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十字軍の話  作者: 龍閣
4/10

2話目 「聖地へ行く前に「身内」をボコボコにする民衆十字軍」

1095年の11月、クレルモン公会議での、ローマ教皇ウルバン二世による熱烈な演説。


これによって、十字軍というとんでもない企画が誕生しました。


とはいえ、教会側としてはちゃんと考えていました。


「さすがにノリだけで戦争は無理だろう」


そこで、統率の取れた、訓練の行き届いた正規軍人のために、十分な準備期間を用意します。


出発予定日は――1096年8月15日。


要するに、役9ヶ月間

「それまでに準備を整えてください」

ということ。


教会としては、

ちゃんと装備した騎士たちが

ちゃんと統率の取れたリーダーたちのもとで

ちゃんと計画を立ててから

出発してほしかったわけです。


ところがこれを待てない男がいた。

その男は隠者ピエール(またはピーター・ザ・ハーミット)。


なぜ隠者かというと、修道士みたいな格好をして、質素な生活を送っていたから。

ロバに乗って、裸足で歩き回り、あちこちで説教して回る人。

見た目は完全に聖人です。


そしてこの男、アムウェイの勧誘員なみに、めちゃくちゃ口達者。


彼は思った。


「8月まで待つ? そんな必要はない。今すぐ行くべきだ!」


ウルバン二世の演説でテンションが爆上がりした彼は各地を回り、人々に呼びかけます。


「聖地が苦しんでいる!」

「今すぐ救うべきだ!」

「神は待つことを望んでいない!」


さらに畳みかけます。


「武器がない?食料がない?戦闘経験がない?」


「そんなものは関係ない!神は我々と共にある!」

「信仰があれば、自ずと主から与えられるだろう!」


このピエールの呼びかけに集まったのは…


農民。

職人。

貧しい人々。

前科者。

一攫千金を狙う者。

家族連れ。


つまり、貴族と騎士以外の人たち。

もっと言うと、「失うもの、特にない層」。


武器は?


鍬、棒、包丁。


いざという時は、道端に落ちてる“いい感じ”の枝!もはや……軍隊というより、難民キャンプ。


ただし熱意は最高潮。


こうして集まった人数、約4万人(諸説あり)。

この集団、のちにこう呼ばれます 「民衆十字軍」。


響きはいい、 響きは。


そしてピエールは、教会が決めた予定を完全に無視し、1096年4月(予定より4ヶ月も早く)に民衆十字軍を出発させました。


この烏合(うごう)のしゅ...ゴホン、失礼、この民衆十字軍、彼らは地図もよく分からないまま、とりあえず東へ向かいます。


そして、間もなくして現実的な問題が発生。

「燃えたぎる情熱じゃあ、腹は膨れない」問題。


この集団、信仰と熱意はあるが、思考と計画はない。


食料?誰も用意していない。

というか、誰もできない。


じゃあどうする?


「きっと主からの助けが来るだろう」


そう信じながら、ひもじさと戦っていると村が見えた。


その瞬間、声が聞こえた(ように感じた)。


「求めよ、さらば与えられん。」


……これは?!

新約聖書マタイによる福音書。


「きっと主からの救い手だ」

「主は、現地調達をしろと命じているんだ」


現地調達、言い換えると略奪。


最初は、「少し分けてほしい」というお願いから始まり


だんだん、それがこう変わる。


「神のためだから、分けてくれるよね?」


村人からすれば、迷惑この上ない行動。


想像して欲しい、街中でチンピラに絡まれ、「腹減ってるから助けてよ」を理由にカツアゲされているのと同じ。


さらに、もっと遠い東の方に行くと文化も言語も違う地域に入り、問題はもっとエスカレートします。


言語が通じない、ジェスチャーで「ごはんください」をやると、相手は「なんか来た?!」と思う。


胸に大きな赤十字をつけた、武装した集団が、突然押し寄せてくる。

……絶対、「なんかやばいの来た」って思うでしょう?


