夢の中の死者
夢を見ていた。それはとても懐かしい前世での出来事であり、俺の中でとても大切な思い出の内の一つだ。彼女、御崎美加と出会った最初のエピソード。それはほんの少し目があっただけの些細な出来事から始まったのだ。
その時の俺は何故目があっただけの少女の為に立ち止まったのか分からなかった。もちろん、相手も立ち止まっていた。理由は分からないが気が付けばお互い携帯を手にして軽く話してからメアドを交換して直ぐに別れた。別れた時の少女は笑みを浮かべていた。何が嬉しかったのだろうか。いや、これが運命という奴なのであればそういうものだったのだろう。物語みたいな出会い方をした俺達が仲良くなるのに差ほど時間は掛からなかった。
メールを交換しているうちにまた会おうということになり、お互い待ち合わせをして、デートする事になった。俺はその時知らなかったのだがどうやら同じ学校の生徒だったようで俺は可笑しさを感じて笑ってしまった。つられて少女も笑っていたので面白なかったのだろう。
「へーくん、行こうか」
「そうだな、美加ちゃん」
互いにあだ名や名前で呼び合う程になっていた俺達はそのままデパートで遊び尽くした。色々買い物をしたし、ゲーセンで遊びまくった。男女の性別の違いがあるというのに俺達はそれ程違いを感じていなかった。何というか、そうだったのだ。今思うとそれが周りの噂を呼び起こしたのだと思う。
そこで夢は覚めた。夢の中の死者は笑っていた。
心配そうに覗き込むユリアの顔が目に入り、現実に戻ってきたことを認識する。汗だらけになっているのを感じて夢見が悪かったのかと密かに嘆いた。
「ユーフェ様、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。少し、幸せで最悪な夢を見ただけだ」
「? よく分かりませんが私がいますからねユーフェ様」
こうして気遣ってくれるだけで俺の心は癒される。この世界で唯一俺の傷を癒してくれる少女は笑みを浮かべてから俺にタオルを手渡してくれた。有り難くそれを受け取り、汗をふき取る。
あの夢を見た意味は何だったのだろうか。もう既にいない死者が笑っている夢などあまり見たくはないものだがこれはどこかで再会をするという予兆なのだろうか。再会するならば、それはきっと俺の敵として、だろうか。ラノベの場合はそういうものが多い。この世界は現実で、そういうことは起こり得ないが大体が似通っているので可能性はあり得る。今はそうならないことを祈ろう。
少し寂しくなったのでユリアを抱き寄せて温もりを補充させて貰う。そうするだけで自分の中に暖かい物が流れ込んでくる気がする。
「怖いのですか?」
的確な一言に俺は苦笑してしまった。確かにそうなのだ。死者が現実に蘇る可能性が出てきたことが怖いのだ。伯爵の件がそれを裏付けている。あれよりも更に上位個体で知性を持って俺の前に現れるかもしれないという可能性があるだけでも充分に恐怖を感じるものだ。
「大丈夫ですよ。神様ではありませんが私の、ユリアの加護をユーフェ様にあげましょう。これで大丈夫です」
「ふふ、はは。オレは子供じゃないぞユリア」
「まだ子供ですよ。自分で言ったことを忘れたんですか?」
「そういえばそうだったか。でも、ありがとう」
「どういたしまして。ユーフェ様の気が楽になるのでしたらいくらでもあげますよ」
「随分安売りな加護だな」
「ユーフェ様だからこそですよ? 他の人には絶対にあげません」
拳を握ってガッツポーズをするユリアがおかしくては俺は笑った。それが気に障ったのかユリアは拗ねたように頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。
一緒にいるだけで幸せで心を軽くしてくれるユリアは確かに俺を守ってくれている。少し暗い気分が明るくなった。
「さぁユーフェ様、今日も頑張りましょう」
「ああ、そうだな」
ユリアが笑ってくれるなら俺も頑張ろう。心の中でそう呟いて俺はベッドから出た。
サラシェイスと挨拶を交わして、今日も俺はスキルのことについて意見を交わす。主に俺が一方的に言うだけなのだが。
「スキルを習得するにはそのスキルに対応する行動をとればいいんだ」
