強欲の公爵と呼ばれた元護衛騎士は、私と結婚するためだけに成り上がったらしい
わたくしの優しかった護衛騎士が、変わってしまった。
わたくしはアーリア・ディ・ジャラディア。ジャラディア帝国の第三皇女。皇女と言っても、兄も姉もたくさんいるから、必要最低限の公務と社交をするだけの気楽な立場よ。
「ご婚約、おめでとうございます。アーリア皇女殿下。エスクード公爵」
わたくしの隣に立つ、眩しいくらい顔の整った男はライカン・エスクード公爵。わたくしの婚約者。
今日はわたくし達の婚約披露パーティー‥‥なのだけれど。
微笑むわたくしとは対照的に、『無』の表情を貼り付けたこの男。
「公爵。不快なら手を離してもいいのよ?」
ブルーグレーの瞳がアーリアを捉えて鋭く射抜く。
「いえ。このような喜ばしい日に、何も不快な事などありません」
びっくりする程の無表情の後に、眉間に皺を寄せながらライカンは言った。
(不快でなければ何だというの。その顔は)
ライカンが元来表情がない訳ではないことを、アーリアは知っている。本来は優しく微笑い、柔らかい表情をする男であったのだが、3年前から‥‥婚約が決まってから特に、表情が死んでいった。
アーリアとライカンは、皇女と護衛騎士の関係だった。アーリアが12歳を迎えた年、6歳上のライカンがアーリアの護衛騎士になった。以来5年間、護衛騎士を務めたが、ライカンは急に護衛騎士を辞してしまった。
そうしてアーリアがライカンと再会したのが1年前。アーリアが成人した20歳の時だ。
アーリアはライカンに再会できて嬉しかったのに、ライカンはアーリアにニコリとも微笑わなくなっていた。
その半年後、皇帝がアーリアとライカンの婚約を決めた。
喜んだアーリアだったが、ライカンの気持ちを考えると手放しでは喜べなかった。
(きっと、ライカンはわたくしの事が嫌いだから)
嫌いな相手と婚姻を結ぶなど、誰にとっても願い下げだ。それでもアーリアはライカンにしてあげれる事がある。何と言っても、アーリアは皇女だ。皇女が公爵家に嫁げば、皇室との関係が強固になり、ライカンにとっては喜ばしいことなはずなのだ。
(結婚したら、なるべくライカンとは会わないようにしなければ。すれ違うたびに睨まれるし、避ける程だもの)
アーリアだって、初恋の人にそんな態度を取られると辛い。日々のライカンの冷たい態度に、想う事を辞めねばと思うのだが、ライカンはアーリアにとって初恋の人物なのだ。すぐには割り切れない。
視線を感じて顔を上げると、ライカンが睨んでいる。アーリアは心臓に針を刺されたような痛みを感じ、視線を避けた。
「わたくし、疲れました。先に休んでも?」
「部屋までお連れします」
眉間に力が入ったままライカンが言うので、アーリアはため息が吐きたくなった。
「いいえ。公爵までいなくなれば、主催である皇后陛下が困ります。侍女と戻るのでお気遣いなく」
「‥‥分かりました。殿下、以前のように呼んでいただいて構いませんと言ったはずですが」
「いいえ。それは本心じゃありませんでしょう?」
アーリアはそう言うと扉に向かって歩き始めた。ライカンが何か言おうと動いたが、アーリアは足早に会場から出た。
以前のように、好意を込めて名前を呼べるはずがない。
(だってあの頃は、少なくとも嫌われていないと思っていたのだもの)
護衛騎士は専属ではない。複数の皇妃達の中でも、アーリアの母は身分も低く後ろ立てもなかった。そのため、先んじてアーリアの護衛をしようとする者はいなかった。しかしライカンはいつもアーリアを優先して護衛してくれた。いつもアーリアのもとに一番に駆けつけてくれていた。早くに母も亡くし、孤独だったアーリアはそれがとても嬉しかった。
そういう事もあり、アーリアはライカンが無欲なのだと思っていた。出世欲もないだろうと。だから再会した時に驚いたのだ。公爵家の四男であったライカンが、兄達を押し退けてたった三年で公爵位を引き継いだのだから。
