新しい生活のはじまり
4月に入り、新学期が始まった。JR京都線沿線の高槻に住んでいた紗奈恵は、今日から高校生だ。今まで地元の学校に行くのには自転車だったが、今日からはそれにJRが入る。JRなんて、大阪まで買い物に行く以外ではあまり使うことがなかった。しかし、高校は京都まで行かないといけない。高槻から京都まではJR京都線を使い、京都からは地下鉄で向かう。しかし、彼女は今まで1人で電車に乗ったことがなかった。入試の時も母がついていたし、他に出かける時も友達や誰かが必ずついていた。今日は初めてたった一人で電車に乗り、学校に行くということをしないといけない。
(いけるかな、乗り換え一本だけだし…、大丈夫よね)
少し不安になりながらホームに流れてきた7時18分発の新快速米原行きに乗った。この電車は京都までは停車しない。電車に乗って約15分で京都に着いた。彼女はJRの改札を出て、地下鉄のホームに進んだ。
その日、学校が無事に終わり、気分転換に京都駅の地下街を散策してみた。地下鉄烏丸線の京都駅改札を出ると、すぐ目の前にポルタと呼ばれる地下街が広がっている。高校生という身分なので、そこまでお金はないが、とりあえず散策してみた。地下鉄京都駅についたのが16時過ぎ、30分程度の散策をしてみた。
(意外に自分の住んでるところ以外を歩くっていいものね…)
そんなことを考えながら歩いている自分が新鮮なように思えた。
時計を見るともう16時半すぎだった。
(もう帰らないと…)
JRの京都駅へ行こうとしたら、道に迷ってしまった。地下街が思っていたより複雑な道になっており、間違って近鉄側の方に行ってしまった。
(完全に道に迷ってしまった…、どうしよう…。)
困っていると、同じ学校の制服を着ている人を見かけた。ただし、男子だが…。
(こうなったら仕方ないわね…。)
思い切って聞いてみた。
「あの…、すいません!!」
勇気を出して声をかけてみると、振り返ってくれた。顔を見てみると優しそうな男子だった。
「あれ、君は2組の…?」
「どうして私を?」
不思議そうに聞いてみると、
「同じクラスの生徒くらいわかるよ、で、どうしたの?」
と、彼が聞いてきたので、
「いや、その、JRで帰らないといけないんですけど…、間違って近鉄の方まで来てしまって。JRの方ってどこかわかります?」
ついぎこちなく聞いてしまった。すると
「同級生なんだから、そんなぎこちなくしなくても…、俺もJRで帰るから一緒に行くか?」
と、言ってくれたので少し戸惑ったが、その言葉に甘えることにした。
「あ、ありがとう、えっと…」
私が口をくすぶっていると。
「あ、俺は長浜 裕也、君と同じ2組。」
と、彼の方から自己紹介してくれた。
すると自然に私の口も動き出していた。
「あの、私は高月 紗奈恵っていいます、あの…。」
私が少し固まっていると
「そんなに固くならないで、ほら、家は何線沿い?」
彼が聞いてきたので
「京都線の高槻駅です。その…、長浜君は…?」
「俺か、俺は滋賀県の長浜、北陸線沿い」
紗奈恵は驚いた。高槻でも十分遠いと思っていたのに、更に遠い滋賀県といわれると舌が丸くなった。
「俺はここから新快速で一本だけど、君も新快速で一本?」
(新快速?なに、え、どういうこと?)
私が何それみたいな顔をしていると
「あの、朝、何乗ってきた?」
彼が少し笑いながら聞いてきた。
「え、朝、7時過ぎの電車に乗ったはずだけど…。」
「それ、京都まで停まらなかったやつじゃない?」
「あ、そんな気がする…。」
「それ新快速だよ、高槻まで行くなら新快速が一番早いしね」
彼が説明してくれた。
「なんでそんなに詳しいの?」
私が驚いて聞くと。
「10年以上も一人で電車に乗ってるからかな…。俺、親父いないから…。」
少し寂しそうにそうつぶやいた。
そんなことを話しているといつの間にかJRの改札口に着いていた。
「さてと、JRの京都駅の改札はここ、5番線から発車する次の新快速で、俺も次の新快速で帰るから。」
と別れようとした時、紗奈恵が、
「あの、ありがと…、えっと、その、メアド交換しない?」
私は何を言うべきかわからなかったが、とっさに言ってしまった。
「あ、別にいいけど…」
彼はその場で赤外線通信を使って連絡先を送ってくれた。
そんなことをしていたら電車が来る時間になった。
「じゃあそろそろ来るから、じゃあな。」
と言って、彼は2番ホームへと向かっていった。
私は電車に乗り込むとふと大きく息を吐いて座っていた。夕方ラッシュの時間帯に座ることができるのは珍しいかもしれない。
(なんか疲れちゃったな・・・)
慣れないことをしたせいか、いつのまにか寝て、気が付くと高槻に着いていたので慌てて降りた。
母親が駅まで迎えに来てくれていた。
「遅かったじゃないの‼何かあったんじゃないのかって心配したじゃない‼」
怒りながらも心配してくれている母親に申し訳なく感じた。
とりあえず言い訳にもなるかもしれないが、これまでの経緯を説明した。
「あんたって子は…、まあ、無事に着いたからいいけど、今度からは電話しなさいよ」
むすっとした顔で母親がそういった。
新生活の始まりがこんな風だと少し不安になる。
しかし、私は何故かそこまで落ち込んでもいなかった。