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黒子




千葉県に今もある山のずっと奥に灰色の村と呼ばれる廃村があります。

その名前の通りその廃村は灰色一色。

地元住民の話ではむかし火山が噴火して火山灰に覆われたままだそうです。

犠牲者の慰霊碑らしきものは見当たらない。

全員助かったのだろうか…



『住民は?』



『全員逃げ切ったよ…』



思った通りの回答だ。

しかし、おばあちゃんはというと元気が無い…

犠牲者がいないのなら落ち込むことも無いだろうに

それともこの廃村に特別な思い入れでもあるのだろうか。

気になって私は聞いてみた。



『ここに何か特別な思い入れでも?』



おばあちゃんは私の言葉にゆっくりと手を上げると

私の後ろを指差してみせた。

私もゆっくりと後ろを振り返える。



『おばあちゃん…?あれは?』



私の視線の先、小さくて雑な盛り土に一本の白い種の付けたタンポポが挿してあった。

ペットでも死んだのであろうか…

おばあちゃんはお茶を一杯ズズッと啜ると



『むかし、むかしのことじゃ…』



そう言ってこんな昔話を聞かせてくれました。





むかし、むかし。とある山奥にそれはもう小さな村がありました。

たった十数人しか住んでいなかったその村ではお互いに助け合うことを何よりも大切にしたそうです。

しかし、そんな村にも一人だけ外れ物がいました。

『黒子』…少年はそう呼ばれ村の住民から意味嫌われていました。

真っ黒な瞳に真っ黒な髪、自分が嫌いで他人が怖くて…少年は昼間、外に出ることが出来ず…

いつも夜になると外を出歩きます。

そのため、少年の姿を見た住民はほとんどいませんでした。

ある雪の静かに降る夜のこと、少年は通りの隅で小さく震える真っ黒な子猫をみつけます。

子猫は今にも死んでしまいそうなほど弱りきっていました。



『お前…僕と同じだね。友達になってよ』



少年はそう言って子猫を抱き上げます。



『名前は…クロ。うん、クロが良い。僕と同じだ』



『ミャ〜』



子猫はその名前が気に入ったのか小さく鳴いてみせます。

その日から、少年はクロを連れて散歩に出るようになりました。



『クロといると毎日がとっても楽しいよ』



『ミィ〜』



いつも機械的に散歩をしていた少年も毎日の散歩が楽しみでしかたありませんでした。

そんなある日、少年がいつものように散歩をしていると村の外れに立つ大きなもみの木の下で一人の少女が空を見上げていました。

その夜はとても天気がよく、空一面を星が多い尽くしています。



『クロ…別の道を通ろうか』



少年はそう言って来た道を戻ります。

少年にはその少女に話しかける勇気はありませんでした。



『…あっ!!ねぇ待ってよ!!』



少年を呼び止めたのは一人の少女でした。

少女の髪は短く、浴衣のような服を着ています。



『どうして逃げるの?』



少女は少年の近くまで寄って来て言いました。



『……』



今まで人と接したことなどほとんど無かった少年に言葉を見つけることが出来ません。

少年は立ち尽くしてしまいました。

少女はそんな少年を見つめます。



『もしかして君…黒子?』



『……』



『あ、ごめん…そんなつもりじゃ…私ね、来年引っ越すんだ。『とうきょう』ってところに行くんだって!!でも…本当は引っ越したくない…ここから見える星がもう見れなくなっちゃうから…だから、それまで私の夜の散歩相手になってくれない?私はスズって言うの。君は?』