「経験したことが形になったのがスキルということですか?」
「そうだ。スキルポイントを使って取ったスキルは無理やり経験を詰め込んで手に入れたようなものだから慣れないと扱いづらい。その証拠に素人が剣術のレベル二を手に入れてもスキルに振り回されている。ある一定レベルの熟練度がないとスキルはちゃんと扱えないみたいだな」
「誰も彼もが一瞬では強くなれないということですか」
「それでも即席兵は作れる。ただレベルの高いスキル保持者には勝てない。それも俺とユリアが剣術でやりあって証明している。純粋に剣だけの場合だ。そこに魔法が入ればまた別だがな」
「それなら少数精鋭が強いことになりますね」
「それはどうかな。数は力なのは変わらない。どれだけ強いものでも体力が切れればあっという間に飲み込まれる。どれだけ強い人でも毒でころりと死ぬんだよ」
「世の中うまくいかないものですね」
「そういうもんさ。だから、盗賊なんてのが出るんだ。やりたくてやってる奴なんて少数派だよ。大概はやりたくてやってる気がしないでもないけどさ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
サラシェイスはスキルのことについて学ぶのか貪欲だ。俺もそれ程詳しい訳ではないがサラシェイスよりは知っているので教えている感じだ。
スキルはレベルが高い方が強いとか数で押せば何とかなるとかその程度のことだったがサラシェイスは面白そうに話を聞いてくれる。こういう友達が俺にはいなかったのでとても嬉しいものだ。
たまに横道をされて話をする事もある。サラシェイスの父、つまり国王がうざいだとかユリア達と買い物に街へ出掛けた時のことなどだ。年頃の少女としては話を聞いてくれるだけでも嬉しいのだろう。俺がサラシェイスに対してタメ口を聞いているせいで気楽に話ができるのはある意味良かったと思う所だ。
「しかし、サラシェイスは暇なのか?」
「そうでもありませんよ? ここ最近落ち着いているだけで貴族との付き合いがありますから」
「なるほど。王女ってのも面倒なんだな」
「そうなんですよ。あまり自由な時間がないのが困ったものです」
それからサラシェイスの愚痴が続き、時間が来たのでお開きになった。名残惜しそうに去っていくサラシェイスが印象に残っ
ている。
夜になるとカレンが今日あったことを報告してくれる。新しい魔法を使えるようになっただとかレティとかくれんぼをしただとかを笑顔で報告してくれるのだ。妹が可愛くないと言ったのは誰だったか。そんなことはないと今なら断言できる。
「それでね、カレンは負けちゃったの」
「おい、レティうちの妹を負かすとはどういった了見なんだ」
「ええ! ぼくにとばっちりくるの!」
「ふふ、レティ勘弁しなさい。ユーフェ様には勝てませんよ」
仲間内で、家族で笑い合う。そんな簡単で当たり前の今がとても嬉しい。あの夢は今の俺があることを忘れるなという警告みたいなものだったのだろうか。守るために力を蓄えるのもこの笑顔を守るためにやっているのだ。きっとそうに違いない。
「ユーフェ様?」
「いや、何でもない。幸せだなと思っただけだ」
「そうですね。それもユーフェ様がいるからですよ」
ユリアはそう言って俺に肩を寄せる。幸せの形は人それぞれで俺には俺の、ユリアにはユリアの幸せがある。それでも同じ幸せを感じているならそれはとてもいいことだ。いや、俺はそう願っている。
次の日、夢は見なかった。まるでそれが正解だと言わんばかりにぷつりと止まったかのようだ。幸せを守るために力を振るう。それが今の俺の在り方なのかもしれない。その代償に何を失うのだろうか。例え、何を代償にしたとしても俺は今の幸せを掴みたいと思う。
現実は残酷だ。時には人を攫う者もいるし、盗賊をする者もいる。それがこの世界の姿であり、在り方なのかもしれない。人には人の生き方がある。死に方は……この世界では勝手に決められることが多いが。
そんな世界で俺は生きていく。前世の記憶を忘れぬまま、今の俺は歩く。ただ少し思い返して幸せだった日々を思い返すのもありかもしれない。その時の俺も幸せな俺なのだから。




