ケルト村へ
銀狼族。銀色の体毛を持ち、その身体能力は獣人においてもトップクラスである。また、人には愛玩奴隷として人気があり、彼らを捕まえる為に村を襲う人間もいるらしい。また、銀狼族は家族想いだ。家族の為なら何が何でも戦うと聞いたことがある。
俺はそんな情報をレティから聞いていた。目の前にいる彼女らに照らし合わせた情報が欲しかったから。
「人間がまた我らを攫いにきたか!」
「いや、俺達は……」
「問答無用!」
弁明の余地なく、戦闘が始まってしまった。銀狼の女性はそのまま俺へその手に鋭い爪をこちらへ振り下ろしてきた。すっかり油断していた俺は肩に爪が突き刺さるのが分かる。深く突き刺さった爪を容赦なく引き抜いた銀狼の女性はそのまま俺の腹へと攻撃を続けようと蹴りを放とうとするが突然何かに阻まれるように吹き飛んだ。
「くっ、なんだ!」
「ユーフェ様、お下がりください。この愚か者を殺します」
誰が予想しただろうか。ただの侍女が右手に剣を持ち、鋭い殺意を放ち、怒りに燃える姿を見せることを。ただそれだけならば何も問題はなかった。ただそこに本当の実力があったために銀狼の女性は腰を抜かして恐怖の表情を浮かべて俺をちらりと見ている。何故、このような者がいるのかと問うているような気がした。
「話を聞かないから悪いんだ」
「あーユーフェ兄、早く止めた方がいいよ? 問題は起こしたくないでしょ?」」
「分かっている。全く俺がこの程度でどうにかなるはずもないのにな。まぁ俺も人のことは言えないんだが」
俺は左肩にあったはずの傷跡をさすりながらユリアの方へと歩いていった。
その後、ユリアを宥めるのには苦労をした。まず後ろから抱きしめた。それでもユリアの怒りは収まらなかったのであまりやりたくなかったがありったけの愛の言葉を囁いた。そこでようやく我に戻り、俺の胸の中に収まった。
言葉にすれば簡単だろう。だが、この言葉を実現するのに二時間も掛かったと聞けば納得してくれると思う。そして、いつの間にか銀狼族に囲まれているのに気付いた俺達は周りの目が生暖かいものになっているのに気付いた。中には泣いている者もいる。
俺が呆然としていると俺を爪で刺した女性が頭を下げてきた。
「も、申し訳なかった。それほどの家族想いの方が悪い方であるはずがない!」
「兄ちゃんやるな。さっさと結婚してやりゃいいのに」
「俺達の愛より勝るとは感動したぞ!」
俺はただひたすらユリアの容姿を褒めたり、少し過剰なボディタッチとエロトークで堕としただけなのだがどうしてこうなった。胸に抱くユリアはもう使えない。頼みの綱であるレティは吹けた試しのない口笛を吹いている。俺はここにきてようやくやりすぎはいけないと悟り、加減を覚えなければと真剣に考え始めた。
集落に無事?迎えられた俺達は歓待を受けている。銀狼族の食べ物は主に狩猟により手に入る肉だ。その肉を薬草などで臭みを取ってから焼いたり、煮込んだりして食べるのだそうだ。
あまり料理に詳しくない俺はその辺を適当に聞き流しながら肉料理のオンパレードに手を着ける。肉汁溢れる料理達はどれもが俺の舌に叶う物はばかりであった。
「どうだ。我らが銀狼の料理は」
「ああ、ユウリさん。美味しく頂いているよ」
「美味しいですね。王都にもこんな料理はありませんでしたよ」
「んー、美味しいなぁ」
俺を初めに襲ってきた女性はユウリと言い、この村の村長をやっているそうだ。偶々見回りに来ていた所を俺達が見つかり、勘違いして襲ってきたのだ。
女の村長など舐められるのでは?と俺は思っていたが村の掟により代々女が村長に付くことになっているらしい。何でも初代以降の習わしらしく、口伝でその意味が村長だけに伝わっているとか。
流石に村の掟までは人に話せないようなので聞くことはしない。世の中、知らぬが仏という言葉もあるのだ。
「ユーフェリウス殿、済まなかったな。最近、一人銀狼の仲間が攫われてから皆、殺気立っているのだ。特に今回は銀狼にとっても特別な子でな」
「特別?」
「ああ。何十年かに一度だけ、魔力を多く持った者が生まれるのだ。その者を我らは祖巫女と呼んでいる。祖巫女とは先祖、つまり初代様の先祖返りと言われている」
「魔力が多いと言うことは魔法が使えると」
「今はそう言われているのだったな。それほど多く使えるわけではないのだ。ただ使えると言うだけで我らは初代様を思い浮かべてこの村を守っていくのだ」
祖巫女とはつまり初代の先祖返りであり、村の象徴という訳だ。俺としては崇める意味は分からないがこの村の支えになっているのだろう。
初代様というのは魔法も使える万能武人であったらしい。時代が違っていれば手合わせをお願いしていたことだろう。残念だ。
「その祖巫女が攫われたのに何で助けに行かないんだ?」
俺がそう言うと皆が一斉に静かになった。俺は言ってはいけない地雷を踏んだのだろうかと内心ビクビクしていたがそうではなかったらしい。
「助けなくともいけないのだ。我らは銀狼族。人に見つかるだけで寄ってたかって奴隷にされる。そんな所に誰も行きたいとは言い出さん。私にはこの村を守る義務があるから余計に行く物が出ない」
「なるほど。怖いのか」
「人はどこまでも我らを奴隷として見ているのだ。そんな所にいけるわけがないだろう」
