亡霊の主リッチグラッジ
因縁というものは不意に沸いてくるものだ。例えば、前世から引き継いで出会うのも因縁であるし、死んだ後に再び合間見えるのも因縁だろう。その後者、死んだ後に再び会う方を俺は体験していた。そいつは意識がなく、まさに亡霊といった風体だったが確かに俺が殺した人物であった。
「まさかあんたにまた会うとはね、伯爵様」
「…………………」
リッチグラッジは黙ったまま佇んでいる。禍々しい魔力をその身に浴びながら俺は魔術槍を展開し、構えた。
「あんたがいなかったらユリアとは婚約してなかったかもな。その点だけは感謝しているよ」
もはや何も感じなくなった殺人という行為が無性に嫌になる。日本にいればこんな経験する事もなかった。
再び俺は伯爵を殺すことになった。俺と伯爵を繋ぐのはユリアだ。たったそれだけの繋がりのために伯爵は死に、俺は伯爵を殺した。今更後悔などはしないがやはり決着を付ける場所は必要だったのだろう。天の差配とも言うべきか。
「今度こそ天に召されてくれよ」
「………………」
俺は魔術槍を手にリッチグラッジに躍り掛かった。
※※※※
「何だかよく分からんがダンジョンを見に行くことになった。事情は前話を参照してくれ」
「ユーフェ様?」
「……何でもない。忘れてくれ」
何であんなことを言ったのか俺自身も分からない。ともかく俺達は精霊との契約のために近くにできたらしい禍々しい魔力を放つダンジョンに向かうことになった。どうにもエレインが言うには一階層しかないダンジョンらしい。ユリアに精霊を契約させる前提で話を進めていることに今更気付いた。
「ユリアは精霊と契約するのはいいのか。いやならやめてもいいんだが」
「ユーフェ様のお役に立てる力が手に入るのですから契約はしたいですね」
「少しは自分のことも考えろよユリア」
「はい。気遣いありがとうございます」
湖をぐるりと回ってから少し歩いた所にあるらしいダンジョンに向かっているのだが湖の大きさに改めて関心することになった。水精霊がいるだけあって水が豊富なのも頷けるものだが飲み水に使えるほど綺麗な湖なのだから驚くものだ。
「たまにはこういうのもいいな」
「そうですね」
「むぅ、ぼくが忘れられてる気がする」
「そんなこと無いさ。そういえばレティは他にスキルは取ったか?」
「短剣のスキルだけかな今の所。あと聞き耳スキルが手に入ったよ」
「俺とユリアの会話をよく聞いてるからな」
「そ、それは無視していいの!」
「聞き捨てなりませんね今のは。レティ、帰ったらお仕置きです」
「え、えー。そりゃ無いよ」
「ユリア、その辺にしておけ。これで情報屋としてやっていけそうだなレティ」
「うん。まだ役に立つのは先になりそうだけど」
しばらく雑談をしながら歩いていると禍々しい魔力の気配が強くなってきた。何というか誰かを誘っているような気がするのは気のせいだろうか。
「ユリア、これ、ってどうした!」
「すみません、急に具合が悪くなって」
「ぼくもダメみたい」
「レティもか。いったい何が起こってるんだよ」
今すぐ思い付く原因といえば禍々しい魔力だが俺に異常はない。二人がこの魔力に耐性がないとかなら納得だがそれだと俺だけが平気な理由が分からない。しかしこの魔力、誰かを誘うような感じがしている。俺を誘っているのだろうか。
「ユリアとレティはここで待っとけ。俺だけで行ってくる」
「き、危険ですユーフェ様!」
「大丈夫なの?」
「大丈夫、たぶん、こいつを俺は知ってるから」
ふと自分で口にした言葉に驚いた。ならば、一体何を知ってるのかと聞かれれば分からないと言うしかない。謎ばかり浮かび上がるだけでいっこうに正体が分からない。
「とにかく、行ってくる」
「……ユーフェ様」
「心配するな。俺が約束破った事があるか?」
「いいえ。分かりました。ここで待っていますね。無事に戻ってきてください」
「ユーフェ兄なら大丈夫だと思うけど、気を付けてね」
「ああ分かった」
禍々しい魔力の持ち主がいるダンジョンはすぐ側だ。
ダンジョンへとたどり着いた早速入口から中へと入る。中は暗く、何も見えない。何となく目に力を入れてみると不思議と目が慣れてきた。