さらに公爵位だけではなく、ライカンは帝国の宰相の座にも就いていた。誰もが言った。
「あれだけの才をなぜ隠していたのか」と。
脅威の速さでのし上がるライカンを、人々は畏怖し、「強欲のライカン」と嘲笑う者達も居た。ライカンはそういう者たちを次々と貴族会から消し、自身の立場を強固にしていった。
◇
侍女を下がらせ、部屋のバルコニーに出たアーリアは溜めていた息を吐いた。
(‥‥はぁ。あの頃の無欲なライカンはもういないのよ。だからわたくしは、ライカンがもっと権力を得れるように力になればいいのだわ)
今は避ける程嫌われていようと、あの頃の幼かったアーリアが救われたことには変わりない。アーリアに出来ることがあるなら、ライカンの力になりたい。そうすれば、以前のようにとはいかずとも、またアーリアに微笑いかけてくれるかもしれない。
暗い庭園を見渡し、アーリアは人影を見つけた。ライカンと敵対しているコンラッド侯爵令息だ。アーリアはニヤリと笑い、ドレスをたくし上げた。伊達に昔から護衛騎士を困らせていた訳ではない。
ライカンがアーリアを一番多く護衛したのも、お転婆だったアーリアに付いて来れるのがライカンだけだった事も理由の一つだ。
アーリアは慣れた手付きで格子を掴み飛び越えると、手頃な木に飛び移りするすると降りた。久しぶりの立ち回りだが、危なげなく降りれた事にアーリアは嬉しくなった。
身を低くし、茂みに隠れるように移動する。
「公爵も正気じゃない」
イライラとした耳障りな声にアーリアは動きを止めた。
「大きな声を出すな。ここはまだ皇城だぞ」
「ですが父上。腹が立たないのですか?皇室との繋がりが出来たからと偉そうに」
「エスクードも取るに足りない。やはり昔から教育を受けていないからな。公爵の器ではないのさ。皇室との繋がりも強固ではない。‥‥私生児だからな」
「えっ‥‥父上、それは本当なのですか」
「ああ。私生児に何が出来ると言うんだ。早く馬車まで行くぞ。皇城で話す事ではない」
コンラッド侯爵親子が遠くに行っても、アーリアは身動きが取れなかった。耳に入って来た会話が嘘であってほしい。
ライカンにとって有益な会話が聞ければと、出来心で柵を飛び越えた自分を叱責したかった。だけど、聞いてしまったのだからもうどうする事も出来ない。
(‥‥私生児。‥‥わたくしが)
確かにアーリアは上の兄姉達とは毛色が違った。成人したがアーリアは幼さの残る容貌だ。二人の姉はスラリと長身で、威厳のある美しさを持っているが、アーリアにはなかった。
(ライカンは知っているのかしら?わたくしが私生児だと言うことを‥‥いいえ、権力を望む彼が知っているなら、私生児との婚姻は望まないはず。知らないんだわ)
顔から血の気が引いた。自分が唯一、ライカンに出来る事があると思っていたのに、それがなくなってしまったのだ。
(ど、どうしたらいいの。ライカンに正直に言う?)
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。脳裏に浮かぶ、ライカンの冷たい視線。
(‥‥駄目、駄目よ。もっと辛く当たられたら)
耐えられない。今以上に冷たい視線なんて。
アーリアの足は衝動的に動いた。
(わたくしがいなくなれば、ライカンはまた自分に有利な立場の令嬢と婚姻を結び直せるわ)
というのは建前で、アーリアは逃げたのだ。ライカンの冷たい視線から。
◇
ライカン・エスクードは自身の婚約パーティーとは思えない表情で立っていた。
「公爵、とても『婚約おめでとう』などと言えない顔をしているな」
仏頂面のライカンをものともせず声をかけられる人物は多くない。
「帝国の次なる太陽にご挨拶致します」
ライカンは深く頭を下げた。
「もうすぐ家族になるんだろう?堅苦しい挨拶はよせ」
