オルサ
思い返せば、初めて彼女を見たあの日から。
…心を奪われてたんだと思う。
僕と彼女が出会ったのはもう10年も前の話だ。
春、桜が舞う季節。
桜吹雪の中に君がいた。
散りゆく桜を見つめる彼女がとても綺麗で。
いつまでも見つめていたかった。
その時は友人に入学式に遅れると言われ、渋々その場を去ったのだけれど。
教室で隣に座る君をみた時、運命かと思ったんだ。
偶然か必然か。
僕達は気が合った。
お互い自分からペラペラと喋るタイプではなかったけれど、話題が尽きることは不思議となかった。
彼女のことなら何でも知りたかった。
何が好きか。家族は?ペットは?
何が嫌い?どこで生まれ、どんな風に育った?
今の彼女を創った全てが知りたい。
そんな風に思うのは生まれて初めてのことだったんだ。
僕は無愛想だし、人に対して関心がない。
ここまで誰かのことを想うのは、本当に初めてで高校1年生の僕は戸惑っていたんだ。
中々自分の気持ちを伝えることが出来ずに、2年が経った。
高校3年生。春。
それが僕の人生の分岐点だったのだと思う。
両親が離婚した。
僕は他人に関心がない。
それは家族も例外ではなかった。
僕は勘違いをしていた。
両親は仲が良いだなんて。
僕の知らないところでお互い不倫をしあっていたというのに。
昔は本当に仲が良かったんだ。
大恋愛の末に結婚したと父からも母からも、幼い頃から聞かされていた。
なのに、お互いを運命の相手だと感じていた両親は、それぞれ違うパートナーを見つけた。
きっかけはほんの些細なことの積み重ねだったらしい。
僕は父に引き取られることになった。
母が家を出た日、僕に言ったんだ。
「結婚がハッピーエンドだと思っていたけれど、違ったみたい。ごめんね。結婚はスタートだったの。そして、こんな形で終わってしまった。本当にごめんね」
謝罪の言葉なんて、どうでもよくて。
だけど、深く突き刺さった。
結婚も交際もハッピーエンドではなく、何かの始まりなのだと。
そして、それはいつか終わる。
予想もしていない形で。
途端に怖くなった。
僕も彼女のことを嫌いになる日が来るのだろうか。
こんなにも暖かい気持ちが冷めてしまうのだろうか。
彼女と一生を添え遂げられるなんてどうして信じていたのだろう。
彼女の笑顔が明日には消えることだって、あるかもしれないのに。
嫌だ。そんなこと。
彼女の彼氏になれたとして、その最高の位置を失うことは、僕は耐えられない。
だから、僕は決めたんだ。
彼女と距離を置くことを。
始まらなければ、終わらない。
幸か不幸か、高校生活3年目にして、彼女とクラスが離れた。
この機会に、彼女のことは淡い思い出として心の1番柔らかいところにしまっておこう。
この先、僕は彼女以外の人を愛せないだろう。
どうせ失うならば、手に入れない方がいい。
そう自分に言い聞かせ、絶妙に距離を置いた。
受験勉強もいい理由になった。
本当の志望校も彼女や彼女の耳に届きそうな連中にも告げずに。
僕には2年間の甘い甘い記憶だけで充分だ。
彼女にはもっといい人がいるはずだ。
これでいいと思っていた。
だけど…高校生活最後の日、君は僕に最大級の言葉をくれた。
君にずっと言えなかった言葉。
僕が告げれなかった一言。
返事は1週間後に聞かせてと言われた。
1週間後、僕は彼女に何も告げずに、アメリカの地へと飛び立った。
それから、7年の月日が経った。
仕事の影響で、日本に戻ることになった今。
一番初めに浮かぶのは、桜吹雪の中にいる君の姿。
時間が解決してくれそうにもない。
僕が決めたことだから。
僕と君の人生は交わることがなかったけれど、僕はいつでも君を想う。
君が幸せでいてくれたら、それでいいのだ。