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Genocide  作者: 瑞樹
2/2

02.end

 普通科所属の月羽(つきはね)(まこと)、二年生。彼はルームメイトの佐々木登也と共にクラスへと軽い足取りで入って行った。佐々木の顔は暗いままだが、月羽は笑っている。

 「なんでまだ暗い顔してんのかなぁ~?」

 席が近いと言う事もあり、月羽は席に座った佐々木の顔を覗き込んで訊ねた。佐々木の眉は顰められていて、瞳は揺れている。いつもならきっちりセットしている赤髪には寝癖がついていて、疲労が顔に滲んでいる。

 「秋原君だったら近いうち学校来るんじゃないの? 何そんな暗い面しちゃってんの」

 「……別に」

 返す佐々木の声は小さく、教室の騒々しさにかき消されそうだった。――その騒々しさが、教室の戸が開くと同時に静まり返る。

 「……?」

 「あは、ほらぁ」

 佐々木は顔を顰めて戸を睨み、月羽は楽しそうに笑みを張り付ける。

 「――!」

 教室に入って来たその少年は月羽を見て一瞬だけ目を細めたが、教室を見回すとその表情を一変させた。

 「秋原雪都(ゆきと)――えっと、ただいま!!」

 至るところに絆創膏を付けた少年は、満面の笑みでそう宣言した。

 「ほら、言ったでしょ」

 そう笑う月羽を見た佐々木はきょとんとするが、親友の帰還に気が抜けたように顔を緩ませた。


 ×××


 月羽真は休み時間に屋上に来ていた。屋上の扉は往々にして閉まっているのだが、今日は珍しく開放されていて、月羽以外にも数名の男女がくつろいでいる。青い空を眺めながら、月羽は隣に座る男子生徒を横目で見やる。

 「なんで僕の隣に座るかなぁ」

 「……お前、どうして俺を殺さなかった」

 彼は秋原雪都――顔や腕に絆創膏や包帯を巻いているのが現在の特徴だ。無論、いつもこの包帯や絆創膏をつけているわけではない。

 「はっ? 突然何を……やだぁ、僕は君を殺す趣味なんか無いよ? そもそもねぇ――」

 「じゃあなんだったんだよ!?」

 「!?」

 突然怒鳴られて首を竦め、口を引き攣らせる月羽。身に覚えなどないとばかりに首をぶんぶんと横に振り手を上にあげた。

 (なんでこんなにへらへらしてやがる……? 本当にこいつか? それともただの人違い――いいやあり得ない、そんなわけが――)

 秋原の脳に蘇るのは裂けるような笑みを浮かべる狂人の顔。全く同じパーツに背格好、おまけに名前まで同じの目の前の少年は、彼が遭遇してしまった狂人とはまるで違う表情をみせている。目の前の少年はきょとんとして、口元をひきつらせ――軽く怯えているようにも見える。

 「…………えっと、あの、そのぉ……?」

 月羽はしどろもどろになりながらも、秋原をじっと見る。「……あのぉ」と言葉を濁らせながら、口を動かす。

 「人違いじゃないのかな? だって僕にそんな事する勇気ないし……正直今の君でさえ怖いし……」

 「……」

 秋原の表情はどんどん険しくなっている。無意識のうちに、顔についた絆創膏に手をやっていた。

 「……じゃあお前――」

 「うん?」

 女と見まがうような顔で首を傾げる月羽に、秋原は尚も険しい顔で問いかける。

 「昨日、夜何してたよ?」

 「何って勿論、」

 へらりと笑ったかと思えば、月羽の表情は一変する。

 「てめぇに質問してただろうが。馬鹿かお前は?」

 「やっぱお前……」

 「ぎゃははははは!! ばっかじゃねぇの? 月羽真という名前の人間はこの翠彩学園に一人しかいねぇっつーの、ぎゃははは!」

 呵々大笑。先程までの態度はどこへやら、月羽はげらげらと笑いだす。腹を抱え、ひたすら笑う。その表情は紛れもなく秋原に傷をつけた少年のもので――月羽真こそが彼を拷問した張本人であるということは明白だった。三日月のように歪んだ口元を、秋原は鮮明に覚えていた。