『え!?』



あまりに突拍子の無い言葉に少年は思わず声を上げてしまいました。

じっと、視線を合わせてくるスズに少年は重い口を開きます。



『…黒子…』



『違うよ…君の本当の名前をおしえて』



『…それしか、知らない…』



スズは言葉に詰まってしまいました。

そして、無言の時間だけが過ぎていきます。

しばらくして少年が言いました。



『良いよ…散歩…』



しどろもどろに喋る少年にスズは



『ほ、本当!?それじゃあ明日、この場所でも良い?』



そう言って目を輝かせます。

少年はコクリと小さく頷くとそさくさと帰っていってしまいました。


次の日、スズが待っていると少し遅れて少年がやってきました。

足元には黒い子猫が少年に頬を摺り寄せています。



『こんばんは!!』



『…こんばんは…』



『う〜ん…やっぱり名前が無いと不便だね…夜、そうだ!!夜に出会ったから『ヨル』にしようよ』



『…うん…』



スズの言葉に少年は小さな声で答えます。



『子猫ちゃんもこんばんは!!…ねぇ、この子の名前は?』



スズは真っ黒な子猫の頭を撫でながら言いました。



『クロ…』



ヨルは答えます。



『クロっていうんだ。宜しくねクロ♪』



それから二人は毎日のように一緒に散歩しました。

次第に二人は打ち解けていき…

会話の数も増えていきました。

ある日、少年が言いました。



『僕、こんなに人と仲良くなったのは初めてだよ。何だかとっても楽しい…それに今日も星はこんなに綺麗』



『うん……』



スズは元気の無い声で答えます。



『…どうしたの?』



心配するヨルの言葉にスズはゆっくりと口を開きました。



『私…明後日に引っ越さないといけないの…明日の夜はその準備で来れない。今日で、ヨル君と散歩できなくなっちゃうんだよ?…』



ヨルは驚きました。

引っ越すとは聞いていたけど、それがこんなに早く来るとは

ヨルは思ってもいませんでした。



『あっ…もう、こんな時間だ。私、そろそろ帰らなくちゃ』



スズは少し震えた声でそう言うと歩き始めました。

ヨルには引き止める言葉が見つかりません。

そして、とうとうスズは見えなくなってしまいました。



『あっ、あっ…』



少年はその場に座り込みます。

そして、その場で泣き崩れてしまいました。

この村で生まれて初めて流した涙はとても悲しくて

少年の胸を締め付けます。



スズもまた、涙を流していました

スズの足取りは重く、その表情にいつもの明るさはありません。


スズもヨルもすでにお互いにとってかけがえの無い存在になっていました。



スズは歩くのを止め夜空を見上げます。

二人の出会ったあの夜のように

無数の星が空を埋め尽くしていました。



『やっぱり…お別れなんて…嫌だよ』



スズは星に向かって言いました。



『僕も嫌だ!!』



スズの後ろから聞こえてきた声。

スズが振り返るとそこにはヨルが立っていました。



『ヨ、ヨル?どうして…ここに?』



『どうしても…どうしても言いたいことがあって…』



驚きを隠せないスズの手を引きヨルは走り出します。



『ちょっと…ねぇ何処に…』



『僕、スズに会えて本当に良かった。別れるとか会えなくなるとか僕には良く分からないけど…スズの為に僕に出来ることは一つしかないから…』



ヨルが行き着く先、スズの目の前に広がったのは二人が出会ったあの場所でした。

ヨルはスズをそこに立たせるとその場を後にしました。



『…ここは…』



ヨルは向こうの通りから歩いてくると



『こんばんは!!』



そうあいさつを交わしました。



『…こんばんは』



スズも答えます。



『またいつか…一緒に散歩してくれる?』



ヨルはスズの目を見ながら聞きました。

その瞳は優しく、『黒子』…そう呼ばれていた少年の面影は何処にもありません。

スズはコクリと小さく頷いてヨルの元に駆け寄っていきます。

その目には涙が溢れていました。



『…ありがとう』



スズはそう言ってヨルに抱きつきます。



『…泣くことなんてないよ…僕のほうこそ…ありがとう』



ヨルもまた涙を浮かべていました。



『…嬉しいときに流す涙も…あるのよ…』



『そっか…』



二人はその後たわいも無い話をし、帰っていきました。



次の日の夜…クロがヨルの元から姿を消しました。

突然のことにヨルは戸惑います。

村中を探し回ってもクロは見つかりません。

しかし、ヨルには諦めることが出来ず、ついに村の外まで探し始めました。

村の外は真っ暗でかろうじて視界を照らすのは夜空に浮かぶ満月だけ…

そんな暗闇をヨルはほとんど手探りで探し続けます。

っと、ヨルの手に何か温かいものが当たりました。