【夜目を取得しました】
無機質な声でスキル取得の音声が頭に鳴り響く。夜目のスキルを発動すると中央に人影がいるのが分かった。もう少し進んでその正体を見てみると不審から驚きへと変わった。
「まさかまたあんたと会うとはね伯爵様」
「…………………」
伯爵の姿をした魔物は佇むばかりで声を発さない。もしかしたら声帯が無いのかも知れない。だが、意志はあるようでこちらへと視線を向けると目を剥いてこちらを凝視してきた。俺は静かに魔術槍を展開し、構えた。
「あんたがいなかったらユリアとは婚約してなかったかもな。その点だけは感謝しているよ」
かつてユリアを守るために殺した相手から殺意の波動が漂い始める。初めて殺した相手が何の因果か蘇って俺の前にいる。因縁、と呼んでいいそれは確かにあるのかも知れない。
殺した事に後悔はない。例え、恨まれ、妬まれ、呪われようとも後悔はない。それくらいの覚悟はあったと思うし、ユリアを守る代償がその程度なら喜んで支払うと即答できる。
リッチグラッジは亡者の嘆く魂を拾い、怨みを媒介にして禍々しい魔力を持って生まれる魔物だ。かつて一度だけ読んだ英雄物語にも主人公の仇がそうやって蘇ってきたという描写があるのを思い出した。
「今度こそ天に召されてくれよ」
「……………………」
無言の敵意が、殺意が溢れかえりついに伯爵の亡霊が声無き絶叫を上げて動き始めた。俺は槍をもって躍り掛かった。
最初の一撃はリッチグラッジからだった。手に杖を召喚し、杖で殴りかかってきた。魔術槍で受けようとして咄嗟に俺は危険察知が警鐘を鳴らしたのでその攻撃を回避することにした。杖が真横を通り抜け、地面に激突すると同時に地面が爆発した。
「まさか魔杖とは。通りで手元に召喚できるわけだ」
母様に聞いたことがある。魔杖とは魔が付く武器のシリーズのことでそれらの武器はそうじて亜空間に収納できるのだ。そして、それぞれ特殊な効果が付いており、なかなかに厄介なのが魔と付く武器の特徴だ。レティが手にしている魔剣とはまた別物なのでややこしい所だ。
リッチグラッジは魔杖を振るいながら、こちらへと迫る。
「杖持ってんだから普通魔法使いじゃないのかよ!」
俺はつい愚痴を吐きながら魔杖を交わし、魔術を発動する。風を起こしながら加速してリッチグラッジの反対を取り、槍を突き入れる。今回の槍の属性は火だ。
「燃えろ!」
風の力をジェットのように噴射して槍を突く力を増幅させる。リッチグラッジの背中にぶち当たると槍はそのまま爆炎をあげながら弾け飛んだ。
「うおっと。力加減ミスったな」
新たに火の魔術槍を出しながら油断なく、構えを取る。リッチグラッジはその体に火を纏いながら闇魔法のシャドウボールを放ってきた。俺も対抗して風の玉を射出する。荒れ狂う風の流れを玉に閉じ込めた特製だ。名付けるならレイジボール。
魔術と魔法がぶつかり、相殺される。レイジボールが弾けて俺が望む風の流れができた。風の行き先はリッチグラッジの方だ。
「それ!」
魔術槍を投げ込む。ついでとばかりに二、三本追加で投げ入れておいた。リッチグラッジは風に押されて体制を崩したまま、魔術槍をくらう。リッチグラッジから急に声が上がる。それは聞いたことのない伯爵の声なのだろうと俺は勝手に思った。
「何故だ! なぜ、私が死んでいるのだ。私はあの女を調教して王都に凱旋するはずだったのに。クソイマイマシイ、セカイヲコワシテヤル」
途中から怨念の籠もった声へと変わり、禍々しい魔力が更に増大する。この手できっちりとやっつけたかったが仕方がない。ここに来て魔術を全力で放つことを決めた。何よりも言ってはいけない言葉を口にしたのだから。
先ほどのレイジボールを一気に百個生成、ついでに火の魔術槍を二十本作り出した。魔力を噴出しながら声を上げるリッチグラッジにレイジボールを次々に投げ込んでいく。
「おらおらおらおらおらおら!」
「ぐあゃgyoaTmwgw,/!qe4&6h-.dp」
意味不明な言葉を発しながら絶叫を上げる様を見ながら更に火の魔術槍をなげこんでいく。
【投擲を取得しました】