「言い訳だろそれ」
空気が凍り付くのが分かった。俺は構わず、言葉を口にする。獣人というのは勇気ある者とばかり思っていたが何も人と変わらないらしい。そりゃあそうだ。神様が作ったのだから違いがあるわけがない。俺はどうも獣人というのを理想を高く見積もっていたらしい。人と獣人に獣の血が混ざる以外の違いなどないのだから。
「お前達は捕まるのが怖いだけだ。人間に恐怖心を抱いてぶるぶる震える子犬だな」
「! ……我らは臆病者ではない!」
「ならば、何故助けに行かない。家族が苦しんでいるのにこんな所で何をしているんだ。祖巫女とやらはお前達にとってその程度のものだったのか」
「それは違う! 祖巫女は、娘は助けたいさ! だが、できないんだ。人は数が多い。我らでは対抗できぬのだ」
「お前達は臆病者だ。狼ではない。ただの子犬だ。狼は獲物に食らいつく牙を持っているがお前達にはそれがないんだ」
それぞれ思うことがあるのか。皆、黙りこくった。正直言い過ぎたと思っている。人がトラウマなのだ。怖いに決まっている。そんな物に立ち向かうくらいなら隅に固まって震えていた方がマシだ。
だが、立ち向かわないなら自由など手にできるはずもない。この世は弱肉強食だ。弱者が何を吠えても強者は怖くないのだ。己の言い分を通したいなら噛みつき、抗うしかない。俺はそう思っていた。
境遇を哀れに思う気持ちすら俺は持ち合わせていない。牙を研いで立ち向かわない臆病者など、奴隷になって当然。奴隷にしてくださいと言っているようなものだ。
しかし、助けないとは誰も言っていない。偶には気まぐれに従って見るのも面白いかもしれない。
「俺が助けに行こう。俺も鬼ではない。人を恐れるその気持ちは悪いことではない。だが、必要以上に恐れる必要もない。お前達は体が武器だろう。その武器を鍛えろ。奪われたくないなら強くなれ」
俺の言葉に皆が顔を上げた。銀狼族は家族想いの種族だ。元来強いはずの一族だ。それがいつの間に牙を研ぐのを忘れてしまったのか。不甲斐ないが磨けば光る原石だ。磨かぬ道理もない。
「お前達はユリアに稽古を付けてもらえ。もう一度言うがお前達には身体能力がある。それを活かさないでどうする。力任せに殴るだけが能じゃない。考えろ。お前達は本来強者であったはずだ」
それだけ言うと俺は立ち上がった。俺はこの銀狼族を見て、人が如何に強欲であるかを思い出していた。金のためなら子供も売るし、人攫いもするのが人間だ。例外もいるだろうが確かに人間が原因でこの銀狼族の祖巫女が攫われたのだ。
俺は別に銀狼族が攫われようが興味はない。だが、飯を食わせて貰った恩を返すのも一興だろう?
「……祖巫女は、娘は、ユニバスの街の領主に攫われました。どうか、どうか宜しくお願いします」
「飯を貰った恩だ。勘違いするな」
ユリアはそんな俺を見て笑っている。少しお灸を据える必要があるかもしれない。レティはどこ吹く風、こいつはこいつで自由すぎる。俺はなんだかなぁと思いながら二人の態度に笑うしかなかった。俺はただ旅をしに来ただけなので別に寄り道くらいはいいだろうと言う気でいただけで別に銀狼族の為ではない。
「レティ、念の為に頼む。俺は……攻め込んでくる」
「うん。そう言うと思った。やっぱりぼくも行くよ。ユーフェ兄、めんどくさがりな所あるもんね」
「まぁ正直他国で、それも愚王子のいる国で遠慮してやるつもり等どこにあるんだとは思っている」
「世界を敵に回すよそのうち。魔王とか呼ばれるのは勘弁してほしいよ。知り合いに魔王はいらないんだから」
そこまで考えなしのつもりはなかったのだがレティの俺に対する評価が酷すぎる気がする。領主の館に訪問(強襲)して領主に面会(脅す)してから取り返すだけだ。……何も言うまい。
「分かった。ユリア済まないが頼む。俺とレティで行ってくる」
「はい、お待ちしております。お気をつけてユーフェ様」
ユリアの見送りを後にして、俺とレティはユニバスの街へと向かった。
※※※※
ユーフェ様がユニバスの街へと行き、私は残ることになった。銀狼族を鍛えることになったけれど、さてどうしようか。そんなことを考えていると銀狼族の長であるユウリさんが話しかけてきた。
「ユリア殿、今更かもしれないがユーフェリウス殿だけで大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。私の御主人様は私より強いのですから。それに」
「それに?」
「信じていますから」
人は自分で見た物しか信じない。だから、私は特にあれこれ言わなかった。ユーフェ様が本気を出されたらおそらく国が滅ぶ。それだけの力を手にしているのだから心配するのも損というものだ。私にとってユーフェ様は絶対強者であり、婚約者であり、仕えるべき主なのだ。
そんな人を信じないでは私はあの方の妻にはなれない。堂々と構えて帰りを待つくらいがちょうどいい。そんな気がするから。
けれど、心配するのは別だ。私の心は強くはない。ユーフェ様がいないだけで寂しくなる臆病者。私は心の中で祈った。どうか無事に返ってきますように。
「御武運を、ユーフェ様」
ただ一言、そう呟いてから私は銀狼族の人と話を始めた。




