9話目 「空腹を、神のイベントに変える男」
ボエモンドが、
命がけでかき集めてきた食料。
――またもや、底を尽いた。
一時しのぎにはなった。
だが、包囲戦というのは
一週間、二週間で終わるものではない。
策を練っている間にも、
兵士たちの脱走が始まった。
これも、無理はない。
時はすでに1月。
気がつけば、
3か月以上、まともに腹いっぱい食べていない。
改善の見込み?
そんなものは、ない。
兵士たちの精神状態を、
食生活で表すと、こうなる。
11月
「まあ、なんとかなるっしょ」
12月
「サンタを待つな。食料を探せ。」
1月
「馬の肉、うまい!
ロバも……まあ……悪くない」
乗るものがなくなった騎士たちは、
徒歩参戦。
ここで歴史が投げかける、
究極の哲学。
「騎士とは?」
ここで司教アデマール、
諸侯たちの間を取り持ち、
日々胃を痛めている男である。
彼もまた、この地獄をどうにかしたかった。
そして――
ピコーン、と電球が灯る。
「……これだ」
アデマールは、
兵士たちを集めて演説を始めた。
「皆の者、聞いてくれ」
「今の苦しみは、主からの罰である」
ざわつく兵士たち。
「だが――
これから三日間、何も食べずに耐えれば、
その罪は許されるだろう」
沈黙。
そして、誰かが叫ぶ。
「それで……天国に近づけるのか?」
アデマール、即答。
「……ああ、もちろんだ!」
歓声。
大歓声。
こうしてアデマールは、
ただの食糧不足を、
神のための断食イベントに変換した。
災難を、修行に変えたこの方法は
中世ヨーロッパ人を覚醒させた。
兵士たちは、
レッドブル10本キメたみたいな目で前を見据え、
「腹減った」を精神力でねじ伏せ始めた。
ただし、現実は現実
三日が過ぎた。
罰は……
特に許されていない。
腹は、
相変わらず減る一方。
だが、
アデマールの言葉通りだったこともある。
この三日間、脱走兵はゼロ。
同時に、
天国に行った兵士は、
そこそこ出た。
そして、また逃げる
断食イベントが終わると、
兵士たちの脱走は、再び始まった。
ついに――
あの男まで逃げ出す。
そう、
隠者ピエール。
群衆十字軍崩壊後、
なんだかんだで本軍と合流し、
ここまで南下してきた男である。
今回の包囲戦の空腹に、
さすがに耐えきれなかった。
荷物をまとめ、
こっそり脱出。
だが。
タンクレード、見逃さない
ピエール
「いや、ちょっと……トイレ……」
タンクレード
「嘘つけ!!
完全に逃げる準備じゃねーか!!」
連れ戻される、説教おじさん。
逃げ場はない。
タンクレードは、
「はい、保護者はこちらです」と言わんばかりに、
彼を叔父・ボエモンド隊へ引き渡した。
一方、
アンティオキア城内。
城の中も、地獄だった
総督ヤギ・シヤーンの状態も、
だいぶ悪かった。
眠れない。
援軍は来ない。
目は真っ赤。
実は少し前、
南の都市ダマスカスは
援軍を出していた。
だがその軍隊、
食料調達中のボエモンド軍と遭遇し、
ボコボコにされて逃げ帰っている。
この事実を、
シヤーンは知らない。
真っ赤な目をこすりながら、
彼は呟く。
「……仕方がない」
「アレッポの総督に
援軍を要請するしかない」
犬猿の仲の相手に、
渋々、助けを求めた。
だが、現実は非情
アレッポ軍は、
要請を受けてすぐ出陣。
そして――
すぐ十字軍に返り討ち。
そそくさと逃げ帰った。
この勝利で、
十字軍の士気は一時的に上昇。
だが、
兵士たちの空腹状況はというと...
2月
「草、うまい!」
「木の皮、最高!」
※この頃、正気はだいたい失われている。
そして3月。
ついに、転換期が訪れる。
タンクレードが味方につけた
海賊たちの港に――
イギリスからの援助船が到着。
船には、
食料と大量の木材
が積まれていた。
この木材が、
後に――
アンティオキア攻略の鍵となる。
つづく。




