二階層へ
レティに斥候を頼み、俺とユリアは警戒しながら先に進む。二階層へとやってきた俺達はほんの少し雰囲気が重くなった気がするダンジョンを探索している。
「雰囲気が少し重くなりましたね」
「そうみたいだな。槍もボロボロになってきたし、そろそろヤバいかな」
「力任せに扱うからそうなるのですよ。まぁ私でも刃こぼれしていますけど」
ユリアでも、というのは誇張でもなく何でもなく、本当に実力が俺より上だ。剣での技巧で俺の槍を上回るのだから恐れ入る。そんなユリアの剣でも刃こぼれを起こすほどの量だったのだ。この先が思いやられるというものだ。一階層であれならば、二階層も溢れかえっているのではないか。そんな嫌な予想が思い浮かべられ、忘れようとしたが頭の片隅に置いておくことにした。もしもは唐突にやってくる。その時に後悔しても遅いのだ。
警戒しながら歩いているとレティが戻ってきた。どうやら帰ってきたようだ。
「ゴブリンソードマン五匹いるよ。不意打ちで一匹仕留めたけど、面倒だねあれ」
「ゴブリンの上位種か。この前まではそれ程強いゴブリンはいなかったはずなんだがな」
「このダンジョンの奥に大元がいるのではないですか?」
「確かにそれなら納得だけどこの短期間で増えすぎだよ」
「ゴブリンを大量に産む新たな上位種が出たとか?」
「考えていても仕方ありません。ここは先に進んで確かめることにしましょう」
「分かった。行こうか二人とも」
ボロボロの槍を持ちながら先へと進む。魔力探知、気配感知を併用、全開にしながら歩いているのでゴブリンソードマンの居場所は既にもう分かっている。レティを生かせる意味はこのダンジョンでは失われているがそれでも練習にはなるので行かせている。
ようやく魔力と気配の元へと辿り着いた俺達は開口一番、魔術と魔法を放った。
「レイジボール」
「ウォーターカッター」
風を閉じ込めた玉と水の刃が二体のゴブリンソードマンを弾け、切り刻み、両断した。
続けて槍でゴブリンソードマンの手を突き、武器を落とさせ、痛がっている隙に喉元へ槍を突き込む。突いた槍を引き込むと既に戦闘は終わっていた。ユリアは双剣で斬り刻み、レティは不意の一撃。戦い慣れてきた感じが出てきたと思う。
「よくよく考えれば魔石がもったいないですね。袋でも持ってこれば良かったでしょうか?」
「ゴブリンなんて大した金にならないんじゃないか」
「小さなお金も貯めれば万となるのですよユーフェ様。自由にできるお金がないのは今まで不自由なのではと私はつくづく思っていたのですが」
「そういえばユーフェ兄はあんまりおねだりとかしないよね。僕らの武器が最後だし」
ユリアといるだけで満足している俺がそれ以上の物をもらう必要はないという判断だったのだが二人は不思議に思っていたようだ。
確かに自由にできるお金はあればいいがもう数年で出て行くつもりなのだ。その時に考えればいいとも思っていたがこの調子だとユリアが準備は必要だとかで魔石を拾っていくことになりそうだ。
そういえば特殊枠として属性解放のスキルがあったことを思い出した。樹属性や影属性、時空属性などもあった。その中で時空属性というのがあるのでそれを取得してみることにした。適性属性の解放は30SPと割高だが俺の場合これ一つで色んな魔術に使えると分かっているので損した気分にはならない。まさに俺のような魔術を使える存在の為にあるようなものだ。
取得としてからすぐに試してみる。イメージが大事なのでとりあえず前世の家ほどの大きさを思い出しながら空間を広げる為に魔力を込める。それからしばらくしてようやく制御の見込みがたったのでイメージを明確化するためにキーワードを呟く。
「マジックボックス」
目の前の空間が割れ、新たな空間が現れる。どうやら大きすぎたようでイメージしたよりも倍以上の物が入るようだ。魔力を込めすぎたか制御に失敗したかもしれない。初めてやるにはコツがいる属性だなと俺は思った。
『っ! 凄い魔力ね。空間を創造したのね』