帝国の皇太子。アーリアの兄、リヒル・ダビ・ジャラディアは笑顔で言った。微笑っているようで、探るような瞳をライカンに向けている。皇太子に限らず、最近は皆、ライカンを探るように見る。口にはしないが、皆同じ事を考えているようだ。
『何故、何の力もない第三皇女との婚姻を結ぶのか?』と。
遠慮なく聞いてきた父である前公爵には答えたが、わざわざ疑問に思っている全員に答えてやる義理はない。
答えたとて、豪快な父のように笑い飛ばす訳もなく、不快な返答が返ってくるだけだ。
「アーリア殿下をいずれ夫人に迎えるとはいえ、皇太子殿下に無礼な真似は出来ません」
ライカンは口元に笑みを浮かべた。
皇太子は眉を寄せる。
「ふむ‥‥。やはりアーリアがいなければ昔のままだな」
「どういう意味でしょう」
「公爵は何故妹を前にすると強張るのだ。そなたは今や帝国でも皇室の次に力を持っているだろう?嫌々妹を迎えるのは何故だ」
皇太子の瞳に怒りが見える。何に怒っているのか分からず、ライカンは戸惑った。
「嫌々‥‥とは。皇太子殿下には私が嫌そうに見えるのですか」
「そうとしか見えないな」
言われた事に、心底驚いているライカンを見て、皇太子も呆気にとられた。
「まさか‥‥嫌々ではないのか」
「嫌な訳がありません。私が望んで叶った婚約だと言うのに」
ライカンが答えると、皇太子の目は丸くなった。
「‥‥皇命ではないのか」
「皇命ではありません」
「「‥‥‥‥‥‥」」
固まった二人だが、先に皇太子が動いた。手を額に当てて唸る。
「‥‥っ。そなた、それでは誤解しか生まないぞ。妹に心底謝れ。何故そんな態度と表情をしていたのだ」
「態度‥‥と言われましても。六つも離れた好意のない男に近寄られても不快なだけでしょう。極力近寄らないようにしてはいましたが」
ライカンの言い分に、皇太子は絶句した。
「そんな考え方で、どういう夫婦関係を望んでいるんだ」
信じられないという顔をしている。
仕方ないではないか。アーリアが成人した今、とりあえず婚約でも結んでおかなければ他国に嫁がされてしまう。これから、ゆっくりと距離を縮めていけたらと思っていたのだ。だがどうにもこうにも、アーリアが避けている気がして、このまま婚約していいものか悩み始めている。
「それでなくても避けられると言うのに‥‥」
ライカンの呟きを皇太子は見逃さなかった。責めるように言った。
「そなたが先に避けていたからだ。アーリアは気を病んでいたぞ。そなたに嫌われていると‥‥」
「私が殿下を嫌う?」
そんな馬鹿な。ライカンがあり得ないと言う前に、公爵家の侍従が慌てた様子で近付いて来た。
短い報告だが、すぐに行かなければならない案件だ。「皇太子殿下、急ぎの用が出来ましたのでこれで」
目の前にいる皇太子に短く断りを入れて、足早に会場から出た。
◇◇
衝動的に出て来た割に、アーリアの頭は冴えていた。
侍女が外し忘れた耳飾りを売り、街娘風に衣装を着替えて広場の中央の噴水に座っている。
辺りは暗くなったものの、皇城のパーティーにあやかり、城下街でも屋台や店がまだ開いていた。
(まだ‥‥わたくしがいなくなったことに誰も気付いていないでしょうね)
寝る支度を済ませて侍女を下がらせたので、朝まで部屋にも誰も来ないはずだ。
(だから、最低でも朝までに帰れば騒ぎにはならないはずだわ)
このまま姿をくらますか、城に戻るか。
好奇心旺盛で、深窓の令嬢として育ってきた訳ではないので、皇女にしては身の回りの事もだいたい出来る。やろうと思えば、市井で暮らすことも出来るだろう。
そう。諦めればいいのだ。自分のことを厭う者など。
目からぽとりと雫が落ちる。
(そんなに嫌なの?ライカンを諦めることが)
泣いた自分に驚きながら、流れる涙を放置する。ふと、離れた距離だが、正面から大股で近付いてくる人物が視界に入った。アーリアの涙はすぐに引っ込んだ。
(な、なに?大きい。人さらい?)
