろうと斬るだろう。ユーフェ兄は面白い人だ。頭を使い、自分が望む舞台で戦うのだ。ユーフェ兄は危険な人だ。生きているだけで国同士で取り合いになるデタラメな存在だ。
腹を裂かれ、頭をかち割られ、腕を斬られ、足を消し飛ばされ、死んでいく。命の重みを一番分かっている人が命を奪っていく。何という皮肉か。そして、何という試練をユーフェ兄に与えるのか。ぼくはただこの身の限界を呪った。ぼくに力があればユーフェ兄がこうやって殺し合いに興じることも無かったはずなのに。
「さて、嘆くのは終わりにしてぼくもやろうかな」
短剣を鞘から抜き、駆ける。ユーフェ兄の負担を減らすべく、ぼくはスキルを全開にして兵士達をすれ違いざまに斬る。首を狙えば短剣でも人は殺せる。首を短剣でなぞるだけの簡単なお仕事。故に苦痛、単調な殺しは斬り伏せる者の精神を蝕む。何故ならばそれは虐殺に変わるから。でも、ぼくは無心で人を斬ることができる。ぼくには殺しの適性がある。ユーフェ兄には暗殺者になれると言われたほどだ。間違いはないはずだ。いや、あれは冗談で言われただけで適性は後から分かっただけだけど。
心は痛まない。ぼくは人の心を思いやれる程優しくはない。ぼくはかつて奴隷だった。調教という名の虐待こそなかったが何をしていいか分からないまま、檻の中で過ごしていた。お父さんが死に、ぼくは一人ぼっちになったのだ。お父さんは言っていた、いつか良い人が見つかったら絶対に離れるなよって。だから、ぼくはユーフェ兄に付いていく。ユーフェ兄は確かに優しくて強い、その癖心が弱い人。だから、少しくらいは手伝ってあげないとね。
「う、うわ、なんだ姿が見えない!」
「み、密集して剣を振れ! それならやられない!」
無駄だよ。言葉にするのも億劫なのでそれを恐怖で教えてあげる為に短剣を投げる。丈夫な鉄製の糸を巻き付けたユーフェ兄から貰った魔剣が兵士の一人の喉元に喰らいつく。
「ぐえっ!」
「ち、ちくしょう! 姿を見せろよ!」
「ば、化け物だ!」
ちょっと傷つくなぁ。まぁでも恐れられるのはいいことだ。ぼくはひたすら短剣を投げては鉄の糸を引っ張り手に戻して、また投げる。
【特殊条件を満たしました。糸使いを取得します】
急にスキルの使い方が頭に入ってくる。これは使える。ぼくは短剣に巻き付いていた鉄の糸を外し、そのまま相手に向かって投げ飛ばす。
「何だか凄い暗殺者っぽくなってきたなぁ」
魔力で糸を動かすだけのスキル。糸であれば何でもいい。それが何の材質でできていようと糸であるのなら。
自由自在に動く糸を動かし、兵士の首を締めるように巻き付け、釣り上げる。相手には急に空に浮いたように見えることだろう。ひたすら首に巻き付け、釣り上げる。
「ぐ、ぐえ。くそ、なんだこれ!」
「何なんだ! こんなのありえない!」
泣き喚く兵士達は怖じ気づいて引いていく。ぼくはそれを見送った。五十は倒せ、いや、殺しただろうか。ぼくは無性にやるせなくなった。ぼくは人を殺してまで生きる価値はあったのだろうか。ユーフェ兄の為なんてのは言い訳にしかならない。心が痛まないのは本当だ。でも、そんな自分が怖いのだ。簡単に人を殺せることが怖い。ぼくは、ぼくは……
「あっ」
「レティ」
背中から声が聞こえる。震える体を後ろから抱きしめてくれたのはユーフェ兄だ。
「人を殺すってのはやっぱり心をすり減らす作業なのは変わりはないな」
「……そうかもね。ぼくは人を殺しても心が痛まないんだ。どうしてだろ?」
「そういう人もいるさ。ある意味狂ってる奴がさ」
「遠慮の欠片もなく言ってくれるよね。ぼく、結構傷付いたよ。これでも女の子なのに」
「そりゃ悪かった。俺はどうも人に気を使えない性格でね」
「そんなことはないよ。ユーフェ兄は誰よりも優しい人だよ」
「それなら、良かったんだけどな」