そして暴行!トラブルが立て続きに発生。

あっという間にみんなの嫌われ者。


それでも民衆十字軍は、そのまま東へ、東へと進み、やがてハンガリー王国に入ります。


ここで一つ、重要なポイントがあります。


ハンガリーも、キリスト教国家。

本来なら、「同じ信仰を持つ仲間」味方のはずでした。


ところが民衆十字軍には、規律というものが、存在しません。


隠者ピエールの言うことを聞かない者も多数。


・好き勝手に暴れる

・酒を飲む

・喧嘩する


そして略奪。


相手が誰であろうとそんなの関係ねぇ〜、村があれば入る、食べ物があれば奪う。


信仰はある、でも規律性がない。


ハンガリー王の立場から見れば、


「こいつら、味方じゃないのか?なぜ、うちの国で暴れている?」


十字は背負っているのに、やっていることは完全に無法者。


当然、ハンガリー王は激怒します。


「この無法者どもを鎮圧せよ」


こうして、衝突がまた発生。

本来なら起きるはずのない、「キリスト教徒同士の戦闘」。

親族同士お互いをボコボコにした結果、多数の死者が出ました。


これ以外にも、民衆十字軍の進路上には、ライン地方を中心に、多くのユダヤ人共同体がありました。


彼らユダヤ人は土地を持たず、キリスト教社会の中で少数派として暮らし、金貸しなどの役割を担うことが多かった人々です。


つまり目立ちやすく、そして守られにくい存在でした。


そこへ遭遇してしまったのが、心身ともに疲れ果てた、民衆十字軍です。


この時点で彼らの頭の中には、こんな不安が、少しずつ、しかし確実に広がっていました。


・道は本当に合っているのか

・神は本当に味方しているのか

・俺たちは、いったい何をしているのか


人は不安になると、複雑な答えよりも、分かりやすい答えを求めます。


そして分かりやすい答えは、だいたい「敵」という形で現れます。


そこに重なったのが、当時のキリスト教社会に根付いていた偏見でした。


「ユダヤ人はキリストを殺した!」

「神の敵だ!」


こうした考え方は、長年にわたって教会の中で繰り返されてきたものです。


さらに、民衆十字軍特有の心理が加わります。


「俺たちは、神のために戦っている、でも、神の敵はどこにいる?」

「すぐ目の前にいる!」


そして、現実的な理由も、彼らの背中を押します。


・食料が手に入る。

・財産を奪える。

・反撃されにくい。


宗教的な正当化と、現実的な欲求が合体した瞬間です。


その結果、各地でユダヤ人共同体への襲撃と虐殺が起こりました。


これは、「民衆が勝手に暴れた」という一言では片付けられません。


十字軍という運動そのものが生み出した深い闇です。

歴史上、この行いを十字軍の闇と記録されています。


なら、彼らはなぜ止まれなかったのか。


理由は、はっきりしています。


・家を捨てた(値打ちのあるものでも無いが)

・財産は教会管理 (最初から財産と呼べる物もないが)

・引き返せば破門(地獄に堕ちたくはない)


戻る選択肢が、最初から消されていて、前に進むしかなかったからです。


1096年8月。


そしてついに、ビザンツ帝国首都、コンスタンティノープルに到着。

(現在トルコの最大都市、イスタンブール)


ビザンツ皇帝アレクシオス1世は、彼らを見て、

「……え、これが援軍?」


正規軍を期待していた皇帝が見たのは、武装も統率もない、人の波。


しかも、首都の周辺で略奪を始める始末。


例えるなら、虐められて警察に通報したら、来たのはチンピラたち。


援軍というよりもはや治安リスク。


皇帝の判断は迅速でした。


「とにかく、早くアジア側へ渡らせろ」

(うちで暴れられても困る。自国内で問題を起こされる前に、外へ。)


こうして、はるばる遠征してきた民衆十字軍は首都に入ることも許されず アジアへ渡った。


ボスポラス海峡を渡った民衆十字軍は、イスラム勢力の正規軍と遭遇します。


烏合の衆VS戦争のプロ。


まさにチンピラ達が本命ヤクザに衝突した感じでした。


「ドーン!」と衝突して「バラバラ」と壊滅。


戦争というより、事故に近い、一方的な蹂躙。


こうして民衆十字軍は、聖地を救うことも、戦況を動かすこともなく、十字軍全体に

「役に立たない」

「迷惑で」

「規律のない集団」

という、余計な汚名だけを残し、歴史に刻まれることになりました。


隠者ピエールは?


彼本人はというと、この決定的な戦闘には参加していません。

支援要請のため、一時的に集団を離れていたからです。

結果、彼は生き残り、後に正式な十字軍本隊と合流します。


皮肉ですが、最も楽観的だった人物が、最も長く生き残りました。


一方、その頃。

ピエールの暴走を尻目に、ようやく重い腰を上げた「本物のプロたち(騎士団)」が動き出します。


しかし、彼らもまた、ピエールとは別の意味で「めんどくさい連中」の集まりでした。


つづく。

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