アーリアは恐怖で竦む足を叩いて立ち上がり、踵を返した。路地に逃げ込もうとしたが、一足遅かった。腕を掴まれた。
「はっ、離しなさい!」
引き攣った声で言うと、掴んだ手がすぐに離れた。
「殿下、私です」
切迫した声にアーリアはその人物を見上げだ。
「ライカン?」
アーリアは全身の力が抜け、かくりと膝が折れた。ライカンが慌てて支える。
見るとライカンは肩で息をしている。夜会で着ていた衣装のまま、上着だけを脱いだのだろう。訓練でもしたのか汗だくだ。
ライカンが護衛騎士だった頃、目を盗んで抜け出すアーリアを、汗だくで探していた姿と同じだった。
「‥‥‥‥‥」
ライカンは怒りの表情を浮かべ、口を開いた。
「‥‥っ!‥!」
が、声なき声を出しただけで、項垂れた。
「‥‥‥殿下の、お転婆がなくなったと思っていたのですが、杞憂でした」
怒りを堪えて冗談を言うのは、ライカンの昔からのクセだ。一旦冷静になり、後々、長々と説教されるのだ。
アーリアの止まった涙がまた流れた。ぽろぽろと流れ、アーリアは咄嗟に手で覆った。
ライカンが慌てている。
「殿下?もしや何かあったのですか」
語尾には怒りが籠もっていて声が低い。
アーリアは慌てて答えた。ライカンが心配するような事は何もない。
「ち、違う。嬉しくて」
短い時間で二度も泣くとは自分でも驚きだ。思っていたよりもずっと、ライカンは自分にとって特別な存在になっていた。
泣くほど離れたくないし、泣くほど嬉しい。
「ライカンが、前みたいに、わたくしに接してくれて‥‥」
「‥‥‥」
何か言ってほしい。無言のままのライカンにアーリアはまた不安に駆られた。
(嫌われているとしても、だとしてもわたくしまで遠慮する事はないわ)
子供のように泣いて恥をさらしたアーリアは、失うものはないと心を奮い立たせて顔を上げた。
青ざめた顔でこちらを見つめるライカンに、アーリアは目を丸くした。
「私は殿下に、泣くほど辛い思いをさせていたのですね‥‥」
どんどん青ざめていくライカンを見て、アーリアは戸惑った。
(自覚がなかったの‥‥?)
「申し訳ありません」
真っ青な顔で謝罪するライカンを見て、アーリアは正直に言った。
「つ、辛かったわ。だって微笑いかけてもくれなくて‥‥わたくしのことが、き、嫌いになったんだと‥‥」
また泣きたくないので、アーリアは歯を食いしばった。すると、大きな長い腕がアーリアを包んだ。抱きすくむ訳ではなく、極力触れないように、ふわりと包み込まれた。
「さ、触らないし‥」
堪えきれなくてアーリアはまた泣いた。ライカンの腕はびくりと離れかけたが、すぐにしっかりと抱き竦めた。恐る恐る、ゆっくりと。
「嫌いではありません。嫌いな訳がありません。何年も、何年もお慕いしているのですから」
「えっ」
抱き竦められた嬉しさが、思いも依らぬ発言で吹っ飛んだ。
「うそよね?」
驚く程冷静な声で言った。
「嘘ではありません。陛下に何年も頼み込んで、殿下の婚約者にして頂いたのです」
弱り果てた声でライカンが言う。腕を離してくれないので、表情までは見えない。
「だって、慕っている相手に対してとる態度じゃなかったわ。避けるし、睨むし、無表情だし‥‥」
溜まった思いを全部出した。抱き竦められたままなので心拍が上がるし、頭に血が登る。
「それは‥‥」
腕が少し緩み、ライカンがアーリアの顔をのぞき込んだ。顔が真っ赤になっていそうで、恥ずかしくて睨むように見返してしまう。
ライカンの瞳に熱が籠る。アーリアは咄嗟に視線を外した。ライカンは息を吐いた。吐息を耳元に感じ、アーリアの心拍数は限界だ。逃げ出したくなり、ライカンの腕を押してみたがびくともしない。
ライカンは吐息と共に口を開いた。
「‥‥‥はぁ。申し訳ありません。避けていた事は謝ります。微笑わなかったのは、その‥‥」
黙ってしまったので、アーリアはライカンに視線を戻した。ライカンは恥ずかしい事をしたように顔を赤らめている。その姿は色気が漂い、見てはいけないものを見てしまった感覚だ。
「護衛騎士を辞めて、殿下に会う機会が減ってしまい、絵姿を見ながら‥‥その、ニヤついている私を見て、妹達が気持ち悪いと言ったので‥‥」
「何ですって?」
「‥‥殿下に気持ち悪いなどと言われたら、私は生きていけません」
小さい声だったがライカンはきっぱりと言い切った。
「ですが、殿下を悲しませる訳にはいきません。気持ち悪いと言われようが、微笑うようにします」
謎の決意を込めて言うライカンに、アーリアの頬が緩む。
「ふ、ふふ‥。何それ」