「ああ、これで収納スペースが確保できたな。ユリア、これで魔石は持ち帰れるぞ」
「レティ、早速魔石を剥ぎ取りましょう」
「分かった。あまりやりたくないんだけどなぁ」
「どれ、俺もやってみるか」
魔石を取り出すだけなので魔術で作った短剣でほじくり出す。手のひらで握っても収まる程度の大きさの魔石を空間に入れてから閉める。初めて使ったので魔力が三千程持っていかれたがこれは魔法として昇華した証だろう。マジックボックスはこれから大いに役に立つ。荷物いらず冒険とは味気ないからダンジョンに潜る時位に限定しようか。
色々考えていたが後回しにすることにした。帰ってから考えることにして今はこのゴブリン異常発生の原因を調査しなければ。
「さて、進むか」
「はい。先に……ユーフェ様危ない!」
ユリアに弾き飛ばされる。俺は何が何だか分からない中でとっさに魔術でユリアとレティを魔力障壁で包み込んだ。純粋な魔力で顕現した障壁は飛んできた矢を弾き、俺達が迎撃体勢を整えるのに一役買った。
「ユリア、レティ! そのまま突っ込め! 援護する!」
急に現れたのは先程と同じくゴブリンソードマン。魔法と呼ばれていた時から誰もが使う属性の矢を宙に浮かべて牽制に放つ。属性は土と水の混合だ。
【混合魔法を取得しました】
システムとしてどうやら認められたらしい。そのまま泥の矢はゴブリンソードマンに当たり、視界を奪う。一匹だけアーチャーがいたので俺はそいつに向かってアローを叩き込む。
「マジックアロー・ストロング!」
通常よりも太い矢をユリア達に分かるように詠唱してから放つ。速度を出すために魔力を多めに入れ込んだお蔭でアーチャーの首を吹き飛ばした。
ようやく辿り着いたユリアとレティはそれぞれ剣で斬り倒す。終わったかと俺は気を抜こうとしたが後ろからもの凄い数のゴブリンソードマンの魔力と気配がするのが分かり、走り出す。
「ユリア、レティ走れ! 後ろから大量に来るぞ!」
「はぁ……ぼくたちって意外と不幸なのかな?」
「そんなことはないと思いたいですがこの様子だとそうとも言えませんね」
「とりあえず、マッドプール」
泥の沼を地面に所々振りまいて行きながら走る。ゴブリンソードマンの声が聞こえ、時たま矢が飛んでくる。それらを弾きながら、走りつづけ、次の階への階段が見えたという時にゴブリンソードマンの奇襲を前から受けた。
「回り込まれた!」
「邪魔です! ウォーターカッター」
「ぼくも遠距離技欲しいな」
「レイジボール! マッドアロー!」
三十程のゴブリンソードマンだったが後ろからやってくるゴブリンソードマン達が続々と合流し、あっという間に囲まれる。マッドプールで自分達を囲み、こちらに来られないように岩の槍でその内側囲む。これでゴブリンソードマン達は無理やりこようとしない限り、こちらへと来られない。問題があるとすれば……
「ゴブリンアーチャーか」
「ユーフェ様、このままではジリ貧ですよ数が減りません!」
十程だったアーチャーだがその数が増え、次第に矢の数も増える。このままではいずれやられることだろう。そうでなくても犠牲を無視して来られればなすすべがない。初めてのピンチにどうするか迷っていたが一つ思いついたことがあるので試すことにする。
「ユリア、水で周りを囲んでくれ、エレインがいればどうにか持つはずだ。それから二人とも俺とくっついてくれ。これから魔力を展開する」
言われた通りにユリアが水の幕で周りを覆う。これでしばらくは矢を防ぐ事ができる。二人が密着したのを確かめてから俺は体から魔力を絞り出し、自分達の周りへと集めていく。その膨大な魔力を操るために集中し、己の中へと沈んでいく。
「ユーフェ様、もう少しで魔力がきれますよ!」
「ユーフェ兄……」
ユリアの焦る声とレティの心配そうな声が聞こえるが返事をする余裕がない。ようやくほぼ全ての魔力を絞りきった俺はそこからイメージへと広げていく。思い付いたのは半球状の衝撃波と鎌鼬。半球状へと鎌鼬を広げる荒技だ。もはやできるかどうかは賭けに近い、少しでもミスれば自分達も巻き込んでしまう。それ故にくっついてもらったのだ。
