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魔法世界の魔術師  作者: 炎の人
王都編
32/62

とある少女のプロローグ~新たな名はサラ~

 ベッドの上で目覚めると俺はゆっくりと起き上がった。前世では布団を床に敷いて寝ていたのでベッドで寝ているのに慣れているのが少し不思議に思える。そんな何でもないことに気付いた俺はどうでもよくなって笑ってしまった。普段いるはずのない少女がいることで俺は策がうまくいったことを密かにほくそ笑む。もしかしたら俺の勝手な押し付けになるのではと不安だったがそんなことはないと言っていたので良かったのだと思う。

 俺は正義の味方は嫌いだ。無条件で助けてやれるほどお人好しではない。善意の塊のままで生きていける程この世界は優しくはない。そう、ラノベの世界とはちがうのだ。だから、爵位を用意して貰った。両親への迷惑料として。サラシェイスを自由にするにはまず、国王は娘を亡くし、父様は正義感あふれる騎士になる。そうするにはまず、シナリオ通りに噂を流す必要があった。それが本当か嘘か分からないまま民の間で噂が流れる。そこで王様が登場、噂を真実として話すと民は噂を信じ、嘆き悲しむ。だが、王様は悲しむ暇もなく、政務に取り掛かっていると噂を流す。勤勉な王様は民の支持が貰え、サラシェイスは死んだことになり、万々歳。

 貴族達は流石に疑うだろうが王様が黒だと言っているのに白だとは流石に言えないだろう。よって、この国の王女は本当に死んだことになる。後は元王女に近寄るよからぬ輩を排除するだけでいい。

 俺が語ったシナリオは酷く杜撰で貴族ならば誰も信じないものだ。何たって本物が病気でないことを知っているから。だが、王国に住まう民達ならどうだ? 普段から王女を近くに見ている訳ではないから王様の言うことを信じるだろう。この民の心を俺は利用したのだ。

 そのせいで道化師の二つ名を貰う羽目になったが友のためならば少しくらいは嫌な目にあってもいいだろうということで我慢することにしている。


「俺もまだ染まりきってないということか」


 善意は時に悪となることもある。良かれとやったことがその人にとっては全く良くない事もあるのだ。だから、善意の押し売りはいけないことだ。俺がやったのは自己満足で結果、サラシェイスが満足することになっただけだ。

 ふと、名前を無くした少女が目に入る。薄い水色の髪は束ねられて、綺麗に纏まっている。寝間着はユリアと同じくネグリジェだが髪と同じ色とはまた不思議だがどうやって手に入れたのだろうか。ユリアのはこれまたどこから見つけたのかギリギリ肌が見えるか見えないかぐらいのセクシーなネグリジェだ。何というかエロい。

 それはともかく、名前は必要なのでサラと呼ぶことにした。愛称と変わっていないがそれはそれでいいだろうということになった。元の名前もまた愛着のあるものだと本人が言っていたから。


「幸せであるならば問題はないか」


 そう、幸せであるならば問題はないはずだ。もう少しマシな結果があったとしても今が幸せであるならば何も問題ない。未だ深き眠りにある薄い水色の髪をした少女が言った言葉を俺は少しの間意味もなく、反芻していた。


※※※※


 あの日、ユーフェリウスが言ったのは私を私で無くす方法だった。私の王女という肩書きを取り除き、ただの少女として生きていく、自由を獲得する方法。酷く、杜撰で、貴族ならば誰も信じない方法だったけれど、噂を流す所から始めて本当に私が死んだことになってしまった。その時から私は王女ではなくなり、ただの少女となった。お父様は何も気にせず自由に生きろと言った。けれど、それで本当にいいのだろうか。私は王女として何かやることがあったはずなのに。お父様は言った。


「安心しろ。幸い、息子は優秀だ。お前が居なくともうまくやるさ。それよりも父としてはお前に自由に生きてもらいたいんだ」


 お父様はそういって笑っていた。自分が涙を流しているのに気付かないまま。

 私はそれならばと決意した。どうせなってしまったものは仕方がないと開き直り、自由に生きることにした。その原因であるユーフェリウスに厄介になって旅に出るのもいいかもしれない。責任を取ってとでもいけばきっと連れて行ってくれる。友達であるユーフェリウスなら笑って許してくれるはずだ。

 私は幸せだ。自由に生きられる。夢であった自由を得て、何をするのかは決まっていない。ただ今は身を守る強さが欲しいと思う。ユーフェリウスにいつまでも甘えている訳にはいかないのだ。自分で羽ばたく為の権利を手にしただけで私はまだ小さな雛鳥。これから大きくなるために色んなことを経験する。


「ユーフェリウス、あなたは何故あのような提案をしたのですか?」


 ユーフェリウスはしばらく悩んでからこう答えた。


「偽善、かな。物語の主人公みたいにお姫様を助けたかったのかもな。俺にもよく分からないよ」


 ユーフェリウスはどこか悩んでいるようだった。それは私を助けた事への負い目なのか。本当ならば叶うことがなかった自由を手にしたのだからお礼くらいは言っておくべきだろうか。自然と私はその言葉を口にしていた。


「ありがとう、ユーフェリウス。私は幸せになれます。いえ、幸せにしてくださいね。責任は最後まで取るものですよ?」


「はは、そりゃあそうだ。じゃあ名も無きお姫様。そろそろ参りましょうか、名前は……サラ。少し安直だけど、いい名前だな」


 ユーフェリウスはそう言って私の手を引いて歩く。わたしにとってユーフェリウスは自由の象徴だった。知らない事を教えてくれた先生でもあり、新たな道をくれた道標でもある。

 そんな色んなものになれるユーフェリウスはすごいと思う。今だけでも婚約者、妹、家族。色んな肩書きを背負っているのにこの人は私を先へ連れて行ってくれるという。もう隣に立つ枠は空いていないけれど、せめてその輪の中に入りたい。私にできだろうか。そんな疑問が湧いたが直ぐに消え去った。ユーフェリウスは諦めない限りきっと手を差し伸べてくれるはずだと思ったから。私は一歩先へと踏み出した。


 ここからが私のプロローグだ。サラシェイスではなく、ただの少女サラとして生きていく。私だけが手にできる物を手にするために頑張ろうと思う。ただ少し困難かもしれない道を手を引かれながら私は新たな気持ちで迎えるのだった。








どうしてこうなったとか言わないでね(笑)

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