1話目「これ、チャンスじゃね?」
「あの……もう限界です……イスラム勢力にボコボコにされてます!」
「助けてください……お願いします……」
このビザンツ皇帝からの情けないSOSを受け取ったのが、当時のローマ教皇、ウルバン二世。
当時、キリスト教世界の東側に大国がありました。
ビザンツ帝国。
この帝国、キリスト教国家であり、同時にギリシア正教会の総本山。
要するに、キリスト教界の東の大御所です。
ところがこの帝国、イスラム勢力の拡大によって、豊かな土地を奪われ、
重要な都市を失い、国力はジワジワ削られる一方。
要するに、いじめられて、だいぶキツい。
そして、ついに聖地 エルサレム がイスラム教の手に落ちました。
ギリシア正教会の長でもあるビザンツ皇帝は、もう我慢できません。
「聖地を取り戻す。これは神の意志だ!」
自ら軍を率いて遠征を行い、帝国を立て直そうと必死にあがきましたが、最終的にはついに西のローマに泣きつきます。
さて、ローマ教皇はどうしたか。
普通なら「わかった、援軍を送ろう」となるところですが。
ウルバン二世は違いました。
彼はこう考えます。
「……これ、チャンスじゃね?」
単なる援軍要請ではなく、自分の影響力を一気に拡大する絶好の機会として、このSOSを使うことにしたのです。
1095年 、フランスの小さな都市(現在30万都市)クレルモン、ウルバン二世は、集まった人々に向かって語りかけます。
「私たちクリスチャンはみんな同胞である!東の友人(ビザンツ帝国)が助けを求めてきている。今こそ我々の兄弟たちに手を差し伸べるべきだ!」
ウルバン二世はここで、声を高めて、
「これは私の言葉ではない、神の言葉だ!神が、そう求めているのだ。」
そして、叫ぶ。
「デウス・ウルト!|《Deus vult!》(神がそれを望んでいる!)」
会場の空気が一変した!
貴族も、騎士も、農民も、みんな熱狂。
群衆はまるでサッカースタジアムのファンのように叫び始めます。
「デウス・ウルト!」
「デウス・ウルト!」
「デウス・ウルト!」
農民の一人が叫びます。
「オラたちが行くべ!聖地を取り戻すだ!」
……いや、あんたさっきまで畑の話してた人でしょ?
この日、聖なる巡礼に参加すると誓った者たちは、服の前と後ろに赤い十字を縫いつけるよう命じられます。
「この十字架を身につけよ。お前たちは神の戦士だ」
これが、「十字軍」という名前の由来でした。
見た目は巡礼者、頭脳は戦士、その名は十字軍!
ただし、「やる気」だけでは人は増えません。
もっと多くの人を奮い立たせるために、教会はちゃんとマーケティングの宣伝文句を作りました。
十字軍・参加の飴と鞭
【募集期間:エルサレム奪還まで】
ただいま十字軍参加者キャンペーン絶賛募集中、今すぐお近くの教会へ!
1)十字軍に参加すれば、罪は免罪
窃盗も殺しも含めて、全部チャラ。天国行きチケット確定。
2)病気や体が弱くて行けない者は、
参加者に献金すること。金で解決。
3)出発者が残した資産は、
教会が責任を持って管理。安心のアフターサービス。
4)資産を売る必要がある場合、
教会が正当な取引になるよう仲介。不動産屋も兼ねてます。
5)参加したい者は、
近場の教会でライセンス取得。ちゃんと手続きしてね。
6)十字架に誓ったのに出発しない、
またはすぐ引き返した者は――
即、キリスト教から破門。地獄行き確定。
……はい。
一度、誓ったら、もう後戻りできません。
天国行きか、破門か。
歴史的なキャンペーン、ここに始まりました。
しかし、この熱狂が最初に生んだのは、英雄ではなくただの『烏合の衆』でした。
つづく。