思わず微笑ってしまったアーリアを、ライカンは蕩けるように見つめた。
「私が微笑えば、殿下も微笑ってくれるのですね」
嬉しそうに言うライカンに、アーリアは何故か恥ずかしくなる。
「それはそうよ。相手に表情がないのに、自分だけ微笑えないでしょう」
ライカンはいっそう笑顔になった。
「その通りです」
ライカンはそのまま噴水に腰掛け、アーリアを自分の膝に座らせた。
「な、重いからやめてちょうだい」
アーリアは身をよじったが、ライカンの腕が腰に周っていて降りることが出来ない。
「あいにくハンカチを忘れました。汚れてしまうので、我慢してください」
「うぅ」
汚れても構わない服なのは、ライカンも分かっているはずだ。観念してアーリアは身を屈めた。屈めた所で体重は変わらないのは分かっているが。
「ところで、どうしてこのような時間に城を出たのです。護衛に聞いて肝が冷えました」
ライカンの言葉に、アーリアは青ざめた。こみ上げた感情が萎れていく。
ライカンはアーリアに少なからず好意を持ってくれている。嬉しかったものの、更に離れ難くなってしまった。今言わなければ、ますます言えなくなる。アーリアは意を決して口を開いた。
「あのね、ライカン。わたくし、私生児みたいなの。だから公爵夫人には相応しくないわ。‥‥貴方とは結婚出来ないの」
「え?」
帝国での私生児への辺りは厳しい。家督を継ぐ事はなく、一生を目立たないよう邸で暮らすかのが殆どだ。
ライカンは驚かず、何か思案している。
「‥‥‥その話は誰から聞きましたか?」
「コンラッド侯爵が話しているのを聞いたの」
ライカンが申し訳なさそうに言う。
「うーん、それは殿下の事ではなく、私の事ですね。私は私生児なのです」
「え、ええっ」
「殿下の母君は正真正銘、アロワナ皇妃ですよ」
「で、でも‥」
ライカンの事だとしても、それはそれで驚く。私生児であるライカンに爵位を譲るなんて‥‥。
戸惑うアーリアに、ライカンはにやりと言った。
「父は変わり者なのです。この事は私と父と、一番上の兄しか知りません。コンラッド侯爵、侮っていましたが、なかなかやりますね」
ライカンの眼が殺意を宿して鋭く光る。アーリアの瞳と眼が合うと、すぐに表情が戻った。
「殿下は私が私生児ならば、結婚するのが嫌ですか?」
「それは関係ないわ」
アーリアはきっぱりと言った。
「そうでしょう?私もです」
「で、でも、ライカンの場合は違うでしょう?わたくしが私生児だったら、婚約すれば利がなくなってしまうじゃない」
「利?」
ライカンはそのままぽかんと口を開けると、震える声で言った。
「で、殿下。まさか私が殿下と結婚するのは、利益を考えての事だと思っていますか?」
「え?ええ。皇族のわたくしと婚姻を結ぶことで、皇室との繋がりを強くしたいのかと‥‥‥」
「違います」
震えていた声は低く重くなった。
アーリアの顔にくっつく程の距離で言うライカンの圧に、アーリアは後ろに下がった。実際はライカンの腕の中にいるので、下がれる程の距離はない。
「ち、近いわ。ライカン‥‥」
顔を逸らし、ライカンの顔を押しのける。が、やはりびくともしない。
「じゃあ何故わたくしと結婚したいのよ」
目の前にある整った顔に、アーリアは半ばパニックになりながら叫んだ。
「好きだからです」
吐息がかかるほどの距離で、ライカンは言った。
「他には?質問があったら答えるので、手短に聞いてください」
ライカンの瞳に焦りと熱を感じる。ブルーグレーの冷たい印象だった瞳は、今や扇情的な程輝いている。
「でもあんなに権力を欲してたじゃない」
「私に出世欲はありません。ご存知でしょう」
「じゃあ何故公爵になったのよ?」
「それは、一介の騎士が殿下を娶れるはずがありません。殿下には何不自由なく過ごして欲しいですから。全て貴方と結婚する為です。‥‥もう良いですか?我慢の限界です」
「限界って‥‥」
途方もない告白に、アーリアは固まったままだ。
ライカンの顔が近付いてくる。
(う、うそ?キスされる)
アーリアはギュッと目を閉じた。
‥‥が、何も起こらない。アーリアが薄っすら目を開けると、目の前にライカンの瞳が見えた。息のかかる至近距離で、ライカンは言った。
「口づけしてもいいですか?」
アーリアは返事の代わりに、ライカンの首に腕をまわした。
読んでいただき、ありがとうございます。
いいね、ブクマ、コメント頂けましたら励みになります。
両片思い、大好物なのですが書くとなると難しいですね。自分の書いたお話なので客観的には読めないのですが、私以外にも面白いと思って頂けると嬉しいです。