無機質な声を無視してひたすら投げ込んでいく。レイジボールが弾けてできた荒れ狂う風を外から魔力で押さえ込んで風を鎌鼬に変えて圧縮していく。火と風が暴れ踊る中、リッチグラッジは魔杖を振るい、レイジボールを弾くが壊れる度に風が暴れ出すので体勢が整わないうちに次々と決まっていく。ようやく全てを投げ込んだ後に残ったのはボロボロのリッチグラッジだった。
「キサマ、キサマァ! コワレロ、ホロビヨ、コワシテヤル、いやだ、シネ、死にたくない、コロシテヤル、何故なのだ、コロシテヤルゾ、ガァァァァァァァァァア」
リッチグラッジと伯爵の声が混ざり合い、主張する。俺に戸惑いはもはや無い。こいつはユリアを調教すると言った。少しは穏便に済ませると決めていたのに可哀想な奴だ。怒りで自分の魔力が暴れ出すのが分かる。暴走に近い魔力を必死に制御しながらイメージする。イメージするのはレンズ、そして太陽光。魔力で特大のレンズが生成する。膨大な魔力に危機感が募ったのかリッチグラッジはシャドウボールを無闇矢鱈に放ちまくっているがレンズはびくともしない。
「あんた、楽に死ねないぜ。ユリアにそんなことしようとしてたなんてな。悪い子はお仕置きって言うだろ。だからまぁ、消え去れ」
レンズの上に光が集まっていく。ダンジョンが段々と明るくなってきてフロア全体が照らされる。何もない段々の壁がはっきりと見える。ついに無駄だと気付いたのか俺の方へとシャドウボールを放ってくるが既に手遅れだ。もう準備はできた。
「ソーラーレイ」
言葉を合図に光がレンズを通過し、リッチグラッジへと直撃した。レンズを通した光が白熱し、物凄い熱を発生させる。咄嗟に魔術を発動、風で熱を遮断しながら水を凍らせて気温を下げる。光はリッチグラッジを浄化して跡形もなく闇魔法ごと消し去った。
「はぁ……何だか言ってることが無茶苦茶だな。まぁいっか」
魔力の半分を消費してソーラーレイを撃ったので体が重く感じる。あの魔術はレンズを通して一点集中し、温度上げるのが目的なので割と繊細な魔力制御が必要だったりするので疲れるのだ。お蔭様で魔力制御のレベルが上がったのは僥倖だ。怒りにまかせて放ってしまったが今度は自然の太陽光を収集して使うことにしよう。魔力の消費が抑えられるし、その方が楽だ。
「さてと、ダンジョンコアはどこだ?」
一階層しかないのでダンジョンコアがないのかと思ったがよくよく考えると戦闘の余波で壊れたら困るだろうからどっかに隠れてるのかもと思って辺りを探しているとダンジョンの中央からダンジョンコアが急に現れた。
両手で持たなければならない程の大きさのダンジョンコアは黒い。属性的に考えて闇属性を宿しているのだろう。俺はそれを手にダンジョンの外へと出ることにした。
外に出るとユリアがこちらへ走ってくるのが見えた。俺はそれを苦笑しながら心配性な婚約者だなと思い、ちゃんと抱きしめてやるためにダンジョンコアを地面へとおいた。
「ユーフェ様!」
ドンと音がなり俺はぎりぎりユリアを受け止めた。俺の体をペタペタと触りながら異常がないか調べている様は必死だ。
「大丈夫だ。ちょっと爆風に当てられただけだ」
「本当ですか? 怪我はないですね。良かった……」
「おいおい、泣くほどじゃないだろう」
「ユーフェ兄は女心の方はまだまだだね」
レティにそんなことを指摘されていらっと来たので拳骨を入れておいた。確かに無茶はしたかもしれない。涙を流すユリアをしっかりと抱きしめて生の実感を確かめた。俺は再び伯爵を殺して、生き延びたのだ。元からそれほど思い詰めてはいなかったがユリアの為なら何だってできるつもりだ。後悔をしないと決めた俺なりのけじめはつけた。
「生きてるから大丈夫だ」
「ユーフェ様、今日はずっと一緒ですからね」
「分かったよ。ユリアの好きにするといい」
「やりました! えへへ」
「ふぁ~あ。ぼく、帰っていいかな。何だか眠たくなってきた」
レティはそう言いながら家の方へと歩き出した。つまりは気を使われたのだろう。レティは妙に気を使うのでそのうちお礼をしないといけない。昼を少し過ぎたおやつ時、俺とユリアは静かに歩き始めた。ユリアは喜びの表情を浮かべて、俺は生への実感をしながら。
「あ、ダンジョンコア忘れてきた」
戦闘シーン苦手