「ユーフェ様!」
「ユーフェ兄!」
ユリアとレティの叫ぶ声が聞こえる。水の膜がきれ、矢が降り注ぐ。俺はそこでようやくできそうな気がしたのでイメージを解放するためにキーワードを呟く。
「ノヴァ!」
それは圧倒的だった。半球状へと広がる鎌鼬がゴブリンソードマンとゴブリンアーチャーへと襲いかかる。鋭い刃はゴブリン達を細切れにしていく。それはもはや殺戮であった。全魔力を放出し、形としたそれは最上級の緻密さを伴って半球状に広がっていく。ゴブリン達に反撃など許さぬまま全てが無へと還った。
後に残ったのは血煙と生臭い臭いと俺達だけだった。
「た、助かった?」
「ふぅ……ぎりぎり間に合ったな。しばらく休もう」
「ユーフェ様、大丈夫ですか? 魔力が殆ど空ですけど」
「しばらくすれば元に戻るから大丈夫だ」
しかし、本当にヤバかった。これほどまでピンチになったのは俺が焦ってしまったせいだろう。冷静に対処すればあの数でも問題が無かったはずだ。一点突破で階段へと走っていればこんなことにはならなかった。自分の至らなさに辟易しながら魔力の回復に努める。
それからしばらくは三人とも動くことができなかった。それぞれ思うことがあり、考え込んでいたから。
※※※※
ユーフェ様の魔力が辺りを覆い尽くし、ゴブリンを塵へと変えてしまった。それを見たとき、私は戦慄した。これほどの力がユーフェ様が持っているということは世に知れ渡れば、狙われやすくなるということだ。それはユーフェ様が貴族や王族、果てには国までもが敵に回る可能性が出てくるほどの力だ。だから魔術を使うのに積極的では無かったのだと思った。わざと詠唱して隠すしか手立てが無かった。ユーフェ様は私達を守るためにその力を使った。確かにこの状況なら仕方がないと思うかもしれない。けれど、私は違った。情けないと思った。ユーフェ様がいなかったら死んでいた。そう思うと怖くて仕方がない。私は守られてばかりだ。
少しだけ心細くなってユーフェ様の近くへと寄ると何も言わずに抱きしめてくれた。自分の無力を噛み締めながら頑張ろうと思った。
「ユーフェ様、その力は危険すぎます。あまり使わないでくださいね」
私がそう言うとユーフェ様はこちらを見る。その瞳には保証はできないと書いてあった。ユーフェ様は私の危機にはきっと力を制限せずに使うことになる。ユーフェ様は私を縛っていると言っていたがある意味で私がユーフェ様を縛っているのかもしれない。そう思うと急に申し訳なくなる。
「……できる限り使わないようにするよ。ユリアが悲しむ姿は見たくないからな」
「ごめんなさい。私の、我が儘ですのに」
「いや、いいんだよ。言ってくれないと俺も分からないからな。心は通じ合っても言葉にしないと分からないこともある。だから、遠慮せずに言ってくれ」
私を気遣って言ってくれる一言一言がとても暖かい。そんなユーフェ様だからこそ、私は好きになった。本当のユーフェ様は優しすぎて臆病な男の子だ。嫌われないことを第一に考えているからこそこうやって優しくする。けれど、それでは自分が傷付く一方だということを分かっているのだろうか。私が悲しむ原因はそこにある。少しは私を頼ってほしい。一度言ったけれど、もう一度言う必要があるかもしれない。
「私は、私はユーフェ様が傷付くことが悲しいです。自分の身も大切にしてくださいね。もっと頼ってほしい。私はユーフェ様のお荷物ではないのです。分かってくれますか?」
「……そう、かもな。気を付けるよ。それがユリアの為になるなら」
いつの間にかユーフェ様の背中にもたれかかって寝ているレティを見つめながら今日だけは許そうと思った。私も甘えさえてもらおう。
「では、ユーフェ様。しばらく休憩しましょう」
「はいよ。はぁ疲れた疲れた」
ユーフェ様が私をもう一度抱きしめてくれる。幸せな気持ちが胸を支配する。しばらくそのまま幸せな気分を味わっていると私はいつの間にか眠りに誘われ、眠ってしまった。