ヨルはゆっくりと確認するようにそれを抱き上げます。

それは紛れもなくクロでした。



『クロ!!クロなの!?…どうして急にいなくなったり…』



と、突然。空から灰色の雪が降ってきました。



パラパラ パラパラ



灰色の雪はヨルとクロと、ヨルの住む小さな村に降り積もります。



『ゴホッ、ゴホッ…これは…?』



少年にはこれが何なのか分かりません。

しかし、吸い込むと苦しい…それだけはヨルにも理解できました。



『みゃ〜』



クロはヨルの手から飛び降りると村とは反対方向に歩きだします。

まるで…ヨルをそこから遠ざけようとするかのように…



『ちょっと待って!!』



ヨルはクロを呼び止めました。



『村の人たちに知らせ……』



次の瞬間、ヨルの脳裏をよぎったのは大嫌いな自分と大嫌いな村人でした。

あんな人たち、いなくなっちゃえば良い。

見つかれば石を投げられるし、みんな僕を気味悪がってし…

何より、僕なんかの言うことを聞いてくれるはずがない。

でも…スズは……

ヨルはじっと…下を向いて立ち尽くしてしまいました。

クロが早く行こうと言わんばかりにヨルの足を引っ張ります。



『ごめん…クロ…!!』



ヨルはそう言うと村に向かって走ります。

ほとんど視界の奪われた漆黒の空間を

ヨルは止まらずに走り抜けました。

途中何度もこけ、その細い体を地面に叩きつけます。

それでもなおヨルの勢いは止まりません。

気がつくと、ヨルは村の中心に立っていました。

もうすでに村はその色無き色に染められつつあります。



『起きて!!みんな起きて!!』



ヨルは一軒一軒家をノックしていきました。

しかし、誰も出てきてはくれません。



『ゴホッ、ゴホッゴホッ…』



灰色の雪は容赦なくヨルを苦しめます。



『ゴホッ、やっぱり…ゴホッゴホッ…僕には無理なのかな…』



ヨルは苦しさのあまりその場に倒れこんでしまいました。

そのとき、ヨルの頬を何か温かいものがさすります。

ゆっくりと目を開けると、クロがヨルの頬を舐めていました。



『クロ…どうして…そっか、そうだよね。今あきらめたらダメだよね』



ヨルは立ち上がります。

しかし、村の住人はヨルの話など聞いてくれません。

そこで考えたヨルは思い切った行動に出ました。



ゴォー、パチッパチッ



何と畑に火をつけたのです。

火はみるみるうちに燃え広がり、やがて畑全体を大きな炎が包みました。

この騒ぎに当然村の住民が家を飛び出します。

その時にはすでに白い雪は辺りを灰色一色に染め上げていました。



『か、火山灰だ〜!!』



一人の村人がそう叫ぶとそれを合図に村中の住民が飛び出してきました。



『逃げろ〜!!逃げろ〜!!』



たった十数人にしか満たない村の住民はあっという間にヨルとクロだけになりました。



『クロ…僕、ちゃんと出来たよね…』



『ニャ〜』



その後、ヨルがどうなったか。

知るものはいません。



……



おばあちゃんは話し終えると部屋の奥へと引っ込んでいきました。



『待っておばあちゃん!!』



そして…気がつくと私は声をかけていました。



『どうして、私にそんな話を?』



『似ていたからさ…あんたがその少年に』



次の瞬間、おばあちゃんの姿はみるみるうちに小さな黒猫へとその姿を変えていきました。

その姿からは何か妖妖しささえ感じ取れます。



『……もしかして…その黒猫って…』



私はそのまま気を失ってしまった。

気が付いたときには山のふもとの病院のベット。

そこで私は意識をなくしていました。

後で聞いた話では他の登山客が倒れている私を見つけてふもとまで運んでくれたらしく。

あのおばあちゃんのことも今ではまるで夢だったようで…


三日後、退院した私はもう一度あの場所へ行って見ることにした。


……


灰色の村がそこにはあった。

おばあちゃんの家もそこにはあった。



『ごめんくださーい』



呼んでも返事は無い…

留守なのだろうか。


しばらくして、おばあちゃんが出てきた。

しかし、この前のおばあちゃんでは、無い。



『あの…ここにもう一人おばあちゃんが住んでいませんでしたか?』



『もう随分と長い間、一人だな〜』



『…そうですか…ありがとうございます』



やっぱり…夢だったのであろうか。

いや、深く考えるのはやめておこう

私は家を後にした。


家の正面、灰色の村が良く見えるところにあの砂山は今もある。

あのおばあちゃん…いや、黒猫が夢だったかどうかは

今の私には分からない。

ただ…


私はこのことを文章にとって残しておこうと思う。

誰も信じてくれなくてもいい…話さえ知って貰えれば…








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