ユーフェ兄はそう呟いてから離れた。ちらりと顔を覗いてみると悲しそうな顔をしていた。ユーフェ兄が優しいのは誰もが知るところのはずだ。それなのにどうしてそんなに悲しそうな顔をするのかぼくには分からなかった。
「俺もある意味狂ってるんだ。守るために殺すっていうのは矛盾してる。守るだけなら殺す必要もないんだ。今回だって助けるだけならこんなに殺す必要ない」
「……………………」
「でも、お前達にもしもがあったらいけないからそれを無くすために俺は殺すんだ。そうじゃなけりゃ意味がなくなるからな。意味がない殺しなんて虚しいだけだ。今回はまぁ俺の鬱憤晴らしだが」
ユーフェ兄は笑ってそう言って陣形を整えている兵士達の方へと走っていった。ユーフェ兄はぼくに何が言いたかったのかと考えた。
意味がない殺しは虚しいだけ。じゃあ意味があればやってもいいのかと言われると答えは出ない。殺しは殺しだ。それ以上でもそれ以下でもない。この世で最もやってはいけないことだ。けれど、理由があるならぼくはやることができる。
ユーフェ兄はもしかしたらぼくに意味を付けて生きる意味を見つけろと言っていたのかもしれない。ぼくが死なないように道を示してくれたのだ。
そう考えるとぼくは嬉しくなった。ユーフェ兄はやっぱり優しい人だ。こんなにどうしようもないぼくをどうして助けてくれるのだろうか。家族、だからなのか。それならとても嬉しい。無条件で助けるに値すると言われてる気がするから。
「ぼくはユーフェ兄の為にやるよ。恩返し、なんてどうかな? お父さんも言ってたしね。恩はちゃんと返しなさいって」
ユーフェ兄がぼくやユリア姉に殺しをして欲しくないことは知っている。本当はユーフェ兄もやりたくないのかもしれない。でも、手っ取り早く済ませるにはこれが一番だ。この世界では強い者が意見を言うことができるのだから。
もしかしたら殺すことを促すようなことを言うのが悲しかったのかもしれない。けれど、その優しさのせいで言うしかなかった。ぼくが死なないように敢えて言ってくれたのだ。その優しさに応えてあげなくては。
ぼくは短剣を鞘から抜いて走り始めた。
※※※※
レティには少し可哀想なことをしたかもしれない。俺について来ることがなければこんなことをする必要もなかったはずなのだ。奴隷の頃からレティは賢かった。自分で考えて生きていける人間だったのだ。俺は力を与えた。レティがこれから先一人でも生きていけるように。まぁただ一言言っただけなので与えたとは言えないが。そして、自由もあげた。
けれど、着いてきてしまった。もしかしたら離れがたくなっていたのかもしれない。この世で家族と言えるのが俺達だけなのだ。そんなものは当たり前だったはずなのに俺はレティに人を殺す所を見せてしまった。。それを見てレティは覚悟を決めてしまったのだ。家族を守りたい、と。
「うまくはいかないのが人生だよなぁ。それにしても人の命が軽すぎる気がするけど。俺が言っても今更か」
人を殺すことが当たり前の世界はとても愉快で分かりやすい。自分の命が欲しければ強くあれ。ただそれだけだ。魔物でさえ、こちらを狙うというのに人も相手になんてやる気が無くなるなんて当たり前だ。
剣術で目の前の兵士を屠る。ただ屠るのだ。俺も何が何か分からなくなってきた。いや、余計なことを考えすぎなのだ。そんな物は後から考えればいい。俺は阿修羅の如く敵を斬り続けた。
誰の命よりもユリアの命の方が大切だから俺は奪う。命を奪う。殺し、奪う。そして、守るのだ。それしかやり方を知らないから。
今回は本当に俺の憂さ晴らし。銀狼族の命を軽く見たお仕置きだ。俺は羅刹になる。阿修羅になる。人の尊厳を奪いに来てるのだ。奪われる覚悟くらいあるよな?
「さぁ第二ラウンドだ。お前達がどれだけ愚か者であるのか教えてやる。地獄で会おうぜ」
そして、残ったのは大地に染みる血と俺とレティだけだった。こんなに大地は赤いのに空は青かった。