 「あー……笑った笑った。ぎゃはははっ」

 「さっきのは演技かよ、このクソ外道……!」

 「――否! あのビビりだって俺だぜ? あいつも月羽真だ。俺も、な」

 「は……?」

 「教えてやるつもりはもうありませーん! なんの為に生かしてやったんだか理由がわかんなくなっちまうじゃねぇか――俺に喧嘩売ったんだから、お前はホントだったら俺に惨殺されてるんだぜ? 学校の壁なんかに磔にされてさぁ!」

 馬鹿げた態度。ふざけた言動。崩れない笑み。その全てが秋原には恐ろしかった。此処は学校で、当然ながら秋原や月羽以外の人間がいる。――この屋上だって例外ではない。それなのに月羽は、当然のように「惨殺」だの「馬鹿」だのを大声で口にする。まるで、それが当たり前だとばかりに。先程までのおどおどした、自称ビビりの月羽ならこんな事を大声で口走ったりはしないだろう。だが、目の前の調子のおかしい月羽は、それをやってのける。まるで別人。別人どころか、二人に一致する点が探せないほどの変貌ぶりだ。

 「……って、学校じゃ流石に殺しはしねぇがなぁ。脅しが精々ってとこだ」

 「……」

 「ま、安心するがいいさ。お前は既に“校則違反者”じゃねぇんだ。俺の気まぐれでそうじゃなくなったんだから、この俺に感謝しろ。くくっ、ま、他の“執行者(エリミネーション)”に殺されたかったら、もう一度校則を違反してみろよ」

 もっと酷い目に遭えるぜ、そう言った彼は再び哄笑を上げる。

 「……他にもお前みたいなのがいるのかよ」

 「当然だ。俺だけが“執行者(エリミネーション)”な訳が無い――一人で何百と居る校則違反者の処分が出来るわけねぇじゃん?」

 「……どうして俺を殺さなかった。校則違反者なんだろ?」

 「お前は合格だ――だから殺さなかった。自分の命を友人の命を天秤にかけたとき、お前は友人を優先しだ。良い男だな、全く。お前みたいなのを彼氏に持ちたいぜ」

 「黙れ同性愛者」

 「否! 俺が惚れこんでんのは伊月(いつき)琉璃(るり)だぜ?」

 お前なんか眼中にないの、と月羽は楽しそうに笑って見せ、人差し指を秋原に向ける。

 「――死ななかった事を光栄に思え。死に損ねた事を誇りに思えよ、秋原雪都」


 ×××


 ――時は昨日まで遡る。


 「殺せ」

 秋原は自らそう言った。友人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシだと言ったのだ。その言葉に驚いたような表情を見せる月羽。だが次の瞬間には、彼は口元に孤を描いていた。

 「合格合格」

 ぱちぱちと手を叩き、拍手を送る。にこにこと愛想のいい笑顔を張り付けた彼は、秋原の拘束を解いて行く。

 「いやはや、驚いた驚いた。普通自分の命優先させて誰か殺そーとすんじゃね? 俺はそうだけど……まいっか。あははは、流石は学校の人気者、といったとこか?」

 「……は……?」

 訳がわからない、そう言いたげな目が月羽を見つめていた。真っ直ぐと言えば真っ直ぐな、歪みない瞳。その瞳は今、困惑に染まりきっている。

 「理由か。ま、取ってつけたようなもんだけどよ――俺が今迄殺してきた連中よか、てめぇはまともっぽかったんでよ。ははは!」

 まともっぽい――それだけが合格と言われた理由。秋原の脳は既にオーバーヒート寸前だ。一方、月羽は相変わらずへらへらと笑い、手を叩いている。

 「いいじゃんいいじゃん? お前みたいなのは嫌いじゃねぇ。優しい奴は虐め甲斐があるってぇわけで♪」

 これが本心だったとしたら相当に性質が悪い男である。秋原は脳内で現状の整理に取り掛かる。


 一に、秋原は死なずに済んだと言う事。

 二に、死なずに済んだ理由は恐らく月羽の気まぐれだと言う事。

 三に――最悪死んでいたという事。


 まじまじと月羽の顔を見る秋原。月羽の童顔はいつもより禍々しく歪んでいる。……というより、いつもの月羽も月羽で、穏やかそのもの――よって今の彼が異常に見える。実際、碌でもない人間であることに変わりはなさそうだけど。

 「さあ、始まりだぜ始まっちゃったよ始まってしまったんだよ秋原」

 「何の話――」

 「それは勿論」

 月羽はほんの一拍置くと、裂けるような笑みを刻む。


 「お前の地獄の日々が、だよ」

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